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『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

悪魔の聖餐 ~アドリアン・イングリッシュ 3~ (モノクローム・ロマンス文庫)

悪魔の聖餐 ~アドリアン・イングリッシュ 3~ (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐 (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐 (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』の感想です。
クローク&ダガー書店のパート・タイマーであるアンガスが殺人容疑をかけられた事により、カルト的な連続殺人に巻き込まれていくアドリアン。
さらに表紙イラストでも表されています通り、微妙だったジェイクとの関係もターニングポイントを向かえます。
読者である私達は、彼の怒涛の人生をただただ見守る事しかできません。
 

『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』(2014年8月25日発行)

あらすじ

クローク&ダガー書店のパート・タイマーのアンガスは、かつてのオカルト仲間からの嫌がらせに悩まされていた。
とうとう店にまで脅迫まがいの電話がかかってくるようになり、アンガスに情をかけたアドリアンは金を渡して、しばらく町を離れるように忠告する。
だがそれは事件の発端に過ぎなかった。
異様な現場で、遺体が発見される怪事件に関して容疑をかけられてしまったアンガス。
その他にも、アドリアンの周囲で奇妙な出来事が頻発する。
クローク&ダガー書店でファン・ミーティングを行った人気作家の失踪。
アンガスの行方を追って、アドリアンに迫る正体不明の若者達。
おまけに私生活では母親・リサの再婚や、微妙な関係だったジェイクとの決定的な決裂など、精神的にもひっ迫していく。
 

感想

ストーリー

アドリアンやジェイクに限らず、人間の一生とは選択の連続です。
その中で最良の選択肢とは果たして何なのか、深く考えさせられる本作。

今回のジェイクの選択に関しては、決して擁護できない。
彼の中にある矛盾には大いに同情するけれど、アドリアンを深く傷つけたのは動かしがたい事実です。
しかし、私はアドリアンを単なる悲劇の主人公に祀り上げるのにも抵抗を覚える。
ジェイクの婚約者のケイトがどのような女性か本書を読む限りは分からないが、アドリアンは彼女に対する裏切りに加担してしまった。
時に茶化し、時に諦観し、割り切った大人を装う……、それもまたアドリアンという一己の人間が下した選択なのだから。
 
アドリアンもジェイクも、自分達の未来に明るい展望は抱いていなかったが、それでも何かしら一縷の希望のようなものを抱いていたのではないでしょうか?
さもなければ、彼らの道が交わり、10か月も関係を継続させる事はなかった。
ただ、何かを好転させるには、彼らはあまりにも受動的すぎたように感じます。
アドリアンは、ジェイクがいつかは己のセクシャリティを認めるだろうと高を括っていたし、ジェイクはアドリアンとケイト、どっちつかずの交際をずるずると続けてしまった。
そんな中、今回のような結末は、起こるべくして起きた。
ただ彼らの関係を一概に「間違いだ」と断じる事は、私にはできない。
なぜなら、この時点で彼らにとっての最良の選択とは何だったのか、私にも分からないから。
 
悲観せざるを得ない状況下でも、惹かれずにはいられなかったアドリアンとジェイク。
弱くて、臆病で、不器用で、とてつもなく人間臭くて……。
私にはそんな彼らが、どうしようもないくらい愛おしく思える。
そういう気持ちを、読者である私に与えてくれたラニヨン先生は、あらためて素晴らしい書き手だなと。
本作で一度は別たれてしまったアドリアンとジェイクの道行きですが、シリーズはこれからも続いていきます。
今までの二人の時間が無駄ではなかったと、そう感じられるような人生をアドリアンとジェイクが歩んでくれる事を望まずにはいられません。
 
今回は主人公二人の関係性に胸を抉られましたが、もちろんこのシリーズの通常通り、エンターテインメントとしても読み応え抜群。
第一作目から脇キャラとして突出した存在感を放っていたアンガスですが、とうとう物語の中心に躍り出てきました。
アドリアンは親切心ゆえの行動だったのに、アンガスの奇矯さや臆病さにかなり引っ掻き回されましたね。
 
陰惨で悪魔的な事件の数々。
エキセントリックなベストセラー作家の失踪とゴーストライター疑惑。
現場やクローク&ダガー書店に残された逆五芒星。
カルト的な謎の集団。
それらが読者の好奇心をくすぐり、最終的に一点に集中していく展開がお見事でした。
 
魔術やサタニズム、魔女裁判などに関する知識のみならず、ふんだんに盛り込まれた蘊蓄も興味深い。
ポケモンやハリポタはともかく、遊戯王の名前が出てきた時には、ラニヨン先生のアンテナの手広さに驚かされましたが(しかも遊戯王へのツッコミが結構鋭い)。
テーマがオカルトや魔術だからと言って、ゴシック一辺倒ではなく、アドリアンが(彼なりに)ネットを屈指して情報収集するなど、現代風味を合わさって、独特な作品世界を形成しています。
アクションシーンや緊迫した場面も豊富で……、アドリアン、体が弱いんだからもうちょっと己を労わってとは思いましたが。
 
あと今回見逃せないのは、アドリアンの母親・リサの再婚。
結果、アドリアンになんだか濃いキャラな義妹が三人もできました。
アドリアンと同じく、私もリサが少し苦手だし、自分の再婚相手とアドリアンを無理矢理仲良くさせようとする言動にはげんなりしてしまいますが、思えば彼女も自分の幸せをつかむのに必死なんだなと。
そう考えると、彼女の事を嫌いにはなれません(お近づきにはなりたくないけれど)。
  

キャラクター

アドリアン、今さらだけれど本当にジェイクの事が好きだったんですね。
今まであえて見ようとしなかった感情が、ジェイクとの訣別により間欠泉のように噴出したイメージ。
そんな彼にとって、今作は辛いエピソードの連続でした。
何を見聞きしても、ジェイクが脳裏を過ってしまう。
アドリアン自身はいつも通り、ドライでウェットに富んだ語り口を心掛けているんだろうけれど、焦燥と動揺が隠しきれずにアイタタタ……。
怪我をしたジェイクを見舞う事もできず、彼が家族や婚約者と共にいるのを、そっと影から覗いているアドリアン。
ありがちだけれど、泣きそうになりました。
 
また個人的に最も印象に残ったのは、破局後、アドリアンがヘアサロンに髪を切りに行った際の出来事。
スタイリストのパオロに「何だか憂鬱そうじゃない?」と質問されて、アドリアンから反射的に漏れた言葉。
 

「恋人に振られたんだ」

 
思えば、アドリアンがジェイクを「恋人」と称したのって、これが初めてなんですよね。
今まではあえて関係に名をつけずに曖昧にしていた。
いつかは終わる関係だからと予防線を張っていたけれど、内心では……。
本人も気づいていなかった(もしくは気付かないふりをしていた)虚飾が、些細な一言で剥がれ落ちた一瞬に「うわぁぁあぁ!!」と頭を掻きむしりたくなりました。
あとはジェイクのために買ってあったのに無駄になった冷凍ステーキなど、いちいち挙げていたらきりがないくらい、こうしたシーンがてんこ盛り。
今回、ラニヨン先生は、読者を徹底的に泣かせにかかっているなと思わずにはいられない。
 
片や、ジェイクですが……。
上では一応擁護(?)しておきましたが、やっぱり酷いですよね。
前作までの、矛盾を抱えつつも失われなかったまっすぐさは消えて、弱さを完全に露呈してしまいました。
正直、ムカついたシーンも少なからずありました。
自分が苦しんでいるからと言って、他者に対して何をやっても許されるわけではない。
自己保身に走ったり、アドリアンを乱暴に抱いたかと思ったら、無碍に扱ったり……、支離滅裂な行動が返ってリアルで痛々しい。
あぁ、人間って袋小路に入ると確かにこうなるなと唸ってしまいました。
さらにアドリアンの率直さが、ジェイクを余計に追い詰める。
 

「僕の存在自体が、お前を脅かしてるんだろ」

 
このセンテンスを読んだ時、「あぁ、この二人は決裂するしかないんだな」と、最後通告を突き付けられたような気分になりました。
 
ジェイクがまったくの人でなしだったら、まだ救われたんだけれど。
前半のアドリアンとの語らいや濡れ場で、彼がアドリアンにどんどん惹かれていっている様や、男性を愛する自分を受け入れる片鱗が伺えたから、さらに辛かった。
以前もどこかで書きましたが、だからこそ性質が悪いとも言えるけれど。
「結婚して子供を持つ事」は彼の既定路線だったはずなのに、まったく幸せそうではないジェイク。
彼がアドリアンを失って、自分のセクシャリティに折り合いをつけていけるのか、そしてこの先のどのように人生を歩んでいくのか、非常に興味を引かれます。
 
最後に、アドリアンとギクシャクしたジェイクの代わりに、捜査のパートナーを務めたガイ・スノーデン。
本作のラストで、アドリアンとの関係が続いていく事を示唆せれています。
ゲイである自分を偽らず、自然体で、知的で……、アドリアンも無理せずに時間を共有できる人間。
ある意味、ジェイクとは正反対。
ジェイクとの関係が壊れていく過程で、アドリアンが彼のような人間に好意をもったのも分かります。
ジェイクとの恋で傷ついたアドリアンにとって、ガイという存在はマストだったんだなと。
その辺りの、ラニヨン先生が描く人間関係の綾に、思わず唸ってしまいました。