『ジョシュ・ラニヨン短編集 So This is Christmas』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

So This is Christmas アドリアン・イングリッシュ (モノクローム・ロマンス文庫)
- 作者: ジョシュ・ラニヨン
- 出版社/メーカー: 新書館
- 発売日: 2018/02/15
- メディア: Kindle版
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So This is Christmas (モノクローム・ロマンス文庫)
- 作者: ジョシュ・ラニヨン,草間さかえ
- 出版社/メーカー: 新書館
- 発売日: 2017/12/09
- メディア: 文庫
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ジョシュ・ラニヨン先生の『So This is Christmas』の感想です。
表題作であり、アドリアン・イングリッシュの完結編「So This is Christmas」。
かつて一度だけ肉体関係を持った、元泥棒とFBI捜査官のクリスマスの再会を描く「雪の天使」。
FBI捜査官が、束の間の恋人だった行方不明の刑事を捜す「欠けた景色」。
他にショートショート二編を含む短編集。
表紙イラストの、アドリアンとジェイクの笑顔を目にしただけで幸せになれる一冊。
『ジョシュ・ラニヨン短編集 So This is Christmas』(2017年12月25日発行)
「雪の天使」
あらすじ
10年前にFBI特別捜査官のロバート・カフェと一度だけベッドを共にした元・宝石泥棒のノエル・スノウ。
あるきっかけで平衡感覚などの機能を損傷した彼は、今現在は泥棒稼業を引退し、牧場を経営しながら小説を書いていた。
昔、カフェを虚仮にする形で別れてしまったが、実は彼にずっと恋慕を抱いていたノエル。
そんなノエルの前に、カフェが再び姿を現す。
ノエルの罪はすべて時効を迎えているはずなのに、カフェの目的は何なのか?
ノエルはカフェの真意が分からず、戸惑いを覚えるが……。
感想
10年越しのぎこちない恋愛を描いたラブストーリー。
都会を離れた牧場風景をバックに、ノエルのもとへ隣人達が持ち込むトラブルを共に解決しながら、二人は少しずつ距離を縮めていく。
そんな、ちょっと浮世離れした展開が、クリスマスという時期にピッタリ。
登山中の滑落により、平衡感覚を失い、泥棒稼業から足を洗ったノエル。
飛行機事故で突然両親を亡くし、クリスマスを一緒に過ごす相手のいないカフェ。
ノエルがずっとしたためていたナッシュ・ブルーシリーズが、泥棒・ナッシュが自身をゲイだとカミングアウトし、FBI捜査官・リチャード・クロスに逮捕される形で完結した事。
その他、様々な要素が絡み合い、10年間想いを温めつつ、もう一歩のところで踏み出せずにいた二人を後押ししたというのが、実にラニヨン作品らしい。
元・泥棒とそれを追っていたFBI捜査官という、この上もなく深い溝を挟んだ間柄に、どのように折り合いをつけていくかも丁寧に綴られています。
キャラクターに目を向けてみると、物慣れているようで、恋愛に不器用過ぎるノエルの言動がいじらしい。
自分とカフェをモデルにして小説を書いたり(しかもシリーズ化して人気作品になってるし)、10年間、年末にカフェへ留守電入れ続けたりと、よくよく考えると「えっ、それってどうなの?」という部分も見受けられますが。
それでも、可愛いものは可愛いんだから仕方がない。
カフェも、あの仏頂面でノエルを始めて見た時から「天使のような顔」だと思っていたって……、「はいはい、ご馳走様」としか言いようがない。
ラストの、ノエルの長距離留守電をネタにした、カフェの一言も洒脱ですね。
翻訳物の醍醐味。
「Another Christmas」
「雪の天使」の1年後を舞台にしたショート・ショート。
直前にインフルエンザになってしまったノエルの代わりに、あの強面のカフェが、料理やプレゼントをせっせと用意したのを想像すると、それだけでほんわかとした気分になります。
数奇な縁で結びついた為か、幸せを感じつつもなかなか浸りきれなかったノエルが、やっと本当の意味でカフェを信じられたのも良いですね。
最後のノエルの言葉も、二人の始まりを彷彿とさせる、どこか映画チックな幕引き。
「欠けた景色」
あらすじ
FBIの研修の為、アイダホ州を訪れた捜査官・ナッシュは、地元警察の警部・グレンと急速に惹かれ合う。
しかしナッシュの勤務するバージニア州とアイダホ州の距離はあまりにも遠く、研修後、未練を残しながらも一度は別れを決意する二人。
けれども、ナッシュはどうしてもグレンを忘れられず、彼に連絡を取ろうと試みるが……。
ナッシュはその電話で、グレンがナッシュを空港で見送った直後、行方不明になった事を知る。
感想
刹那の出会いと別れ。
そんな泡沫のような二人だけの時間を送った後、愛する男が受けた偏見や差別、グレンと肉体関係を持っていた同僚の存在など、生々しい現実をまざまざと見せつけられるナッシュが切ない。
だが幸いにも、グレンは一命をとりとめた。
今この瞬間、ナッシュにとっては「グレンが生きていてくれた」という事が全てなんですよね。
ナッシュがグレンを発見した時の「ああ。俺の人生で……最高の、ラッキーデイだ……」という言葉が胸に刺さる。
この先、ナッシュとグレンの関係がどうなっていくかは神のみぞ知るですが……、二人の生末が大変気になりつつも、この物語はここでピリオドを打つのが最良なんでしょうね。
いつまでも芳醇な余韻を味わっていたい。
そんな気分にさせてくれる名短編。
「Christmas in London」
ロンドンでリサを始めとした家族と過ごしたアドリアンとジェイク。
しかし、初めて一緒に過ごせるクリスマスを二人っきりでいたいアドリアン達は、早めに旅行を切り上げるというショート・ショート。
どんな名所や美しい情景も、愛する人とのイチャイチャに敵わないって事ですか。
はあぁぁあぁ、数巻前の展開からは信じられないほどスイーーート!!!
なんだコレ?
本編があまりにも辛すぎて、ついには現実逃避した私が見た夢なんじゃないだろうか?
そんな疑念を抱いてしまうくらい、砂吐きそうな展開。
ジェイクの口癖の「成程?」も、以前より滅茶苦茶甘く響いているのは、きっと私の気のせいじゃない。
「So This is Christmas」
あらすじ
ロンドン旅行を早めに切り上げて、経営するクローク&ダガー書店に戻ったアドリアン。
だが、義妹であるナタリーと従業員・アンガスの微妙な関係や、時差ボケなどが彼を悩ませる。
そんな彼の前に姿を現したのは『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』で窮地を救ったケヴィン・オライリーだった。
ケヴィンは行方不明になった恋人・アイヴァ―・アーバックルを捜しており、素人探偵の手腕を見込んで、アドリアンに助けを請う。
一方、ジェイクもアイヴァ―の家族から、偶然にも彼の捜索依頼を受けるが……。
感想
「Christmas in London」に引き続き、幸せの過剰摂取で死ぬ。
これはまさに、アドリアンやジェイクに感情移入して苦しんだ読者に対する、ラニヨン先生からのご褒美であり、クリスマスプレゼントですね。
アドリアンとジェイクの事だから、たとえ二人の仲が安定しても、ケヴィンの恋人の行方不明事件にナタリーのまさかの妊娠など、騒動は引きも切らない。
しかし現在の、互いを信じ尊重する二人なら、何が起こっても大丈夫だと自信を持って言えます。
それだけ、彼らは苦しみも痛みも共有し、様々な壁を乗り越えて、今ここにいる。
とにかく、彼らの言動すべてが、相手への愛に溢れています。
もう、語り手であるアドリアンのナレーションからして違う。
通常通り、ウィットと皮肉に富んではいるものの、ナチュラルにジェイクの事を惚気てきますからね。
破壊力が凄まじすぎて、油断できない。
ボーっと文字を追っていると、私の心臓がトキメキでやられる。
「アドリアン、こんな人だったっけ?」と遠い目をしてしまう事頻り。
幸福って本当に人間を変えるんですね。
ジェイクはジェイクで、1巻の頃と比較すると「お前、誰だよ!?」というぐらい別人(まあ、あの時点ではアドリアンが有力容疑者だったせいもあるが)。
ジェイクってなんとなく頑固一徹なイメージがありますが、一度こうと決めると愛情表現をまったく惜しみませんね。
時速200キロぐらいのストレート超剛速球で攻めてくる(?)。
とにかく甘い。
おはぎにシロップぶちまけたぐらい甘い。
周囲の人々が「ジェイクはアドリアンに甘い」と言っているのにも、激しく同意。
ただここで誤解してほしくないのは、ジェイクの愛の言葉は、装飾や美辞麗句が激しいというわけではないんです。
どちらかというと訥々と訴えてくる系。
だが、それが掛け値なしの本音だというのが伝わってきて、非常に説得力がある。
過去にアドリアンを傷つけ続けた罪悪感もあるんだろうけれど、自分を捻じ曲げて生きてきたジェイクだからこそ、唯一無二の人へ素直に愛を囁ける幸せを享受しているんだろうな。
アドリアンが少年時代を過ごしたポーターランチの家での、二人+ペットの送る生活はまさに理想の家庭そのもの。
かと言って、クローク&ダガー書店のフラットで味わった艱難辛苦や喜び、二人で分け合った温もりも、決して忘れていないのが良いですね。
Hシーンももちろんラブラブ。
まさかリバがあるとは思いもよりませんでしたが、これまでシリーズを通して読んでいると、二人にとってはとても自然な流れのように思えます。
リバが苦手という方も少なくありませんが(実際、私も率先して手に取る方ではない)、この二人のシーンには必然性があり、本当に素敵なので、多くの方に是非目を通していただきたい。
これから二人が、肉体的にも精神的にも何度でも結ばれるのは、決して「特別」な事ではなくて「日常」なのだと……、そんなかけがえのない幸福を読者である私も噛みしめる事ができました。
あと懸念事項としては、ジェイクをゲイだと認められない彼の家族の事が残されていますが……。
終盤のニューイヤー・パーティーで、一応雪解けの兆しが見えましたね。
もちろん、すべてがパーフェクトとはいかず、ジェイクの元妻・ケイトが素敵な女性であるという事は行間から察せられるし、わだかまりが残るのは当然です。
ラニヨン先生の作品を読んでいると如実に感じますが、右から左へ荷物を移動するように、人間の感情は簡単には割り切れない。
しかし、そこで希望を捨てる事はない。
アドリアン達の人生は、これからも続いていくのだから。
大事な家族と迎える、温かなニューイヤー・パーティーが、それを象徴しています。
そしてラストは、ついにやってきました。
ジェイクの万感を込めたアドリアンへのプロポーズ。
これは第三巻の悲しいシーンと対になっているから、なおさら涙腺を刺激されます。
ジェイクのプロポーズの言葉も、アドリアンの答えも最高&ラニヨン先生お見事でした。
短いセンテンスの中にも、これまでの彼らの遍歴が、まるで走馬灯のように脳裏を過る。
とにかく感慨ひとしお。
「二人とも末永くお幸せに」と、こちらも多幸感に満たされながら、最後のページを閉じました。