ボーイズラブのすゝめ

ボーイズラブ系のコミックス&小説の感想を中心に。

『アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影 (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影 (モノクローム・ロマンス文庫)

天使の影 ~アドリアン・イングリッシュ1~ (モノクローム・ロマンス文庫)

天使の影 ~アドリアン・イングリッシュ1~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影』の感想です。
高校時代からの友人を殺害された書店主&作家のアドリアンが、自分もまた事件へと巻き込まれていくスリリングなサスペンス。
シリーズ一作目である本書に関しては、恋愛面よりもどちらかというとミステリ面に焦点が絞られがちですが、ゲイとして生きるアドリアンの日常が大変読み応え有り。
物語構成や文章力も、こうしたジャンルでは群を抜いており、多くの方に是非手に取っていただきたい作品の一つ。
 

『アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影』(2013年12月25日発行)

あらすじ

ミステリ書籍を専門に扱ったクローク&ダガー書店の店主であり、文筆業もしているアドリアン・イングリッシュのもとへ、ある日、LA市警の刑事であるリオーダンとポール・チャンという二人組が訪ねてくる。
彼らによると、なんとクローク&ダガー書店の従業員であり、アドリアンの高校からの友人でもあったロバート・ハーシーが何者かに殺害されたという。
彼は体や顔などをめった刺しにされ、遺体はチェス駒の白のクイーンを握らされていた。
アドリアンとロバートは共にゲイである為か、リオーダン達はアドリアンへあらぬ容疑をかけているようなのだが……。
おまけに、骸骨の仮面を被った正体不明の人間につけ狙われたり、不気味な贈り物や無言電話を受け、アドリアン自身も追いつめられていく。
己の身を守るため、独自に事件を調べ始めたアドリアンは、彼が高校生時代に起きたある出来事に、事件解決の糸口を見つけだす。
 

感想

ストーリー

本作は「ボーイズラブ」というよりも、ゲイである一人の白人男性の生き方を綴った「ゲイ文学」とした方が、より適切かもしれません(ラニヨン先生の作品は全般的にそうしたテイストですが)。
アドリアンはゲイである事をオープンにしており、ゲイ仲間や一見理解のある友人達に囲まれていている。
金銭の貧窮しているわけでもなく、仕事も順調で、性的マイノリティの中では、どちらかというと恵まれた環境にいるように見えます。
しかし、それでも偏見の目は決して皆無ではなく、窮屈な思いをする事もしばしば。
油断すれば心無い一言は飛んでくるし(それがたとえ友人同士であっても)、とっくに成人したはずの息子を支配下に置こうとする、アドリアンの母親で元バレリーナのリサの存在も重い。
特にリサは決して恫喝的ではなく、真綿で首を締めるように柔らかくプレッシャーをかけてくるのが厄介(おそらくリサ本人も、すべて息子の為だと思っていて、アドリアンを抑圧している意識はない)。
そんな環境下、主人公のアドリアンが自分の性指向と向き合い、社会の中で如何に自立し、自分らしく生きていくかが、変にウェットになる事なく、冷静な視点で描かれています。
ファンタジーのようなボーイズラブも、もちろん楽しいですが、このジャンルにハマったならこうした骨太な作品にも、一度は目を通しておきたいところ。
 
まず物語が始まって早々、アドリアンの友人・ロバートの殺人事件に心を鷲掴みにされます。
殺される直前のロバートの謎めいた行動。
殺人現場に残されたチェスの駒。
中盤、事件は連続殺人の様相を呈していき……。
賊に荒らされたクローク&ダガー書店。
犯人からの不気味な贈り物の数々。
アドリアンに付きまとう、骸骨の仮面を被った怪人物。
高校生時代、アドリアンが与り知らぬところで起きた悲劇。
思春期の残酷さ。
すべてのギミックが結びつき、アドリアン本人に迫る危機と相まって、読者を一気にラストへと導いていきます。
この押し流されるような感覚が、読書好き、ミステリ好きとしてはたまりません。
真犯人の正体自体は、読み進める内に察する読者も少なくないでしょう。
しかし、ずっと「仮面」を被って生きてきた犯人の生涯と、本作で引用される「正直者の運命」という詩とが重なり合った時、皮膚が泡立つのを抑える事ができませんでした。
 
ロマンス面に目を向けると、アドリアンと二人の男性達との微妙な関係から目が離せません。
ロバートの事件を追っていたライターであるブルース・グリーンと、友達以上恋人未満な間柄を築き始めつつも、刑事で自分を容疑者扱いするリオーダンに惹かれるのを止められない。
二人の間で揺れるアドリアン。
しかしここで誤解しないでほしいのが、本作はメロドラマでも、お涙ちょうだいでもない点です。
アドリアンは決して感傷に酔うタイプの人間ではない。
むしろ、冷静すぎるほど冷静に他者を見ている。
その辺りから「恋愛=依存ではない」彼のスタンスが伝わってきてむしろ潔い。
 

世の中は切ないものだ。ブルースは身なりにリオーダンの何倍も金と労力を費やして一流モデル並みの装いをしているというのに、適当に着込んだだけのリオーダンに見た目でも印象でもかなわないとは。

 
このモノローグ、ブルースにとっては極めて気の毒なんですが、発信源のアドリアンからは不思議と嫌な感じを受けない。
それは、彼が一己の男性として、身に着けた見識や今までの経験を踏まえて、冷静に相手を捉えているからなんですよね(だからこそ残酷なんだけれど)。
ただただ事実を述べているという、アドリアンのドライさと若干諦念の混じった雰囲気、そしてリオーダンの魅力にハッとさせられる。
このワンセンテンスだけでリオーダンが特別な存在だという、人としての値打ちみたいなものが伝わってくるのも凄い。
たとえば「三高」(高身長、高学歴、高収入)などに代表されるような、画一化した造形ではなく、はっきりした文章では表し難い、匂い立つような人物像。
1から10まで説明せずとも、なぜアドリアンが、ブルースよりもリオーダンに惹かれてしまうのかが納得できてしまう。
個人的には、ラニヨン先生の優れた発想力と表現力が発揮されているシーンの一つだと思います。
 
この三人の関係は終盤で意外な展開を見せますが……、読み返すと、アドリアンは無意識の内にブルースの本質を見抜いていたのが分かって感慨深い。
一方、アドリアンとリオーダンの仲は、まだまだスタートラインに立ったばかりなので今後に注目。
まあ、そこはラニヨン先生の描くカップルなので、落ち着くまでは相当難儀な道をたどる事になりますが。
 

キャラクター

まずは、シリーズ名にもなっている主人公のアドリアン・イングリッシュ。
書店主&作家という、これまた読書好きとしては垂涎の設定。
書店の営業風景や、クローク&ダガー書店で行われるミステリライターのグループ「共犯同盟」の活動風景も、何気に本作の魅力の一つ。
 
アドリアン自身はかなりシニカルな視点を持っている。
これはゲイであると同時に、病弱である事も関係していると思いますが、かといって決して冷血な人間などではなく、きちんと優しさを持っている。
クレバーな反面、時に無鉄砲な行動に出たり、ロバートの死の間際に彼ともめるなどして、取り返しのつかない様々な後悔を味わったり……。
恋愛に関しても、消極的かと思えば、急に思いっきり良くなったりと、数々の矛盾を抱えている。
イコール大変人間臭い。
そこに共感を覚える読者も多いのではないでしょうか?
 
片や、リオーダンはこれまた鬱屈を抱えたタイプ。
自分では色々割り切っていると誤魔化しつつも、己の性的思考と倫理観や世間体の狭間で引き裂かれていく。
アドリアンとのこれから展望は、どう考えても前途多難そう。
傲岸不遜な態度の中に、言い知れない魅力の持ち主なのは上記しましたが、シリーズ第一作目なので、彼の人となりに関してはまだまだこれからといった感じ。
ラスト間際になって、彼のファーストネームがやっと明かされるのも、その事を象徴しているようのではないでしょうか?
アドリアンとの関係も、容疑者と刑事から個対個の対等な人間同士へと、終盤に来てやっとステップアップしたような印象。
 
また他のキャラクター達もアドリアンやリオーダンに負けないほどアクが強くて個性的。
一人一人を取り上げたらキリがないくらいですが、ミステリに花を添えてくれた名バイプレイヤー達揃い。
前述したブルースや殺害されたロバートやクロードはもちろん、端役に至るまで、それぞれの生き様が行間から垣間見える。
作中で逐一彼らの特徴をあげつらう野暮さはなく、ちょっとしたエピソードや一文に、キャラクター本人も気づかないような特徴や本性を紛れ込ませてくるのが大変リアル。
ラニヨン先生が普段から他者を具に観察しているのが伝わってくる。
「共犯同盟」のメンバーはラニヨン先生と同じくミステリーライターなので、彼らのキャラクター造形には、自虐やお遊びも含まれているのではないかと若干思いました。