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『遠い岸辺』(英田サキ/大洋図書SHY NOVELS)感想【ネタばれあり】

遠い岸辺【イラスト付】【電子限定SS付】 (SHY NOVELS)

遠い岸辺【イラスト付】【電子限定SS付】 (SHY NOVELS)

遠い岸辺 (SHYノベルス)

遠い岸辺 (SHYノベルス)

 
英田サキ先生の『遠い岸辺』の感想です。
イラストはZAKK先生。
表題作の他に、事件が解決した後の二人の平穏な日常を描写した「夢の岸辺」、また電子書籍版にはショートショート「番犬も時には猫になる」を収録。
ある事件がきっかけで、身をやつした元刑事・射場と、人生の虚しさを味わいつくした切れ者・日夏。
過去に因縁を持つ二人が、共に暮らす内に関係を深めていく。
甘さと苦さのメリハリが絶妙。
また、日夏が狙われる事件も二人の関係に彩りを加え、サスペンス好きの方にもおすすめ。
 

『遠い岸辺』(2016年11月30日発行)

あらすじ

マル暴の刑事でありながら、上司を殴り実刑判決を受けた射場真二は、出所してからチンピラとなり、空疎な生活を送っていた。
そんなある日、暴力団の組長・外狩一剛から、ある人物のボディガードをするようにと半ば脅しの形で依頼される。
射場が守る事になったのは、外狩の企業舎弟であり、裏社会でも切れ者と名高い日夏晄介。
日夏のもとを訪ねると、当の彼はなんと射場が10年以上も憎み続けてきた男だった。
平気なそぶりで男を抱き、また抱かれる日夏に嫌悪を覚える射場。
しかし日夏の仕事ぶりや内面に触れる内に、少しずつ彼に惹かれる自分を止められなくなる。
 

感想

ストーリー

三十代男盛りと、酸いも甘いも嚙み分けた四十路のカップリング、最高!!
主人公二人の設定だけでも超好みなんですが、この『遠い岸辺』はできるだけ多くの方の手に取っていただきたい人間ドラマの名作でもあります。
作者の英田先生もおっしゃっている通り、リバ要素有り、女性との比較的濃厚な絡み有りと、正直かなり読者を選ぶ冒険的な作品。
だが、そこはさすがベテランの英田先生。
場合によっては敷居を高くしてしまう上記の要素も、ただ過激さを出すための演出で終わっているのではなく、物語と有機的に結びついている。
日夏と射場にとことん踏み込み、彼らの生と性を浮き彫りにするには、リバや女性との絡みも必然だったのだなと。
それによって、彼ら二人が出会った因果と結びついた過程が、読者の心へ無理なく染みわたってきます。
 
射場と日夏の意外な再会と、二人が距離を縮めていく様を描いた前半。
日夏が本格的に命を狙われた事により、北陸に潜伏して、それが結果として二人の過去と関係をあらためて見つめ直すきっかけになる中盤。
事件がさらに展開、そして収束し、共に二人が歩み出す後半。
本作は大まかに見て、上記のような三つの部分に分けられる構成となっています。
語り手は日夏と射場、両者が代わる代わる勤める形式で、互いの心情が丁寧に紡がれていく。

タイトルのネーミングセンスもお見事。
日夏が如何に先の見えない人生を泳いできたのか、そして心の奥底では寄る辺を求めていた事が如実に伝わってくる。
 
これだけ数奇な出会いをした二人にも関わらず、二人の惹かれ合う過程があまりにも自然で脱帽。
積み重ねられるそれぞれのエピソードが、どれも計算されていて、読者に違和感を感じさせない。
自分のせいで妻子を失い、一時は狂乱した日夏。
警察組織の抱く不条理に敗北し、鬱屈した生活を送る射場。
二人が関係を築いていく道行は恋愛であると同時に、戦いのようにも見えた。
だからこそ結ばれた時には、読者に大きな満足感と幸福感をもたらしてくれる。
本編ラスト二行も心に染みる。
刹那的に生きてきた日夏が、最終的には射場との未来を語れるようになった事に喜びと涙を禁じ得ませんでした。
 
物語全体にまき散らされた伏線も絶妙。
外狩と敵対関係にある兼平の存在や、日夏が射場のためにオーダーしたスーツ、そして日夏が料理好きな点まで、後の展開に繋がってきてニヤリとしてしまいました。
また、同じく英田先生の著作であるSシリーズと世界観が同じことを匂わせるお遊びもあって、ファンとしては嬉しい。
 
エロに関しては、二人の始まりが始まりだけに、受け攻めがどうなるのか、それともリバでいくのか、読者の興味をそそりました。
とりあえず射場がこの上もなく”雄”なので、色々と収まるべきところに収まった感がありますが。
本番は日夏の手練手管と積極性、射場のがっつき度が鼻血物でした。
二人の必要以上に甘くなり過ぎないやり取りにも萌える。
忠犬(時に狂犬)×女王様は私の中でジャスティス。
書籍限定SSのタイトル「番犬も時には猫になる」を見た時には、ちょっとドキッとしましたけれどね。
 
また二人の恋の進展に一役買う日夏襲撃事件ですが、サスペンスを書き慣れた英田先生らしく安定した流れ。
真犯人は想定内だったものの、錯綜する人間関係と、人物それぞれの思惑が読み応え抜群。
結果的には日夏にとっては切ないラストだけれど、これもまた彼が新たな一歩を踏み出すのに必要なターニングポイントだったのだなと。
 
唯一気になったのは、日夏の愛人であり、子供のような存在でもある狛と、日夏と因縁浅からぬ六人部が恋人同士になった流れ。
少なからず唐突感があったものの、英田先生の事だからこの辺りは別作品で語られるのかもしれない。
まあ、狛が六人部に畏怖交じりの愛を抱くのも分かります。
六人部は本人も言っている通り、日夏と同類というか、日夏が別のルートを歩んでいた場合のIF的な存在とも取れるので。
 

キャラクター

本作の魅力をけん引しているのは、なんと言っても物語の中心人物である日夏。
登場当初の彼は怜悧で、気まぐれで、シニカルで、生々しいくせに超然としていて、そのつかみどころのなさに射場も読者も振り回される。
だが、物語が進行する内に、彼の生い立ちや内面にある虚無と絶望、臆病さ、そして不器用なほどの優しさに気づき始める。
そこからは、射場も読者も日夏沼に真っ逆さま。
一種、あだ花めいた色気と儚さは、射場ならずとも放っておけなくなる。
肉体関係は持つのに、実は口内が敏感で、キスは滅多にしないか主導権を握らせないという日夏のキャラは花魁を思わせる(人間関係に対する乾いた視線も含めて)。
しかしなよなよしているわけでは決してなく、大物を手玉に取る手腕と強かさを持っているのもまた良いですね。
 
そして、もう一人の主人公である射場。
日夏との常軌を逸した出会いが、とにかくインパクト抜群。
その後の射場の人生に、強烈な傷を残したのも十分頷けます。
頑健な体や精神を持ち、プライドが高く、おそらく男性の中でも常に強者枠にいた射場にとっては、耐えがたい出来事だったろうから。
おまけに、所属していた組織に裏切られ、彼は人生において二重の失意と挫折を味合う。
 
そんな冷え切った心をもつ彼が、日夏と再会し、彼に惹かれる事によって、かつての熱を取り戻していく展開が鮮やか。
日夏と接する内に、暴力的な行為の裏側にあった彼の分かりにくい真意に気づいたのだから、射場も大した男だなと思います。
彼ほどの男なら、日夏の途方もないトラウマを包み込み、日夏の「岸辺」になってあげられるのではないかという希望を持てる。
終盤で日夏に見せた笑顔も最高でした。
 
その他のキャラクターに目を向けてみると、日夏を取り巻く訳ありの青年・狛とSM嬢・リサの存在がひときわ輝いています。
日夏と肉体関係を持ち、日夏や射場にも負けず劣らずの強烈な過去や遍歴を持つ彼ら。
ともすると二人のお邪魔虫になりかねないポジションなのですが、日夏との仲は愛人関係であると同時に、飼い主と子猫、もしくは親子を彷彿とさせる。
行き場のない痛みを抱いた彼らにとって、日夏はまさに神様だったけれど、同時に孤独な日夏の心を彼ら二人が束の間癒してきたんだろうな。
ここに番犬の(?)射場が加わり、奇妙な人間関係に味が加わっている。
日夏と射場が両想いになる事により(あと狛に恋人ができた事により)、日夏との体の関係はなくなりましたが、これからも日夏は二人にとって大事な存在であり続けるんでしょうね。
 
そして、物語のキーマンである六人部の存在感も何気に凄い。
出番はそれほど多くないものの、日夏のアンチテーゼとも言える生き方。
日夏と六人部の、花嫁(?)の父と婿のような関係も面白く、日夏の意外な一面を導き出すのに一役買っています。