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『炎の蜃気楼18 火輪の王国(烈風編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼18 火輪の王国(烈風編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼18 火輪の王国(烈風編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(18) 火輪の王国(烈風編) (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(18) 火輪の王国(烈風編) (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼18 火輪の王国(烈風編)』の感想です。
熊本市内で繰り広げられる大乱戦。
上杉の大将を降ろされ、失意の高耶はどう動くのか?
そして、ついに掘り起こされた《黄金蛇頭》は、九州にどのような厄災を招くのか?
 

『炎の蜃気楼18 火輪の王国(烈風編)』(1995年12月22日発売)

あらすじ

錯綜する情報の中、直江や上杉全体への疑心に駆られた高耶は、千秋へ戦いを仕掛ける。
《力》の暴走が原因で決着はつかずに終わるものの、いくら呼び掛けても応答のない謙信や、冥界上杉軍の発動権を取り上げられた事により、さらなる失意に沈む高耶。
市街地に戻った彼が目にしたのは、大友と島津の戦いにより破壊された街と傷つく人々の姿であった。
大友の野望をくじき、古城高校の生徒を救う事が、大義名分を失った高耶に残された唯一の礎。
高耶は三池哲哉や信長から反意した加藤清正と共に、古城高校へと向かった。
 

感想

バトル、バトル、バトル……、とにかくバトルに次ぐバトルだった今回。
息もつかせぬ展開。
物語の終幕が近いのを感じます。
そんな中、古城高校へと駆け抜ける高耶の姿が鮮烈。
すべてを失い自分すらも信用できず、廃人になってもおかしくない状態なのに……。
その不屈の魂が美しいと感じる反面、あまりにも儚く見えて怖くなる。
高耶を大切に思っている人々はたくさんいるのに、人間不信の彼にそれが届かないのがもどかしい。
 
その不信を氷解できる可能性のある直江も、高耶への想いをさらに強くしつつも、己の妄念と未だ戦っている。
そんな直江の一助となっているのが、他ならぬ美奈子の存在だという事にハッとさせられました。
直江は彼女を憎み、あんな暴挙に出たけれど、同じ人間を愛する者として同志的な繋がりを感じる。
 
また今回はとうとう《黄金蛇頭》が掘り起こされてしまい、事態は新たな局面を迎えました。
とても常人の力で制御できるものではなく、《闇戦国》ですら正直霞みますが、あれを信長が行使するのを想像するとゾッとします。
 
信長にとって世界は遊び場で、どんな超破壊兵器も玩具のようなものだから、筆舌に尽くし難い怖さがある。
他の怨将が血道を上げる天下統一すら些末時に過ぎない風情で、やはりスケール観がおかしい。
一人だけ別次元にいるような違和感が当初からありました(実際、清正からパラノイアと評されているし)。
信長は高耶を盛んに煽りますが、同じステージに昇れるのは高耶だけと見込んでの事なんでしょうね。
高耶さん、気の毒すぎ。
 

各シーン雑感

高耶と千秋の壮絶な戦い

《闇戦国》の中でもトップクラスの実力を誇る夜叉衆。
そのNO.1とNO.2と言われた男達の、出し惜しみのない本気の戦い。
いえ、これはむしろ”戦い”というよりも”殺し合い”と言った方が相応しいかもしれない。
今までの関係も、建前も、何もかもかなぐり捨てて、ひたすら目の前の敵を屠りにかかる。
さながら飢えた猟犬。
なぜこの二人がこんな風になってしまったのかと嘆くと同時に、あまりの迫力に目を逸らせない。
 

(こいつは相手に潜在能力(ポテンシャル)を見切らせねえんだ)
いやもともと見切れるものではないのか。彼の力は。敵の実力に応じて強くなる。きっと神が相手なら神ほどの力も出すだろうと思って、ゾッとした。底なしだ、と思った。この恐怖はきっと、実際に彼を相手にしてみないとわからない。

 
これこそが、あの信長に最大の危惧を抱かせ、また最大の愉悦を与える上杉景虎の本質なんでしょうね。
味方であれば頼もしいけれど、敵に回したらこれほど恐ろしい人物もいません。
そんな高耶に、千秋も血を滾らせる。
彼も400年間戦い続けてきた戦人だから。
 
そして戦いは意外な形で終わる。
高耶の《力》の暴走。
《力》を制御できず膝を屈する高耶に、だが千秋は《力》を打ち込むのではなく、直に拳で殴った。
 

「完調でもない奴に勝ったって、全然自慢になんねえんだよ。俺には意味ねえんだよ」

 
やっぱり千秋に高耶を殺せるわけないんです!!(泣)
そんなの、これまでの二人のやり取りをずっと見てきた読者なら分かる。
しかし、高耶の心の傷は深く、疑心暗鬼は留まるところを知らず。
己を信じられぬ者が、他者を信じられるわけがない。
千秋は荒療治で精神操作を試みるが……。
 

反射的に千秋が力を緩めた。奥に及んだ手の先が、尋常でないほど脆弱なものに触れて、驚いたのだ。いや危うくあと少しでそれをおしつぶすところだった。
(なんだ……っ、今のは)
まるで腐った果実のような感触だった。触れた瞬間、高耶の体がドクンと痙攣したので、千秋は心臓が止まったかと思い、思わず力を緩めた。

 
これからシリーズ完結まで、ずっと高耶を苛み続ける秘密の伏線。
強靭な肉体に宿る脆弱な魂。
もう戦わせてはならないという新上杉の判断も理解できる。
それでも高耶さんという人は、戦場に立たずにはおれない存在だというのが悲しすぎる。
 

八海の直江評

 

「いいか。あの方を決して動かしてはならないぞ。鎖をつけてでも引き留めるんだ」

 
相変わらず高耶さんしか眼中にない新総大将の補佐に苦慮する八海。
けれど鎖って何気にスゴイ扱い……、猛獣使いかよ。
一応(?)上司ですよね……、まあ、あの人、確かに狂犬ですけれど(笑)。

このシーンの八海による直江評。
夜叉衆以外の同僚による直江の評価ってあまり描かれていないから新鮮でした。
さすが腕利きの軒猿頭だけあって観察力抜群。
「お山の大将」タイプってなかなか辛辣。
己や高耶の関係性に向き合いつつも、直江が上昇志向を失っていないという意見には深く首肯してしまった。
確かにそんなに簡単に捨てられるぐらいなら、景虎にこれほど脅かされる事もなかった。
それでこそ直江。
矛盾した気持ちを抱き続ける姿が人としてリアルで、興味が尽きない。
 

(私はどうもあなたに興味があるようだ、直江様)

 
忠誠を誓うというのではないが、八海もそういう評価なんですね。
高耶のような主役級の華はないけれど、直江には何をやらかすかわからないトリックスター的な味わいがある。
 

高耶と直江に思いを馳せる色部

続いて、色部さんの二人の関係に関するモノローグ。
千秋との戦闘でも示された通り、景虎が限界のない人間だから、直江も際限なく上を目指してしまっているというのはとても理解できる。
また、景虎と同じリングに立てるだけで、直江もまた勝者なのだと。
色部さんは『火輪の王国(前編)』でも「おまえたちは何様のつもりなんだ」と叱咤していたし。
高耶と直江は互いしか見えていないけれど、如何せんこの二人は他に対する影響力が大きすぎる。
ただし二人を引き離したからと言って、「Exaudi nos ――永劫を背負える愛」の直江のような見せかけの平穏が待っているだけだから。
しかもあの時とは違い、互いが手の届くところにいるので、もう後戻りはできない所まで来てしまっている。
色部さんも本当に気苦労が絶えませんね。
 

(あの方と、対等に戦った男――)

普段は分別のある光秀が激昂すると、一種の狂気が垣間見える。
彼の景虎に対する強いこだわりは、そのまま信長に対する劣等感や罪悪感、そして自分の決して立つ事のできない地平にいる者への裏返しだと思います。
熱狂が表出しない分、想いは何百年もくすぶり続けてきたのかもしれない。
あの高坂にすら心中が読めないというのだから、返って底知れなさを感じる。
 

江津湖で謙信に呼びかける高耶

あれほど多くの臣下を付き従えていた景虎。
しかし、今傍らにいるのは霊獣ただ一匹。
孤立無援。
往時を知っているだけに、それだけで泣けてきます。
ずっと背中を追ってきた尊敬する義父・上杉謙信も呼びかけに応じてくれない。
ここで、謙信が自分の幼名を北条の人質である三郎に授け、生きる標を与えたシーンが挿入される。
まさに上杉景虎の原点。

それをすべて否定される残酷さ。
冥界上杉軍を発動する力も失われてしまった。
高耶の慟哭に、こちらの涙腺も崩壊。
この虚しさをどこにぶつけたらいいのか、読者である自分も分からない。
 

高耶と哲哉の再会

市街地に戻った高耶は妹・ほかげを探す哲哉と再会。
哲哉の窮地を救った高耶だが、逆に「みんな、おまえらのせいだろう!」と糾弾される。
古城高校の生徒や市民を直接巻き込んだのは高耶ではないけれど、《闇戦国》という大きな括りで見ると何も言えなくなってしまうわな……。
 

「おまえ、いったい…何者だ」
「…………。仰木高耶」
とても低い声だった。
「ただの……仰木高耶だ」

 

「ほかげを捜してくれるのか」
「…………」
「おまえ……。俺たちの味方なのか」
「同じ学校の生徒だろ」
と低く告げて、高耶は目を閉じた。
「この制服脱ぐまでは――、この世にいてもいい……資格があるような気がする」

 
高耶さ~~~~~ん!!!!!(号泣)
上杉の大将を降ろされて、周囲の人間を誰も信じられず、身一つになってしまった高耶。
換生者としての大義名分も奪われ、彼に唯一残された拠り所が古城高校の生徒を守る事。
こんな状態に至っても立ち上がってしまうんだな、彼という人は……。
その直向きな生き様に、人々はたまらなく惹きつけられる。
そりゃあ、哲哉も放っておけなくなる。
 

ヒムカ教の分裂

ひえぇぇえぇ、まさかここでこんな下克上が起きるとは……。
やはり行き過ぎた純血主義などというものは碌な事にならない。
歴史も証明している。
自分の正義と優位を疑わない分、ヒムカ真教の連中は本当に性質が悪い。
もし彼らの瞳を覗いたら、おそらくとても澄んだ色をしているに違いない。
しかし場合や加減は異なれど、こういう驕りは人間にとって突飛な感情では決してないので、自分も他山の石としたいと思います。
 

信長に反旗を翻す清正

一度は高耶の前に立ちふさがるも、彼の痛烈な言葉によって「熊本を守る」という本来の目的を取り戻す清正。
こういう時でも他者の心を奮い立たせてくれる高耶には、優れた指導者の風格がある。
信長の蛮行に対して、ずっと納得できずにいたから。
ふっきれて元気になった清正は、高耶の露払いをしてくれると言う。
急造チームだけれど、高耶、清正、哲哉のトリオ良いですね。
400年を共にした盟友すら信じられなくなってしまった高耶にとって、なにものにも代えがたい存在。
 

孤軍奮闘する千秋

市中で怨霊を調伏しまくる千秋。
だが景虎、譲、信長、大友一派、古城高校の生徒達……、いくら千秋が有能でも、事態は彼の手に余る。
それでも「関係ねーよ!!」と悪し様に言いつつ、見捨てられないのが千秋という男。
竹俣にあたりたくなるのも分かります。
中途半端な同情を寄せるなら、まだ敵対した方がマシ(謙信と景虎の間で揺れる臣下の気持ちも分かりますが)。
おまけに信長 in 譲に遭遇して《破魂波》とか……。
神様(桑原先生)、どうか千秋が報われる話を下さい。
そして高耶さんからこれ以上大切なものを奪わないで下さい。
 

ついに引き上げられた《黄金蛇頭》

ただでも大友と島津その他反織田連合軍との戦いで熊本市内は滅茶苦茶なのに、いよいよ《黄金蛇頭》まで……。
今さらだけれど、大友詰め甘すぎというか、どうして《黄金蛇頭》の正体をもう少し慎重に調査しなかったのか……、妄執に目が眩んだとしか思えない。
御厨も不利な状況を打破するためとはいえ、周囲を破壊し尽くさんばかりで完全に狂っている。
理想の切支丹の王国とは程遠い。
おまけに古代の怨霊群が一人の人間に制御できるわけもなく、御厨は破滅する。
彼女のバック・グラウンドを把握しているだけに切ない。
ここからが《黄金蛇頭》もとい鬼八の首の本領発揮ですが、あれだけ大暴れしていた古城高校の生徒達や島津の怨霊を無力化させて取り込むってマズいでしょう。
この威力なら、九州が沈んでも全くおかしくない。
しかも信長にこんなもの持たせたら、九州どころか日本全土が吹っ飛ぶ。
 

高耶と譲を操る信長の対峙

奇しくも、高耶と鬼八の置かれた状況がオーバーラップする。
どちらも体制に虐げられた者。
高耶が引きずられてしまうのも分かる。
そこへ譲を魔王の種で遠隔操作する信長が登場。
二年前の『わだつみの楊貴妃(後編)』の厳島を思い出しますね。
あの時、高耶の傍にいた晴家や長秀はおらず一人ぼっちだけれど(涙)。
この二人の対決はやはり身震いが止まらない。
まさに頂上決戦。
それにしても信長+弥勒菩薩の力はえげつない。
アイダダダ、高耶ばかりではなく、こっちの左手の小指まで痛くなる残忍さ。
譲の友情でさえ高耶を追い込むためのスパイスでしかなくて……、殿、少しサドっ気が過ぎますよ。
譲の「……殺して……くれよ。高耶」に泣く。
高耶と譲が仲良くしたり、支え合っているシーンが、走馬灯のように頭を過りました。
日光で魔王の種を植え付けられてから、譲は親友の負担になっている事がずっと後ろめたかったんでしょうね。
そして、苦しむ高耶に何もしてあげられない無力感。
どんなに自分に失望しても、高耶(景虎)が一からやり直そうと思ったきっかけは譲(景勝)だったのに……。