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『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き (モノクローム・ロマンス文庫)

死者の囁き ~アドリアン・イングリッシュ 2~ (モノクローム・ロマンス文庫)

死者の囁き ~アドリアン・イングリッシュ 2~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』の感想です。
今度の舞台は、かつてゴールドラッシュに沸いたカリフォルニア州ソノラ近郊の町。
そこで再び事件に巻き込まれてしまったアドリアンと、彼を追ってやって来たジェイク。
不気味な事件やアドリアン達を突け狙う真犯人の正体のみならず、時々刻々と変化する二人の関係にも注目。
 

 

『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』(2013年12月25日発行)

あらすじ

二か月前に友人達が次々に殺害された事件がきっかけで、刑事であるジェイク・リオーダンと付き合い始めたアドリアン・イングリッシュ。
だが、アドリアンに惹かれつつも、己がゲイである事を嫌悪するジェイクとの関係は、進展する事もなく膠着状態に陥っていた。
おまけに、執筆業にも行き詰まりを感じたアドリアンは、亡き祖母が遺した別荘・パインシャドウ牧場を一人で訪れる。
そんな彼を出迎えたのは、射殺された正体不明の男性の遺体だった。
だが、町の保安官達を連れて、アドリアンが取り急ぎ戻ったところ、なぜか遺体は発見現場から消えていて……。
アドリアンは次第に、かつて辺りの鉱山王・アブラハム・ロワイヤルが所有したレッドローヴァ―鉱山跡に纏わる陰謀に巻き込まれていく。
 

感想

ストーリー

今回の舞台は、ゴールドラッシュ華やかなりし頃、賑わいを見せたカリフォルニア州ソノラの近郊にある小さな町・バスキング。
だが、かつての栄華は鳴りを潜めて、現在は寂れてしまっている。
前作の都会的な舞台設定とは全く違った味わいで、日本人の読者にはなかなか味わえないエキゾチックな雰囲気を堪能する事ができます。
片田舎の閉鎖性は、日本のそれと相通じるものを感じますが。
なにかとアドリアンと衝突する保安官の存在もなんだか新鮮。
まあ、日本では古き良き西部劇でなじみ深いものの、自治意識の強いアメリカでは警察と管轄などが違うだけで、現役バリバリの職業なんですけれどね。
 
今回、アドリアンが巻き込まれた事件も、前作に負けず劣らず魅力的。
消えた死体の謎。
アドリアンが雇っていた別荘の管理人が密かに栽培していたマリファナ。
よそ者を厭う、どこか草臥れた町の住人達。
かつての鉱山王が所有した鉱山跡を発掘調査するグループの、曰くありげな面々。
アメリカ先住民の一部族・ミウォク族発祥の、獣人達が闊歩する血生臭い神話。
本作は『バスカヴィル家の犬』に代表される、シャーロック・ホームズの冒険譚を彷彿とさせるものがある。
再び命を狙われたアドリアンが、ジェイクとタッグを組んで、事件の核心に迫っていく展開にワクワクが止まりませんでした。
フーダニットとして見ると若干唐突感のある作品ですが、アドリアン達が狙撃されたシーンや廃坑での探検など、冒険物としての要素が十分補完してくれています。
二人の小気味よい会話も、翻訳物ならではのエスプリが効いていて楽しい。
 
随所に盛り込まれた蘊蓄や小ネタもたまりません。
たとえば、アドリアンの祖母・アナが所有していた蔵書が、アガサ・クリスティ、レイモンド・チャンドラー、ダシール・ハメット、ジョセフィン・テイ、レックス・スタウト、ナイオ・マーシュなどの作品群だったという事だけでも、ミステリ好きとしてはニヤニヤしてしまいますし、コーネル・ウールリッチの『黒衣の花嫁』初版なんてファンとしては垂涎。
アナは既に個人なのが残念ですが、シェイクハンドしたいくらい趣味が合う。
ゲイの探偵が出てくる一般ミステリは、ジョセフ・ハンセンの『闇に消える』が初だったというのにも「へえ…」と呟いてしまいました。
『闇に消える』は翻訳が早川書房から出版されているので、是非読んでみたい本の一冊。
 
一方、アドリアンとジェイクのロマンスに目を向けると、冒頭ですでに、二人の付き合いが始まっているのに少し驚きましたが。
予想以上にややこしい事になっており、読者も頭を抱えたくなってしまいます。
早くも行き詰まりを感じていたアドリアンとジェイクですが、住んでいた土地を離れた事が彼らの心を解き放ったのか、はたまた前作と同じく事件が彼らの距離を近づけたのか、その両方とも言えますが。
バスキングで二人だけの生活を積み重ね、力を合わせて事件を調査している内に、ついには肉体関係もできて、どんどん距離を縮めていく。
 
作中でも言われていますが、彼らに限らず肉体を結ぶというのは、それが全てではないにしても、恋愛関係において大きな意味があるんだなと、あらためて認識しました。
ただ欲望を追いかけるのみならず、互いの気持ちを確認し、また相手の意外な一面をも知っていく行為。
二度目の濡れ場で、前作でのアドリアンとブルースのセックスをジェイクが伺っていたシーンについて、ジェイクがまさか言及するとは想像もできませんでしたが(アドリアンにとってはトラウマ物の出来事だから)。
それすらも、彼らが関係を形成していくプロセスとして必要なのだと、ジェイクは判断したんでしょうね。
ジェイクの立ち位置というのは不実と取れない事もないんだけれど、反面、これほど相手に率直に相対している男も珍しい。
 
また今作では、至る所に二人の心が深く結びつきつつある片鱗が見えます。
しかし、それが返って遣る瀬無さを助長する。
ジェイクが自分の性的志向を受け入れられず、一種の二重生活を送る以上、彼らの未来がまったく見えないからなんだろうな。
 

「お前は多分、俺の知る限り、一番きれいな男だよ」

 
ワンセンテンスだけを抜き出すと、アドリアンにとっては非常に嬉しい一言でしょう。
しかし、二人の現在の関係性を考えると、幸せに浸る事などは到底できず、それどころかとても切なく響く。
 

「アドリアン。俺には、何も約束できない。おまえに何もやれるものがない」

 
今思うと、農場にいた時間は、二人にとってモラトリアムだったのだなと。
下界の人間関係も、しがらみも、世間体もすべてシャットダウンして。
だからこそ、生身の人間同士として向き合う事=抱き合う事ができた。
だが、事件も解決した以上、彼らは現実に戻っていかなければならない。
アドリアンとジェイクも、今回互いに踏み込んだ事により、これからはより一層辛い状況に置かれるでしょう。
その事に、読者である私も焦燥を覚えます。
 

キャラクター

アドリアン、今更だけれど滅茶苦茶巻き込まれ体質ですね。
長年訪れていなかった別荘に来たら、偶然死体と遭遇って凄い確率。
犯人もさぞビックリした事でしょう。
個人的には、お祓いしてもらう事を強くおススメします。
まあ、彼の場合は、自分から率先して騒動の渦中に飛び込んでいる部分も多々ありますが。
付き合わされるジェイクも大変だ(惚れた弱み?)。

今のジェイクとでは、いつかは破局がやってくるのを十分理解しつつも、それでも離れられない心情がリアル。
ついつい茶化したり、一歩引いて他者を見てしまうのは、彼本来の気質の他に、以前同棲していた恋人・メルと別れた経緯も原因になっているんだろうな。
メルにすべてをさらけ出して失敗した分、相手に踏み込まないし、自分に踏み込ませない臆病さと不器用さ。
メルの事も、とても愛していたんでしょうね。
ジェイクへの言動や、彼へ向かう気持ち一つをとっても、アドリアンが情の深い男だというのが脈々と伝わってくる。
本当に応援したくなる、そんな主人公。
 
片や、ジェイクは、今回の物語でその人となりが大分明かされましたね。
結果、予想以上に難儀な人間だった。
芝居がかったSMプレイはOKで、本当に好きな男とはキスすらできないってややこし過ぎる。
彼がバスキングまで間髪置かずやって来たのからも明白ですが、アドリアンにかなり惚れている事が判明。
当て馬ポジションのケヴィンに、なんだかんだと言いつつ嫉妬しているのも美味しかった。
反面、己がゲイである事を認められず、完全に自縄自縛に陥っていますね。
複雑な心を頑健な体で鎧ている印象。
発掘メンバーとの食事会の帰り道、誤ってフクロウを車で引いてしまいショックを受ける姿に、彼の繊細さを垣間見ました。
 
しかしどうしようもなく無神経なところもあって、誕生日の食事の最中の、アドリアンに対する「子供が欲しい」発言はどうかと思いましたけれど(軽口を叩くしかできないアドリアンが悲しすぎる)。
それでも彼を嫌えないのは、アドリアンに対して彼なりに真摯さと正直さをもって接しているからなんでしょうね(だからこそ、性質が悪いとも言えますが)。
ラニヨン先生の精微な人物描写の積み重ねがあったればこそ、読者も単純に彼を詰る事ができない。

アドリアンと肉体関係を結んだ時の描写にも、捨てられない矜持の裏に初めて男を抱く戸惑いが見て取れて、普段の彼とのギャップにクラクラしました。
 
主人公二人以外のキャラクターを見ていくと、今回も一筋縄ではいかない人物ばかりでした。
ただし前作と違い、語り手であるアドリアンと面識のない人間がほとんどだったので、人物像の掘り下げ具合は若干浅かったかもしれません。
引き続きの登場となったアドリアンの母親・リサは、相変わらず濃かったですが(案の定、正反対の世界で生きるジェイクとは犬猿の仲だし)。