ボーイズラブのすゝめ

ボーイズラブ系のコミックス&小説の感想を中心に。

『恋人を口説く方法』(青山十三/新書館ディアプラス・コミックス)感想【ネタばれあり】

恋人を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

恋人を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

 
青山十三先生の『恋人を口説く方法』の感想です。
前作で友情から変化した恋情を成就させた柳浦と鬼塚。
やっと体を繋げたり、鬼塚の家族のような同僚達に挨拶したりと、順調に交際を進めていきます。
ところが、意外なところから火種が生じ、サラリーマンである柳浦はジリジリと追いつめられていく。
二人は危機を乗り越える事ができるのか?
 
kashiwamochi12345.hatenablog.com
 

『恋人を口説く方法』(2016年11月1日発行)

あらすじ

友情から発展した恋心を実らせ、心も体も結びついた柳浦と鬼塚。
しかし、あるきっかけで知り合った森山という男により、二人の間に波乱が齎される。
なんと森山は柳浦が勤める鷹場産業の同僚であるばかりではなく、柳浦の上司・鷹場功一と敵対する人間のために動いていた。
鬼塚の過去や交友関係をあげつらわれ、仕事との板挟みになる柳浦。
一方、鬼塚もあまりに近い柳浦と森山の距離感に、柳浦を奪われるのではないかと悩んでいた。
 

総評

大好きな人を知る事ができるのは喜びでもあるけれど、時には勇気を振り絞らなければならない場合もある。
恋人同士になった二人が、怯えやためらいを克服して、どのように互いへ踏み込んでいくのかが今回のテーマでした。
その結果、柳浦や鬼塚の前巻では見られなかった内面や、恋する事によって生じた変化が見られて、読者としては大変満足。
 
柳浦はやはり人間関係には不慣れな一面が垣間見えて、どうしても内に籠ってしまう場面も散見している。
それでも鬼塚の生き方に倣って、彼のような強さを身に着けたいと頑張る姿が爽やか。
最終的に、鬼塚と一緒に生きるため、躊躇いなく行動できる強さを見せてくれたのも、前巻の仕事と両立できずに鬼塚と離れようとした彼とは対照的。
個人的には、柳浦は自虐するほど弱くはないと思うんですけれどね。
むしろ、この巻をラストからすると、一番怒らせてはいけない人間なんじゃないかと(笑)。
 
片や鬼塚も、以前では見られなかった弱さが滲み出ている。
人間関係に消極的な柳浦を今までずっと引っ張て来たのが彼だったから、これまた新鮮。
元カノと別れた経緯から、彼のような人間でさえどうしても直視するのが怖い場面もある。
当然、強いだけの人間なんて存在しない。
 
結論、いくら照れ臭かろうが、辛かろうが、互いへの愛情表現や本音で向き合う事を疎かにしてはいけませんね。
柳浦と鬼塚には、これからも互いの弱点を補い合いながら、ゆっくり時を重ねていってほしい。
 

あなたを口説く方法

冒頭からいきなり全裸&風呂場でこけてる柳浦に、鬼塚と同じく茫然。
何があった!?
まあ、ローションが転がっている時点で大体お察しなんですけれどね。
 
前作で紆余曲折ありつつも、お付き合いを始めた二人。
映画を見たり、お茶や食事をしたりと、恋人関係を満喫。
だがまだまだ最後の一線は越えられず(過程のあれやこれやはしていますが)。
柳浦が雇用主である功一様のせいで、変に偏った知識が身についてしまっているのが色々な意味で心配(柳浦さん、頼むからその手つき止めて(笑))。
相変わらず、少し言葉も足りないし。
鬼塚も、それは心配になります。
その内、ちょっとした事で行き違ってしまう二人。
 
柳浦、前巻で大分成長したけれど、まだまだ他者の心情を測りかねている模様。
鬼塚の希望に答えるために奮闘する姿は可愛いのですが。
つーか、自分を開発するために用意した道具が何気にスゴイ。
それはまだ早すぎ(?)といった代物ばかり。
彼が一体どんなサイトを見て勉強したのか、地味に気になります。
 
結局、風呂場にてローションで滑って転んで、お話は冒頭に戻る。
柳浦がぶっ飛んだ言動をして、鬼塚がそれを抑えるのが、もはやお家芸になりつつあるな、この二人(遠い目)。
鬼塚の包容力もあり、今回も何とか丸く収まり、二人は身も心も結ばれる。
いつもは涼しい顔した柳浦の、余裕のなさや初々しさがキュート。
終わった後、ほっぺをぷくっとさせて、むくれちゃうのも破壊力抜群。
鬼塚もそんな柳浦が可愛くて仕方ない模様。
 

恋人を口説く方法 第1話

鬼塚の友人兼同僚達に、あらためてご挨拶する柳浦。
森山というお人は新顔ですが、まさかそれが騒動の始まりとは思いもよりませんでしたが……。

三つ指揃えて、真っ赤な顔でドキドキしながら「不束者ですがよろしくお願い致しますっっ」って、まさにTHE 新妻の趣き。
かと思うと、堂々と惚気る(本人無自覚)肝っ玉の太さも兼ね備えている。
 

鬼塚さんを怖いと思った事は一度もないですね。
いつも優しいです。
優しくて、頼もしくて、格好いいです。

 
ハイハイ、ご馳走様(ニヤニヤ)。
こんな奇麗な笑顔で正面切って言われたら、当の本人である鬼塚もたまりませんよね。
さらに、この場にいるほとんどが彫師なものだから、柳浦の他に類を見ない美しい肌に大注目&触りまくり。
それにやきもちを焼いた鬼塚が皆に隠れて、柳浦にキスやアレコレしてしまうのドキドキ(バレバレだけれど)。
 
皆が撤収した後のエプロンプレイにも鼻血。
なんだかんだ言って、知識のない柳浦相手にやりたい放題じゃないか、鬼塚(笑)。
まだまだ恋愛感情に不慣れな柳浦が、なかなか「好き」と言葉にできないのが若干不安要素ではありますが。
 
後日。
とあるスーパーマーケットで再会した柳浦と森山。
やっぱりコイツ、何か企んでやがったな……。
どうやら柳浦や鬼塚の周囲を色々と嗅ぎまわっているらしい事が示唆される。
彼の観察眼もなかなか侮れませんね。
確かに柳浦の物腰の柔らかさや平等さって、他者に興味がない事の裏返しである部分も無視できないから。
 
ラストは極道の総本部に出入りする鬼塚と彼の師匠の大ゴマ。
なんだか嵐の予感。
 

恋人を口説く方法 第2話

今回は久しぶりに、鬼塚の彫師としての凄みを見たような気がします。
極道の若頭に依頼されて、刺青の図案の描きまくる鬼塚。
だがなかなか方向性が定まらず、柳浦の白磁のような肌を見せてもらう事に……。
柳浦は鬼塚にとって、恋人であると同時にインスピレーションの源。
それは鬼塚が柳浦に惚れた要素の一つでもあるし、二人の関係の原点を見たような印象。
このシーン、柳浦が鬼塚に背を向けていて二人の視線は絡まないですが、それが独特の緊張感を生み出している。
そして柳浦を見る鬼塚の視線も、男臭くてエロス。
 
結局、昂った鬼塚は柳浦を抱いてしまうのですが、その最中に鬼塚が柳浦の背中に墨で炎を描いたのにも興奮しました。
まさに、この二人ならではのシチュエーション。
基本的には優しい関係を築いている二人ですが、鬼塚の根底には仄暗い独占欲や凶暴性などが少なからずあるんだなという事が察せられる。
柳浦の背負った炎を見て、所有欲を満たされたような鬼塚の表情が印象深い。
いつもの可愛いイチャラブとは一味違う大人の色気を満喫。
恋愛初心者の柳浦にとっては、少し濃厚すぎたかもしれませんけれどね。
 
二人の共同作業(?)により、見事図案も完成しますが。
一方、鬼塚に翻弄されてしまった柳浦は、森山との件もあり、鬼塚の顧客に極道がいる事について一抹の不安を感じずにはいられませんでした。
 

恋人を口説く方法 第3話

ハラスメント駄目絶対。
功一様が昼行燈でいてくれないと都合の悪い一派に、様々な嫌がらせを受ける柳浦。
森山は、その一派の手の者だったんですね。
鬼塚と仕事の狭間で、柳浦は板挟みになってしまう。
ここで彼の悪い癖が出てしまったというか、もっと周囲の人に甘えても良いと思うんですけれどね。
他者に頼らずに長年生きてきた習性を直すは難しいだろうけれど。
 
功一様の機転でなんとか致命的な事態は避けられたが、柳浦はどんどん泥沼に陥っていく。
ここぞとばかりに、森山は脅しをかけてくるし……。
そんな追いつめられた柳浦にとって、鬼塚の優しさや思いやりが唯一の救い。
 

恋人を口説く方法 第4話

柳浦は鬼塚の事を「強い人」だと思っているし、それは一元的には事実なんだけれど、決してそれだけじゃないんだよという話。
近頃、柳浦と森山が共に行動する事が多く、嫉妬を抑えがたい鬼塚。
だが、元カノに本当に好きな人ができて振られてしまった経験から、柳浦を失うのを恐れて、なかなか踏み込む事ができないでいる。
むしろ柳浦からしたら、森山なんてお呼びじゃないですが。
珍しく及び腰な鬼塚が、読者の目から見てもじれったい。
それは鬼塚の同僚達も同じだったようで、ここでナイスフォローをしてくれる。
 
やっと網が開けて、鬼塚は柳浦を捜して、夜の街を駆けまわる。
そこで出くわしたのが、森山が柳浦を脅迫しているシーンだった。
ようやく真相を悟った鬼塚でしたが……。
 

オトシマエ、つけてもらおうか?

 
いや、その勢いで行ったら、森山のようななまっちょろいヤツは、嘘でも大袈裟でもなくお陀仏してしまうから(真顔)。
単なるいちゃもんが瓢箪から駒になっちゃうし、柳浦も悲しむからやめたげてよう(乱闘シーン(?)のぼこぺこドーンがあまりにも牧歌的で、思わず笑ってしまったけれど)。
 
とりあえず、柳浦と鬼塚の間にあった微妙な空気も払しょくされて良かった。
柳浦渾身の「だから鬼塚さんが好きなんです」によって、第一話で張られた伏線も見事回収。
 

恋人を口説く方法 最終話

ボーイズラブでもめ事が解決したら、ヤる事は一つしかありませんよね。
二人のラブラブH。
鬼塚によってキスマークだらけにされてしまう柳浦が極めて煽情的。
鬼塚は柳浦を失うかもしれない事をひたすら恐れていたから、反動で独占欲がいや増すばかり。
一方、柳浦は色事に対する知識がほとんどないから、返ってもの凄い体位も取ってしまうのね(鼻血)。
これは色々開発し甲斐がありそうです。
極めつけは「陣さん」、「真澄さん」と、お初の名前呼び。
今回はじれったい展開が多かったから、最後に来て青山先生のサービス精神大盤振る舞いといった感じ。
萌え要素てんこ盛りで、読者の心臓と鼻の粘膜が追い付かない。
この二人、両想いになっても「苗字+さん付け」なのがほのぼのとして良かったんですが、そんな人達がたまにする名前呼びの凄まじさよ。
そりゃあ、おずおずと「じ…陣……さん」(どんどん小声になっていくのがたまらん)なんて言われたら、鬼塚も暴発しそうになっちゃいますって。
 
色っぽい二人の濡れ場ですっかり意識の彼方だったけれど、とりあえず森山との件に決着をつけないとね(超付け足し感)。
そんな訳で、森山を吊るし上げる功一様と柳浦。
「むしろ最初からそうしていれば良かったのでは!?」というのは、やはり禁句なんでしょうね。
「私は鬼塚さんみたいに強くないです」って、大丈夫です、あなたも十分お強いですから。
森山も上司の命令とはいえ、とんでもない人を敵に回してしまいましたね。
これからは社畜というよりも、功一様&柳浦の下僕として頑張って下さい(棒読み)。
  

描き下ろし・花咲小紅

鬼塚の独占欲が炸裂。
一見ストイックそうな柳浦の襟足につけられたキスマークが卑猥すぎ。
おまけに柳浦自身はそのキスマークに気づいてないものだから晒し放題。
鷹場産業、滅茶苦茶素敵な職場じゃないですか。
森山が切実に羨ましい。
棚から牡丹餅じゃん(森山からしたら不本意だろうけれど)。
 

『アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影 (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影 (モノクローム・ロマンス文庫)

天使の影 ~アドリアン・イングリッシュ1~ (モノクローム・ロマンス文庫)

天使の影 ~アドリアン・イングリッシュ1~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影』の感想です。
高校時代からの友人を殺害された書店主&作家のアドリアンが、自分もまた事件へと巻き込まれていくスリリングなサスペンス。
シリーズ一作目である本書に関しては、恋愛面よりもどちらかというとミステリ面に焦点が絞られがちですが、ゲイとして生きるアドリアンの日常が大変読み応え有り。
物語構成や文章力も、こうしたジャンルでは群を抜いており、多くの方に是非手に取っていただきたい作品の一つ。
 

『アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影』(2013年12月25日発行)

あらすじ

ミステリ書籍を専門に扱ったクローク&ダガー書店の店主であり、文筆業もしているアドリアン・イングリッシュのもとへ、ある日、LA市警の刑事であるリオーダンとポール・チャンという二人組が訪ねてくる。
彼らによると、なんとクローク&ダガー書店の従業員であり、アドリアンの高校からの友人でもあったロバート・ハーシーが何者かに殺害されたという。
彼は体や顔などをめった刺しにされ、遺体はチェス駒の白のクイーンを握らされていた。
アドリアンとロバートは共にゲイである為か、リオーダン達はアドリアンへあらぬ容疑をかけているようなのだが……。
おまけに、骸骨の仮面を被った正体不明の人間につけ狙われたり、不気味な贈り物や無言電話を受け、アドリアン自身も追いつめられていく。
己の身を守るため、独自に事件を調べ始めたアドリアンは、彼が高校生時代に起きたある出来事に、事件解決の糸口を見つけだす。
 

感想

ストーリー

本作は「ボーイズラブ」というよりも、ゲイである一人の白人男性の生き方を綴った「ゲイ文学」とした方が、より適切かもしれません(ラニヨン先生の作品は全般的にそうしたテイストですが)。
アドリアンはゲイである事をオープンにしており、ゲイ仲間や一見理解のある友人達に囲まれていている。
金銭の貧窮しているわけでもなく、仕事も順調で、性的マイノリティの中では、どちらかというと恵まれた環境にいるように見えます。
しかし、それでも偏見の目は決して皆無ではなく、窮屈な思いをする事もしばしば。
油断すれば心無い一言は飛んでくるし(それがたとえ友人同士であっても)、とっくに成人したはずの息子を支配下に置こうとする、アドリアンの母親で元バレリーナのリサの存在も重い。
特にリサは決して恫喝的ではなく、真綿で首を締めるように柔らかくプレッシャーをかけてくるのが厄介(おそらくリサ本人も、すべて息子の為だと思っていて、アドリアンを抑圧している意識はない)。
そんな環境下、主人公のアドリアンが自分の性指向と向き合い、社会の中で如何に自立し、自分らしく生きていくかが、変にウェットになる事なく、冷静な視点で描かれています。
ファンタジーのようなボーイズラブも、もちろん楽しいですが、このジャンルにハマったならこうした骨太な作品にも、一度は目を通しておきたいところ。
 
まず物語が始まって早々、アドリアンの友人・ロバートの殺人事件に心を鷲掴みにされます。
殺される直前のロバートの謎めいた行動。
殺人現場に残されたチェスの駒。
中盤、事件は連続殺人の様相を呈していき……。
賊に荒らされたクローク&ダガー書店。
犯人からの不気味な贈り物の数々。
アドリアンに付きまとう、骸骨の仮面を被った怪人物。
高校生時代、アドリアンが与り知らぬところで起きた悲劇。
思春期の残酷さ。
すべてのギミックが結びつき、アドリアン本人に迫る危機と相まって、読者を一気にラストへと導いていきます。
この押し流されるような感覚が、読書好き、ミステリ好きとしてはたまりません。
真犯人の正体自体は、読み進める内に察する読者も少なくないでしょう。
しかし、ずっと「仮面」を被って生きてきた犯人の生涯と、本作で引用される「正直者の運命」という詩とが重なり合った時、皮膚が泡立つのを抑える事ができませんでした。
 
ロマンス面に目を向けると、アドリアンと二人の男性達との微妙な関係から目が離せません。
ロバートの事件を追っていたライターであるブルース・グリーンと、友達以上恋人未満な間柄を築き始めつつも、刑事で自分を容疑者扱いするリオーダンに惹かれるのを止められない。
二人の間で揺れるアドリアン。
しかしここで誤解しないでほしいのが、本作はメロドラマでも、お涙ちょうだいでもない点です。
アドリアンは決して感傷に酔うタイプの人間ではない。
むしろ、冷静すぎるほど冷静に他者を見ている。
その辺りから「恋愛=依存ではない」彼のスタンスが伝わってきてむしろ潔い。
 

世の中は切ないものだ。ブルースは身なりにリオーダンの何倍も金と労力を費やして一流モデル並みの装いをしているというのに、適当に着込んだだけのリオーダンに見た目でも印象でもかなわないとは。

 
このモノローグ、ブルースにとっては極めて気の毒なんですが、発信源のアドリアンからは不思議と嫌な感じを受けない。
それは、彼が一己の男性として、身に着けた見識や今までの経験を踏まえて、冷静に相手を捉えているからなんですよね(だからこそ残酷なんだけれど)。
ただただ事実を述べているという、アドリアンのドライさと若干諦念の混じった雰囲気、そしてリオーダンの魅力にハッとさせられる。
このワンセンテンスだけでリオーダンが特別な存在だという、人としての値打ちみたいなものが伝わってくるのも凄い。
たとえば「三高」(高身長、高学歴、高収入)などに代表されるような、画一化した造形ではなく、はっきりした文章では表し難い、匂い立つような人物像。
1から10まで説明せずとも、なぜアドリアンが、ブルースよりもリオーダンに惹かれてしまうのかが納得できてしまう。
個人的には、ラニヨン先生の優れた発想力と表現力が発揮されているシーンの一つだと思います。
 
この三人の関係は終盤で意外な展開を見せますが……、読み返すと、アドリアンは無意識の内にブルースの本質を見抜いていたのが分かって感慨深い。
一方、アドリアンとリオーダンの仲は、まだまだスタートラインに立ったばかりなので今後に注目。
まあ、そこはラニヨン先生の描くカップルなので、落ち着くまでは相当難儀な道をたどる事になりますが。
 

キャラクター

まずは、シリーズ名にもなっている主人公のアドリアン・イングリッシュ。
書店主&作家という、これまた読書好きとしては垂涎の設定。
書店の営業風景や、クローク&ダガー書店で行われるミステリライターのグループ「共犯同盟」の活動風景も、何気に本作の魅力の一つ。
 
アドリアン自身はかなりシニカルな視点を持っている。
これはゲイであると同時に、病弱である事も関係していると思いますが、かといって決して冷血な人間などではなく、きちんと優しさを持っている。
クレバーな反面、時に無鉄砲な行動に出たり、ロバートの死の間際に彼ともめるなどして、取り返しのつかない様々な後悔を味わったり……。
恋愛に関しても、消極的かと思えば、急に思いっきり良くなったりと、数々の矛盾を抱えている。
イコール大変人間臭い。
そこに共感を覚える読者も多いのではないでしょうか?
 
片や、リオーダンはこれまた鬱屈を抱えたタイプ。
自分では色々割り切っていると誤魔化しつつも、己の性的思考と倫理観や世間体の狭間で引き裂かれていく。
アドリアンとのこれから展望は、どう考えても前途多難そう。
傲岸不遜な態度の中に、言い知れない魅力の持ち主なのは上記しましたが、シリーズ第一作目なので、彼の人となりに関してはまだまだこれからといった感じ。
ラスト間際になって、彼のファーストネームがやっと明かされるのも、その事を象徴しているようのではないでしょうか?
アドリアンとの関係も、容疑者と刑事から個対個の対等な人間同士へと、終盤に来てやっとステップアップしたような印象。
 
また他のキャラクター達もアドリアンやリオーダンに負けないほどアクが強くて個性的。
一人一人を取り上げたらキリがないくらいですが、ミステリに花を添えてくれた名バイプレイヤー達揃い。
前述したブルースや殺害されたロバートやクロードはもちろん、端役に至るまで、それぞれの生き様が行間から垣間見える。
作中で逐一彼らの特徴をあげつらう野暮さはなく、ちょっとしたエピソードや一文に、キャラクター本人も気づかないような特徴や本性を紛れ込ませてくるのが大変リアル。
ラニヨン先生が普段から他者を具に観察しているのが伝わってくる。
「共犯同盟」のメンバーはラニヨン先生と同じくミステリーライターなので、彼らのキャラクター造形には、自虐やお遊びも含まれているのではないかと若干思いました。

『友達を口説く方法』(青山十三/新書館ディアプラス・コミックス)感想【ネタばれあり】

友達を口説く方法【電子限定おまけ付き】 (ディアプラス・コミックス)

友達を口説く方法【電子限定おまけ付き】 (ディアプラス・コミックス)

友達を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

友達を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

 
青山十三先生の『友達を口説く方法』の感想です。
靴屋に勤める男達と客の恋を描いたオムニバス・恋する靴屋シリーズのスピンオフ作品です。
しかしこちら単体でも十分楽しめます。
強面刺青彫師×人間関係に不器用なサラリーマンの友情から始まった恋の行方は……。
 

『友達を口説く方法』(2015年6月30日発行)

あらすじ

体が大きく強面で、他者におびえられる事の多い彫師・鬼塚陣は、偶然隣人の柳浦と出会う。
どこか浮世離れした柳浦は、鬼塚にひるむ事なく接してきて、二人の奇妙な友達付き合いが始まる。
一見正反対だが、共にいるのが楽しくて仕方がない鬼塚と柳浦。
しかし、鬼塚は内から発光するような柳浦の奇麗な肌に、彫師としても男としても欲望を抱いてしまい……。
 

総評

とにかく、受けの柳浦がめちゃくちゃ可愛い。
とぼけた言動と鈍感さがクセになります。
仕事や家事全般は有能なのに、真面目で純粋すぎるゆえに、人間関係に不器用で……。
ふっとした時に見せる寂しそうな顔と、子供のような笑顔のギャップも魅力的。
でも、可愛いだけではなく、大人の艶も兼ね備えていて……。
意外性の宝庫のような柳浦を、鬼塚のような男が放っておけなくなるのも分かります。
むしろ、今まで親しい間柄になったり、彼に惹かれた者がいなかったのが信じられないんですが……、この世界の人間の目は節穴か?
まあ、柳浦もあのおとぼけぶりで、そういった人々を知らず知らずの内に薙ぎ払ってきた可能性が高いけれど。
 
片や、攻めの鬼塚は強面ですが、大らかな、気の良いあんちゃんといった感じ。
かと言ってがさつではなく、人間の繊細な心の機微を汲み取れる細やかさを持っている。
続巻で明かされますが、なかなかヘビーな過去の持ち主なので、そうした経験が彼を優しい男に成長させたのでしょう。
柳浦と遊んでいる時は、鬼塚も賑やかな男子的ノリですが、柳原が眠っている時などに見せる獣性や情欲がたまらん。
相手が知らぬ間に、鋭い爪を研いでいる感にドキドキ。
 
また柳浦にとって鬼塚がそうであるように、鬼塚にとっても柳浦の存在は新鮮だったんでしょうね。
あれほど物怖じせず、そして偏見のない人間も珍しい。
 
そんな二人が、仕事、容姿、性格……etc.様々な違いを乗り越えて、友人になり、やがて恋に落ちていく過程が、笑い&ときめきいっぱいで描かれています。
割とすぐに自分の恋心に気づいた鬼塚に比べて、柳浦が何しろ天然ボケで、恋愛は亀の歩みですが、だがそこが良い。
恋情と友情の区別がなかなかつかない柳浦と、彼に振り回されつつも優しく包み込む鬼塚に、終始ニヤニヤしっぱなしでした。
 

友達を口説く方法 第1話

柳浦の行動が終始意表をついてきて、鬼塚が彼から目が離せなくなっていくのがとても納得できます。
なんでこんなに愉快な人なのに今まで友達いなかったの、柳浦さん?
鬼塚におすそ分けがしたくて、でもできなくて、ドアの影からうかがっているのも可愛すぎるだろ?
決してショタじゃない、彼のような一般(?)男性が見せる、小動物のような動作に萌える。
普段は表情に乏しいのに、自分にだけ向けてくれる笑顔とかもね。
そりゃあ、鬼塚のツボも直撃しますよ。
第1話ではまだ互いの距離感を計りかねている雰囲気の二人ですが、その辺は社交的で陽性な鬼塚が上手にリードしている。
 
普段の男同士でワチャワチャしているのを眺めているのも、もちろん楽しいんですが、柳浦が眠ってしまった後の鬼塚の変容にドキドキ。
柳浦の白磁の肌を想像している時の視線の凄み。
直接的な行為は何一つないんですが、下手な濡れ場よりもよほどエロい。
 

友達を口説く方法 第2話

付き合っていない二人のイチャイチャ生活。
部屋の鍵を渡したりと、すでに友情を逸脱しているような気がしますが、柳浦は今まで友達らしい友達がいなかったので全然気づきません。
いくら何でも鈍すぎなのでは!?(笑)
まあ、笑顔がとんでもなく可愛いので許す(可愛いは正義)。
 
一方、鬼塚は日増しに募る柳浦への欲を抑えかねていた。
柳浦が寝ている間に服を脱がしたり、彼を想定して描いた刺青の図版がエロティックだったり……、一線踏み越えそうで踏み越えないじれったさが良い。
しかし、裸を見ていたのを柳浦本人知られて逃げられたり、彫師の師匠と話す内に、自分の欲望の正体に気づく。
鬼塚はとにかく一本気な男なので即断即決。
間髪置かずに柳浦へ告白してしまいますが……。
 

「わ…私も好きです!!鬼塚さんの事!!」
(中略)
「鬼塚さんは一番の友達です!!」

 
うん、分かってた。
そうなる事、分かってた。

柳浦はある意味超厄介なので前途多難な恋ですが、まあ、鬼塚、頑張れ……(肩ポン)。
 

友達を口説く方法 第3話

何気に表紙のインパクトに爆笑しました。
これ、何マンガが始まろうとしているの!?(ボーイズラブです)
 
今回は二人が箱根方面に旅行に行く話。
ここで柳浦が人間関係に消極的だった理由も明かされる。
親が転勤族かぁ……、短期間しか同じ場所に留まれないって辛い。
友達の内面を理解し合う前に、すぐお別れがやってくる。
自分は置いていく側のはずなのに、返って世界から取り残されるような孤独を感じていたんでしょうね。
 
どんどん「友情関係」を深めていく二人でしたが、鬼塚の柳浦に対する欲望は留まるところを知らず。
ぶっちゃけ柳浦が無自覚にエロ過ぎなんですけれどね。
TVゲームで遊んでいるだけなのに、なんでこんなにイヤらしいの!?
柳浦に煽られまくって、我慢できずに玄関先でヌいてしまう鬼塚。
こんな状態で二人っきりの旅行って……果たして大丈夫かいな……(ワクワク)。
 
そして旅行当日。
黒塗り車&スーツで待ち合わせの場に来た柳浦に、鬼塚と同じく「!!?」となりました。
柳浦の友達同士でする旅行のイメージって一体……(遠い目)。
これに鬼塚を加えたら、明らかに堅気じゃないよね。
まあ、二人が楽しければそれで良いけれど。
 
「(紅葉が)奇麗……」、「君の方が奇麗だよ」的な超お約束バカップルを演じつつ、着いた宿もスゴイ。
超豪華&ムーディな離れの部屋な上に、上司の功一様(恋する靴屋シリーズの登場人物)に譲ってもらった旅行とはいえ、ツインではなくダブルとか……。
鬼塚にとっては色々役得ですが、無邪気な柳浦は、大浴場で入浴に卓球など、まるで学生の頃のやり直しのような旅館での過ごし方にワクワク。
それに付き合ってあげる鬼塚も本当に良い奴(刺青を入れているので大浴場は無理でしたが)。
 
ラストは、夜道で良い雰囲気になる二人。
あらためて想い人を口説く鬼塚でしたが、柳浦は当然簡単には気付かない。
キス&三度目の告白でやっと察するんですが(ここで口をごしごし拭っちゃうのが(笑))。
二人の多彩な表情変化が目に楽しいシーンでした。
 

友達を口説く方法 第4話

前回から引き続き、鬼塚が柳浦にアタックをかける。
雄らしさをにじませつつ、余裕の表情を見せられたら、さすがの柳浦もドキドキしてしまいます。
 
しかし、そこで鬼塚を風呂(離れにあるヤツ)に誘ってしまうのが、柳浦の柳浦たる所以なんですけれどね。
この旅行、何度「!!?」ってなれば気が済むの?
危機感0な上に、鬼塚の刺青(下半身に入れたものも含む)をまじまじと観察してくるんだから、鬼塚もたまらん。
おまけに艶めく肌を惜しげもなく見せつけてくるんだから欲情もします。
ナニコレ新手の我慢大会?
おまけに「友達の範囲で(ヌくのを)手伝います」なんて柳浦が爆弾発言かますから、「友達とは?」と、場違いに哲学的な命題に思いを馳せてしまった。
イコール鬼塚に何されても文句は言えませんよね。
むしろ鬼塚はよく素股で我慢したよと、褒めてあげたいぐらい……。
 
その夜、寝ぼけた鬼塚に抱きしめられて、色々思い出してしまい、赤面する柳浦。
ほぅ……、あの飄々としていた彼がねぇ……(ニヤニヤ)。
柳浦の中にも友情以外のものが芽吹き始めている予感。
 

友達を口説く方法 第5話

恋愛に不慣れな柳浦が色々と悩んでしまう回。
誰に対しても親切で、仕事もできる鬼塚。
柳浦に「友達」という逃げ道を残してくれている点などにも、懐の深さが感じられる。
こんな素晴らしい人が、どうして自分のような人間を好きだと言ってくれるのか……。
しかも、仕事などで失敗を繰り返してしまい……、この柳浦がどんどんネガティブ思考に陥っていく感じがリアル。
「柳浦さん、ちょっと自分に厳しすぎるよ……」とホロリとしてしまいました。
事故はマズいかもしれませんが、料理を焦がしてしまうくらい、日常生活ではよくある。
それを体験した事がないくらい、今までの柳浦の心はいわば無風状態だったんでしょうけれどね。
鬼塚が柳浦のそんな生活を一変させてしまった。
変化を恐れる気持ちも十分理解できますが……。
鬼塚の「友達」から「ただの隣人」へ戻る事を決心する柳浦。
今までの賑やかで楽しい時間を手放そうとしている、ラストの彼の笑顔が切ない。
  

友達を口説く方法 最終話

友達や恋人を持つ事すら「身の丈に合わない」なんて思っている柳浦、悲しすぎる。
鬼塚から距離を置いて数週間、一度幸せを味わってしまった身に、味気ない生活は辛い。
鬼塚とゲームに興じたり、一緒にご飯を食べたりした時間も、柳浦にとってかけがえのない時間だったんですよね。
でも、これは彼自身が乗り越えなければいけない壁だから……。
それを待ってあげられる鬼塚、男前だなぁ。
でも結局、我慢できなくなってしまうんですけれどね(笑)。
鬼塚は一計を案じて、二人が出会った時と同じようなシチュエーションを作り出す。
やはり柳浦のような内に秘めてしまう人間にとって、勢いがあり、かつ度量も大きい鬼塚のような存在ってマストなんだなと思った次第。
柳浦が引きこもっていた部屋を裸足で飛び出して、鬼塚に飛びつくのも、彼が一皮むけたのを表しているようで胸熱でした。
ここであくまで「友達」にこだわってしまう辺りが、柳浦らしいんですけれどね。
遅ればせながら自分の鬼塚への想いが恋心だと気づいた、柳浦の真っ赤な顔が可愛かったです。
 

描き下ろし・その後の話

両想いになった二人のイチャイチャ。
ペッティング&口淫どまりなんですけれどね、本番は次の巻までお預け。
しかし柳浦の透けるような肌とシーツの色との対比や鬼塚の獲物を狙うような視線、二人の体格差に大満足。
彫師だけあって、柳浦の肌に固執する鬼塚がエロス。
初めての体験に半泣きしてしまう初々しさや艶やかさ……、柳浦の恋人にしか見せない表情を目にしたら、もっと色々な彼を知りたくなる鬼塚の気持ちも分かります。
そして、それは柳浦も同じ想いなんですよね。
二人のラブラブさにあてられつつ……。
本当にご馳走様でした。

『殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ (モノクローム・ロマンス文庫)

殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ (モノクローム・ロマンス文庫)

マーメイド・マーダーズ (モノクローム・ロマンス文庫)

マーメイド・マーダーズ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ』の感想です。
FBIの生きる伝説といわれる上級特別捜査官と、上昇志向の強い捜査官の急造コンビによる、アメリカを舞台にした本格ミステリ。
男性同士の恋愛をテーマにした作品で、ここまでのガチミステリはそうそうお目にかかれません。
 

『殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ』(2018年12月25日発行)

あらすじ

上司であるカール・マニング主任捜査官からの命令で、FBIの生きる伝説と目される上級特別捜査官であるサム・ケネディと行動を共にする事になった美術犯罪班所属のジェイソン・ウエスト。
マニングは上昇志向の強いジェイソンを利用し、疎ましく思っているケネディを失脚させようとしていた。
そんな即席バディが向かったのは片田舎・キングスフィールド。
10年ほど前に”ハントマン”という殺人鬼によって少女が次々と惨殺される事件が発生した街であり、それを犯人逮捕に導いたのが他ならぬケネディだった。
だが再び、同じ街で当時の模倣犯と思わしき少女殺害事件が起こり、住人達を震撼させる。
実はキングスフィールドに縁があり、10年前の事件で親友のハニー・コリガンを失くしていたジェイソンは複雑な感情を抱く。
二人は果たして難事件を解決する事ができるのか?
 

感想

ストーリー

さすが、ジョシュ・ラニヨン先生、今回も期待に違わぬ名作ありがとうございますと拍手を送りたい。
ボーイズラブ(ゲイ小説)とミステリの見事な融合。
最初は反りの合わなかったケネディとジェイソンが、時にぶつかり合い、時に協力し合い、少しずつ距離を縮めつつ、真相に迫っていく過程が鮮やか。
有りがちな感想ですが、上質なサスペンス映画やTVドラマも斯くや。
ラニヨン先生がアメリカの作家という事もあり、舞台であるキングスフィールドの、地方都市ならではのちょっとした閉鎖性や鄙びた感じ、そしてアメリカの文化風習がとてもリアルに描かれている。
あたかもアメリカにワープしてしまったかのような味わい。
翻訳物ならではの洒落た会話も、読書欲を満足させてくれます。
『羊たちの沈黙』など、小ネタも満載で、ところどころでニヤリとさせてくれました。
 
ボーイズラブでは、たとえミステリ要素があっても単なる風味づけで終わってしまう事が多々なんですが、ラニヨン先生の作品はガチの本格ミステリ。
特に本作は、恋愛面よりも、ミステリ面に大きく比重が置かれているのでは思えるくらい。
男性同士の恋愛劇に抵抗がなく、ミステリ作品に興味がある方は、騙されたと思って是非手に取っていただきたい。
絶対後悔はさせませんから。
もちろん、ケネディとジェイソンの関係も見逃せない。
今回はあくまで出会い編という感じですが、ライフスタイル、信条、何もかも違う二人が、これからどのように付き合っていくのか……。
非常に気になります、
 
基本的にはジェイソン視点で語られる本作ですが、最初はケネディはおろか、語り手であるジェイソンも謎だらけ。
読者は冒頭から否応なく引き込まれます。
実は最初、10年前の事件と因縁浅からぬという事で、ジェイソンすら若干疑ってしまったのは秘密です(ミステリ小説だと語り手も信用できない場合があるから)。
シリアルキラー”ハントマン”、殺人現場に残されたマーメードのチャーム、コピーキャットなど、ミステリ好きには堪らないキーワードが散りばめられており、ケネディやジェイソンの捜査もこれでもかというほど丁寧に描写されている。
なぜ第一の被害者は殺され、第二の被害者の命は助かったのかなど、一般ミステリと比べても遜色ないロジックもお見事。
また随所に挿入される緊迫したシーンやアクションなども迫力があり、読者を飽きさせない。
 
個人的にはジェイソンと”ハントマン”マーティン・ピンクの会見が印象深かった。
自己顕示欲の権化のような怪物と渡り合う緊張感。
このシーンのみならず、丁々発止の駆け引きが登場人物間で頻繁になされるのでスリル満点。
ボーイズラブ作品で、恋愛の絡まないシーンが恋愛シーンと同じくらいの、もしくはそれ以上のインパクトを読者へ残すって相当ですよ。
 
ただしここで誤解していただきたくないのは、ジェイソンとケネディの恋愛描写が疎かにされているのでは決してないという事。
腕利きだが一匹狼であるケネディ。
上司の命令により彼を見張るジェイソン。
いわばマイナスからのスタートの二人ですが、少しずつ、本当に少しずつ、三歩進んで二歩下がるぐらいのテンポで惹かれ合っていく。
そのじれったさに読者もヤキモキさせられる。
互いに20世紀カリフォルニア印象派が好きなど、意外な共通点で距離が縮まったり、裏腹に仕事の上下関係を持ち出されて決裂したりと、それぞれの心の動きが説得力豊か。
 
Hシーンは洋物という感じですが、違和感は特になし。
肉感的でぶっちゃけエロい。
最初は刺々しいと感じていたケネディのアフターシェーブローションの香りを、最終的にはジェイソンが離れがたいと思ってしまうなど、五感と心情が結びついたエロス。
紆余曲折ありつつ、なんとか両想いになれた二人ですが、生き方がまるで違うので何かとこれからももめそう。
まあ、それが読者の楽しみに繋がるんですけどね(笑)。
 
ひとつ疑問が残ったのは、思わせぶりに登場したドクター・カイザーの存在。
異常犯罪者や神話などに造詣が深く、ジャック・オ・ランタンに異常な執着を見せるなど、なかなか思わせぶりな人物造形なんですが。
これからも二人に絡んできてくれるのではないかと少し期待しています。
 

キャラクター

紋切り型のキャラクターが一人としておらず、容疑者や事件関係者、脇役に至るまで息遣いが聞こえてきそうな存在感が感じられ、ミステリに重厚感を与えています。
まずは攻めのジェイソン。
鋭いブルーアイを持つイケおじ。
最初は何を考えているのかさっぱり分からず、切れ者ゆえの独断専行や得体の知れなさが前面に押し出されているんですが、物語が進行するにつれて人間味や優しさが見えてくる。
敵を作りやすいのは、根底に不器用さがあるからなんでしょうね。
中盤から終盤、ジェイソンに何気ない思いやりを見せたり、彼を救おうとして口が滑ったり、必死になったりと、意外性連発でニヤニヤが止まりませんでした。
おまけにラストでは渾身のデレを見せてくれる。
普段は思わせぶりな会話をしていた人が、まさかあんな率直な告白するとは思わなかった。
そのギャップに萌え。
「本当に好きな相手=自分が傍にいてはいけない」という難儀な人。
なんだかジェイソンに多大な夢見ているような気がしないでもない。
あと年齢のためか、それとも生来の気質ゆえか、エロがなんだかねちっこい(笑)。
 
そして、受けのジェイソン。
鼻っ柱の強いじゃじゃ馬33歳。
少数の美術犯罪班の中でも出世頭。
ケネディとの超有能コンビ、良いですね。
彼のアートの知識や人脈も事件に一役買っていた。
シリーズ名にも「アート」と入っているので、これからもそうした描写に期待したい。
ケネディに対等に扱ってもらえない事に葛藤してましたが、外野から見れば大事にされているのは火を見るよりも明らかなんだけれど……。
意外と鈍感?
10年前の事件で親友を失くしていたり、あるきっかけにより銃恐怖症の気があったり、彼も色々とこじらせていますね。
ティーンの時に片思いしていたバクスナーにこだわってしまっている点などもとても人間臭い。
しかし、ジェイソンよりもかなり若く、率直さや思いっきりの良さもあるので(それが原因で危険な目に合ってますが)、これからも彼を引っ張っていってくれるのではないかと思います。
ケネディも自分にないジェイソンの青臭さに惹かれた節があるし。
 

『僕のおまわりさん(1)』(にやま/竹書房バンブーコミックスmoment)感想【ネタばれあり】

僕のおまわりさん【完全版(電子限定描き下ろし付)】 (moment)

僕のおまわりさん【完全版(電子限定描き下ろし付)】 (moment)

僕のおまわりさん (バンブーコミックス moment)

僕のおまわりさん (バンブーコミックス moment)

 
にやま先生の『僕のおまわりさん(1)』の感想です。
同じくにやま先生作の『無邪気なわんこと猫かぶり』のスピンオフ。
今度は『無邪気な~』で主人公二人のキューピット役(?)を務めた誠治が主人公となっています。
前作とは違ったタイプのわんこ系攻めも登場。
本作単体でも読めますが、もちろん『無邪気な~』を読んでいた方がより一層楽しいです。
 
kashiwamochi12345.hatenablog.com
 

『僕のおまわりさん(1)』(2017年8月30日発行)

あらすじ

10年ほど前に警察官を退職して、実家の商店を継いだ田島誠治は、飼い猫であるチコたんと、一人と一匹で気楽に暮らしていた。
ところがある日、警察官時代になにかと気にかけていた元不良少年で、現在は警察官をしている仲本晋から突然告白&キスをされてしまう。
誠治が警官を辞めた事により、二人の交流は一時途絶えていたのだが、晋はずっと誠治に片思いをしていたと言う。
なんだかんだと言いつつ、誠治も晋が可愛くて仕方がなく、お付き合いを始めた二人だったが……。
 

総評

30歳警察官×39歳元警察官で今は商店経営のおっちゃんのラブコメディ。
本作の最も良いところは、なんと言っても受けの誠治がきちんと(?)おっさんな点。
耳の穴をほじったり、顎髭もすね毛もあります(ボーボーじゃないけれど)。
前作『無邪気なわんこと猫かぶり』を読まれた方はお分りだと思いますが、性格も超テキトー。
でも決していい加減ではない。
押し付けがましくない優しさや、自然体で大らかな笑顔。
あまり家庭環境のよろしくなかった晋が、惹かれたのも頷けます。
晋にとって、誠治は恋人なんだけれど、父親であり、母親であり、兄でもあるような、とても大きな存在なんですよね。
チコたんにメロメロなところ等も含めて……、とにかく可愛いおっさんパワー全開で、読者もページをめくるうちに沼にハマっていく事請け合いです。
 
片や、攻めの晋ちゃん。
大型わんこ系攻めだけれど、前作の赤坂とはまた違った魅力。
赤坂がオープンな天真爛漫タイプですが、対して晋は超むっつり。
鉄面皮の下で妄想がもの凄い事になっていますが、それもまた面白い。
10年以上の片思いをこじらせた彼だけれど、変に歪んでいなくて、誠治へ一途にまっしぐらなところが可愛い。
誠治もあれだけ思われれば絆されます。
 
タイトルにもなっている「僕のおまわりさん」というのは、晋から見た誠治であり、それと同時に誠治から晋であり……、ある種のダブルミーニングになっている。
互いを誇りに思っている二人も、本当に見ていて爽やか。
でもエロはちゃんとエロい(?)。
『無邪気なわんこと猫かぶり』よりも、さらにパワーアップしている。
現役警官である晋が190cmの高身長&バッキバキな良い体をしているので、誠治との体格差に萌え。
晋が誠治を抱きしめるとすっぽり収まっちゃう感。
また誠治の体が見苦しくない程度に、おっさんらしくちょっとプニッとしているのがまた艶っぽい。
 

僕のおまわりさん 第1話

真夏の太陽の下、ガタがきている扇風機や砂糖入りの麦茶、風鈴の音、セミの鳴き声など、いかにも「夏」といった小道具が味わい深い。
10円と女の子のエピソードにも、二人の優しさと仲の良さが滲み出ていてホッコリ。
前作の主人公カップルの影響で「あーあ、俺もいっそ男に乗り換えよっかなァ」といつも通りテキトー発言かましている誠治ですが、だから飼い犬に手を噛まれるのですよ(笑)。
そりゃあ、相手はノンケでほぼ諦めかけていた10年愛にうっすらと希望が出てきたんだから、晋もそれに縋りたくなります。
ラストの晋の台詞にもニヤリ。
このシーンは何となく『ルパン三世 カリオストロの城』を彷彿とさせる。
我らが髭のクラリスは、ハートだけではなく唇も盗まれましたが。
 

僕のおまわりさん 第2話

前回のキス以降、分かりやすく自分を避ける晋に、さすがのテキトーおじさんも色々考えてしまう。
 

最低でも10年以上…。

 
虚無顔に爆笑。
誠治の言動がいちいちとぼけていて、今ひとつシリアスになり切りませんが。
 
一方、こちらも絶賛お悩み中の晋は、自室で誠治の警官時代の写メを見ながら、誠治と出会った頃を回想していた。
誠治、今と変わらず若い頃もちゃらんぽらんですが、それでもツボを押さえているというか……、今まで晋が出会ってきたどの大人とも違ったんでしょうね。
ここで写メをオカズに、晋が自慰をしてしまうのが、実に竹書房作品らしいなと思いましたが。
おまけに写メにぶっかけちゃって、晋は「最低だ…」と落ち込んでいましたが、大丈夫、読者にとっては最高だから(何の慰めにもならない)。
 
そうこうしている内に、誠治がスタッフを務める街コンが開催される。
この街コン、カップル成立に貢献していますね。
ただし同性同士でくっついてしまうので、このイベントの趣旨からは外れてしまいますが。
 
人数合わせに、自分へ想いを寄せる晋を呼んでしまうのが誠治らしい。
顔も整ってるし、高身長だし、安定収入の警察官だしで、晋が女性にもてるのも分かるわ……。
まあ、当然の如く、晋には誠治しか見えていないんですけれどね。
 
またこのシーンでは『無邪気なわんこと猫かぶり』の主人公である八木と赤坂が登場。
二人が幸せそうにしていてなにより。
そして前回のお返しとばかりに、誠治と晋へイイ感じのアドバイスをくれる。
八木の言う通り、誠治の言動は確かにテキトーだけれど、皆の人生を自然と良い方向へ導いてくれる。
八木や赤坂はもちろん、他でもない晋もそうだった。
片や誠治への「この際、お前も男にしたら?」は、完全に前回の意趣返しですが。
 
八木達のナイスフォローもあり、とりあえず付き合う事になった二人。
誠治の態度、一見通常運転ですが、照れ隠しも入ってますよね(可愛い)。
晋は体も恋情も重いので、なかなか受け止めるのが大変そうですが、誠治ぐらい懐が大きければ大丈夫でしょう。
ラストでは今ひとつ受け止めきれてませんけれどね(笑)。
  

僕のおまわりさん 第3話

直球のエロシーンも良いけれど、付き合い始めでなかなか一線を越えられないジレジレ感も、ボーイズラブ物の醍醐味だと思うの。
晋の方は誠治へ猫ならぬ犬まっしぐらで、ガツガツした感じがたまらん。
長年の片思い相手とお付き合いする事になったんだから、欲求が高まってしまうのはむべなるかな。
でもチコたんの妨害にあったり、誠治が及び腰になったりとなかなか先へ進めない。
 
今回、第1話で張られた伏線が回収されます。
誠治のこめかみの古傷は、やはり晋をかばってできたものだったんですね。
なんの見返りもなくこんな風に助けられてしまっては、たとえ恋情抜きにしても、晋が誠治を忘れなくなってしまうのも無理はない。
 

カッコいいだろ。俺の勲章だ。

 
なんの衒いもなく、笑顔で言える誠治が格好いい。
そんな彼に憧れて、警察官になった晋。
 

今度は俺が誠治君を守ろうと思って。

 
ここで思わず茶化しているのがいかにも誠治ですが、見ているこちらも照れます。
晋の一途な想いに答えるべく、誠治も身を任せる決心をする。
この辺、外面は年長者らしくリードしていますが、本当は緊張の裏返し。
耳を真っ赤にする39歳が美味しすぎる。
布団の上でくんずほぐれつする二人もとびっきりエロい。
そして結ばれる二人……、かと思いきや。
 
濡れ場でゴルゴ顔する受け、初めてみたよ、ママン……。
同コマの予言(?)にも笑いが止まらない!
つーか、晋ちゃん、まるで下調べしてなかったんかい!!
何の準備もなく、その鈍器は無理だろう(ボーイズラブはファンタジーなので、往々にしてOKな事も多いですが)。
いや、さすがにそのまま突っ込んだら、誠治、壊れるよ。
頼むからおっさんを労わってやって。
とりあえず、ネット辺りでお勉強する事から始めましょう。
 
結局、お預け食らった晋ちゃんですが、徐々にカップルらしくなっていく二人なのでした。
  

僕のおまわりさん 第4話

町内会の七夕祭りでイチャイチャする二人を満喫。
オッサンショタ(?)オーラ&誠治くんラブオーラがスゴイ。
イイ年した大人が、まるで学生のようなデートをしている姿にときめく。
警官&元警官だから射撃もお手の物。
ここで取ったダンシング獅子舞(昔のフラワーロックみたいなヤツ)が後に活きてくるとは思いませんでしたが。
 
むっつりスケベの晋の脳内は、誠治の浴衣姿に触発されて妄想炸裂していますが。
誠治もフランクフルトやチョコバナナを頬張るなど、無意識に晋を煽るような事するから、これはしゃーない。
おまけに人気のない場所で、晋の破壊力抜群の笑顔を真正面から受けて、暴走してしまいそうになる晋。
 

早く抱きたい。

 
そんな晋の懸命さにドキドキな誠治だが、そこはなけなしの年長者のプライドでなんとか躱す。
 

うち、帰るぞ。

 
イコール家へ帰るまでお預けという事で……。
帰宅途中の晋の鬼気迫る表情と、脳内の勝どきに爆笑。
「今夜こそイケる!?」と晋や読者の期待も高まりますが、さすがこの二人、そうは問屋が卸さなかった。
 
なんとコンビニ強盗に遭遇。
せっかくXLサイズのアレやオリーブオイルなんかも超真剣に見繕っていたのに……、晋ちゃんがいよいよ不憫になっていた。
しかし正義感の強い警官&元警官のコンビだから、この事態を放っておけるわけがない。
誠治がなんかやらかしつつも、とりあえず犯人確保。
だが晋が誠治をかばって負傷してしまう。
奇しくも、以前誠治が晋をかばった時に負った右こめかみの傷と同じ場所。
「今度は俺が誠治くんを守る」という決意を見事遂行しました。
まさに有言実行の男。
「ああ、ありがとな」の誠治の笑顔で、晋も満たされたんだろうな。
まあ、怪我のせいで、誠治くんを抱くという本懐は遂げられなかったんですけれどね(笑)。
問答無用で救急車に載せられていラストが爆笑哀れでした。
 

僕のおまわりさん 第5話

前回の騒動で晋のケガも完治し、いよいよ結ばれる二人。
七夕祭りでそれぞれが書いた願いが明かされつつ、二人の心が近づいていく。
誠治が首をかしげて晋を見上げたり、あまりの幸福に喜ぶよりも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまう晋とか……、可愛さの詰め合わせのようなシーン。
二人の団欒の合間に挟まれるチコたんのショットも超キュート。
猫好きには二人のHシーンと合わせてご褒美ショットですね。
「何やってんの」とニャーニャー問いかける図が、二人の子供のようにも見える。
 
Hシーンも艶がありつつも、誠治と晋らしい笑いに溢れていて良かった。
たとえぽよよんとしたおっさんボディでも晋が萎えるわけないじゃん。
10年待った晋の方はおっさん体系上等というか、むしろそれがエロいとか思ってそう。
年上受けの包容力もたまらん。
晋がすっかり甘えん坊みたいになってます。
年上受け最高!年上受け最高!!年上受け最高!!!(大事な事なので三度言っておいた)
そして晋が誠治を大好きだというのは先刻承知済みですが、第3話の頃などと比べても誠治の表情が明らかに違う。
彼の晋に対する感情が格段に増しているのが伝わってきて感無量。
 
ラストは誠治と晋、チコたん、二人と一匹のかけがえのない日常で〆。
 

描き下ろし・おまけ

散髪した誠治が新鮮。
汗で張りついた乱れ髪と吸い付きたくなるようなキレイなうなじ、どちらも捨てがたい。
なに、この究極の選択……。
制服(彼シャツ)Hは絶対あると思ってました。
晋ちゃんはそういうの滅茶苦茶興奮しそうだよね。
元々、警官をしていた誠治に惚れたのもあるし。
ここで二人のサイズ差がめちゃくちゃ活きてくる。
そりゃあ、晋の晋・ゴ〇ラもギャースと火を噴くぜ。
年下攻めのがっつきようと年上受けのエロさが前面に押し出されて鼻血不可避。
ラスト、ギシアンのあまりの激しさに、ダンシング獅子舞もフィーバーしちゃったのに爆笑。
それでも続けられる晋ちゃん、やはり筋金入りの誠治ラブ勢だなぁと。

『無邪気なわんこと猫かぶり』(にやま/竹書房バンブーコミックスmoment)感想【ネタばれあり】

無邪気なわんこと猫かぶり【完全版(電子限定描き下ろし付)】 (moment)

無邪気なわんこと猫かぶり【完全版(電子限定描き下ろし付)】 (moment)

無邪気なわんこと猫かぶり (バンブーコミックス moment)

無邪気なわんこと猫かぶり (バンブーコミックス moment)

 
にやま先生の『無邪気なわんこと猫かぶり』の感想です。
素直で飾らないわんこ系攻めと、好きな人の前で理想を演じ続けて疲れてしまったアラフォー受けによるラブコメディ。
変に奇をてらわず、25歳×39歳の可愛い恋を楽しめます。
随所に散りばめられた笑いや、受けである八木の友人・誠治の存在が、二人の恋愛に花を添えてくれる。
 

『無邪気なわんこと猫かぶり』(2016年4月30日発行)

あらすじ

悪友・田島誠治の半ば無理矢理な誘いで、街コンに参加する事になってしまった八木尚人。
彼はそこで14歳年下の赤坂徹と出会う。
他者との関係でついつい猫をかぶってしまう臆病な自分と違い、屈託なく誰からも愛されるような赤坂に苛立ちを覚える八木。
だが彼の内心とは裏腹に、なぜか赤坂には懐かれてしまう。
連絡先も知らせず、これで会う事もないだろうとホッとしたのもつかの間、八木は仕事先で赤坂と再会してしまう。
なんと赤坂は、八木が営業担当を務める工場の工員だった。
しかも火事でアパートにいられなくなった赤坂と、ひょんなきっかけから家に住まわせることになってしまい……。
 

総評

恋や人間関係に悩める39歳係長(後に課長)が最高にキュートな一冊(女性的という意味ではない)。
彼のようなウジウジしてしまうタイプがブレイクスルーをするには、やはり赤坂のようなあっけらかんとした人間が必要なんだな。
これで赤坂が狂犬化したり、八木が赤坂へのコンプレックスを下手にこじらせてしまうと面倒くさいんですが(それはそれで読み手としては面白いですが)、本作の場合は上手く抑制が効いていて、成人男性同士の可愛い恋愛や、キャラの紡ぎ出す笑いに安心して浸る事ができる。
 
また八木の友人である誠治もイイ味を出している。
コメディ面を受け持ったり、二人の心の核心を突いたりと、まさにキューピットとして大活躍な彼ですが、本作のスピンオフである『僕のおまわりさん』では主人公を務めています。
ちなみにその作品には赤坂とはまた違ったタイプのわんこ系攻めが登場。
つくづくおっさん受け好きにとって居心地の良い世界。
 
kashiwamochi12345.hatenablog.com
 

無邪気なわんこと猫かぶり 第1話

八木と赤坂との出会いから同居開始まで。
終始引き気味の八木に対して、赤坂が押せ押せムードですが、それでも彼から嫌な感じを受けないのは、根底に優しさがあるからなんでしょうね。
本書のタイトルの通り、無邪気なんだけれど、決して愚かではない。
本人は意識していないだろうけれど、現代社会において彼のようにシンプルに生きる事が如何に難しいか……。
電子書籍限定のおまけを見た限りでも、家族に大切にされて育った事もうかがえる。
勤め先の社長さんが、息子や孫のように可愛がってしまうのも分かる。
一方、八木も赤坂に苦手意識を持ちながら、彼の素直さについついほだされてしまう。
一見人当たりが良いのに、実は人間関係に不器用なアラフォーの厄介さに焦点を当てながらも、随所に仕込まれたネタでクスリとさせてくれる。
つかみは万全な初回でした。
 

無邪気なわんこと猫かぶり 第2話

ワチャワチャしつつも、楽しそうな同居生活から始まる第2話。
もはや赤坂が超人懐っこい大型犬に見えてならない。
プリンに執着するアラフォーも可愛いです。

八木の家の居心地が良すぎて、ついつい新しい部屋探しが滞ってしまう赤坂。
 
そんなある日、男性同士の恋愛をテーマにした映画(『愛の風来坊』って凄いタイトル(笑))や泥酔して素直になった八木の仕草に悶々としてしまった赤坂は、八木をソファへ押し倒してしまう。
このシーンの八木のエロ可愛さと言ったら……(鼻血)。
赤坂に抱く方か抱かれる方か聞かれて、「どっちだろうね。…教えない」って……、それ、おあずけされたわんこに率先して「よし!」と言ってるようなもの。
罪深いですね、この39歳。
そりゃあ、赤坂も若いし、素直だから滾ってしまう。
このシーンの赤坂の脳内には思わず笑ってしまいましたが……、なんで攻め=ヒゲ!?(『愛の風来坊』の影響か?)
片や、アルコールで虚飾がはがれて、寂しさを素直に露呈してしまう八木。
イヌ科の赤坂は、いよいよ放っておけないでしょうね。
 

無邪気なわんこと猫かぶり 第3話

前夜の件がきっかけで、それぞれが自分の気持ちに気づき始める回。
八木はもちろん赤坂との間に予防線を引くが、「空気は読むものじゃない。吸うものです」とばかりに、またまたワンコのようにじゃれつく赤坂。
成り行きで買い物デートみたいになったが、赤坂のちょっとした一言に寂しさを覚える……、あぁ、切ない。
そこで現れたのが二人のキューピット・誠治。
焼肉おごってくれた上に(八木と赤坂、容赦なく食べ過ぎ(笑)。この辺り、お似合いの二人だと思った)、八木と赤坂にイイ感じに発破をかけてくれる。
超テキトーだけれど、人の心の機微を見通す鋭い観察眼。
なんだかんだ言いつつも、孤独に生きる八木が、友達として心配なんでしょうね。
 
日は変わって……。
ソファで転寝する赤坂を見つめる八木。
一度にぎやかで楽しい生活を味わってしまったら、それをなくすのを恐れてしまうのは、極めて真っ当な感情。
 

「僕は君が好きなのかな」
(中略)
「…君の理想のタイプは…?」

 
ここの八木の横顔が超色っぽい。
赤坂の前では理想を演じる必要はないと思うんだけれど。
なかなか一歩を踏み出せないジレジレ感がたまらん。
 

無邪気なわんこと猫かぶり 第4話

八木の「僕は君が好きなのかな」という言葉を、実は眠ったふりをして聞いてしまった赤坂。
前回、八木への気持ちを自覚したものだから、こうと決めたら一直線な彼は有頂天。
片や、八木はただ「好き」という感情だけで、突っ走れるようなタイプではないし、今までの人間関係における挫折感もあるから。
己の赤坂への恋情をマイナスにしか取れない。
この辺り、同じセリフ一つに対しても、八木と赤坂が感じた想いが真逆で、二人のキャラの違いが如実に出ている。
対比の妙ですね。
 
なぜか自分から離れていこうとする八木に、天真爛漫な赤坂もさすがに沈み込む。
おまけに八木が女性と楽しそうにしているのも目撃してしまったし……。
しかし、赤坂はそこで諦めなかったのがエライ。
超ピュアで不器用な告白の言葉を八木に贈る。
ここで街コンでの八木のイライラに、赤坂が気づいていたのは地味にビックリしましたが(単純かもしれないけれど、やはりバカではないんですよね)。
「鶏が先か?卵が先か?」みたいな混乱には噴き出しましたが……いや、二人が幸せならどっちでもいいですやん。
人間関係や自分を偽る事に疲れた八木も、これには癒されたでしょう。
 

君なら理想の僕じゃなくても好きでいてくれる…ってこと?

 
八木の笑顔がとてつもなく可愛かった。
赤坂がぶわっとなるのも分かります。
降っていた雨が止んで、雲間から光が射す演出も、ベタですが良い。
晴れて両想いになり、抱きしめ合う二人。
そして……。
 

おっさんとキスやセックスができんのかってことだよ。

 
突如出てきた誠治の顔の劇画っぷりにくっそ笑いました。
えっ、今までのこっぱずかしい告白劇、よりによって友達んちの目の前で繰り広げてたって事!?
これ、絶対生涯からかわれ続ける案件じゃん。
誠治の言っている事もえげつないよね。
まあ、行きつく先は結局そこなんだけれどさ。
 
じゃあできる事を直ちに証明しましょうとばかりに、早速自宅で愛し合う八木と赤坂。
いや、こんなアラフォーなら余裕で抱けるだろう(即答)。
エロさと健気さが絶妙なハーモニーで、とろけるほど美味しゅうございました(なぜか食レポ調)。
ラストで田島に報告しようとする赤坂もブレませんね。
いや、報告される方も困るでしょう。
誠治、ペッて感じで渋柿でも食ったような顔しそう(ヤツの事だから逆に面白がって、八木に対してセクハラまがいの話を振りまくるかもしれないが)。
 

無邪気なわんこと猫かぶり 第5話

八木と赤坂が付き合い始めて一か月。
他者に対して自分達の関係を誤魔化さない赤坂は、怖いもの知らずなんだけれど愛情に溢れていて、八木も幸せそう。
そして蜜月だから、もちろんヤる事ヤりまくり。
八木さん、「平日はだめ」ってそんな殺生な……、でも赤坂につぶらな瞳で懇願されれば結局断れない。
「い、1回だけなら」って、もうこのわんこに「待て!」を教えるのは無駄っぽい。
しつけは最初が肝心だから!!
 
そうこうしている内に、工場勤務の赤坂は夜勤シフトに入ってしまう。
そうなると昼夜が逆転し、二人の生活はすれ違いの連続。
互いが恋しくてたまらない二人の様子やメールのやり取りにニヤニヤ。
特に「しばらくしません」と言ってしまった手前、おくびにも出せませんが、八木が自分の体の熱を持て余してムラムラしてしまうのがね……、ムフフ。
ちょっと前まで「一人が楽」なんて言っていたのに、本当に恋って人を変えますね。
 
やっと夜勤も明け、お疲れモードで帰ってきた赤坂。
彼のキーホルダーが地味にヤギな事に地味に萌えました。
八木さんの名前とかけてるんですよね、可愛すぎる。
まあ、家で待っていてくれた彼の恋人はもっと可愛いんですけれどね。
誘いたくても「みっともないんじゃないか?」と尻込みしてしまうの、ホントどうしてくれようかと思うくらいキュート。
とりあえず「おっさん、カワイイよ!!」と100回くらい心の中で唱えた。
そして、そんな八木を察しの良い赤坂が受け止めてあげるのがね、本当にバランスの良いカップルだなと。
 
ここからの八木さんが本当にエッロ!!
フェラに騎乗位と、吹っ切れたアラフォーの本気を見た。
いや~、エロい年上受け、最高だな!!
これで恥じらいも完備しているとか隙がなさすぎる。
ちょっと前まで「一人が楽」なんて(以下省略)。
一方、攻めの赤坂は夜勤が祟ったとはいえ、イった途端お休み三秒……、せめて抜いてあげなよ(笑)。
 

描き下ろし・おまけ

誠治の家で鍋パーティーした事がきっかけで、二人はこたつを購入する事に……。
こたつで色々したいのを一切取り繕わない赤坂はさすが。
やはり天然は最強だな。
八木も赤坂の影響か、人前でいちゃつく事に抵抗がなくなってきているような気がする。
それを「チッ」という感じで眺めている誠治(まあ、もうすぐあなたにも素敵な彼氏ができるから)。
にやま先生の描く会話はテンポが良く、いくら読んでも飽きない。
惜しむらくは、こたつHが1コマで終わってしまった事。
正直、もっと見たかった。
 

『遠い岸辺』(英田サキ/大洋図書SHY NOVELS)感想【ネタばれあり】

遠い岸辺【イラスト付】【電子限定SS付】 (SHY NOVELS)

遠い岸辺【イラスト付】【電子限定SS付】 (SHY NOVELS)

遠い岸辺 (SHYノベルス)

遠い岸辺 (SHYノベルス)

 
英田サキ先生の『遠い岸辺』の感想です。
イラストはZAKK先生。
表題作の他に、事件が解決した後の二人の平穏な日常を描写した「夢の岸辺」、また電子書籍版にはショートショート「番犬も時には猫になる」を収録。
ある事件がきっかけで、身をやつした元刑事・射場と、人生の虚しさを味わいつくした切れ者・日夏。
過去に因縁を持つ二人が、共に暮らす内に関係を深めていく。
甘さと苦さのメリハリが絶妙。
また、日夏が狙われる事件も二人の関係に彩りを加え、サスペンス好きの方にもおすすめ。
 

『遠い岸辺』(2016年11月30日発行)

あらすじ

マル暴の刑事でありながら、上司を殴り実刑判決を受けた射場真二は、出所してからチンピラとなり、空疎な生活を送っていた。
そんなある日、暴力団の組長・外狩一剛から、ある人物のボディガードをするようにと半ば脅しの形で依頼される。
射場が守る事になったのは、外狩の企業舎弟であり、裏社会でも切れ者と名高い日夏晄介。
日夏のもとを訪ねると、当の彼はなんと射場が10年以上も憎み続けてきた男だった。
平気なそぶりで男を抱き、また抱かれる日夏に嫌悪を覚える射場。
しかし日夏の仕事ぶりや内面に触れる内に、少しずつ彼に惹かれる自分を止められなくなる。
 

感想

ストーリー

三十代男盛りと、酸いも甘いも嚙み分けた四十路のカップリング、最高!!
主人公二人の設定だけでも超好みなんですが、この『遠い岸辺』はできるだけ多くの方の手に取っていただきたい人間ドラマの名作でもあります。
作者の英田先生もおっしゃっている通り、リバ要素有り、女性との比較的濃厚な絡み有りと、正直かなり読者を選ぶ冒険的な作品。
だが、そこはさすがベテランの英田先生。
場合によっては敷居を高くしてしまう上記の要素も、ただ過激さを出すための演出で終わっているのではなく、物語と有機的に結びついている。
日夏と射場にとことん踏み込み、彼らの生と性を浮き彫りにするには、リバや女性との絡みも必然だったのだなと。
それによって、彼ら二人が出会った因果と結びついた過程が、読者の心へ無理なく染みわたってきます。
 
射場と日夏の意外な再会と、二人が距離を縮めていく様を描いた前半。
日夏が本格的に命を狙われた事により、北陸に潜伏して、それが結果として二人の過去と関係をあらためて見つめ直すきっかけになる中盤。
事件がさらに展開、そして収束し、共に二人が歩み出す後半。
本作は大まかに見て、上記のような三つの部分に分けられる構成となっています。
語り手は日夏と射場、両者が代わる代わる勤める形式で、互いの心情が丁寧に紡がれていく。

タイトルのネーミングセンスもお見事。
日夏が如何に先の見えない人生を泳いできたのか、そして心の奥底では寄る辺を求めていた事が如実に伝わってくる。
 
これだけ数奇な出会いをした二人にも関わらず、二人の惹かれ合う過程があまりにも自然で脱帽。
積み重ねられるそれぞれのエピソードが、どれも計算されていて、読者に違和感を感じさせない。
自分のせいで妻子を失い、一時は狂乱した日夏。
警察組織の抱く不条理に敗北し、鬱屈した生活を送る射場。
二人が関係を築いていく道行は恋愛であると同時に、戦いのようにも見えた。
だからこそ結ばれた時には、読者に大きな満足感と幸福感をもたらしてくれる。
本編ラスト二行も心に染みる。
刹那的に生きてきた日夏が、最終的には射場との未来を語れるようになった事に喜びと涙を禁じ得ませんでした。
 
物語全体にまき散らされた伏線も絶妙。
外狩と敵対関係にある兼平の存在や、日夏が射場のためにオーダーしたスーツ、そして日夏が料理好きな点まで、後の展開に繋がってきてニヤリとしてしまいました。
また、同じく英田先生の著作であるSシリーズと世界観が同じことを匂わせるお遊びもあって、ファンとしては嬉しい。
 
エロに関しては、二人の始まりが始まりだけに、受け攻めがどうなるのか、それともリバでいくのか、読者の興味をそそりました。
とりあえず射場がこの上もなく”雄”なので、色々と収まるべきところに収まった感がありますが。
本番は日夏の手練手管と積極性、射場のがっつき度が鼻血物でした。
二人の必要以上に甘くなり過ぎないやり取りにも萌える。
忠犬(時に狂犬)×女王様は私の中でジャスティス。
書籍限定SSのタイトル「番犬も時には猫になる」を見た時には、ちょっとドキッとしましたけれどね。
 
また二人の恋の進展に一役買う日夏襲撃事件ですが、サスペンスを書き慣れた英田先生らしく安定した流れ。
真犯人は想定内だったものの、錯綜する人間関係と、人物それぞれの思惑が読み応え抜群。
結果的には日夏にとっては切ないラストだけれど、これもまた彼が新たな一歩を踏み出すのに必要なターニングポイントだったのだなと。
 
唯一気になったのは、日夏の愛人であり、子供のような存在でもある狛と、日夏と因縁浅からぬ六人部が恋人同士になった流れ。
少なからず唐突感があったものの、英田先生の事だからこの辺りは別作品で語られるのかもしれない。
まあ、狛が六人部に畏怖交じりの愛を抱くのも分かります。
六人部は本人も言っている通り、日夏と同類というか、日夏が別のルートを歩んでいた場合のIF的な存在とも取れるので。
 

キャラクター

本作の魅力をけん引しているのは、なんと言っても物語の中心人物である日夏。
登場当初の彼は怜悧で、気まぐれで、シニカルで、生々しいくせに超然としていて、そのつかみどころのなさに射場も読者も振り回される。
だが、物語が進行する内に、彼の生い立ちや内面にある虚無と絶望、臆病さ、そして不器用なほどの優しさに気づき始める。
そこからは、射場も読者も日夏沼に真っ逆さま。
一種、あだ花めいた色気と儚さは、射場ならずとも放っておけなくなる。
肉体関係は持つのに、実は口内が敏感で、キスは滅多にしないか主導権を握らせないという日夏のキャラは花魁を思わせる(人間関係に対する乾いた視線も含めて)。
しかしなよなよしているわけでは決してなく、大物を手玉に取る手腕と強かさを持っているのもまた良いですね。
 
そして、もう一人の主人公である射場。
日夏との常軌を逸した出会いが、とにかくインパクト抜群。
その後の射場の人生に、強烈な傷を残したのも十分頷けます。
頑健な体や精神を持ち、プライドが高く、おそらく男性の中でも常に強者枠にいた射場にとっては、耐えがたい出来事だったろうから。
おまけに、所属していた組織に裏切られ、彼は人生において二重の失意と挫折を味合う。
 
そんな冷え切った心をもつ彼が、日夏と再会し、彼に惹かれる事によって、かつての熱を取り戻していく展開が鮮やか。
日夏と接する内に、暴力的な行為の裏側にあった彼の分かりにくい真意に気づいたのだから、射場も大した男だなと思います。
彼ほどの男なら、日夏の途方もないトラウマを包み込み、日夏の「岸辺」になってあげられるのではないかという希望を持てる。
終盤で日夏に見せた笑顔も最高でした。
 
その他のキャラクターに目を向けてみると、日夏を取り巻く訳ありの青年・狛とSM嬢・リサの存在がひときわ輝いています。
日夏と肉体関係を持ち、日夏や射場にも負けず劣らずの強烈な過去や遍歴を持つ彼ら。
ともすると二人のお邪魔虫になりかねないポジションなのですが、日夏との仲は愛人関係であると同時に、飼い主と子猫、もしくは親子を彷彿とさせる。
行き場のない痛みを抱いた彼らにとって、日夏はまさに神様だったけれど、同時に孤独な日夏の心を彼ら二人が束の間癒してきたんだろうな。
ここに番犬の(?)射場が加わり、奇妙な人間関係に味が加わっている。
日夏と射場が両想いになる事により(あと狛に恋人ができた事により)、日夏との体の関係はなくなりましたが、これからも日夏は二人にとって大事な存在であり続けるんでしょうね。
 
そして、物語のキーマンである六人部の存在感も何気に凄い。
出番はそれほど多くないものの、日夏のアンチテーゼとも言える生き方。
日夏と六人部の、花嫁(?)の父と婿のような関係も面白く、日夏の意外な一面を導き出すのに一役買っています。
 

『ただれた恋にはいたしません!』(らくたしょうこ/オーバーラップリキューレコミックス)感想【ネタばれあり】

ただれた恋にはいたしません!【単行本版】【電子限定描き下ろし漫画付き】 (リキューレコミックス)

ただれた恋にはいたしません!【単行本版】【電子限定描き下ろし漫画付き】 (リキューレコミックス)

ただれた恋にはいたしません! (リキューレコミックス)

ただれた恋にはいたしません! (リキューレコミックス)

 
『ただれた恋にはいたしません!』の感想です。
生まれも育ちも東京のチャラ男と、地方から出てきたばかりの大学生によるラブコメディ。
勢いとテンポの良さ、とぼけた会話で、読者の笑いのツボを押してくれます。
 

『ただれた恋にはいたしません!』(2019年4月25日)

あらすじ

大学入学を機に地方から上京してきた宮沢恭平が隣室へ挨拶に行ったところ、隣人は女にだらしなさそうな「シティボーイ」(恭平の脳内イメージ)だった。
恭平を田舎者呼ばわりまでした、その男の名は高良友博。
なんと恭平の通うS大の先輩で、校内でも顔を合わせる事になる。
なにかにつけて恭平をからかう高良だが、実は大の虫嫌いである事実が発覚。
恭平が彼の代わりにゴキブリを退治したのがきっかけで、二人は交流を深めていく。
そんなある日、恭平のもとへ幼馴染の雄太がやってくる。
雄太の存在により、恭平と高良の関係は急展開するが……。
 

総評

一に勢い、二に勢い、三、四がなくて、五に勢いといった感じのラブコメディ。
大ネタでドッカンドッカン笑わせるというよりも、小ネタを重ねて波状攻撃を狙ってくるタイプ。
 
そして本作は、受けの恭平を愛でるための作品でもある。
彼はいわゆる田舎者というよりも、自然の中で育った純粋培養児といった側面が強い男の子。
恭平の愛らしさととぼけ具合が、肌に合うか否かで、本書を手に取った方の勝敗(?)が決まります。

Amazonなどのお試し版を、判断材料として使ってみるのも手かもしれません。
個人的には、彼の小動物っぽさがたまりませんでした(例えるならば、キャンキャン吠える小型犬)。
ぶっちゃけ飼いたい(!?)。
彼が幼馴染の雄太のようなヤバい奴を惹きつけてしまうのも分かります。
 
一方、攻めの高良は、格好つけているにもかかわらず虫嫌いというギャップが効いていたものの、キャラクターとしては少し弱かったかもしれない。
確かに女性にはだらしがなかったかもしれないが、他の部分は真面過ぎたというか……。
何しろ、特に後半などは、雄太、恭平のばーちゃん、恭平の友人・村ちんからモブに至るまで、脇役キャラの濃さが水際立っていたので。
最終的には、主人公二人の存在感をも凌駕していたかも。
私はギャグで楽しませてもらったので概ね満足ですが、あくまで恋愛重視の方とでは評価が分かれるかもしれません。
  

ただれた恋にはいたしません! 第1話

恭平の言葉選びのチョイスやぶっ飛んだ妄想がクセになる。
とにかくツッコミどころ満載。
私は彼よりもかなり年長ですが、それでも「シティボーイ」は使わんよ(笑)。
この子、どんな時代の本を愛読しているの?
あとその年齢でコン〇ームを知らんのは、おばちゃん、どうかと思いますよ。
恭平が匂いを嗅いだ時は、高良と同じく噴き出しました。
田舎の性教育、どうなってる?
この時の「えっちごっこ」発言が、後の伏線になっているとは思わなかったけれど。

いつもはチャラチャラしているくせに、虫が大の苦手な高良もイイ味出してます。
ゴキ〇リを前にした時の高良の恐慌ぶり(ご近所さん大迷惑なのでは?)と、恭平の殺し屋の視線に笑う。
 
結局、勢いで際どい事まで致してしまった二人。
ギャンギャンわめく恭平に対して、キュンとしてしまった高良。
果たして二人の関係はどうなる?
 

ただれた恋にはいたしません! 第2話

新入生コンパで飲んではいけないものを先輩に飲まされた(むしろ勝手に飲んだ)恭平。
そんな彼を助けたのは、犬猿の仲の隣人・高良だった。
「いつもはいけ好かないアイツだけれど、実は悪いヤツじゃなかったんだね」という、ある意味お約束の展開ですが、テンポの良さにより最後まで読者を飽きさせない。
高良、恭平をからかいつつも、この時点で少なからず入れ込んでますね(ニヤニヤ)。
ラストも、媚薬で昂らされた恭平の熱を、高良が抜いてあげるという超ド定番であるものの、恭平のあどけなさに高良と同じく萌えてしまった。
あと事後に恭平の家族写真に「す、すみませんでした…」と謝る高良が、意外と律儀でホッコリ。
 

ただれた恋にはいたしません! 第3話

最初は互いにムカついていたはずなのに、なんだかんだで距離感が縮まっていく二人。
特に高良のトキメキ度はかなり高いと見た。
そこへ恭平の幼馴染・雄太がやってくるが……、雄太、超怖っ!!
なんか一気に作品の方向性が変わったのは気のせい!?
大体こういう終始ニコニコしているタイプは、フィクションでは裏表があると相場が決まっているが。
予想に違わぬ豹変ぶりを見せてくれた雄太に拍手。
「えっちごっこ」も……、よくトラウマにならなかったな、恭平。
恭平を問答無用で押し倒す雄太。
そこへ颯爽と(?)現れたのが高良。
しかし、それは実は恭平を助けにきたわけではなく、単に置き去りにされたイナゴのつくだ煮が怖かっただけという……、当初のしれっとした彼はどこに行った?
 

ただれた恋にはいたしません! 第4話

前回に引き続き、雄太のサイコっぷりが炸裂。
幼馴染の持ち物に盗聴器まで仕込んでたんかい……(震)。
という事は、恭平と高良のアレコレも聞かれてたんですね、うわぁ……。
 
とにかく雄太を恭平の部屋に泊めるわけにもいかず、「じゃあ、もう俺んち泊まれよ!」って高良、こんなキャラだったっけ?
高良の部屋に入った途端、イナゴを貪り食って高良へと嫌がらせする雄太。
途中に差し挟まれる高良と雄太の会話は結構重い内容なのに、この作品、なぜかシリアスになり切らない。
高良が大嫌いなイナゴのつくだ煮を食べるという男気(?)を見せる事により、なんだかすべてが丸く収まった感が凄い。
 
クライマックスも、色々過程をすっ飛ばしていきなり登場した恭平のばーちゃんに呆然。
なんかとてつもない剛腕で、話を無理矢理良い方へまとめていたような……。
さすがばーちゃん、亀の甲より年の功。
この回、振り幅は大きくて、読者も付いていくのが大変。
とりあえず、雄太は大和魂ボンバーズのライブを見て更生してください。
 
ラストは、雄太の存在に触発されたのか、高良から恭平へ突然の告白とキス。
 

もうお前だけにするっつったらどうする?

 

ただれた恋にはいたしません! 第5話

最終回にも関わらず、恭平のばーちゃんの弾けっぷりがスゴイ。
正直、主役の二人が霞む存在感。
当初はボケ役だった恭平もすっかりツッコミ役にジョブチェンジ。
二丁目のバーテンダーも、モブのくせになんなんだ、この存在感!?
雄太も失恋を振り切ったようで、とりあえず良かった……(良かったのか、これ?)。
「ついていけない」という恭平の絶叫に激しく同意。
 
一方、肝心の恭平と高良の恋の行方は……。
高良に清算された元・彼女さんがひたすら気の毒だった&後ろ姿と髪の毛ファサッ…に笑った。
目の前でバカップルのイチャイチャ見せつけられたらたまらんよ(本人達無自覚)。
最終的には、恭平と高良の心も体も結ばれてHAPPY EVER AFTER。
それにしても、ボーイズラブで最中にこれほど痛がる受けも珍しい。
「いだーーー!!」って、恭平、これ、夢溢れるHシーンで受けがしていい顔じゃないと思うの。
 

描き下ろし・追いつけない、敵わない

高良視点のお話。
相変わらずワチャワチャしつつも、ラブラブな日常の一コマ。
今まで散々遊んできたため、本命を大事にする方法が分からない高良。
今更「大人の余裕」って、あれほど醜態をさらしておいて(主に虫関係)、それはかなり難しいのでは?(笑)
 

『構いたくなる背中』(ゆいつ/一迅社gateauコミックス)感想【ネタばれあり】

構いたくなる背中【電子限定描き下ろし漫画付き】 (gateauコミックス)

構いたくなる背中【電子限定描き下ろし漫画付き】 (gateauコミックス)

構いたくなる背中 (gateauコミックス)

構いたくなる背中 (gateauコミックス)

 
『構いたくなる背中』の感想です。
恋人に去られ、男達との刹那的な関係に慰めるサラリーマンと、彼を放っておけない同僚。
二人が互いに惹かれ合っていくプロセスを追った王道ラブストーリー。
 

『構いたくなる背中』(2019年4月15日発行)

あらすじ

ゲイの佐倉は、自分を捨てて女性と結婚するという恋人と破局した後、不特定多数の男達に次々と身を任せる生活を送っていた。
ある晩、男を誘惑していたところ、見知らぬ男に邪魔されてしまう佐倉。
欲求不満で不機嫌になった彼は、なんと社内で件の男と再会してしまう。
その男は部署は違うものの、同じ会社に勤める長谷川だった。
お人好しな性格で佐倉を放っておけない長谷川は「俺と住みませんか?」と提案してくる。
そして、勢いで同居する事になった二人。
最初は長谷川を鬱陶しく思っていた佐倉も、二人の奇妙な同居生活が楽しくなってきて……。
 

総評

一言でいうと、とても勿体ない。
ここで誤解してほしくないんですが、私はこの作品嫌いではない、むしろ大好物の部類です。
肉感的なキャラクター達と濡れ場。
愛嬌と心の奥底に隠した寂しさのバランスが絶妙な受けの佐倉。
彼を優しく包み込む攻めの長谷川。
破綻もなく、手堅くまとまったストーリー。
すべてが水準以上のレベルをキープしていると思います。
ただ好みな作品だけに、もっと話数やエピソードを増やして、主人公二人の人物造形を掘り下げてもらいたかったというのも正直な感想。

彼らの人となりやバックボーンを、もっと知りたかった。
加えて、当て馬である佐倉の元恋人・五十嵐があまり機能しなかったのも惜しい。
あれだけ意味ありげに出てきたのに、最後はなんとなくフェイドアウトしてしまったしなぁ。
例えば、佐倉がなぜあれほどまでに五十嵐にこだわったのか等が描かれていたら、佐倉の荒れた行動に説得力が増し、物語にさらに厚みが出たのではないかと思います。
 
私は作者であるゆいつ先生を本作で初めて知りましたが、良い書き手さんですね。
これからも先生の後続作品を追いかけていきたい。
 

構いたくなる背中 第1話

佐倉の閉塞的な毎日の中に突然現れた長谷川。
泰然とした彼の存在感が印象的。
乱れた生活がもとで、珍しく仕事上のミスを犯してしまった佐倉を、慌てずフォローする姿も良いですね。
仕事ができる男は単純に格好いいし、何より根無し草のような佐倉には長谷川のようにどっしりした人が必要なんだという説得力が生まれる。
無表情の為、佐倉も読者も長谷川の真意が見えず戸惑いますが、彼の一見突拍子のない言動には興味を引かれざるを得ません。
ラスト1ページを丸々使った「俺と住みませんか?」で、次回への期待が膨らみます。
 

構いたくなる背中 第2話

長谷川の部屋で同居生活を始めた二人。
えっ、2週間、一緒のベッドに寝てたの!?(笑)
肉体関係から始まるという展開になっても、まったくおかしくない二人なんですけれどね。
とにかくいまだ恋に至っていないとはいえ、長谷川が佐倉の数々の誘惑にたじろがないのが凄い。
その割に、自分の体温が高いことには照れているし……、やはり長谷川って独特の感受性の持ち主。
 
一方、佐倉はなんだかんだと言いつつも、長谷川との生活に慣れ親しんできている。
共にお鍋をつついたり、トランプしたりと楽しそう。
あどけない表情が可愛い。
性衝動が介在しない関係って、彼にとっては貴重なものなのでしょう。
それでも長谷川を挑発してしまうのは、恋人に裏切られた事による人間不信の根がそれだけ深いという事なんでしょうね。
 
少年のような笑顔や寂しそうな横顔など……、佐倉が見せる様々な表情。
それによって、長谷川が佐倉に対して抱いていた、まるで野良猫を保護するような感情にも変化が生じてきたようで……。
直接的な性行為よりも、無意識の信頼を寄せられた方が、よっぽどクる事ってありますよね。
鉄面皮だった長谷川の表情が徐々に崩れていく様に、ニヤニヤが止まらないラストでした。
 

構いたくなる背中 第3話

佐倉の元恋人・五十嵐の影が見え隠れする第3話。
内心動揺する佐倉でしたが、長谷川の存在に安らぎを覚える。
長谷川って五十嵐とは真逆のタイプですからね。
 

「笑って放さないでください」
「ハハっ、昔のことだし泣くかよ~。カッコわり」
「格好悪いところ、俺には見せていいですから」

 
……あぁ、こんな風になんの衒いもなく言われたら、強がっていた仮面もすべて剥がれ落ちてしまう。
五十嵐を愛していたのに、捨てられるのが怖くて本音を言えなかった。
本当はもっと大事にされたかった。
 

人を好きになるのって怖い。

 
片や、長谷川も、他の男に対する佐倉の想いを聞かされて傷つく。
そして自分に口づけてきた佐倉に答えて、押し倒してしまう。
ここの長谷川の、良心の呵責にまみれた顔が半端ない。
肉欲を軽く凌駕する罪悪感。
ここまで真面目で、誘惑に流されない攻めというのもそうそういません。
 

構いたくなる背中 第4話

キスをしてしまった事により、一緒に暮らせなくなってしまった佐倉と長谷川。
とりあえず、ちゃんと話し合いましょう(ボーイズラブで発生するもめ事は、8割方それで解決する)。
意思の疎通がとれず、泥沼にハマってしまう二人。
佐倉はまた男漁り始めてしまった上に、元凶の五十嵐も登場。
意味ありげに現れた割りには、こいつもかなりの勘違い野郎ですね。
まあ、そのおかげで佐倉もようやく自分の長谷川に対する気持ちに気づけたんですが。
しかし、長谷川の律儀さが今回ばかりは仇となって、二人の仲はどんどんこじれていくばかり。
佐倉はせっかく頑張ったのに、なんだか気の毒になってしまいました。
それにしても、五十嵐、しつこいですね。
己が捨てた佐倉を、彼なりに気にしているのかもしれないけれど、なんだかなぁ……。
 

構いたくなる背中 第5話

一見仲良さげに見える佐倉と五十嵐の姿(大いなる勘違い)を目撃した長谷川の心は千々に乱れ、ついに仕事でミスをしてしまう。
そこで彼をフォローしたのは佐倉。
第1話と対になっているのが良いですね。
この辺り、佐倉の笑顔と健気さがたまらない。
 

もう一晩限りの相手は必要なくなった。
カウンセリング成功だな。
ありがと、短い間だったけど楽しかった。

 
今まで相手にどこか遠慮がちだった彼らなら、そこですべてが終わってしまってもおかしくなったけれど、今回ばかりは違った。
訥々と語り合いながら、誤解を解いていく二人が初々しい。
 

お前のこと、好きになったから…。

 
真っ赤な顔した恋するサラリーマン、美味しいですむしゃむしゃ。
それに対する、長谷川の答えも最高。
本当に不器用ですが、この上もなく誠実な男ですね。
 
両思いになった二人は、長谷川の部屋でめでたく結ばれる事に……。
この緊張感に満ちた微妙な空気(笑)。
そして佐倉に押されて、わたわたする長谷川がなんだか可愛い。
彼らの場合は佐倉の方が何かと経験豊富そうだから、性行為でも受けがイニシアティブを取る事が多くなりそう。
それもまた良きかな。
 
ラストは二人のラブラブ同棲生活。
長谷川を迎える佐倉の満面の笑顔が眩しい。
 

描き下ろし

佐倉のお色気満載。
トイレで自慰する姿に鼻血。
長谷川も、あんな卑猥な姿見えられたらたまらない。
第5話ラストの影響もあってか、佐倉からなんだか団地妻的な(?)エロティシズムを感じてしまう。
長谷川との優しいセックスに自分を大事にしてくれていると喜びを覚える反面、彼をもっともっと欲しくなってしまう佐倉。
本来ならセーフセックスが鉄則ですが、ボーイズラブはファンタジーだから。
おそらく長谷川は今までもまっすぐに生きてきたと思われますが、いきなりこれだけエロい恋人ができたら、そりゃあ箍も外れてしまうでしょうよ。
 

電子限定版描き下ろし

同僚と行った居酒屋のトイレで致してしまう二人(性格には素股)。
酔っぱらった事により、衆人にエロ可愛い姿を晒す佐倉。
さすがの長谷川も嫉妬して、佐倉をトイレの個室に連れ込んでしまう。
そこでも無意識に長谷川を煽りまくるから、フラフラになってしまったのはある意味自業自得。

『愛しのXLサイズ』(重い実/一迅社gateauコミックス)感想【ネタばれあり】

愛しのXLサイズ【電子限定描き下ろし漫画付き】 (gateauコミックス)

愛しのXLサイズ【電子限定描き下ろし漫画付き】 (gateauコミックス)

愛しのXLサイズ (gateauコミックス)

愛しのXLサイズ (gateauコミックス)

 
『愛しのXLサイズ』の感想です。
タイトルと表紙、正直キワモノ臭がしますが。
でも、そこで尻込みしていては勿体ない良作ですよ、皆さん。
シュールなギャグ、ストーリー、エロの塩梅が絶妙。
騙されたと思って、お試し版だけでも読まれる事をおススメします。
 

『愛しのXLサイズ』(2019年2月15日発行)

あらすじ

二十歳になった山本蒼は、人生初の彼女を作るため、大学の日本酒研究会に入会する。
だが、そこは山本が求めていた飲みサーとは程遠く、日本酒好きな男達が集う真面目で地味な会だった。
実は酒に弱い山本は、講習会で食べた日本酒入りチョコレートが原因で酔っぱらってしまうが、そこで彼を介抱してくれたのが同級生の小林哲也。
料理も上手く、男前な小林は如何にもモテそうだが、意外な悩みを抱え、彼もまた山本と同じく童貞をこじらしていた。
酔っぱらった勢いもあり、小林と寝てしまった山本。
それが二人の恋の始まりだった。
 

総評

いや、タイトルと表紙、如何にもですよね。
ここで手に取るのを躊躇してしまう方がいるのも分かる。
実は私もそうでした。
ものすごく気になりつつも、横目でチラチラ眺めて早数日。
結果、ポチって大正解&大歓喜。
勝利したボクサーの如く、思わず拳をあげてしまったよ(もちろん心の中で)。
 
予想に違わずXLは小林くんのアレのサイズであり、もちろん内容的にはアホエロギャグな側面もある本作。
けれどもあに図らんや、主人公の二人が予想以上にピュアな恋をしていて、こちらもキュンキュンしてしまった。
一気に色々と過程をすっ飛ばしてしまっている山本くんと小林くんだけれど、二人の織り成す日常が可愛くて仕方がない。
 
下ネタもよほど上手にやらないとお寒くなってしまいがちなんですが、本作の場合は独特の間合いと言葉選びのセンスで、読者を抱腹絶倒させてくれます。
読了感としては、岡田あーみん先生や魔夜峰央先生が直球のBLを描いたらこんな感じなんじゃないかなと(さすがに両先生の領域までには至っていないけれど)。
本作の良さを文章で伝えるのってなかなか難しい。
とにかく読んでみて下さいとしか言えない。
ちなみに私が本作から受けた効能としては、アレがアナコンダへ速やかに脳内変換されるのを、自分でも止められなくなりました(効能?)。
さすがに小林くんのアナコンダは白抜きされていますが、相当に凶悪なブツのようで……、山本くん、大変だろうけれど頑張れ。
 
あえて不満を挙げるとすれば、日本酒研究会の面々などがもっとお話に絡んでくれれば、さらに面白さが増したのではないかと思いました。
実際、数少ない脇役である城ヶ崎妹は、短い出番ながらも個性を発揮していたし。
まだまだ二人の緩い毎日を見ていたいので、その辺も合わせて是非続編を希望したいです。
 

愛しのXLサイズ 第1話

ボケ×ボケなので、冒頭から読者のツッコミが最初から追いつかない。
まず丸出しで、ソファに座っている小林くんだけで噴き出す。
どうしてそうなった!?
スゴイ間抜けな構図なのに、哀愁を感じてしまうのはなぜ?
小林くん、今まで色々切ない想いをしてきたのが察せられる。
一歩間違えば、彼の場合は性行為が医療行為になってしまうから。
 
山本くんも負けず劣らずおかしい。
「素股=ガキの頃、近所のダチとよくやるやつ」って、明らかにダチに騙されてます、それ。
そして「アナ小ン林くん」に見られる謎のネーミングセンス。
また酔っぱらっているとはいえ「もうここまで来たら、使命感みたいなもんだ。絶対、こいつのアナコンダを挿れる。挿れてみせる」って、何、そのスポ根並みの意地。
とりあえず、小林くん、童貞喪失おめでとう。
ラストではなぜかちゃんとピュアな恋愛が始まっていて、この回、乱丁起こしてるんじゃないかと本気で疑いました。
 

愛しのXLサイズ 第2話

交流を深めていく山本くんと小林くん。
なんだかんだと言いつつも、普通のボーイズラブらしいイベントもこなして、小林くんも「やさしくするから」などとテンプレ台詞を呟いてくれるが、いちいち山本くんのモノローグがぶち壊してくれる(褒めてます)。
結局、エロになだれ込んでしまうんですけれどね。
こういうシーンの山本くんは文句なしにエロ可愛いですが……、そりゃあ、小林くんも滾ります。
後半の二人きりの礼拝堂のシーンも萌えました(彼らの学校はキリスト教系?)。
小林くん、優しいよね。
山本くんの痛み=ケツの痛みなのはどうかと思うけれど。
二人の無自覚な両片思い、美味しかったです。
 

愛しのXLサイズ 第3話

小林くんの理想の嫁=黒髪ロング(あくまで山本くんが勝手に設定)を想像して、不安定になる山本くん。
しかし黒髪ロングがゲシュタルト崩壊し、ケツの穴を太陽光線に当てる(!?)など、シリアスになり切らないのが本作らしい。
小林くんはなんだか一生懸命普通のBLに持っていこうとしているんですが、相方の山本くんがそれを許してくれない。
一応彼女持ちだった経験もあって、小林くんの方が恋愛に関しては真面な感覚を持っているような気がします(彼の場合はアナコンダがすべての元凶。)。
 
そんなある日、山本くんは小林くんの理想の彼女を発見(あくまで(以下略))。
日本酒研究会に所属する城ヶ崎先輩の妹・撫子さん。
確かに(山本くんの)要望には叶っていますが、明らかに彼女の命は別の人でしょう(この鈍さが今まで彼女ができなかった原因?)。
しかも色々と人間離れしてますよ、撫子さん(震)。
兄について語る姿が、なんだか貞子チック。
そしてコメディのはずなのに、貞子に負けず劣らず業が深いですね。
それにしてもここまで聞いてしまうと、城ヶ崎先輩の眼鏡の下や今までのアレコレも非常に気になります。
 
撫子さんから、実は山本くんが男女問わずモテる事を聞いてしまって、動揺を隠しきれない小林くん。
もう彼は自分の恋心に気づき始めていますね。
一方、またまた酔っぱらった山本くんは、小林くんにおんぶされて夢見心地。
よくこんなに可愛らしくて、今まで素股で済んでいた不思議。
あのボケっぷりで、無意識に周囲を蹴散らしていたんだろうな。
 

愛しのXLサイズ 第4話

前回に引き続き、山本くんを背負っている小林くんですが、なんとなくシリアス調にも関わらず何気にフェティシズム全開。
酒造の息子とはいえ、麹を作る時に欲情しちゃさすがにヤバいでしょう!?
前回、山本くんが全方位にモテモテな事を知り、焦った小林くんは酔っぱらった山本くんを問い詰めるが……。
 

収まりどころのない不憫な大蛇が他にもいたら山本くんはどうするんだ。

 
ボーイズラブの王道展開なのに、台詞のチョイスが明らかにオカシイから(笑)。
いつもは山本くんのボケが際立っているけれど、ここに来て小林くんが怒涛の追い上げ(?)を見せてくれる。
とりあえず、学校はサバンナじゃないです。
 
嫉妬ゆえ気が気じゃない小林くんの代わりに、今度は珍しく山本くんが軌道修正してくれた。
晴れてジレジレ展開を乗り越えた山本くんと小林くん。
真っ赤な顔の二人にもニヤニヤ。
山本くんの勢いがなければ、こうは行かなかったかも。
そう言えば、この二人の関係が始まったのも、きっかけは山本くんの思いっきりの良さだった。
ラストのご褒美シーンもラブラブ。
「まだ指4本しか挿れてねぇんだ」には地味に戦慄しましたが。
私が今まで読んできたBLを集計すると大体平均3本(?)なんだけれど、4本でまだ途中ってどんだけ凶暴なブツなんだ!?
  

愛しのXLサイズ 第5話

甘い雰囲気にを堪能する山本くん。
そりゃあ、小林くんは料理上手だし、マメだし、優しいし、居心地良いですよね。
 

「ち、ちなみに小林くんの好きって、どんな感じなの…」
「どんなって、山本くんを見てるだけで胸が痛くなって、息が苦しくなる感じだよ」

 
極めて真っ当な愛の告白なのに、本作だと噴き出してしまうのはなぜ!?
 
あらためて両想いになった二人。
ところが小林くん、三日経っても山本くんに手を出してくれない。
 

ヤらんのかい!

 
山本くん、瞳孔開いてる開いてる!!
さっきまでの乙女チックな展開はどこに行った!?
しかし、小林くんにも手を出せないわけがあった。
 

「俺、半分しか挿れてないんだよ」
「…は?」
「俺、2回目から山本くんに半分しか挿れてないから」
「半分…?うっそマジで…」

 
小林くんの哀愁漂う告白を聞いて、読者としては笑っていいのやら、泣いていいのやら……。
山本くんも、実は素面で小林くんのアナコンダの本領を味わった事がなかったという、とんでもない事実が発覚。
そりゃあ、さすがの山本くんでも後退りたくもなるわ……。
いや、本人達にとっては(特に山本くんにとっては)泣きたくなるほど重要な問題ですよね。
一方、私の腹筋は(物理法則を無視した)潮吹きシーンで崩壊したけれど。
 
ここで小林くんの思い遣りを汲み取った山本くん、男気を見せましたね。
なんとか頑張って小林くんを受け入れる。
愛がなきゃ無理ですね(無茶しやがってとも思ったけれど)。
正直、このシーンのHは萌えるというよりも、出産シーンを見せられているような感慨に近かったですが。
小林くんの「おじいちゃんになっても山本くんとセックスしていたいから、山本くんの肛門は大事にしていく」には爆笑しつつもホッコリ。
これ、ある意味、プロポーズの言葉?(すごくこの二人らしい)
体から始まってしまった関係ですが、心も少しずつ結びつき始めた山本くんと小林くん。
小林くんのエスパーっぷりが凄まじすぎるけれど、アナコンダがなければスパダリの素養ありありだからな。
二人の同棲を示唆しつつのラストも良かったです。
 

描き下ろし

二人のラブラブ同棲生活。
まあ、ぶっちゃけヤりまくりです。
山本くんの試すような言葉を、一蹴する小林くんが男前。
互いのファーストネームを初めて呼ぶのも甘~い。
あと小林くんと撫子さんが共闘しているのに笑った。
モテる想い人を持つと何かと大変ですね。
 

『愛しのXLサイズ@姫はじめ』(2019年4月26日)

愛しのXLサイズ@姫はじめ (gateauコミックス)

愛しのXLサイズ@姫はじめ (gateauコミックス)

 
『愛しのXLサイズ』の続編。
今のところ電子書籍版のみですが、短編という事でお値段もリーズナブル。
年末年始の山本くんの帰省により、2週間ほど離れ離れになった二人。
畢竟、若い二人の情熱は止まらないよねという内容。
とにかく山本くんがエロ可愛すぎ。
そりゃあ、小林くんも鼻血を出す……、というか「鼻血出そう」というのはボーイズラブでも良く見る展開だけれど、これだけ垂れ流しの攻めも珍しいですね。

彼が麹作ってるシーンにも爆笑。
良い話風の中、第4話の伏線(?)も見事に回収。
とりあえず、小林くんはトイレにでも行ってこい。
 

山本くんのことを考えながら造ってるよ。

 
確かに嘘は言っていない(事実をぼかしているだけ)。