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『アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ (モノクローム・ロマンス文庫)

瞑き流れ~アドリアン・イングリッシュ5~ (モノクローム・ロマンス文庫)

瞑き流れ~アドリアン・イングリッシュ5~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ』の感想です。
心臓疾患の手術を受け、健康を徐々に取り戻しつつも、ずっと自分の人生を諦観してきたアドリアンは、返って戸惑いを隠せずにいた。
そして前作のカミングアウトにより、家族や地位も失ったジェイクもまた、迷いながらも新たな一歩を踏み出し始める。
互いに愛し合っているにもかかわらず、宙に浮いたような二人の関係。
最後に二人が出した答えとは?
 

『アドリアン・イングリッシュ(5) 瞑き流れ』(2015年12月9日発行)

あらすじ

前作で負った銃弾の傷も塞がり、心臓の疾患の手術を無事に終えたアドリアンだが、心身ともに疲弊した体は健康からはほど遠かった。
だが、そんな彼に追い打ちをかけるように、クローク&ダガー書店が何者かに空き巣に入られる。
おまけに、クローク&ダガー書店が入った建物の床下から、50年ほど前に行方知れずとなったジャズ・ミュージシャン・ジェイ・スティーヴンスの白骨遺体が見つかるなど、アドリアンは再び事件に巻き込まれていく。
アドリアンは、警察を退職し、私立探偵を始めたジェイクに助力を請うが……。
 

感想

ストーリー

まずはスタンディング・オベーション。
アドリアンとジェイク、二人が苦しみつつも模索し続け、最後にたどり着いた答えに拍手を送りたい。
 
アメリカを代表する作家であるレイモンド・チャンドラーの文章が多数引用され、スウィング・ジャズがBGMとなる、20世紀のアメリカを懐かしむような本作の世界観。
登場人物達も、いかにも古き良き探偵小説に出てくるような面々で、哀愁漂う意外な結末も含めて、ラニヨン先生の強いこだわりが感じられました。
ナチスに奪われた財宝の話が絡んできた時は、正直度肝を抜かれましたが。
これもある意味、20世紀アメリカを語る上では外せない、第二次世界大戦の一つの側面。
 
一見セピア色の向こう側に封じ込められたように、50年前に置き去りにされた今回の事件。
しかし、関わった人物達が感じた痛みや悲しみは、時間が経過しても色褪せる事はない。

そんな人々の想いと、現在のアドリアンとジェイクの姿がリンクする。
彼らがどんな結末を迎えようと、決して後悔だけはしてほしくない。
以前からそう思っていましたが、本作を読む事により、その気持ちが一層強まりました。
 
人間誰しも、他者に裏切られたり、何かを失うのは恐ろしい。
それが愛する人ならなおさら。

だが、その恐怖を乗り越えて、ジェイクと共に在る事を選び取ったアドリアン。
そして、彼をひたすら待ったジェイク。
終盤の彼らを見て、やっとパズルのピースがあるべきところに収まったカタルシスと「これで彼らはきっと大丈夫」という歓喜を得る事ができました。
第5巻まで追いかけてきて、途中胸が張り裂けそうな想いを何度となく味わいましたが、それを補って余りあるほど報われたと思えるし、できるだけ多くの方にこの読了感を味わってほしい。
 

キャラクター

主人公のアドリアン。
長年の心臓疾患が回復の兆しを見せ、人生の展望が開けた事により、それが返って彼を戸惑わせる展開にハッとさせられました。
リサを始めとした家族や周囲の人々の優しさや思いやりを受ける事に不慣れな彼。
今までの自立心の強さや達観は、弱さや怯えの裏返しだったんだなと。
加えて、アドリアンの病気が原因で別れた元カレ・メルを登場させるというタイミングの妙。
病気というしがらみがなくなった今、あれほど愛したメルとどんな関係を築いていくのか……、だがそこであらためてアドリアンが自覚したのは、ジェイクが彼にとってどれだけ大切なのかという事。
 
だが、ジェイクが唯一無二の存在だからこそ、前作で一瞬でも彼を疑ってしまった事がアドリアンを苦しめる。
そんな、彼をジェイクへと後押ししたのが、今回の重要人物・ジンクス・スティーブンスとの会話だった。
ジンクスの過去における、もはや取り返しのつかない後悔と、ジェイクとの関係で瀬戸際に立たされたアドリアンの心情が合致する様が圧巻。
誰もが一歩間違えれば闇に呑み込まれかねない人生の中で、だからこそ大事な人と歩んでいく事の大切さ。
ジェイクとの時間は、たった10か月で一度は途切れてしまいましたが、これからは今まで苦しんだ分まで、その幸せをかみしめて生きてほしい。
 
続いて、もう一人の主人公・ジェイク。
今回の真犯人のニック・アーガイルって、やはり闇に取り込まれた場合の、もう一人のジェイクなんでしょうね。
そう思うと、アーガイルの破滅には、ゾッとさせられます。
惚れた相手を手にかけた虚しさと満たされない焦燥を、何十年も抱えてきた彼。
ジェイクには、アドリアンのような存在がいて心底良かったと思える。
前回までの不安定なジェイクと比べて、今の彼なら大丈夫だと太鼓判を押せますが。
 
本当に今更だけれど、この巻を呼んで、ジェイクってやっぱりイイ男なんだなと再認識しました。
彼は前巻で多くのものを失いましたが、今回、時にアドリアンとぶつかり、時にアドリアンを献身的に支える姿を見ると、彼の決断は間違っていなかったのだと確信を持って言える。
尋常でない苦しみを味わったからこそ、アドリアンの迷いに寄り添う事ができるんですよね。
 
メルやガイはアドリアンとジェイクがあまりにも違い過ぎて、二人の生末に破滅しか見えないという見解を持っています。
ですが、違うからこそ補い合えるし、違うからこそ一緒にいて楽しい。
あと新生ジェイクのアドリアンへの愛、半端じゃありませんから。
そこは熱く異議を申し立てたい。
 
再スタートを切るにあたって、彼の目の前には様々な道が幾重にも広がっていましたが、それでもアドリアンを諦められない所に、彼の純情と愛の深さを感じてキュンキュンしました。
アドリアンと一緒に飼うために、彼に懐いていた子犬を内緒でもらってきちゃうところとか、Hシーンの甘々さとかもね、彼らがくっつくまでのフラストレーションが一気に解消されたような読了感。
 
そして主人公二人のみならず、外せないのが脇を固める面々。
このシリーズはアドリアンとジェイク、愛し合う二人がいれば成立するような甘い夢物語では決してない。
他の人々との関わり合いがあったからこそ、アドリアンとジェイクの今現在の人となりや関係性、人生が形成されていったと言える。

その中でも、今回私の中で特に印象深かったのは、リサを始めとしたアドリアンの家族達。
リサの存在は、何かと鬱陶しいと感じていた読者も多いと思いますが、今回は今までとは一風変わった一面を垣間見せてくれる。
子離れするのには、アドリアンの見積もりでは後35年ぐらいかかりそうですが(笑)、それでも一己の人間としてアドリアンを認めてくれる様や、子供を心底大事に思う母の姿が温かい。
アドリアンの父親が早逝してしまったり、アドリアンの病気もあったりして、ついつい過保護になってしまいがちな彼女。
しかし、彼女にとって息子は自己顕示欲や所有欲を満たすための手段ではないんだなと信じる事ができました。
 
それに、アドリアンの三人の義妹達。
初登場時には、彼女達がまさかこれほどまでに物語に絡んでくるとは想像もしませんでした。
ナタリーは、クローク&ダガー書店の大事な店員で、気の置けない仲だし(喧嘩していたり、ふざけ合っている様子は、まるで本物の兄妹みたい)。
エマに至っては、あの子供に関心のなかったアドリアンが、父性的な愛情を感じで、猫っ可愛がりしている。
アドリアンの義父であるビルも、妻や娘に比べると少し(?)影が薄いものの、それでもアドリアンをサポートしてくれましたし。
あと忘れちゃいけないのが、猫のトムキンス。
アドリアンに懐く姿が愛らしくて、猫好きには堪らない。
 
なんだかんだと言いつつ、アドリアンを大事にしている人間は、自身が思うよりもたくさんいる。
彼らはもちろんパーフェクトな存在ではありませんが(厄介な点も多々)、アドリアンは彼らの愛情にもう少し浴しても良いんじゃないかなと。
まあ、シニカルだけれど不器用なアドリアンと彼らの、どこかしらぎこちない交流が、見ている方からすると面白いんですけれどね。