ボーイズラブのすゝめ

ボーイズラブ系のコミックス&小説の感想を中心に。

『恋するインテリジェンス(4)』(丹下道/幻冬舎バーズコミックス リンクスコレクション)感想【ネタばれあり】

恋するインテリジェンス (4) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (4) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス  (4) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (4) (バーズコミックス リンクスコレクション)

 
丹下道先生の『恋するインテリジェンス(4)』の感想です。
今回はいよいよ武笠×深津のルーキーカップルが、てんやわんやの末に結ばれるまでが描かれます。
美しい外見とは裏腹に、恋愛経験のない深津が可愛くて仕方がない。
武笠のために、なけなしのお金をはたいてプレゼントを用意したり、手料理をご馳走したり……。
これは武笠ならずとも、メロメロになります。
 

『恋するインテリジェンス(4)』(2017年3月24日発行)

あらすじ

バディを組んでしばらく経つにもかかわらず、ギクシャクした雰囲気を拭えない武笠と深津。
いかにも遊んでいそうな深津に複雑な気持ちを抱く武笠。
そして深津もまた、武笠の事が気になりつつも、貧困に喘ぐ自分と財閥の御曹司である武笠との境遇の差をひしひしと感じていた。
おまけに、第128期の同期である白戸が武笠に急接近し、深津の疎外感は一層深まっていく。
 

総評

まず巻頭の~華麗なる「恋するインテリジェンス」の世界~がスゴイ。
情報がびっちり。
複雑な組織図、専門用語、多数の登場人物達。
この作品の世界観の作りこみが半端ではない事が分かります。
まさに「お前ら、ちゃんと予習復習しとかないと授業(?)に付いていけなくなるぞ!!」という感じで。
内容は下ネタ炸裂なんですけれどね。
ここまで舞台設定を整えて、真面目にエロエロエンターテインメントやっている、その心意気が大好き。
 
今回は第1巻からずっと引っ張ってきた武笠×深津がいよいよくっつくという事で、話数もかなり割いており、気合が入ってます。
個人的にも武笠×深津は好きなカプの一つなので、読んでいて無茶苦茶楽しかったです。
予想以上にちゃんと恋愛していてキュンキュンしました。
いや、このシリーズ、肉弾戦が多いから、きちんと手順を踏んで両想いになっていく過程がなんだか新鮮でした(まあ、彼らも最終的には肉弾戦なんですが)。
 
あと武笠や他の国際情報統括官組織の面々に振り回される深津が可愛すぎた。
このルックスとピュアさで、よく今まで無事だったなと。
亡き父から莫大な借金を引き継ぎつつも、思い出の詰まった家を守ろうとしている姿が健気。
攻めの武笠も超お金持ちで格好良いのに、肝心なところで鈍いのがたまらん。
二人がちょっとした事ですれ違うたびに、終始ニヤニヤする不気味な生き物と化していた私。
 

恋するインテリジェンス class:rookie 002-1

冒頭、小松菜一束40円に喜びを禁じ得ない深津がキュート。
しかし直後に、ファッション雑誌主催のパーティーで超VIP待遇な武笠と、住む世界が違うのだなと自覚させられるのがツラい。
武笠もいまだに深津が遊び人だと勘違いしているし、相変わらず微妙な空気の二人。
おまけに武笠と同期の白戸の仲が怪しげでヤキモキさせられます。
深津が武笠のために真心こめて作った手作り弁当も、結局食べてもらえなかった。
王道少女漫画チックな設定なのに、『恋するインテリジェンス』だと、途端に異彩を放っているように見えるのは私だけ?
 
まあ、後半はいつものノリなんですが。
 

TCの体に一切触れることなく、TCを勃起状態にさせること。
相手の体に触れずに、相手を興奮させなさい。

 
「いや、先森教官、超真面目な顔で何おっしゃってるの!?」とか、ツッコむのは野暮なんでしょうね(ツッコむけれど)。
  

恋するインテリジェンス class:rookie 002-2

BCなら皆できて当たり前。
これぐらいのことができなくて、CⅡSEAが務まると思ってるのか。

 
す、すげぇな、N国の官僚達。
求められるハードルがあらゆる意味で高すぎ。
もちろん、物慣れない深津は困惑するばかり。
そして考え付いた苦肉の策にくっそ笑いました。
ぼ、望遠鏡!?
エリートの心理、凡人の私にはマジ分からん……(遠い目)。
 
確かに、例えば江戸川乱歩の著作群でもテーマになっているように、窃視が人を高揚させるというのは、かなり的を射ているんですけれどね。
武笠の方も明らかに新たな性癖の扉を開いてしまったようだし。
深津を追いつめて、楽しんでいるようにしか見えないんですが。
胸もんじゃって「この変態っ」と殴られるのも、ラブコメのお約束ですね。
 
実習で暴走しそうになった武笠は、直属上司の針生に注意を受けるが……。
職場で眞御とイチャイチャパラダイスなこの人にだけは、武笠も言われたくないだろう。
 
そんな中、深津の借金問題の悪化や、武笠と白戸の親しげな関係(武笠×深津のバディ交代!?)など、相変わらずエロとシリアスの狭間で翻弄される読者。
後半は違法カジノ絡みの潜入調査。
武笠×深津に与えられた司令は……。
 

派手なSEXしろ。

 
いや、ターゲットの興味を引く方法、他にもあると思うんだけれど、よりにもよってソレ!?
これ、単に鶏楽の趣味じゃないよね!?
 

恋するインテリジェンス class:rookie 002-3

表紙のTCの身長比較、皆、デカいなぁ。
身長190cmオーバーどころか200cm近いのもざら。
股下も100cm以上だし、どうなってるんだ、この国家組織。
BCからして170cm台がうようよしてますから、このぐらいガタイがよくないと抱けないんだろうけれど。
 
前回から引き続き、上司命令でSEXする事になってしまった武笠×深津。
まあ、あくまでフリのはずだったんですが。
深津に拒まれた事によりヒートアップしていく武笠。
知らぬ事とはいえ、初心者にそんなご無体な……。
我々にとってはご褒美なんですけれどね。
もっとえげつない事いっぱいしちゃったのに、キスひとつで戸惑うのが甘酸っぱい。

惹かれつつも、さらに空回りしていく二人。 
せっかく武笠からプレゼントされたオーダースーツ着て待っていたのに、任務に誘ってもらえなかった深津が切なすぎ。
暗い部屋の中で、一人正座してる姿を見ていると、良い子良い子してあげたくなる。
確かに深津も分かりにくいけれど、武笠もまだまだ修行が足りんのぅ……。
そう言えば、彼ら、まだ20代前半の若造なんですよね。
あのルックス&迫力だから、その事をすっかり失念しておりました。
 

恋するインテリジェンス class:rookie 002-4

今回はBC達の女装が麗しかった。
リアルでやったら罰ゲームですけれどね(見る方にとっても見られる方にとっても)。
彼らならまったく問題ナッシング(他の職員にセクハラされる事に変わりはありませんが)。
 
先日、ホテルで深津のいやらしい姿を見てしまって以来、あ~んな夢やこ~んな夢を見てしまう武笠。
うんうん、アオハルアオハル。
おまけに罪悪感や苛立ち、嫉妬から心にもない言葉を投げつけて、深津を傷つけてしまう。
 
一方、深津は白戸へのコンプレックスに苦しみつつも、武笠に彼の愛用ブランドのデウハウスのボールペンを誕生日プレゼントとして用意したり、シャツのボタン付けしてあげたり。
なにこの嫁最高か!?
貧乏なのに涙ぐましい努力でプレゼントの為の資金を調達したり(とりあえずパンツを売らないで済んで良かった)と、これで深津を悲しませたら、武笠、男じゃない。
ラスト、二人の距離がやっと縮まったのが感じられて本当に良かった。
まさか『恋するインテリジェンス』に感動させられる日が来ようとは……!!
 

恋するインテリジェンス class:rookie 002-5

怒涛の展開の最終回。
冒頭、武笠と深津のぎこちなさに萌え。
ここでいつもの『恋するインテリジェンス』なら寝技で一本それまで(?)になりかねないんですが、このちょっとずつ互いの事を知っていくジレジレ感がたまらん。
大の大男がちゃぶ台囲んで食事するシーンは「新婚かよ!?」な雰囲気だし、二人でお布団を共有するのも良いですね(もちろん、この時点でHは致しません)。
だが、その時間も永遠ではない。
自分のために開かれる超セレブな誕生パーティーに出席するため、帰らなければならない武笠。
やはり彼ら二人は住む世界が違うのか?
 
その後、ひょんな事から武笠と白戸が親しげにした理由が明かされる。
白戸、真面目な外見からは想像できないほど、ヘビーな人生を歩んできたんですね。
そしてかなりの木菜ガチ勢だった。
つーか、木菜さんが格好良くて惚れる。

効率重視&クールなんだけれど、それでも一人の人間の人生を変えてしまったんだから凄い。
初登場時はもっとオドオドした人かと思っていましたが、これは嬉しい誤算。
 
誤解も解けて、さらに良い雰囲気になった武笠と深津だったが……。
ところが、ここで深津の借金問題が急浮上。
おまけに銀行員の園目は、借金返済(17億ってどんなアコギな商売!?)を迫るばかりではなく、見目麗しい深津自身も狙っていた……、というか、これ、普通にストーカーですよね……。
そこへ深津への想いを自覚し、この度スパダリに進化した武笠が登場。
古き良き警察ドラマも真っ青の、大量の車で深津宅へ乗り付ける。
「連れて行け」って、これ、園目さん、どこに連行されちゃったのかな?
まさか東京湾辺りに沈(以下省略)。
 
ここからは高笠×深津、二人っきりのプロポーズタイム。
高笠、このシリーズ界隈ではかなりの朴念仁だと思っていたけれど、ごめんなさい、彼の事を甘く見てました。
さすが、『恋するインテリジェンス』界の攻め、輝くような愛の告白をぶちかましてくれる。
いや、比喩でもなんでもなく、吹き出しがトーン処理でキラキラしてますからね。
セレブは吹き出しからして平民とは違うのだなと、目から鱗が落ちる。
 
さらに、財産の残高証明書類、戸籍謄本、人間ドックの結果報告書まで持参。
御曹司の愛は予想以上に重かった。
もちろん、深津の返事はOK。
 
だがこのN国、そもそも法律上でも男×男の結婚は認められているんだろうか?
武笠財閥の権力をもってすれば、法律を変えるのも可能かもしれませんが。
まだまだこの世界には不思議がいっぱいだ。
 
翌日。
深津の事を気に入っていた同僚の蔵本に、深津と婚約した事を報告に行く高笠。
牽制の意味も多分にあるんですけれどね。
ここで高笠が深津へ密かにSPをつけ、過去の恋人についても調査しているのが発覚。
やっぱり、お金持ち、超怖い。
でも高笠が蔵本に「まじかよ、正気か」と問われていましたが、大丈夫ですよ。
N国の国家システムの狂気性と比べれば、全然問題ないレベル。
 
それはそうと、高笠、深津大事さからたまに歯止めが利かなくなるけれど、見事なスパダリっぷりだったと思います。
I倉実習以前のH禁止ルールがあるとはいえ(これまた今さらのルールですが)、深津とキスや同衾していても一線超えない。
優しく包み込む感じがすごく良い。
本当は愛しい深津を滅茶苦茶にしたかっただろうに。
個人的には「頑張ったで賞」か「我慢強いで賞」を進呈したい。
深津が家や家族を如何に大事にしているかや、彼の繊細さを理解してるんでしょうね。
 
そして後日。
満を持してのI倉実習=H本番。
おまけに深津の純潔をとうとう知ってしまった高笠。
そりゃあ、色々な部分も爆発するよね。
なんか湯気やら、大量の汗やら、分泌物が凄い事になってるし……、目は虚ろだし……。
彼の様子を観察してみるに、人間、やっぱり我慢は体に良くないよねと(「優しく包み込む感じがすごく良い」と言った舌の根も乾かぬうちから)。
結果、上司の針生と同じく、新たな伝説を作りましたとさ。
うん、この師匠にして、この弟子という感じ。
「はあはあ」カウンターは、師匠をも勝っていたような気がしないでもない。
 
とりあえず、第二室所属第128期官、I倉実習全員合格で大団円。

描き下ろし・class:rookie 002-1 sidestory 会議の後で

002-1でジャンキー絡みの潜入捜査から帰ってきた後の柳と先森の会話。
柳が先森に寄っかかっている姿に、長い時間を共有してきたバディならではの信頼感が漂っている。
柳が茶々を入れて、先森が塩対応するのがこのバディのデフォですが、この二人も色々と訳ありの様子ですね(室長が絡んでる?)。

『ジョシュ・ラニヨン短編集 So This is Christmas』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

So This is Christmas アドリアン・イングリッシュ (モノクローム・ロマンス文庫)

So This is Christmas アドリアン・イングリッシュ (モノクローム・ロマンス文庫)

So This is Christmas (モノクローム・ロマンス文庫)

So This is Christmas (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『So This is Christmas』の感想です。
表題作であり、アドリアン・イングリッシュの完結編「So This is Christmas」。
かつて一度だけ肉体関係を持った、元泥棒とFBI捜査官のクリスマスの再会を描く「雪の天使」。
FBI捜査官が、束の間の恋人だった行方不明の刑事を捜す「欠けた景色」。
他にショートショート二編を含む短編集。
表紙イラストの、アドリアンとジェイクの笑顔を目にしただけで幸せになれる一冊。
 

 

『ジョシュ・ラニヨン短編集 So This is Christmas』(2017年12月25日発行)

「雪の天使」

あらすじ

10年前にFBI特別捜査官のロバート・カフェと一度だけベッドを共にした元・宝石泥棒のノエル・スノウ。
あるきっかけで平衡感覚などの機能を損傷した彼は、今現在は泥棒稼業を引退し、牧場を経営しながら小説を書いていた。
昔、カフェを虚仮にする形で別れてしまったが、実は彼にずっと恋慕を抱いていたノエル。
そんなノエルの前に、カフェが再び姿を現す。
ノエルの罪はすべて時効を迎えているはずなのに、カフェの目的は何なのか?
ノエルはカフェの真意が分からず、戸惑いを覚えるが……。
 

感想

10年越しのぎこちない恋愛を描いたラブストーリー。
都会を離れた牧場風景をバックに、ノエルのもとへ隣人達が持ち込むトラブルを共に解決しながら、二人は少しずつ距離を縮めていく。
そんな、ちょっと浮世離れした展開が、クリスマスという時期にピッタリ。
 
登山中の滑落により、平衡感覚を失い、泥棒稼業から足を洗ったノエル。
飛行機事故で突然両親を亡くし、クリスマスを一緒に過ごす相手のいないカフェ。
ノエルがずっとしたためていたナッシュ・ブルーシリーズが、泥棒・ナッシュが自身をゲイだとカミングアウトし、FBI捜査官・リチャード・クロスに逮捕される形で完結した事。
その他、様々な要素が絡み合い、10年間想いを温めつつ、もう一歩のところで踏み出せずにいた二人を後押ししたというのが、実にラニヨン作品らしい。
元・泥棒とそれを追っていたFBI捜査官という、この上もなく深い溝を挟んだ間柄に、どのように折り合いをつけていくかも丁寧に綴られています。
 
キャラクターに目を向けてみると、物慣れているようで、恋愛に不器用過ぎるノエルの言動がいじらしい。
自分とカフェをモデルにして小説を書いたり(しかもシリーズ化して人気作品になってるし)、10年間、年末にカフェへ留守電入れ続けたりと、よくよく考えると「えっ、それってどうなの?」という部分も見受けられますが。
それでも、可愛いものは可愛いんだから仕方がない。
カフェも、あの仏頂面でノエルを始めて見た時から「天使のような顔」だと思っていたって……、「はいはい、ご馳走様」としか言いようがない。
ラストの、ノエルの長距離留守電をネタにした、カフェの一言も洒脱ですね。
翻訳物の醍醐味。
 

「Another Christmas」

「雪の天使」の1年後を舞台にしたショート・ショート。
直前にインフルエンザになってしまったノエルの代わりに、あの強面のカフェが、料理やプレゼントをせっせと用意したのを想像すると、それだけでほんわかとした気分になります。
数奇な縁で結びついた為か、幸せを感じつつもなかなか浸りきれなかったノエルが、やっと本当の意味でカフェを信じられたのも良いですね。
最後のノエルの言葉も、二人の始まりを彷彿とさせる、どこか映画チックな幕引き。
 

「欠けた景色」

あらすじ

FBIの研修の為、アイダホ州を訪れた捜査官・ナッシュは、地元警察の警部・グレンと急速に惹かれ合う。
しかしナッシュの勤務するバージニア州とアイダホ州の距離はあまりにも遠く、研修後、未練を残しながらも一度は別れを決意する二人。
けれども、ナッシュはどうしてもグレンを忘れられず、彼に連絡を取ろうと試みるが……。
ナッシュはその電話で、グレンがナッシュを空港で見送った直後、行方不明になった事を知る。
 

感想

刹那の出会いと別れ。
そんな泡沫のような二人だけの時間を送った後、愛する男が受けた偏見や差別、グレンと肉体関係を持っていた同僚の存在など、生々しい現実をまざまざと見せつけられるナッシュが切ない。
だが幸いにも、グレンは一命をとりとめた。
今この瞬間、ナッシュにとっては「グレンが生きていてくれた」という事が全てなんですよね。
ナッシュがグレンを発見した時の「ああ。俺の人生で……最高の、ラッキーデイだ……」という言葉が胸に刺さる。
この先、ナッシュとグレンの関係がどうなっていくかは神のみぞ知るですが……、二人の生末が大変気になりつつも、この物語はここでピリオドを打つのが最良なんでしょうね。
いつまでも芳醇な余韻を味わっていたい。
そんな気分にさせてくれる名短編。
 

「Christmas in London」

ロンドンでリサを始めとした家族と過ごしたアドリアンとジェイク。
しかし、初めて一緒に過ごせるクリスマスを二人っきりでいたいアドリアン達は、早めに旅行を切り上げるというショート・ショート。
どんな名所や美しい情景も、愛する人とのイチャイチャに敵わないって事ですか。
はあぁぁあぁ、数巻前の展開からは信じられないほどスイーーート!!!
なんだコレ?
本編があまりにも辛すぎて、ついには現実逃避した私が見た夢なんじゃないだろうか?
そんな疑念を抱いてしまうくらい、砂吐きそうな展開。
ジェイクの口癖の「成程?」も、以前より滅茶苦茶甘く響いているのは、きっと私の気のせいじゃない。
 

「So This is Christmas」

あらすじ

ロンドン旅行を早めに切り上げて、経営するクローク&ダガー書店に戻ったアドリアン。
だが、義妹であるナタリーと従業員・アンガスの微妙な関係や、時差ボケなどが彼を悩ませる。
そんな彼の前に姿を現したのは『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』で窮地を救ったケヴィン・オライリーだった。
ケヴィンは行方不明になった恋人・アイヴァ―・アーバックルを捜しており、素人探偵の手腕を見込んで、アドリアンに助けを請う。
一方、ジェイクもアイヴァ―の家族から、偶然にも彼の捜索依頼を受けるが……。
 

感想

「Christmas in London」に引き続き、幸せの過剰摂取で死ぬ。
これはまさに、アドリアンやジェイクに感情移入して苦しんだ読者に対する、ラニヨン先生からのご褒美であり、クリスマスプレゼントですね。
アドリアンとジェイクの事だから、たとえ二人の仲が安定しても、ケヴィンの恋人の行方不明事件にナタリーのまさかの妊娠など、騒動は引きも切らない。
しかし現在の、互いを信じ尊重する二人なら、何が起こっても大丈夫だと自信を持って言えます。
それだけ、彼らは苦しみも痛みも共有し、様々な壁を乗り越えて、今ここにいる。
 
とにかく、彼らの言動すべてが、相手への愛に溢れています。
もう、語り手であるアドリアンのナレーションからして違う。
通常通り、ウィットと皮肉に富んではいるものの、ナチュラルにジェイクの事を惚気てきますからね。
破壊力が凄まじすぎて、油断できない。
ボーっと文字を追っていると、私の心臓がトキメキでやられる。
「アドリアン、こんな人だったっけ?」と遠い目をしてしまう事頻り。
幸福って本当に人間を変えるんですね。
 
ジェイクはジェイクで、1巻の頃と比較すると「お前、誰だよ!?」というぐらい別人(まあ、あの時点ではアドリアンが有力容疑者だったせいもあるが)。
ジェイクってなんとなく頑固一徹なイメージがありますが、一度こうと決めると愛情表現をまったく惜しみませんね。
時速200キロぐらいのストレート超剛速球で攻めてくる(?)。 
とにかく甘い。
おはぎにシロップぶちまけたぐらい甘い。
周囲の人々が「ジェイクはアドリアンに甘い」と言っているのにも、激しく同意。
 
ただここで誤解してほしくないのは、ジェイクの愛の言葉は、装飾や美辞麗句が激しいというわけではないんです。
どちらかというと訥々と訴えてくる系。
だが、それが掛け値なしの本音だというのが伝わってきて、非常に説得力がある。
過去にアドリアンを傷つけ続けた罪悪感もあるんだろうけれど、自分を捻じ曲げて生きてきたジェイクだからこそ、唯一無二の人へ素直に愛を囁ける幸せを享受しているんだろうな。
 
アドリアンが少年時代を過ごしたポーターランチの家での、二人+ペットの送る生活はまさに理想の家庭そのもの。
かと言って、クローク&ダガー書店のフラットで味わった艱難辛苦や喜び、二人で分け合った温もりも、決して忘れていないのが良いですね。
Hシーンももちろんラブラブ。
まさかリバがあるとは思いもよりませんでしたが、これまでシリーズを通して読んでいると、二人にとってはとても自然な流れのように思えます。
リバが苦手という方も少なくありませんが(実際、私も率先して手に取る方ではない)、この二人のシーンには必然性があり、本当に素敵なので、多くの方に是非目を通していただきたい。
これから二人が、肉体的にも精神的にも何度でも結ばれるのは、決して「特別」な事ではなくて「日常」なのだと……、そんなかけがえのない幸福を読者である私も噛みしめる事ができました。
 
あと懸念事項としては、ジェイクをゲイだと認められない彼の家族の事が残されていますが……。
終盤のニューイヤー・パーティーで、一応雪解けの兆しが見えましたね。
もちろん、すべてがパーフェクトとはいかず、ジェイクの元妻・ケイトが素敵な女性であるという事は行間から察せられるし、わだかまりが残るのは当然です。
ラニヨン先生の作品を読んでいると如実に感じますが、右から左へ荷物を移動するように、人間の感情は簡単には割り切れない。
しかし、そこで希望を捨てる事はない。

アドリアン達の人生は、これからも続いていくのだから。
大事な家族と迎える、温かなニューイヤー・パーティーが、それを象徴しています。
 
そしてラストは、ついにやってきました。
ジェイクの万感を込めたアドリアンへのプロポーズ。
これは第三巻の悲しいシーンと対になっているから、なおさら涙腺を刺激されます。
ジェイクのプロポーズの言葉も、アドリアンの答えも最高&ラニヨン先生お見事でした。
短いセンテンスの中にも、これまでの彼らの遍歴が、まるで走馬灯のように脳裏を過る。
とにかく感慨ひとしお。
「二人とも末永くお幸せに」と、こちらも多幸感に満たされながら、最後のページを閉じました。

『恋するインテリジェンス(3)』(丹下道/幻冬舎バーズコミックス リンクスコレクション)感想【ネタばれあり】

恋するインテリジェンス (3) (バーズコミックス リンクスコレクション)

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恋するインテリジェンス (3) (バーズコミックス リンクスコレクション)

 
丹下道先生の『恋するインテリジェンス(3)』の感想です。
今回、国際情報統括官組織のメンバーが一気に大量増加。
目の保養以外のなにものでもない。
あと、凄い特殊性癖も次々に炸裂。
萌えるというよりも、口をあんぐり開けてながら、ひたすらページをめくる事しかできませんでした。
 

『恋するインテリジェンス(3)』(2016年3月24日発行)

あらすじ

財務省の官僚・志山円は、同じく財務省勤務の恋人・土門統英が、円を溺愛する義父・志山次官と何かと張り合う事で、頭を悩ませていた。
そして、義父への挑発を止めるまでキスはお預けとしたために、ついには土門ともめてしまう。
そんな中、N田町の陰の実力者・中富剛昭自由共和党顧問の屋敷に呼ばれた円は、そこに集った政治家達からアブナイ接待を強要されてしまい……。
土門は円の危機を救う事ができるのか?(「数式は鷹に恋をする 2」)
 

総評

政治家のおっさん&じーさん達が超絶キモい(一応褒めてます)。
彼らの言動一つ一つがとてつもないインパクトで、夢にまで出てきそうな不気味さ。
あながち「そんな荒唐無稽な」と言い切れないのが複雑で、人間の醜い欲望を目の前に突きつけられた気分。
そして、魑魅魍魎共に翻弄される、美しき官僚達が倒錯的&エロい。
丹下先生、読者が変な性癖に目覚めたらどうしてくれるんですか!?(今さらか……)
 
怖気の走りそうなおじさん達の言動に毒された後は、今回初登場した国際情報統括官組織の麗しき面々を拝んで、メンタル回復に勤めましょう。
どのキャラも個性的で、彼らそれぞれのお話が気になって仕方がない。
中でもとりわけ強烈なのが秋草室長。
眼帯しているし、やりたい放題なところや危うい雰囲気が「この人、本当に官僚か!?」と思わないでもないですが。
純情な眞御はともかく、あの超然とした先森ですら翻弄されていますからね、侮れない。
この時点では、TCなのか、それともBCなのかも曖昧だし、興味は尽きません。
 

恋するインテリジェンス class:rookie 001.5

武笠×深津の、いまだに微妙な空気を醸すカップリングが主役。
武笠、予想以上に強大な財閥企業の御曹司でビックリ。
おまけにバックグラウンドが、これまた異様に作りこんである。
第1巻で鳥もちくっ付けられたり、針生×眞御のHをデバガメさせられた時は、こんな属性てんこ盛り人物だとは思いませんでした。
もっとたたき上げのキャラだと……。
キメキメのジョジョ立ち(?)にも笑う。
カッコいいはずなのに、どうしてこんなに可笑しいのか!?
あと4L&馬並み……、まあ、前巻のブツを見せられるとね、むしろそれ以上あったんじゃないかと……。
深津の前に、大げさではなく塔のようにそそり立っていましたから。 
 
一方、深津は今回貧乏キャラまで付与された。
美形で品のある登場人物が、実は赤貧洗うが如しなのは、古くは『山田太郎ものがたり』(森永あい)など、正直珍しくはない。
だがその設定が廃れないのは、やはりギャップによる楽しさが普遍的だから。
武笠家の持ちビル(?)と深津の慎ましやかな家(私はこれでも十分だと思いますが)の対比や、一人寂しく晩御飯をすする深津の姿が、悲しくも面白かったです。
あと武笠のために、四日分の食事代つぎ込んで一枚の下着を買ってしまったのも健気。
深津は元々美人さん&ツンデレで好きなタイプの受けなんですが、今回で彼の新たな魅力に開眼。
武笠と深津が本格的にくっつく話が待ち遠しくなる、そんな回でした。
 

Call me PAPA

実の親を亡くした円が志山次官に引き取られ、親子間の愛情を徐々に育んでいく物語。
志山夫妻に実子ができて不安になったり、敬愛する義父の後を追って官僚の道を選ぶ円の姿に涙。
ショタ円は「カワイイは正義」の権化だし、志山次官はとても温かい人柄でホッコリするし、志山次官の奥さんも竹を割ったようなイイ性格をしているし、普通に良い話のはずなのに……。
なぜか『恋するインテリジェンス』界隈だと異彩を放ってしまうのが不思議。
 
志山次官も可愛い円が選んだ恋人が、よりにもよって土門のように一癖も二癖もあるような人物なんだから、心配にもなりますよね。
さすがに麻酔銃用意するのは、倫理的にどうかと思いますが……。
土門も「父の日のプレゼント」とか、「既成事実」とか、呼吸するが如く煽るのやめぇや(笑)。
 

数式は鷹に恋をする 2 前編

土門と志山次官、高スペック男共が繰り広げる極めて低レベルな戦いに、円の頭痛の種の絶えない。
おまけにこのぶっ飛んだ世界観の為、考えも及びませんでしたが、男性同士で付き合っているというのも、かなりのリスクなんですよね……。
……って、あれ、正直、その辺、どうなんだろう?
皆、あまりにもあっけらかんと男同士でチュッチュしているから……、N国のスタンダードがよく分からん。
職務中のはずの某事務次官が、溺愛する息子に「パパの方が(恋人より)カッコイイ」と強制的に言わせようと必死な姿に「こんなN国が、この期に及んで男×男ごときで目くじら立てるか?」と疑問を呈しつつ。
とにかく、何らかのリスクがあるんだと、自分に強く言い聞かせる。
「おまえと付き合っているという事実が、いったい俺にどんなダメージを与えるって?」の円が毅然として格好良かったし、土門の珍しいテレ顔が見られたので、ここは良しとする。
 
後半は罠にはまり、気持ち悪い政治家達に捕まった円。
いやぁ、ホント嘘でも大袈裟でもなくKI・MO・Iです。
 
挙句の果てにノーパンしゃぶしゃぶとな!?
 
その昔、ワイドショーを騒がせた、無茶苦茶懐かしいキーワード。
このネタをボーイズラブに使おうという、丹下先生のセンスに脱帽。
そして、しゃぶしゃぶを見るたびに、円の奇麗な生足を思い出して、ニヤついてしまいそうな自分を殴りたい。
 

数式は鷹に恋をする 2 後編

ノーパンしゃぶしゃぶだけでも「うわぁ……」とドン引きですが、この化け物共のセクハラは留まるところを知らず。
もういちいち書くのもおぞましいので控えますけれど、「土門、早く円を助けに来て!!」と、読者である私ですら涙目状態。
 

今はちょっとすれ違ってるけど、土門が、そうきっと、今動いてくれてて、全部、穏便に片づけてくれる。

 
そこへ期待に違える事なく、土門が颯爽と登場。
なんとハリウッド映画並みのカーアクションで。
とりあえずこの作品に関わる人間全員(読者含む)、「平穏」という単語の意味を、50回ぐらい辞書で調べてきた方がいいと思う。
これ、下手したら死傷者出てましたよね(笑)。
 
まあ、土門も円の事に関しては歯止めが効かないと、以前から自己申告してましたけれどね。
ここまでとは、さすがに予想もしませんでしたが……、とりあえず円にちょっかい出すヤツは問答無用で「Go to hell!!」なのは了解しました。
あと志山次官と張り合ってしまうのは、劣等感ゆえだったというのが、なんだか可愛い。
 
身を挺して円を守った土門を目の当たりにして、志山次官も思うところがあったようで(彼の地位をもってしても、政財界の黒幕には太刀打ちできなかっただろうから)。
「れ…れ…れ、れ、礼を…言う…」が、すっごく嫌そうで噴き出しましたが。
 

あなたの大切な円さんは、僕が命に代えてお守りします、必ず。

 
こんな台詞を親に向かって堂々と宣言されたら、志山次官でなくとも認めざるを得んわ。
円への愛の言葉も誠意に溢れていたし(敬語なのが厳粛な雰囲気を醸し出していて、より一層トキめく)、王子様キャラの面目躍如。
濡れ場の言葉責めは、完全にオヤジ入ってましたけれどね。
よりにもよって、円の羞恥を煽るためのシチュエーションに利用されたと知ったら、志山次官も憤死するんじゃないか?
 
土門というキャラは、今まであまりにもキマリ過ぎていて、逆に内面を推し量りづらかったんですが、今回は彼の意外な魅力満載でした。
円があれほど惚れるのも分かるなぁ。
 

初恋のシュヴァルツリステ

タイトルのシュヴァルツリステ(schwarze Liste)はドイツ語で、英語で言うところのブラックリスト。
法務省検事(34)×警備課長(38)の幼馴染同士。
年下攻めだぜ、きゃっほ~い。
年齢も男盛り同士で美味しいです、むしゃむしゃ。

彼らもまた、積年の想いをごじらせちゃった系男子。
『恋するインテリジェンス』の8割方がそれですが、個人的には大好物なので一向にかまいません。
それどころか、どんどんお替りプリーズ。
わんこそばぐらいのスピードで来てくれても、一向に構いません事よ。

受けの楚和がとにかく可愛くてなぁ……、一見クールなのに、攻めの鷹見への初恋と童貞を引きずる38歳がいじらしい(童貞なのは生涯覆らなさそうですが)。
エスコート役に、鷹見にどことなく似た庵上を選んでしまうのもね。
自分の魅力をまったく理解していないのも……、受けにありがちですが、よく今まで最後のボーダーラインを死守できていたなと。
鷹見も初恋の楚和が美し過ぎで、理想がエベレスト級になっているなら、なぜその思いっきりの良さで、本人にアタックをかけないのか……。
この国、男同士でもほぼ問題ナッシングだし、ぶっちゃけ開き直った者勝ちなんだから。
 
濡れ場に関しては、第三者に見られながらという、こちらも特殊なシチュエーションですね。
いちいち指示出し&実況中継するおじさんが半端じゃなくグロテスクなんですが、反面、何だか高揚してしまうという……、私も立派にTHE ヘンタイの仲間入りだ。
初体験がこれなんて、楚和が気の毒でなりませんが、その辺りは鷹見とのこれからの行為で、おいおい塗り替えていって下さい。
 

描き下ろし・Cupid film ~press record~

国際情報統括官組織の第118期官&第128期官揃い踏み。
いずれ劣らぬ美形揃いでウハウハ。
今まで以上の勢いで、この摩訶不思議ボーイズラブ天国が広がっていくのを予感させる。
個人的には、オドオドした木菜会梨緒が気になります。
 
そして、どう贔屓目に見ても堅気じゃない雰囲気の室長・秋草の動向も見逃せない。
あのやり手の先森ですら冷や汗たらたら流しているし。
割と受け攻めが明白なこの世界で、どちらか判然としない佇まいの時点で只者ありませんね(何その判断基準)。
BC達をお薬でどんどん沈めていく姿がコワい。
 

俺が飲めって言ったら、お前は黙って飲むんだよ。

 
いっそ清々しいほどのパワハラ、ありがとうございます。
 
後半は、お薬で前後不覚になった眞御を、針生がハメ撮り。
いや、「お勉強」と称しつつも、明らかに楽しんでますよね、知ってる。
一巻につき一度は、針生の「眞御ちゃん、はあはあ(ハート)」を聞かないと物足りない自分も、かなり重度の病。
惜しむらくは、素面に戻った眞御タンが、己のあられもない姿を見て、恥じらうのを見られなかった点。
それは針生が独り占めですか……、ちくしょう、針生め……(ハンカチ、ギリリと噛みしめつつ)。

『アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ (モノクローム・ロマンス文庫)

瞑き流れ~アドリアン・イングリッシュ5~ (モノクローム・ロマンス文庫)

瞑き流れ~アドリアン・イングリッシュ5~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ』の感想です。
心臓疾患の手術を受け、健康を徐々に取り戻しつつも、ずっと自分の人生を諦観してきたアドリアンは、返って戸惑いを隠せずにいた。
そして前作のカミングアウトにより、家族や地位も失ったジェイクもまた、迷いながらも新たな一歩を踏み出し始める。
互いに愛し合っているにもかかわらず、宙に浮いたような二人の関係。
最後に二人が出した答えとは?
 

『アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ』(2015年12月9日発行)

あらすじ

前作で負った銃弾の傷も塞がり、心臓の疾患の手術を無事に終えたアドリアンだが、心身ともに疲弊した体は健康からはほど遠かった。
だが、そんな彼に追い打ちをかけるように、クローク&ダガー書店が何者かに空き巣に入られる。
おまけに、クローク&ダガー書店が入った建物の床下から、50年ほど前に行方知れずとなったジャズ・ミュージシャン・ジェイ・スティーヴンスの白骨遺体が見つかるなど、アドリアンは再び事件に巻き込まれていく。
アドリアンは、警察を退職し、私立探偵を始めたジェイクに助力を請うが……。
 

感想

ストーリー

まずはスタンディング・オベーション。
アドリアンとジェイク、二人が苦しみつつも模索し続け、最後にたどり着いた答えに拍手を送りたい。
 
アメリカを代表する作家であるレイモンド・チャンドラーの文章が多数引用され、スウィング・ジャズがBGMとなる、20世紀のアメリカを懐かしむような本作の世界観。
登場人物達も、いかにも古き良き探偵小説に出てくるような面々で、哀愁漂う意外な結末も含めて、ラニヨン先生の強いこだわりが感じられました。
ナチスに奪われた財宝の話が絡んできた時は、正直度肝を抜かれましたが。
これもある意味、20世紀アメリカを語る上では外せない、第二次世界大戦の一つの側面。
 
一見セピア色の向こう側に封じ込められたように、50年前に置き去りにされた今回の事件。
しかし、関わった人物達が感じた痛みや悲しみは、時間が経過しても色褪せる事はない。

そんな人々の想いと、現在のアドリアンとジェイクの姿がリンクする。
彼らがどんな結末を迎えようと、決して後悔だけはしてほしくない。
以前からそう思っていましたが、本作を読む事により、その気持ちが一層強まりました。
 
人間誰しも、他者に裏切られたり、何かを失うのは恐ろしい。
それが愛する人ならなおさら。

だが、その恐怖を乗り越えて、ジェイクと共に在る事を選び取ったアドリアン。
そして、彼をひたすら待ったジェイク。
終盤の彼らを見て、やっとパズルのピースがあるべきところに収まったカタルシスと「これで彼らはきっと大丈夫」という歓喜を得る事ができました。
第5巻まで追いかけてきて、途中胸が張り裂けそうな想いを何度となく味わいましたが、それを補って余りあるほど報われたと思えるし、できるだけ多くの方にこの読了感を味わってほしい。
 

キャラクター

主人公のアドリアン。
長年の心臓疾患が回復の兆しを見せ、人生の展望が開けた事により、それが返って彼を戸惑わせる展開にハッとさせられました。
リサを始めとした家族や周囲の人々の優しさや思いやりを受ける事に不慣れな彼。
今までの自立心の強さや達観は、弱さや怯えの裏返しだったんだなと。
加えて、アドリアンの病気が原因で別れた元カレ・メルを登場させるというタイミングの妙。
病気というしがらみがなくなった今、あれほど愛したメルとどんな関係を築いていくのか……、だがそこであらためてアドリアンが自覚したのは、ジェイクが彼にとってどれだけ大切なのかという事。
 
だが、ジェイクが唯一無二の存在だからこそ、前作で一瞬でも彼を疑ってしまった事がアドリアンを苦しめる。
そんな、彼をジェイクへと後押ししたのが、今回の重要人物・ジンクス・スティーブンスとの会話だった。
ジンクスの過去における、もはや取り返しのつかない後悔と、ジェイクとの関係で瀬戸際に立たされたアドリアンの心情が合致する様が圧巻。
誰もが一歩間違えれば闇に呑み込まれかねない人生の中で、だからこそ大事な人と歩んでいく事の大切さ。
ジェイクとの時間は、たった10か月で一度は途切れてしまいましたが、これからは今まで苦しんだ分まで、その幸せをかみしめて生きてほしい。
 
続いて、もう一人の主人公・ジェイク。
今回の真犯人のニック・アーガイルって、やはり闇に取り込まれた場合の、もう一人のジェイクなんでしょうね。
そう思うと、アーガイルの破滅には、ゾッとさせられます。
惚れた相手を手にかけた虚しさと満たされない焦燥を、何十年も抱えてきた彼。
ジェイクには、アドリアンのような存在がいて心底良かったと思える。
前回までの不安定なジェイクと比べて、今の彼なら大丈夫だと太鼓判を押せますが。
 
本当に今更だけれど、この巻を呼んで、ジェイクってやっぱりイイ男なんだなと再認識しました。
彼は前巻で多くのものを失いましたが、今回、時にアドリアンとぶつかり、時にアドリアンを献身的に支える姿を見ると、彼の決断は間違っていなかったのだと確信を持って言える。
尋常でない苦しみを味わったからこそ、アドリアンの迷いに寄り添う事ができるんですよね。
 
メルやガイはアドリアンとジェイクがあまりにも違い過ぎて、二人の生末に破滅しか見えないという見解を持っています。
ですが、違うからこそ補い合えるし、違うからこそ一緒にいて楽しい。
あと新生ジェイクのアドリアンへの愛、半端じゃありませんから。
そこは熱く異議を申し立てたい。
 
再スタートを切るにあたって、彼の目の前には様々な道が幾重にも広がっていましたが、それでもアドリアンを諦められない所に、彼の純情と愛の深さを感じてキュンキュンしました。
アドリアンと一緒に飼うために、彼に懐いていた子犬を内緒でもらってきちゃうところとか、Hシーンの甘々さとかもね、彼らがくっつくまでのフラストレーションが一気に解消されたような読了感。
 
そして主人公二人のみならず、外せないのが脇を固める面々。
このシリーズはアドリアンとジェイク、愛し合う二人がいれば成立するような甘い夢物語では決してない。
他の人々との関わり合いがあったからこそ、アドリアンとジェイクの今現在の人となりや関係性、人生が形成されていったと言える。

その中でも、今回私の中で特に印象深かったのは、リサを始めとしたアドリアンの家族達。
リサの存在は、何かと鬱陶しいと感じていた読者も多いと思いますが、今回は今までとは一風変わった一面を垣間見せてくれる。
子離れするのには、アドリアンの見積もりでは後35年ぐらいかかりそうですが(笑)、それでも一己の人間としてアドリアンを認めてくれる様や、子供を心底大事に思う母の姿が温かい。
アドリアンの父親が早逝してしまったり、アドリアンの病気もあったりして、ついつい過保護になってしまいがちな彼女。
しかし、彼女にとって息子は自己顕示欲や所有欲を満たすための手段ではないんだなと信じる事ができました。
 
それに、アドリアンの三人の義妹達。
初登場時には、彼女達がまさかこれほどまでに物語に絡んでくるとは想像もしませんでした。
ナタリーは、クローク&ダガー書店の大事な店員で、気の置けない仲だし(喧嘩していたり、ふざけ合っている様子は、まるで本物の兄妹みたい)。
エマに至っては、あの子供に関心のなかったアドリアンが、父性的な愛情を感じで、猫っ可愛がりしている。
アドリアンの義父であるビルも、妻や娘に比べると少し(?)影が薄いものの、それでもアドリアンをサポートしてくれましたし。
あと忘れちゃいけないのが、猫のトムキンス。
アドリアンに懐く姿が愛らしくて、猫好きには堪らない。
 
なんだかんだと言いつつ、アドリアンを大事にしている人間は、自身が思うよりもたくさんいる。
彼らはもちろんパーフェクトな存在ではありませんが(厄介な点も多々)、アドリアンは彼らの愛情にもう少し浴しても良いんじゃないかなと。
まあ、シニカルだけれど不器用なアドリアンと彼らの、どこかしらぎこちない交流が、見ている方からすると面白いんですけれどね。

『恋するインテリジェンス(2)』(丹下道/幻冬舎バーズコミックス リンクスコレクション)感想【ネタばれあり】

恋するインテリジェンス (2) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (2) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (2) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (2) (バーズコミックス リンクスコレクション)

 
丹下道先生の『恋するインテリジェンス(2)』の感想です。
男達の欲と野望が渦巻くKヶ関の恋愛模様を描いたオムニバス形式の本シリーズ。
断言しますが、相当奇天烈な1巻ですらまだ序の口でした。
2巻は弾け具合がさらにパワーアップしています。
ちなみに1巻の感想は↓。
kashiwamochi12345.hatenablog.com
 

『恋するインテリジェンス(2)』(2015年4月24日発行)

あらすじ

N国外務省の内部組織・国際情報統括官組織では、今年もCⅡSET(第二種特殊諜報活動実習)=色仕掛けで情報を得る任務のための実習のバディ組み合わせが発表される。
主任分析官・針生篤の下に就く笠原亮吾の相手役は、新人では一番人気の深津秀一。
外見は大変好みだがいかにも経験豊富そうな深津に、今ひとつ乗り気になれなかった笠原だが……。
初めての実習で見た深津の初心な姿に、強い欲望を覚えてしまう。(表題作「恋するインテリジェンス class:rookie 001」)
 

総評

美麗なキャラクターと読者の想定をはるかに超えた設定が紡ぎ出す、摩訶不思議ワールドは健在。
しかし、1巻もかなり斜め上を行く展開の連続でしたが、それでも「フフフ…奴は四天王の中でも最弱…」 だったというか(?)、今振り返ると猫パンチレベルだったのだなと、茫然としてしまう。
N国外務省も国際情報統括官組織も確かに架空の産物ですが、これ、私が知っている国家組織と明らかに違い過ぎるから。
むしろ、私が住んでいる地球という惑星のお話ですらないのかもしれない。
その位ぶっ飛んだ作品世界。
だが決して駄作などではなく、むしろその正反対。
たとえば男子高校物など、男子の集団を扱った作品はボーイズラブでも枚挙に暇がないが、ここまで徹底した世界観を作りあげているのはご立派。
他の作品では味わえない中毒性に、私もすでに虜です。
 

恋するインテリジェンス class:rookie 001

1巻で伏線の張られていた笠原×深津の話が満を持して登場。
前回と同じく、針生×眞御カプに振り回されている笠原。
「この人は意外に常識人なのかな?」と少しでも思った、そんな甘ちゃんな自分を殴りたい。
ラストの凶器、なにこれ、新手のこけしかな?(すっとぼけ)
個人的には、ゲーム開発会社・アトラスの作品に登場するマーラ様が脳裏を過りました(あながち間違ってない)。
 
dic.nicovideo.jp
 
丹下先生の独特な構図センスも冴えわたる。
そりゃあ、こんなモノを目の当たりにしたら、さすがの笠原も怯えます。
 
一方、そんな笠原ですが、一見物慣れていそうなのに、実は初な風情にキュンキュン。
丹下先生、こういうタイプの受けを描くのが非常にお上手なので、ツンデレ大好物な私としてはたまらん、ヒャッホー!!
 
そして、実習風景にも爆笑させていただきました。
この真面目にバカやってる感が最高。
初実習ならではの緊張感や居たたまれなさもありつつ。
いっぱしの男達が「ちょっと男子~!真面目にやってよ~!!」と言いたくなるような、男子中学生か高校生的なノリ(?)でガヤついているのも可笑しい。
 

恋するインテリジェンス operation 001

この組織が真面に仕事をしているのも、初めてみたような気がする。
武器売買や核開発で黒い噂のある中東の王子やVIPを集めたパーティー、入国管理局の予想外の乱入など、設定や舞台装置も作りこまれていて、とにかく壮大な事が行われているのが分かる。
結局、最終的にはお得意の寝技に持ち込むんですけれどね。
 
今回はとにかく眞御ちゃんの魅力満載でした。
1分1秒が成否を分ける、そんな任務を指揮する凛々しさと有能さ。
針生が女性ターゲットを口説いている時に見せた焼きもち。
針生を助けるため、カリム王子に身を任せた時の健気さと艶っぽさ。
カリム王子も若干19歳にして、とんでもない出会いをしてしまいましたね。
 
針生が狂気と紙一重の嫉妬に、身を震わせるのも分かります。
「おまえ、射精してたよな」という台詞には、「あぁ、この人達の浮気のボーダーラインってそこなんだ……」と目から鱗が落ちましたが。
いつもはメロメロな針生が、冷徹な態度で眞御を責めるのに、少しドキドキしてしまったけれど……。
 

眞御ちゃんっ(ハート)

 
そんな雰囲気も長くは続かなかった。
まあ、眞御ちゃんバカな針生が、本気で別れられるはずないですけどね。
それにしても、今回シリアスとギャグの振り幅がいつも以上に激しくて、本気で吐きそうになる(褒めてます)。
なんだか行先の見えない、超高速ジェットコースターの先端に、体を括りつけられているような感覚。
 
後半のお仕置きHも、眞御が懸垂訓練用のバーに吊るされるという、フェティシズム全開な代物。
針生の鼻血も絶好調(むしろこれだけ垂れ流していては、不調に陥るのでは?)。
眞御が「申し訳ない」を連発したり、針生とモスクワのブローカーの関係を引きずっているのも可愛すぎました。
 
ラストで、眞御がカリム王子を誘惑した時の動画が晒されて、囃し立てられているのにも笑いました。
「これ、セクハラなんじゃ……」とかツッこんだら、本作では負け。
この動画、CⅡSETの教材にされる事請け合い。
 

愛と狂気のラボラトリー 前編

麻薬取締官・岩倉圭祐×国立医薬品衛生研究所副主幹・奥名治広の先輩後輩カプ。
岩倉、年下とは思えない貫禄ですけれどね。
この鉄面皮でおバカな発言しているのがツボに入る。
恋をこじらせた奥名のてんやわんやも可愛い。
 
この二人の恋愛を成就させるために、秘密基地のような研究所に十数人が閉じ込められるという、映画並みに大掛かりなシチュエーションを作ってしまった丹下先生にまず拍手。
主人公であるの奥名と後輩・岩倉のもどかしい恋愛に悶えつつも、随所に盛り込まれたネタ要素にツッコミが追い付かない。
むしろ全編通して、ネタしかない(断言)。
ツインテ・年齢不詳の神子主幹の奇行(明らかにマッドサイエンティスト)。
神子主幹好みの美形を集めた神子ハーレ部。
男同士の葛藤などどこ吹く風で(本シリーズにそんなものは求めていない)、ほいほいくっ付いていく麻取×研究員達。
極めつけは、神子主任が開発した乳腺活性薬・パイテックス(もう、ネーミングからして……)。
食量足りないから研究員達(あまねく受け)の出した乳で糊口をしのぐって、丹下先生の発想力、どうなってるんですか!?
まさかボーイズラブで、人体からの搾乳を拝む日が来るとは想定外でした。
岩倉がやたらねちっこく奥名のミルクを飲むシーンでも、私はどんな特殊プレイを見せられているのかと……。
 

愛と狂気のラボラトリー 後編

母乳(正確には父乳なのでは?)、朝ごはん、直接授乳とパワーワード連発。
まさにタイトル負けしない「愛と狂気」。
隔離状態も日数を重ね、乳を巡る駆け引きや奪い合いなど、皆、いよいよオカしくなっています(今さらか)。
 

如月さんの分も全部、俺が飲んでしまえばいいだけのことですから。

 
岩倉も……、お前、明日地球が終わるぐらいの深刻顔で何言ってるの?
登場人物達の止め処ない珍発言&珍行動を、読者はそっと見守り続けるしかありません。
 
そして肝心の岩倉×奥名は、数年のわだかまりが嘘のように、あれよあれよという間にゴールイン。
ボーイズラブ作品ではおなじみの「もっとちゃんと話し合おうぜ」的な誤解も無事解決。
体格差が凄いから、最初からもの凄い
奥名の色っぽさゆえの岩倉の早漏は……、まあ、そのうち何とかなるでしょう(投げ遣り)。
 
ラストの落ちは……、何となく予想の範囲内でしたが。
狂気の楽園は、まだまだ終わらない。
岩倉と同じく、神子主幹が開発した新たなお薬の効能も気になります。
 

描き下ろし・Iwakura's Counterattack

本編に引き続き(神子主幹の独断で)研究所に閉じ込められた面々。
現状、奥名の悩みは、岩倉のHがねちっこい事(超平和)。
確かに、まだ20代のくせに、岩倉はやる事なす事オヤジ臭いというか……。
奥名の反応が初々しくて可愛いから、いじめたくなる気持ちは分かりますけれどね。
 
麻取の連中も相変わらずろくでもない事を考えていて……、よく探してきたな、そんなエロい椅子。
文武両道の精鋭集団、頭脳と行動力の見事な無駄遣い(我々にとってはご褒美ですが)。
脳内は思春期少年も真っ青です。
研究員(受け)達に殴られても、まあ、自業自得かと……。
岩倉は空手有段者の奥名に殴られて、その程度で済んだんだから御の字でしょう。
 

描き下ろし・Mao's Counterattack

酔った眞御の天然魔性っぷりに、さすがの針生もそろそろ貧血になるのでは?
そんな眞御を見て、読者である私も「眞御タン、カワイイよぉ、はあはあ(ハート)」って、ハッ、なんだか針生に憑依されていたような……、気のせい?
 
まだほとんど何もしていないのに、欲情した眞御を見ただけで即顔射した針生に爆笑。
「愛と狂気のラボラトリー」の岩倉といい、今現在、丹下先生の中では早漏がトレンドなんでしょうか?
まあ、針生も猛者揃いの国際情報統括官組織を震撼させた絶倫王だから、眞御を抱くのに一切問題ありませんが。
針生のすげぇ腰使いに、萌えるというよりも、彼らの体が心配になるのは私だけでしょうか?

『アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死 (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死 (モノクローム・ロマンス文庫)

海賊王の死 ~アドリアン・イングリッシュ 4~ (モノクローム・ロマンス文庫)

海賊王の死 ~アドリアン・イングリッシュ 4~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死』の感想です。
ジェイクと別れてから作中内時間で二年。
今現在、アドリアンは前作で出会ったガイと付き合っていた。
だが、あるパーティーで起きた殺人事件がきっかけで顔を合わせてしまったアドリアンとジェイク。
一度は分かれた二人の道が、再び交わり始めます。
 

『アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死』(2015年2月7日発行)

あらすじ

著作『殺しの幕引き』の映画化話が持ち上がり、美貌の俳優・ポール・ケインの主催するパーティーに招待されたアドリアン・イングリッシュ。
だが、そのパーティーの場で毒殺事件が発生。
殺害されたのは、ポールのパトロンで、数々のハリウッド映画にも出資している富豪・ポーター・ジョーンズ。
そんな事件を捜査するため現場にやって来たのは、かつてアドリアンと交際し、手酷い別れ方をしたジェイク・リオーダンだった。
今でも二年前の別れの傷がいえないアドリアンは、できるだけジェイクとの接触を断とうとする。
しかし、様々な証拠から殺人容疑をかけられてしまったアドリアンは、ジェイクとただならぬ関係のポールに見込まれて、再び素人探偵をする事になってしまい……。
 

感想

ストーリー

ラニヨン先生には、今回も心の琴線をかき乱されました。
とにかくアドリアンをはじめとした登場人物達の言動や一挙手一投足、感情の動きに至るまで、すべての密度が濃く、味わう方にもそれ相応の覚悟が必要です。
これほど芳醇な人間ドラマには、そうそうお目にかかれません。
 
物語冒頭から胸のざわつきが抑えられない本作。
結婚しても、いまだに二重生活を続けるジェイク(妻のケイトは流産してしまった事が、本作で明かされる)。
実はアドリアンと付き合い始める前から、そしてアドリアンと別れた後も、ジェイクとポールの関係が5年も続いているという事実。
事ある毎に見せつけられる、彼らの親しげな様子。
 
とにかく、今回は終始一貫ジェイクにヤキモキさせられました。
彼がアドリアンに対して、尋常ではない未練を残しているから尚更。
アドリアンと同じく、時に絆され、時にムカつき……。
でも、この自分勝手で、支離滅裂で、だけれどアドリアンに対して決して嘘のない点(それがアドリアンに対して厳しい現実だとしても)が、ジェイク・リオーダンという男なんだなと変に納得もしてしまうんですが。
 
おまけに今回は、現在アドリアンと付き合っているガイが、かつての交際相手であり、『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』の犯人グループの一人だったピーター・ヴェルレーンと、関係が切れていなかった事も発覚。
たださえ、二年前よりも体調が悪化しているアドリアンをこれ以上苛むのを止めて欲しいと、懇願したくなってしまうような展開。
しかし、アドリアン自身も、そこで引いてしまうような大人しいキャラではないから。
自らガンガン火元に飛び込んでいくからなぁ。
畢竟、読者も降りかかる火の粉を払いつつ、彼に付いていくしかない。
 
だからこそ、クライマックスでジェイクが下した、自分の性的志向が暴露される事も辞さない決断や、アドリアンの身を死に物狂いで守った事には、胸のすくような思いがしました。
このシリーズを読み続けて、本当に良かったと感じた瞬間。
だがその代償は大きく、ジェイクはすべてを失ってしまう。
もちろん、本シリーズの事だから「これからアドリアンとジェイクはラブラブハッピータイムだ!きゃっほーい!!」となるわけもなく、二人ともさらなる葛藤に苦しむ事が目に見えている。
この巻を除いて、シリーズも残すところ二巻。
二人がこれから生きていくにあたって、それぞれがどのような道を模索していくのか、いよいよ目が離せなくなっていきます。
 
そんな二人の背景を彩った殺人事件ですが、映画業界を舞台にしているためか華やかでゴージャス。
グラマラスな金髪美女の未亡人に被害者の前妻である大女優、ゲイの脚本家など、いかにもハリウッド的な曲者揃い。
その中でも特に出色だったのは真犯人。
絶対的な美貌とおぞましい本性のギャップ。
攻め手からめ手でアドリアン達を追いつめていき、掌の上で踊らせた悪魔的手腕に慄然とする。
彼自身を主役としたピカレスク小説が、一本書けそうなほどのアクの強さ。
シリーズ中でも屈指の名敵役だったと思います。
 

キャラクター

アドリアン、今回も心身共に傷つきましたね。
私も共感しすぎて涙目。
 

「何なのかはわかってるだろ、ジェイク。これは、僕らがやっと互いに言えた、本当のさよならだよ」

 
上記は、アドリアンを忘れられないジェイクと再び肉体関係を持ってしまった後、彼が言い放った言葉。
愛情深いゆえジェイクへの想いを断ち切れないものの、このままずるずると関係を続けてしまえば二年前の二の舞になるのが、アドリアンには十分わかっていた。
ここは、アドリアンのジェイクに対する愛、しかし見せかけの安住に身を置けない潔さと強さ、そして繰り返してしまう事に対する怯えなどが含まれていて、彼の複雑な人間性や思考を凝縮した名シーンだと思います。
 
本作はその他にも、彼を痛めつけるようなエピソードの連続。
それでも一人歩む事を止めないし、止められない彼の孤高は、美しいんだけれど切ない。
ジェイクがカミングアウトした事により、彼らの関係はより混迷を極めたけれど、今はただ心臓疾患の手術を受けて、養生に励んでほしい。
 
一方、ジェイクは……。
本当にすべてを投げ打ってしまいましたね。
彼が今回のような決断を下した理由が「アドリアンへの愛」のみという単純なものではなく(それも大きな要素のひとつではあるけれど)、彼の根幹をなす信念ゆえというのが、さすがラニヨン先生、深いなと……。
家族、仕事、「普通の」人生……、これまで守り通してきたものを捨てた彼の心情は、筆舌に尽くしがたい。
自業自得という向きもあるかもしれないが、人間誰しも他者に知られたくない秘密の一つや二つはある。
己の中の屈折と真っすぐさの狭間で苦しんできた姿は、他人事として見るにはあまりにもリアルな人間像過ぎる。
そんな彼の現在置かれた状況を鑑みると、お気楽な事は到底言えない。
それでも読者も、アドリアンも、堕ちていく彼など決して見たくなかったから、ここは「良かった」と表現しておきたい。
 
あと今回、彼のアドリアンに対する愛や執着には、かなり驚かされました。
ジェイクにとって、アドリアンとの出会い自体が天啓のようなものだったのだなと。
今まで多くの男女と肉体関係を持ってきたジェイクですが、アドリアンへの想いからは、まるで初恋のような純粋さを感じる。
彼の言動が身勝手だったのは事実ですが、それでも形振り構わずアドリアンを求めたのにはそういう真意があったんだなと、とてつもない説得力を感じました。
 
ジェイクがアドリアンを抱くときによく言う「お前は俺の知る限り、一番きれいな男だよ」という台詞も、それを知った後だとさらに読者の胸を打ちます。
肝心のアドリアン自身は「誰にでも言ってるんだろう」と考えていますが、ジェイクは至極真面目な告白なんでしょうね。
まあ、信じてもらえないのは、今までの所業を考えると仕方がないのかもしれませんが(笑)。

『恋するインテリジェンス(1)』(丹下道/幻冬舎バーズコミックス リンクスコレクション)感想【ネタばれあり】

恋するインテリジェンス (1) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (1) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (バーズコミックス リンクスコレクション)

 
丹下道先生の『恋するインテリジェンス(1)』の感想です。
架空の国・N国に所属する官僚達の恋を描いた表題作他、短編2編と描き下ろし3編を収録した作品集。
耽美な絵からは想像できない奇抜な設定と勢いで、読者を独特の世界に引きずり込む作品の数々。
様々な作品が集う、百鬼夜行のような(?)ボーイズラブ作品群の中でも、その個性はピカ一だと思います。
 

 

『恋するインテリジェンス(1)』(2014年6月24日発行)

あらすじ

N国外務省の内部部局・国際情報統括官組織は、公式の対外情報機関を持たないN国において事実上の諜報活動を一手に受け持っている。
そこでは色仕掛けにより情報を得るため、ある実習が行われていた。
独自の選抜基準により選出された男性分析官達は(女性分析官の色仕掛け任務はリスクが高いため禁止)、トップキャスト(TC/男側役)とボトムキャスト(BC/女側役)に分類され、バディを組まされる。
そして、夜な夜な特訓に勤しむバディ達。
針生篤と戸堂眞御も、その内の一組だが、彼らの関係は10年前の、ただ一回の実習以降途切れていた。
その時、戸堂のあまりの可愛さに針生がメロメロになってしまった事が原因となり、その後もなにかとギクシャクしてしまう二人だったが……。(表題作「恋するインテリジェンス」)
 

総評

一言で表すと「怪作」。
耽美な表紙イラストから一体どんなシリアスな物語が始まるのかと思っていたら、私の予想からは大きくかけ離れていました。
ボーイズラブというジャンルは、とかく型通りになってしまう事も多く、例えば男子高校物など、男性の集団を扱った作品は枚挙に暇がありません。
だが、本作の場合は、その型を逆手に取ったというか、型をいじり過ぎてぶっ壊しちゃったというか……。
もう、諜報活動に必要な性的訓練をするため、男同士がバディを組んであれやこれやの実習を行うという設定からしてワンパン食らう。
冒頭からツッコミどころ満載だけれど、「ボーイズラブはファンタジー」と100回ぐらい唱えて乗り切るしかない。 
何しろ舞台が国家組織で、このぶっ飛んだ設定ですからね(一応、架空の国だけれど)……、ここまで突き抜けていればいっその事ご立派。
 
ストーリー展開としては「丁寧な心理描写、繊細な心の機微、何それ美味しいの?」という感じですが、それを補って余りあるほど勢いとテンポで、読者を抱腹絶倒させてくれます。
攻めは格好よく、受けは奇麗で可愛いという、その辺はスタンダードを守っているはずなのに、彼らの一挙手一投足が可笑しくて仕方がない。
とにかく彼ら、良くしゃべるんですよね、日常でも、濡れ場でも……。
それがいちいち笑いのツボを突いてくる。
 
特に攻めが受けを褒める時や愛の告白の饒舌さときたら……。
「あやめもわかぬ人の世を照らす一輪の芍薬」とか、「愛を確信したのは、おまえの英知の深淵に捻じ入って、その柔らかな肉壁をすべて余すことなく…、俺のこの核で感じてみたいと思った時」とか、腹筋崩壊しそうになる(これ、笑っていいところなんですよね?)。
丹下先生の言葉のチョイスがいちいち凄まじすぎる。
とりあえず、攻め達の語彙力が豊かなのと、彼らが受けを猛烈愛しちゃってる事だけは伝わってきました。
 
以上のような作品だから、Hシーンも推して知るべし。
台詞も効果音も賑やかです。
集中線などを多用したり、構図なども個性的で、しっとりというよりも、なんだか激しいスポーツを観戦しているような気分になる。
冷静な指示が館内放送で流れる中でのシーンとかもね、この人達、一体何ヤッてるんだと……、もうツッコミ疲れて半笑いするしかない。
でも、それがだんだんとクセになる不思議。
最終的にはトキメキや萌えよりも、笑いを求める自分がいました。
 

恋するインテリジェンス

攻めの針生が終始「眞御タン、カワイイよぉ、はあはあ」としている話(身も蓋もない)。
眞御は確かにツンデレ&いじらしくて可愛んだけれど、このコも大概ぶっ飛んでますね。
どんな育て方をしたら、こんな純粋培養な30代が爆誕するのか……。
10年愛の切なさや悲壮感などはほぼ皆無。
むしろ、なんでこの二人、10年も我慢していたの?(禁句)
冒頭の鳥もちの予想通りの伏線回収と、後輩・武笠の気の毒さにも笑う。
 

数式は鷹に恋をする

主計局官僚×関税局官僚。
攻めの土門、受けの円、共に美貌、学歴、家柄などがインフレーション起こしていて、平民の私などは「す、すげぇ……」と、呆然とするしかない。
こんな連中がうようよしているとしたら、Kヶ関官界は魔境かなにかとしか思えませんが(違)。
また丹下先生の言葉選びのセンスが、本作でも光っています。
1ページほぼ丸々使った土門の紹介文もスゴイですが、志山に対する土門の口説き文句も凄まじい。
あんな長台詞がおそらく練習する事もなく、滔々と口をついて出てくるんだから、エリート官僚、恐ろしすぎ。
……なんだかエリート官僚のイメージが、現実からあまりにも逸脱しているような気がしないでもないけれど。
ところどころに散りばめられたネタにも、笑わせていただきました。
料亭行って2分で即解決って、議員先生のご機嫌はカップラーメンよりもお手軽ですか?
 
登場人物の中では、なんと言っても受けの円が可愛かった。
数学の天才なのに、世間知らずで恋にも不器用なのがね、土門がヤキモキしたりメロメロになるのも分かります。
あと今回は電話のみの登場ですが、円のパパ・志山次官も濃かった。
とりあえず、30代の息子にハートマーク飛ばしまくるの止めぇ!!(爆笑)
そして、土門と険悪になるのは不可避ですね、分かります。
 

そんなあなたが好きだから

一見非の打ちどころのない攻め・松菱桐次(花を背負いまくっているのに噴き出しましたが)と押せ押せな受け・世古。
しかし、実は桐次には隠している事があり……。
 
桐次がいきなり1ページ使って「ごめんなさいっ、ごめんなさい」と泣き出した時には、世古と同じく「は!?」となりました。
ヘタレ攻めというよりも、泣き虫攻めというか、ピュア攻めというか……。
ヘタレが発覚した後の桐次が、とにかく可愛くて仕方がない。
ギャップ萌えの宝庫のような男。
そんな彼を放っておけない、なんだかんだで面倒見の良い(性的な事も含む)世古に、読者であるこちらもキュンキュン。
事前の二作品があまりにも斜め上な作風だったので、彼らの恋愛が非常に真面に見えるのは気のせいでしょうか?(私の基準が既におかしいのかもしれないが)
 

描き下ろし・シークレットラブレター

「恋するインテリジェンス」の、眞御視点のお話。
針生に片思いしていた頃の複雑な男心。
眞御の可愛らしさ&一途さ炸裂。
彼の脳内ポエムのようなモノローグに所々で噴き出しそうになりましたが、地球と月との間の距離ほど遠回しなお誘い(多分一生気付かれない)や、針生に髪型を褒めてもらっただけで歓喜する様がたまらない。
しかし、こんな眞御を10年見続けて「嫌われている」と思っていたんだとしたら、針生も相当ニブちんなんじゃないかと。 
 

描き下ろし・宣戦布告の午後

円を間に挟んだ、土門と志山次官の直接対決。
普段の志山次官の大物っぷり(マフィアかよ!?)と、親バカっぷりの落差に笑う。
相変わらず息子にハートを連打している志山次官。
「円ちゃんかわいい(ハート)」は、もしかして枕詞か何かですか?
 
だが、土門も負けていない。
志山次官を「お義父さん」と呼び、苛立たせるのは序の口。
登場時の格好いい構図やコマ割りに笑う。
志山次官も、そんな土門を無視。
飛び交う雷(画面効果)。
Kヶ関に漂う緊迫感の無駄遣い、ここに極まれり。
他の職員も怯えてるから、修羅場もほどほどに。
 

描き下ろし・First honey night

眞御を初めて自宅へ呼んだ針生。
官僚って無茶苦茶豪華な家に住んでいるんだなぁ(注目するところはそこじゃない)。
初めて結ばれた時、針生がアレでもセーブして、眞御を抱いていたという事実にドン引き驚嘆する。
こちらとしては、スポーツか格闘技を観戦しているような気分になったんですが、それは……。
 
そうこうしている内に、眞御が到着。
初めてできた恋人にお呼ばれされた緊張感が伝わってきてSo Cute!!
これは針生も歯止めが効かない。
結果、確かに前回、針生が彼なりに自制していたのは分かりました。
とりあえず、その鼻血、拭けよ。
一方、眞御ちゃんは感じやすすぎて、まさかの潮吹き。
っつーか、これ、潮どころか大海原なのが斬新(遠い目)。
荒ぶる波に読者もビックリ。
魚とか跳ねてても不思議じゃない、そんなナニコレ珍百景(?)。
 

『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

悪魔の聖餐 ~アドリアン・イングリッシュ 3~ (モノクローム・ロマンス文庫)

悪魔の聖餐 ~アドリアン・イングリッシュ 3~ (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐 (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐 (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』の感想です。
クローク&ダガー書店のパート・タイマーであるアンガスが殺人容疑をかけられた事により、カルト的な連続殺人に巻き込まれていくアドリアン。
さらに表紙イラストでも表されています通り、微妙だったジェイクとの関係もターニングポイントを向かえます。
読者である私達は、彼の怒涛の人生をただただ見守る事しかできません。
 

『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』(2014年8月25日発行)

あらすじ

クローク&ダガー書店のパート・タイマーのアンガスは、かつてのオカルト仲間からの嫌がらせに悩まされていた。
とうとう店にまで脅迫まがいの電話がかかってくるようになり、アンガスに情をかけたアドリアンは金を渡して、しばらく町を離れるように忠告する。
だがそれは事件の発端に過ぎなかった。
異様な現場で、遺体が発見される怪事件に関して容疑をかけられてしまったアンガス。
その他にも、アドリアンの周囲で奇妙な出来事が頻発する。
クローク&ダガー書店でファン・ミーティングを行った人気作家の失踪。
アンガスの行方を追って、アドリアンに迫る正体不明の若者達。
おまけに私生活では母親・リサの再婚や、微妙な関係だったジェイクとの決定的な決裂など、精神的にもひっ迫していく。
 

感想

ストーリー

アドリアンやジェイクに限らず、人間の一生とは選択の連続です。
その中で最良の選択肢とは果たして何なのか、深く考えさせられる本作。

今回のジェイクの選択に関しては、決して擁護できない。
彼の中にある矛盾には大いに同情するけれど、アドリアンを深く傷つけたのは動かしがたい事実です。
しかし、私はアドリアンを単なる悲劇の主人公に祀り上げるのにも抵抗を覚える。
ジェイクの婚約者のケイトがどのような女性か本書を読む限りは分からないが、アドリアンは彼女に対する裏切りに加担してしまった。
時に茶化し、時に諦観し、割り切った大人を装う……、それもまたアドリアンという一己の人間が下した選択なのだから。
 
アドリアンもジェイクも、自分達の未来に明るい展望は抱いていなかったが、それでも何かしら一縷の希望のようなものを抱いていたのではないでしょうか?
さもなければ、彼らの道が交わり、10か月も関係を継続させる事はなかった。
ただ、何かを好転させるには、彼らはあまりにも受動的すぎたように感じます。
アドリアンは、ジェイクがいつかは己のセクシャリティを認めるだろうと高を括っていたし、ジェイクはアドリアンとケイト、どっちつかずの交際をずるずると続けてしまった。
そんな中、今回のような結末は、起こるべくして起きた。
ただ彼らの関係を一概に「間違いだ」と断じる事は、私にはできない。
なぜなら、この時点で彼らにとっての最良の選択とは何だったのか、私にも分からないから。
 
悲観せざるを得ない状況下でも、惹かれずにはいられなかったアドリアンとジェイク。
弱くて、臆病で、不器用で、とてつもなく人間臭くて……。
私にはそんな彼らが、どうしようもないくらい愛おしく思える。
そういう気持ちを、読者である私に与えてくれたラニヨン先生は、あらためて素晴らしい書き手だなと。
本作で一度は別たれてしまったアドリアンとジェイクの道行きですが、シリーズはこれからも続いていきます。
今までの二人の時間が無駄ではなかったと、そう感じられるような人生をアドリアンとジェイクが歩んでくれる事を望まずにはいられません。
 
今回は主人公二人の関係性に胸を抉られましたが、もちろんこのシリーズの通常通り、エンターテインメントとしても読み応え抜群。
第一作目から脇キャラとして突出した存在感を放っていたアンガスですが、とうとう物語の中心に躍り出てきました。
アドリアンは親切心ゆえの行動だったのに、アンガスの奇矯さや臆病さにかなり引っ掻き回されましたね。
 
陰惨で悪魔的な事件の数々。
エキセントリックなベストセラー作家の失踪とゴーストライター疑惑。
現場やクローク&ダガー書店に残された逆五芒星。
カルト的な謎の集団。
それらが読者の好奇心をくすぐり、最終的に一点に集中していく展開がお見事でした。
 
魔術やサタニズム、魔女裁判などに関する知識のみならず、ふんだんに盛り込まれた蘊蓄も興味深い。
ポケモンやハリポタはともかく、遊戯王の名前が出てきた時には、ラニヨン先生のアンテナの手広さに驚かされましたが(しかも遊戯王へのツッコミが結構鋭い)。
テーマがオカルトや魔術だからと言って、ゴシック一辺倒ではなく、アドリアンが(彼なりに)ネットを屈指して情報収集するなど、現代風味を合わさって、独特な作品世界を形成しています。
アクションシーンや緊迫した場面も豊富で……、アドリアン、体が弱いんだからもうちょっと己を労わってとは思いましたが。
 
あと今回見逃せないのは、アドリアンの母親・リサの再婚。
結果、アドリアンになんだか濃いキャラな義妹が三人もできました。
アドリアンと同じく、私もリサが少し苦手だし、自分の再婚相手とアドリアンを無理矢理仲良くさせようとする言動にはげんなりしてしまいますが、思えば彼女も自分の幸せをつかむのに必死なんだなと。
そう考えると、彼女の事を嫌いにはなれません(お近づきにはなりたくないけれど)。
  

キャラクター

アドリアン、今さらだけれど本当にジェイクの事が好きだったんですね。
今まであえて見ようとしなかった感情が、ジェイクとの訣別により間欠泉のように噴出したイメージ。
そんな彼にとって、今作は辛いエピソードの連続でした。
何を見聞きしても、ジェイクが脳裏を過ってしまう。
アドリアン自身はいつも通り、ドライでウェットに富んだ語り口を心掛けているんだろうけれど、焦燥と動揺が隠しきれずにアイタタタ……。
怪我をしたジェイクを見舞う事もできず、彼が家族や婚約者と共にいるのを、そっと影から覗いているアドリアン。
ありがちだけれど、泣きそうになりました。
 
また個人的に最も印象に残ったのは、破局後、アドリアンがヘアサロンに髪を切りに行った際の出来事。
スタイリストのパオロに「何だか憂鬱そうじゃない?」と質問されて、アドリアンから反射的に漏れた言葉。
 

「恋人に振られたんだ」

 
思えば、アドリアンがジェイクを「恋人」と称したのって、これが初めてなんですよね。
今まではあえて関係に名をつけずに曖昧にしていた。
いつかは終わる関係だからと予防線を張っていたけれど、内心では……。
本人も気づいていなかった(もしくは気付かないふりをしていた)虚飾が、些細な一言で剥がれ落ちた一瞬に「うわぁぁあぁ!!」と頭を掻きむしりたくなりました。
あとはジェイクのために買ってあったのに無駄になった冷凍ステーキなど、いちいち挙げていたらきりがないくらい、こうしたシーンがてんこ盛り。
今回、ラニヨン先生は、読者を徹底的に泣かせにかかっているなと思わずにはいられない。
 
片や、ジェイクですが……。
上では一応擁護(?)しておきましたが、やっぱり酷いですよね。
前作までの、矛盾を抱えつつも失われなかったまっすぐさは消えて、弱さを完全に露呈してしまいました。
正直、ムカついたシーンも少なからずありました。
自分が苦しんでいるからと言って、他者に対して何をやっても許されるわけではない。
自己保身に走ったり、アドリアンを乱暴に抱いたかと思ったら、無碍に扱ったり……、支離滅裂な行動が返ってリアルで痛々しい。
あぁ、人間って袋小路に入ると確かにこうなるなと唸ってしまいました。
さらにアドリアンの率直さが、ジェイクを余計に追い詰める。
 

「僕の存在自体が、お前を脅かしてるんだろ」

 
このセンテンスを読んだ時、「あぁ、この二人は決裂するしかないんだな」と、最後通告を突き付けられたような気分になりました。
 
ジェイクがまったくの人でなしだったら、まだ救われたんだけれど。
前半のアドリアンとの語らいや濡れ場で、彼がアドリアンにどんどん惹かれていっている様や、男性を愛する自分を受け入れる片鱗が伺えたから、さらに辛かった。
以前もどこかで書きましたが、だからこそ性質が悪いとも言えるけれど。
「結婚して子供を持つ事」は彼の既定路線だったはずなのに、まったく幸せそうではないジェイク。
彼がアドリアンを失って、自分のセクシャリティに折り合いをつけていけるのか、そしてこの先のどのように人生を歩んでいくのか、非常に興味を引かれます。
 
最後に、アドリアンとギクシャクしたジェイクの代わりに、捜査のパートナーを務めたガイ・スノーデン。
本作のラストで、アドリアンとの関係が続いていく事を示唆せれています。
ゲイである自分を偽らず、自然体で、知的で……、アドリアンも無理せずに時間を共有できる人間。
ある意味、ジェイクとは正反対。
ジェイクとの関係が壊れていく過程で、アドリアンが彼のような人間に好意をもったのも分かります。
ジェイクとの恋で傷ついたアドリアンにとって、ガイという存在はマストだったんだなと。
その辺りの、ラニヨン先生が描く人間関係の綾に、思わず唸ってしまいました。
 

『恋人を可愛がる方法』(青山十三/新書館ディアプラス・コミックス)感想【ネタばれあり】

恋人を可愛がる方法 友達を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

恋人を可愛がる方法 友達を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

恋人を可愛がる方法 (ディアプラス・コミックス)

恋人を可愛がる方法 (ディアプラス・コミックス)

 
青山十三先生の『恋人を可愛がる方法』の感想です。
前作で危機を乗り越えた柳浦と鬼塚。
特に大きな事件は起きませんが、その分、二人のバカップルぶりを楽しめる一冊。
ちなみに前作の感想は↓。
kashiwamochi12345.hatenablog.com
 

  

『恋人を可愛がる方法』(2019年5月1日発行)

あらすじ

前作で仕事と恋の狭間に立たされた柳浦でしたが、その騒動も一件落着。
恋人らしい時間を満喫する柳浦&鬼塚。
そんなある日、大学受験を控えた柳浦の従妹・光岡真雪が上京してくる。
どうやら彼女は柳浦に対して、恋心を抱いている様子。
大人の余裕を心掛けつつも、真雪に対してついつい複雑な心境を抱いてしまう鬼塚だったが……。
 

総評

バカップル万歳。
派手さはないが、主人公二人の心の流れを丁寧に追った優良シリーズ。
今回も適度な緊張感を保ちながら、二人のイチャイチャを楽しめる一冊になっています。
相手が迷った時、もう一人が導き手となれる二人の関係性は、見ていて気持ちが良い。
日増しに互いへの想いが募っていく心の変化も、既刊と違わず丁寧に描かれていました。
特に執着や嫉妬など、恋愛のドロドロとした部分を初めて知った柳浦の戸惑いにはニヤニヤ。
 
当て馬ポジションの真雪ちゃんもイイ味を出していました。
若いのでまだまだ未熟な面も見受けられますが、そのまっすぐさに好感が持てる。
彼女のおかげで、二人も色々と気づく事ができたしね。
鬼塚、柳浦、真雪の大中小コンビがワーワー言っているシーンにほっこり。
彼女には無事に大学受験を終えてもらって、またバカップルを引っ掻き回しに来てほしい。
 

恋人を虜にする方法 第1話

柳浦が新しいTVゲームにご執心な為、やきもきする鬼塚の話。
ハイハイ、バカップルバカップル。
前巻の騒動で配属が変わって、勤務時間が9時ー5時になった柳浦と、彫り師として忙しい鬼塚はすれ違いの生活に。
鬼塚のためにスタミナ満点の料理を作ってくれる柳浦は理想の恋人ですが、コントローラーを握る手は止められない。
ゲームに一喜一憂する柳浦は可愛いんですが、恋人としてイチャイチャしたい鬼塚の複雑な男心。
しびれを切らした鬼塚は、柳浦を背後から抱きしめて、イケナイいたずらを仕掛けます。
鬼塚の「俺は柳浦さん攻略するから」若干親父クサいなと思いましたが(笑)。
実は柳浦がゲームを止められない、ちょっとした理由があったんですが……、ホントこの人、どこまで天然&可愛いの?
ゲームに登場するライオン丸みたいなキャラに「オニヅカ サン」と名付けてるのも含めて……、本当にご馳走様でした。
 

恋人を虜にする方法 第2話

鬼塚が勤めるタトゥースタジオ「月山」に立ち寄った柳浦。
今回は柳浦が生まれて初めての嫉妬に苛まれる話。
作中でも言われていますが、鬼塚、かなりの人たらしだからなぁ。
親分気質で優しいし、他者との対話や付き合いを疎かにしないし。
そんな彼と周囲の人間のやり取りを見て、柳浦は今まで味わった事のなかった感情に戸惑う。
恋に落ちたら、奇麗な想いだけではいられないから。
しかし、そんなドロドロとした己の心を、柳浦は当然厭う。
そんな彼に対して、鬼塚が……。
 

俺は嫌だけど、付き合うのやめる?

 
まあ、彼らの事だから大丈夫だろうけれど、ちょっとドキッとする台詞ですよね。
 
ちなみに、柳浦と月山の面々が酒盛りで飲んでいたメスカル酒。
アルコール度数は最高60度ぐらいあるらしい。
ちなみに一般的な日本酒の度数は大体15度。
それを一本空けて、多少酔ってはいてもスタスタ歩ける柳浦、酒豪すぎ。
 

恋人を虜にする方法 最終話

前回、鬼塚に「付き合うのやめる?」と言われて、柳浦が出した答え。
 

嫌です!!!

 
もちろん、即答。
そんな柳浦をギュッと抱きしめる鬼塚。
この、恋心に疎い柳浦を甘やかしすぎず、かといって邪険にせず、鬼塚が優しく引き上げてくれる感じが凄く良いんですよね、この二人。
鬼塚も今まで散々苦労してきたからこそ、他者に対して優しくなれる。
彼の経験は決して無駄ではなかったと思える。
柳浦が見せた嫉妬心&独占欲も、健気で罪のないものだし。
向けられた鬼塚にとっては、柳浦がただただ可愛くて仕方がない。
 
気持ちの高まった二人は、ラブホに立ち寄ります。
これも柳浦にとっては、おそらく初めての経験?(ニヤリ)
恥じらいつつも、鬼塚に気持ち良くなってもらいたい彼の姿が大変キュートでした。
そりゃあ、鬼塚もメロメロになります。
そして柳浦をアンアン言わせたい鬼塚のオヤジ度が急上昇しているような……、気のせい?
 

恋人を可愛がる方法 第1話

「鬼塚さん!」
「んーー」
「今日ってヤりますか?」

 
相変わらず意表を突いてくる柳浦に、冒頭から爆笑。
内に秘めずに、分からない事は鬼塚にちゃんと質問してくるのは以前に比べて良い兆候ですが、ちょっと素直過ぎなのでは!?
まあ、受ける方は色々準備があるから大変なんだろうけれどさ。
結局、即ヤってしまうバカップル。
準備する暇もありませんでしたね(笑)。
 
そんなある日、柳浦の従妹である光岡真雪が、大学受験の下見に上京してくる。
華のJK。
顔のパーツや雰囲気が柳浦そっくりなのが可愛い。
しかし真雪ちゃん、恋心を抱いている模様。
そしてちょっとした手違いから、柳浦達のアパートに泊まる事になりますが……。
女子高生に見られてはならないものを慌てて隠す二人には笑いましたが。
鬼塚、大人の余裕を装ってはいても、真雪の存在や柳浦との関係を偽らなければならない事に複雑な想いを抱えてしまいましたね。
 

恋人を可愛がる方法 第2話

悪気がないとはいえ、真雪に柳浦の「友達」扱いされるとキツイ鬼塚の様子から始まる第2話。
一方、真雪も柳浦に似て、人との付き合い方が少し不器用なんですね。
なんでも早急に白黒つけようとしてしまうのは、若さゆえか……。
これは鬼塚も放っておけず、大学の学園祭に付いていく事になります。
本当は真雪と一緒にいるのも辛いんですけれどね。
 
良識を持った大人として、進路や友人関係について真雪にアドバイスを送る鬼塚は、さすがの貫禄という感じ。
真雪も彼を信頼し始めますが……。
勢いがあまり過ぎて、柳浦さんラブ勢なのがバレたーーー!!!(付き合っている事は辛うじてバレませんでしたが)
 
その頃、当の柳浦は、鬼塚の枕をクンカクンカしながら幸せに浸っていましたとさ。
  

恋人を可愛がる方法 第3話

前回の展開により、真雪の中で株が大暴落してしまった鬼塚。
片や、鬼塚の布団の上で、彼の香りに包まれながら欲情する柳浦。
ぶっちゃけ、今回はほぼ彼の自慰シーンが占めていました。
第1話と第2話では、鬼塚の焦燥がメインでしたが、第3話では柳浦の鬼塚に対する渇望が止め処なく溢れています。
自慰をしていても、思い浮かぶのは鬼塚の事ばかり。
いつもは冷静な柳浦が我慢できずに耽溺してしまう様はたまらなくエロイんですが、それと同時に本人も制御ができないほど鬼塚に惚れている事が伝わってくる。
以前の「恋人を虜にする方法 最終話」では今ひとつ認識できなかった、己の利己的な感情や凶暴な独占欲もきちんと受け止め……。
柳浦の鬼塚に対する気持ちが、どんどん膨らんでいくのを感じられる回でした。
 

恋人を可愛がる方法 最終話

「アンタなんかに渡さない!!!」という真雪の言葉と、鬼塚の想いが重なる。
恋をすれば、大人も子供も関係なく、余裕ぶってなんかはいられない。
柳浦を手放すなんて鬼塚には到底できないんだから、彼ができるのは真雪と正面から向き合う事だけ。
それが鬼塚が彼女に対して示せる最大限の誠意。
 
翌朝。
前日とは打って変わって、大人げない鬼塚にくっそ笑いました。
まあ、そうそう簡単には割り切れませんよね(笑)。
それにしても、でっかい鬼塚とちっちゃい真雪が張り合っているのって、外野から見てるとなんだか和むなぁ。
二人はぜーぜー言ってるのに、一人だけのほほんとしている柳浦のマイペースさよ……。
彼女の気持ちに気づかぬ柳浦は、鬼塚との仲の良さを見せつけるような発言をしてしまう。
それに傷ついた真雪は、鬼塚に冒険を吐いてしまいますが……。
ここで毅然と彼女を嗜める柳浦も、部屋を飛び出した彼女を追いかけるように、柳浦を送り出せる鬼塚も男前ですね。
 
あらためて二人っきりで話し合う事になった柳浦の真雪。
ここで読者にとっても意外なエピソードが明かされます。
鬼塚、ブレないなぁ。
柳浦、『友達を口説く方法』以前に、すでに鬼塚の事を知っていたんですね。
しかも鬼塚にすら話していないなんて……、なんだかとても可愛らしい秘密を覗かせてもらって得した気分。
登場当初は無表情だった柳浦が、そんな彼が初めて鬼塚の部屋を訪れた時に何を思っていたのか、想像するだけで萌えます。
 
真雪も本当は鬼塚が優しい人間だって充分分かってるんですよね。
ちょっと遅い初恋に邁進中の大好きなお兄ちゃんを応援してしまう姿が、良い子良い子と掻い繰り回したいぐらい健気なんですが……。
 

付き合ってるなら、最初から言って!!

 
ホントにね。
ここに「お兄ちゃんを泣かしたら絶対許さない」ウーマンな小姑爆誕。
ひと悶着あったけれど、ワチャワチャしている三人が可愛い。
鬼塚、両手に花ですね。
 
「絶対受かる!!また来るし!!」という捨て台詞を残しつつ、真雪ちゃんが帰ってしまったのは寂しいですが、バカップルの日常がまた戻ってきました。
今回の件で、柳浦もさらにはっちゃけてしまったようで(笑)。
お互い「好きになってくれてありがとう」と感謝できるのは素敵な事ですね。
ラストは往来でイチャイチャする二人で〆。
 

描き下ろし・もっと恋人を可愛がる方法

真雪ちゃんがいる間はできなくて、悶々としていた二人のご褒美シーン。
鬼塚への好きという気持ちが膨れ上がり、それを持て余してしまった柳浦の積極性に鼻血。
ちょっと前は、柳浦が自分から率先して「好き」と言ってくれるなんて考えられなかったから、鬼塚は嬉しくてたまらないでしょうね。
あと鬼塚の言葉責め(というほど過激なものではありませんが)に、オヤジ化疑惑が再浮上。
まあ、二人が幸せなら、それでオールオーケー。
 

『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き (モノクローム・ロマンス文庫)

死者の囁き ~アドリアン・イングリッシュ 2~ (モノクローム・ロマンス文庫)

死者の囁き ~アドリアン・イングリッシュ 2~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』の感想です。
今度の舞台は、かつてゴールドラッシュに沸いたカリフォルニア州ソノラ近郊の町。
そこで再び事件に巻き込まれてしまったアドリアンと、彼を追ってやって来たジェイク。
不気味な事件やアドリアン達を突け狙う真犯人の正体のみならず、時々刻々と変化する二人の関係にも注目。
 

 

『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』(2013年12月25日発行)

あらすじ

二か月前に友人達が次々に殺害された事件がきっかけで、刑事であるジェイク・リオーダンと付き合い始めたアドリアン・イングリッシュ。
だが、アドリアンに惹かれつつも、己がゲイである事を嫌悪するジェイクとの関係は、進展する事もなく膠着状態に陥っていた。
おまけに、執筆業にも行き詰まりを感じたアドリアンは、亡き祖母が遺した別荘・パインシャドウ牧場を一人で訪れる。
そんな彼を出迎えたのは、射殺された正体不明の男性の遺体だった。
だが、町の保安官達を連れて、アドリアンが取り急ぎ戻ったところ、なぜか遺体は発見現場から消えていて……。
アドリアンは次第に、かつて辺りの鉱山王・アブラハム・ロワイヤルが所有したレッドローヴァ―鉱山跡に纏わる陰謀に巻き込まれていく。
 

感想

ストーリー

今回の舞台は、ゴールドラッシュ華やかなりし頃、賑わいを見せたカリフォルニア州ソノラの近郊にある小さな町・バスキング。
だが、かつての栄華は鳴りを潜めて、現在は寂れてしまっている。
前作の都会的な舞台設定とは全く違った味わいで、日本人の読者にはなかなか味わえないエキゾチックな雰囲気を堪能する事ができます。
片田舎の閉鎖性は、日本のそれと相通じるものを感じますが。
なにかとアドリアンと衝突する保安官の存在もなんだか新鮮。
まあ、日本では古き良き西部劇でなじみ深いものの、自治意識の強いアメリカでは警察と管轄などが違うだけで、現役バリバリの職業なんですけれどね。
 
今回、アドリアンが巻き込まれた事件も、前作に負けず劣らず魅力的。
消えた死体の謎。
アドリアンが雇っていた別荘の管理人が密かに栽培していたマリファナ。
よそ者を厭う、どこか草臥れた町の住人達。
かつての鉱山王が所有した鉱山跡を発掘調査するグループの、曰くありげな面々。
アメリカ先住民の一部族・ミウォク族発祥の、獣人達が闊歩する血生臭い神話。
本作は『バスカヴィル家の犬』に代表される、シャーロック・ホームズの冒険譚を彷彿とさせるものがある。
再び命を狙われたアドリアンが、ジェイクとタッグを組んで、事件の核心に迫っていく展開にワクワクが止まりませんでした。
フーダニットとして見ると若干唐突感のある作品ですが、アドリアン達が狙撃されたシーンや廃坑での探検など、冒険物としての要素が十分補完してくれています。
二人の小気味よい会話も、翻訳物ならではのエスプリが効いていて楽しい。
 
随所に盛り込まれた蘊蓄や小ネタもたまりません。
たとえば、アドリアンの祖母・アナが所有していた蔵書が、アガサ・クリスティ、レイモンド・チャンドラー、ダシール・ハメット、ジョセフィン・テイ、レックス・スタウト、ナイオ・マーシュなどの作品群だったという事だけでも、ミステリ好きとしてはニヤニヤしてしまいますし、コーネル・ウールリッチの『黒衣の花嫁』初版なんてファンとしては垂涎。
アナは既に個人なのが残念ですが、シェイクハンドしたいくらい趣味が合う。
ゲイの探偵が出てくる一般ミステリは、ジョセフ・ハンセンの『闇に消える』が初だったというのにも「へえ…」と呟いてしまいました。
『闇に消える』は翻訳が早川書房から出版されているので、是非読んでみたい本の一冊。
 
一方、アドリアンとジェイクのロマンスに目を向けると、冒頭ですでに、二人の付き合いが始まっているのに少し驚きましたが。
予想以上にややこしい事になっており、読者も頭を抱えたくなってしまいます。
早くも行き詰まりを感じていたアドリアンとジェイクですが、住んでいた土地を離れた事が彼らの心を解き放ったのか、はたまた前作と同じく事件が彼らの距離を近づけたのか、その両方とも言えますが。
バスキングで二人だけの生活を積み重ね、力を合わせて事件を調査している内に、ついには肉体関係もできて、どんどん距離を縮めていく。
 
作中でも言われていますが、彼らに限らず肉体を結ぶというのは、それが全てではないにしても、恋愛関係において大きな意味があるんだなと、あらためて認識しました。
ただ欲望を追いかけるのみならず、互いの気持ちを確認し、また相手の意外な一面をも知っていく行為。
二度目の濡れ場で、前作でのアドリアンとブルースのセックスをジェイクが伺っていたシーンについて、ジェイクがまさか言及するとは想像もできませんでしたが(アドリアンにとってはトラウマ物の出来事だから)。
それすらも、彼らが関係を形成していくプロセスとして必要なのだと、ジェイクは判断したんでしょうね。
ジェイクの立ち位置というのは不実と取れない事もないんだけれど、反面、これほど相手に率直に相対している男も珍しい。
 
また今作では、至る所に二人の心が深く結びつきつつある片鱗が見えます。
しかし、それが返って遣る瀬無さを助長する。
ジェイクが自分の性的志向を受け入れられず、一種の二重生活を送る以上、彼らの未来がまったく見えないからなんだろうな。
 

「お前は多分、俺の知る限り、一番きれいな男だよ」

 
ワンセンテンスだけを抜き出すと、アドリアンにとっては非常に嬉しい一言でしょう。
しかし、二人の現在の関係性を考えると、幸せに浸る事などは到底できず、それどころかとても切なく響く。
 

「アドリアン。俺には、何も約束できない。おまえに何もやれるものがない」

 
今思うと、農場にいた時間は、二人にとってモラトリアムだったのだなと。
下界の人間関係も、しがらみも、世間体もすべてシャットダウンして。
だからこそ、生身の人間同士として向き合う事=抱き合う事ができた。
だが、事件も解決した以上、彼らは現実に戻っていかなければならない。
アドリアンとジェイクも、今回互いに踏み込んだ事により、これからはより一層辛い状況に置かれるでしょう。
その事に、読者である私も焦燥を覚えます。
 

キャラクター

アドリアン、今更だけれど滅茶苦茶巻き込まれ体質ですね。
長年訪れていなかった別荘に来たら、偶然死体と遭遇って凄い確率。
犯人もさぞビックリした事でしょう。
個人的には、お祓いしてもらう事を強くおススメします。
まあ、彼の場合は、自分から率先して騒動の渦中に飛び込んでいる部分も多々ありますが。
付き合わされるジェイクも大変だ(惚れた弱み?)。

今のジェイクとでは、いつかは破局がやってくるのを十分理解しつつも、それでも離れられない心情がリアル。
ついつい茶化したり、一歩引いて他者を見てしまうのは、彼本来の気質の他に、以前同棲していた恋人・メルと別れた経緯も原因になっているんだろうな。
メルにすべてをさらけ出して失敗した分、相手に踏み込まないし、自分に踏み込ませない臆病さと不器用さ。
メルの事も、とても愛していたんでしょうね。
ジェイクへの言動や、彼へ向かう気持ち一つをとっても、アドリアンが情の深い男だというのが脈々と伝わってくる。
本当に応援したくなる、そんな主人公。
 
片や、ジェイクは、今回の物語でその人となりが大分明かされましたね。
結果、予想以上に難儀な人間だった。
芝居がかったSMプレイはOKで、本当に好きな男とはキスすらできないってややこし過ぎる。
彼がバスキングまで間髪置かずやって来たのからも明白ですが、アドリアンにかなり惚れている事が判明。
当て馬ポジションのケヴィンに、なんだかんだと言いつつ嫉妬しているのも美味しかった。
反面、己がゲイである事を認められず、完全に自縄自縛に陥っていますね。
複雑な心を頑健な体で鎧ている印象。
発掘メンバーとの食事会の帰り道、誤ってフクロウを車で引いてしまいショックを受ける姿に、彼の繊細さを垣間見ました。
 
しかしどうしようもなく無神経なところもあって、誕生日の食事の最中の、アドリアンに対する「子供が欲しい」発言はどうかと思いましたけれど(軽口を叩くしかできないアドリアンが悲しすぎる)。
それでも彼を嫌えないのは、アドリアンに対して彼なりに真摯さと正直さをもって接しているからなんでしょうね(だからこそ、性質が悪いとも言えますが)。
ラニヨン先生の精微な人物描写の積み重ねがあったればこそ、読者も単純に彼を詰る事ができない。

アドリアンと肉体関係を結んだ時の描写にも、捨てられない矜持の裏に初めて男を抱く戸惑いが見て取れて、普段の彼とのギャップにクラクラしました。
 
主人公二人以外のキャラクターを見ていくと、今回も一筋縄ではいかない人物ばかりでした。
ただし前作と違い、語り手であるアドリアンと面識のない人間がほとんどだったので、人物像の掘り下げ具合は若干浅かったかもしれません。
引き続きの登場となったアドリアンの母親・リサは、相変わらず濃かったですが(案の定、正反対の世界で生きるジェイクとは犬猿の仲だし)。