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『アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死 (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死 (モノクローム・ロマンス文庫)

海賊王の死 ~アドリアン・イングリッシュ 4~ (モノクローム・ロマンス文庫)

海賊王の死 ~アドリアン・イングリッシュ 4~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死』の感想です。
ジェイクと別れてから作中内時間で二年。
今現在、アドリアンは前作で出会ったガイと付き合っていた。
だが、あるパーティーで起きた殺人事件がきっかけで顔を合わせてしまったアドリアンとジェイク。
一度は分かれた二人の道が、再び交わり始めます。
 

『アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死』(2015年2月7日発行)

あらすじ

著作『殺しの幕引き』の映画化話が持ち上がり、美貌の俳優・ポール・ケインの主催するパーティーに招待されたアドリアン・イングリッシュ。
だが、そのパーティーの場で毒殺事件が発生。
殺害されたのは、ポールのパトロンで、数々のハリウッド映画にも出資している富豪・ポーター・ジョーンズ。
そんな事件を捜査するため現場にやって来たのは、かつてアドリアンと交際し、手酷い別れ方をしたジェイク・リオーダンだった。
今でも二年前の別れの傷がいえないアドリアンは、できるだけジェイクとの接触を断とうとする。
しかし、様々な証拠から殺人容疑をかけられてしまったアドリアンは、ジェイクとただならぬ関係のポールに見込まれて、再び素人探偵をする事になってしまい……。
 

感想

ストーリー

ラニヨン先生には、今回も心の琴線をかき乱されました。
とにかくアドリアンをはじめとした登場人物達の言動や一挙手一投足、感情の動きに至るまで、すべての密度が濃く、味わう方にもそれ相応の覚悟が必要です。
これほど芳醇な人間ドラマには、そうそうお目にかかれません。
 
物語冒頭から胸のざわつきが抑えられない本作。
結婚しても、いまだに二重生活を続けるジェイク(妻のケイトは流産してしまった事が、本作で明かされる)。
実はアドリアンと付き合い始める前から、そしてアドリアンと別れた後も、ジェイクとポールの関係が5年も続いているという事実。
事ある毎に見せつけられる、彼らの親しげな様子。
 
とにかく、今回は終始一貫ジェイクにヤキモキさせられました。
彼がアドリアンに対して、尋常ではない未練を残しているから尚更。
アドリアンと同じく、時に絆され、時にムカつき……。
でも、この自分勝手で、支離滅裂で、だけれどアドリアンに対して決して嘘のない点(それがアドリアンに対して厳しい現実だとしても)が、ジェイク・リオーダンという男なんだなと変に納得もしてしまうんですが。
 
おまけに今回は、現在アドリアンと付き合っているガイが、かつての交際相手であり、『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』の犯人グループの一人だったピーター・ヴェルレーンと、関係が切れていなかった事も発覚。
たださえ、二年前よりも体調が悪化しているアドリアンをこれ以上苛むのを止めて欲しいと、懇願したくなってしまうような展開。
しかし、アドリアン自身も、そこで引いてしまうような大人しいキャラではないから。
自らガンガン火元に飛び込んでいくからなぁ。
畢竟、読者も降りかかる火の粉を払いつつ、彼に付いていくしかない。
 
だからこそ、クライマックスでジェイクが下した、自分の性的志向が暴露される事も辞さない決断や、アドリアンの身を死に物狂いで守った事には、胸のすくような思いがしました。
このシリーズを読み続けて、本当に良かったと感じた瞬間。
だがその代償は大きく、ジェイクはすべてを失ってしまう。
もちろん、本シリーズの事だから「これからアドリアンとジェイクはラブラブハッピータイムだ!きゃっほーい!!」となるわけもなく、二人ともさらなる葛藤に苦しむ事が目に見えている。
この巻を除いて、シリーズも残すところ二巻。
二人がこれから生きていくにあたって、それぞれがどのような道を模索していくのか、いよいよ目が離せなくなっていきます。
 
そんな二人の背景を彩った殺人事件ですが、映画業界を舞台にしているためか華やかでゴージャス。
グラマラスな金髪美女の未亡人に被害者の前妻である大女優、ゲイの脚本家など、いかにもハリウッド的な曲者揃い。
その中でも特に出色だったのは真犯人。
絶対的な美貌とおぞましい本性のギャップ。
攻め手からめ手でアドリアン達を追いつめていき、掌の上で踊らせた悪魔的手腕に慄然とする。
彼自身を主役としたピカレスク小説が、一本書けそうなほどのアクの強さ。
シリーズ中でも屈指の名敵役だったと思います。
 

キャラクター

アドリアン、今回も心身共に傷つきましたね。
私も共感しすぎて涙目。
 

「何なのかはわかってるだろ、ジェイク。これは、僕らがやっと互いに言えた、本当のさよならだよ」

 
上記は、アドリアンを忘れられないジェイクと再び肉体関係を持ってしまった後、彼が言い放った言葉。
愛情深いゆえジェイクへの想いを断ち切れないものの、このままずるずると関係を続けてしまえば二年前の二の舞になるのが、アドリアンには十分わかっていた。
ここは、アドリアンのジェイクに対する愛、しかし見せかけの安住に身を置けない潔さと強さ、そして繰り返してしまう事に対する怯えなどが含まれていて、彼の複雑な人間性や思考を凝縮した名シーンだと思います。
 
本作はその他にも、彼を痛めつけるようなエピソードの連続。
それでも一人歩む事を止めないし、止められない彼の孤高は、美しいんだけれど切ない。
ジェイクがカミングアウトした事により、彼らの関係はより混迷を極めたけれど、今はただ心臓疾患の手術を受けて、養生に励んでほしい。
 
一方、ジェイクは……。
本当にすべてを投げ打ってしまいましたね。
彼が今回のような決断を下した理由が「アドリアンへの愛」のみという単純なものではなく(それも大きな要素のひとつではあるけれど)、彼の根幹をなす信念ゆえというのが、さすがラニヨン先生、深いなと……。
家族、仕事、「普通の」人生……、これまで守り通してきたものを捨てた彼の心情は、筆舌に尽くしがたい。
自業自得という向きもあるかもしれないが、人間誰しも他者に知られたくない秘密の一つや二つはある。
己の中の屈折と真っすぐさの狭間で苦しんできた姿は、他人事として見るにはあまりにもリアルな人間像過ぎる。
そんな彼の現在置かれた状況を鑑みると、お気楽な事は到底言えない。
それでも読者も、アドリアンも、堕ちていく彼など決して見たくなかったから、ここは「良かった」と表現しておきたい。
 
あと今回、彼のアドリアンに対する愛や執着には、かなり驚かされました。
ジェイクにとって、アドリアンとの出会い自体が天啓のようなものだったのだなと。
今まで多くの男女と肉体関係を持ってきたジェイクですが、アドリアンへの想いからは、まるで初恋のような純粋さを感じる。
彼の言動が身勝手だったのは事実ですが、それでも形振り構わずアドリアンを求めたのにはそういう真意があったんだなと、とてつもない説得力を感じました。
 
ジェイクがアドリアンを抱くときによく言う「お前は俺の知る限り、一番きれいな男だよ」という台詞も、それを知った後だとさらに読者の胸を打ちます。
肝心のアドリアン自身は「誰にでも言ってるんだろう」と考えていますが、ジェイクは至極真面目な告白なんでしょうね。
まあ、信じてもらえないのは、今までの所業を考えると仕方がないのかもしれませんが(笑)。