ボーイズラブのすゝめ

ボーイズラブ系のコミックス&小説の感想を中心に。

『炎の蜃気楼15 火輪の王国(前編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼15 火輪の王国(前編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼15 火輪の王国(前編) (集英社コバルト文庫)

火輪の王国〈前編〉 (コバルト文庫―炎の蜃気楼〈15〉)

火輪の王国〈前編〉 (コバルト文庫―炎の蜃気楼〈15〉)

 
『炎の蜃気楼15 火輪の王国(前編)』の感想です。
今回の舞台は熊本。
とうとう本州を飛び出して九州に上陸。
土俗的な儀式や謎の新興宗教、また生徒会が強権を振るう奇異な高校、それに九州の武将達が入り乱れて、ダイナミックな物語が展開されます。
 

『炎の蜃気楼15 火輪の王国(前編)』(1995年1月3日発売)

あらすじ

熊本・佐賀近辺に配していた白衣女や兵達が次々と討たれ、調査にやって来た高耶と千秋。
旧・隈本城跡に建つ古城高校へ生徒と教師として潜入した高耶達だが、そこは生徒会長・御厨樹里が鉄の戒律で生徒達を支配する異常な学校だった。
また、御厨達は体育館下に埋められている何かを発掘しようとしているようなのだが……。
前作で登場した開崎誠も古城高校に現れ、高耶達は九州地方の熾烈な覇権争いに巻き込まれていく。
 

感想

壮大な物語の発端という事で、興味深いキーワードが散りばめられた前編。
鉄の生徒会が支配する高校、異常に従順な生徒達、続々と変死を遂げる教師達だけでもかなりお腹がいっぱいなのに、土俗的な信仰や《黄金蛇頭》の存在は古代ファンタジーも斯くや。
もちろん《闇戦国》の怨将達の動きも活発で、大友宗麟、加藤清正など、有名どころが続々と登場してくる。
その濃密さに読者がついていくのも大変。
個人的には、本作で久しぶりに学校物のノリが味わえた事が満足でした。
『ねらわれた学園』(眉村卓)などに代表されるジュブナイルのような、ちょっと不気味な雰囲気。
 
一方、高耶さんを取り巻く環境も刻々と変化している。
三十年前の事件の舞台になった阿蘇も近い事だし、コンビを組んだ千秋も大変。
開崎誠も再び現れ、直江の件で千々に乱れる高耶を癒したり、逆に引っ掻き回したり……。
小太郎も、使命と芽生え始めた人間的な感情の間でさらに揺れている。
ラストは衝撃的ですが、反面やはりそうなってしまったかと……。
  

各シーン雑感

SEEVA様のひょうたんキーホルダー

前巻から引き続き、日本の音楽業界を席巻している信長公。
古城高校での高耶のクラスメイト・朱実ちゃんも大ファンなようで。
もういっその事、ミュージック・シーンで世界のトップを目指してくれたら平和なのになと思いました。
このひょうたんキーホルダーも、織田の怨霊が手作業でチマチマと作っているのを想像すると面白い。
 

転入生・仰木高耶

久しぶりの高耶さんの高校生活。
真面に(?)学校へ通えたのは『緋の残影』以来?
しかも……。
ムハ~~~っ!!!
城北高校のブレザーも良かったですが、学ランとか、たまりませんよね。
とにかくストイックかつエロ過ぎなんですよ!!
凛とした佇まいを滅茶苦茶にしてやりたいという衝動を覚えつつ、尊すぎて手を出せないというか。
襟元、乱したい……。
本人無自覚だけれど、憧憬、羨望、嫉妬など、本当にあらゆる意味で他者の視線を釘づけにしてしまう人。
案の定、クラスの女子はポーっとなってるし、男子は迫力負けして目線逸らしているし。
女の子達が高耶さんの腰つきについてキャーキャー言っていますが、侘びさびを解してらっしゃるお嬢さん達だなと(シェイクハンド)。
はあ、腰を後ろからぐわしッとつかんで、突き上g……(以下自主規制)。
 
数学講師・千秋も良いですね。
観賞用として(教え方は雑なようなので)。
こんなタイプの違うイケメンが一度に加入してきたら、そりゃあ、学校中大騒ぎさ。
どうせなら、夜叉衆全員が学校に潜入している姿を拝みたかった。
美人女教師・綾子(なんだか、いかがわしいビデオのタイトルみたい)。
色部さんは用務員さんや、学校長が似合いそう。
直江は普通の教師でもハマりますが、養護教諭も捨てがたい。
並みいる女子の憧れの眼差しを蹴散らして、仰木君を放課後の保健室に呼び出す事請け合い。
学校物は王道だけれど、妄想がはかどるなぁ。
 

高耶と千秋のミーティング

このコンビ、本当に大好きです。
予想通り教師の立場を笠に着て高耶をおちょくる千秋。
私には二人がじゃれ合っているようにしか見えない(二人はもの凄い勢いで否定しそうですが)。
深刻な物語の中の貴重な憩い。
ここで、現在九州や古城高校の置かれている状況が、かいつまんで明かされる。
懐かしい佐々成政なんて意外な名前も登場して。
佐々成政と小百合の愛憎劇はどうしても高耶と直江の関係と重なるし、たださえも九州は三十年前の織田との死闘や美奈子の事を思い出すので、高耶さん、かなりナーバスになってます。
おまけに上杉内部は不穏だし。
それをなんとかカバーしようとする千秋の気遣いが感じられる場面。
千秋、本当に良いヤツ。
高耶さんも千秋の奮闘を察していて。
 

「……。すまねぇ、千秋」
ガラにもなく高耶が殊勝な言葉を吐いたので、千秋は驚いた。いや驚いたのは、その弱々しさにだった。
「おまえ……」
「こんなやつといっしょにいっと、不安になるだろ」
「…………」
「もっと……、強くなっから」

 
今まで他者を跳ね除けてきた高耶からこんな言葉を聞いたら、千秋でなくとも胸が熱くなります。
やはり、開崎との逢瀬が彼を確実に変えた。
 

開崎誠とすれ違う千秋

開崎の纏う香水に懐かしい気配を感じ取り、一瞬和む千秋。
短いシーンではあるけれど、まるで開崎の香水のように余韻が残る。
この二人、今後は《四国編》まで直接顔を合わせる事はない。
しかも、その時千秋は既に……なので、あらためて読み返すと、束の間の巡り合わせに呆然としてしまう。
 

千秋がダーツゲームを買った理由

えっ、そんな理由!?(笑)
教師の強権を発動し、仰木君を弄る千秋先生。
以前、千秋が高耶の《力》のコーチしていた時を思い出す。
千秋先生、滅茶苦茶楽しそう。
いつもは泰然としている仰木君も怒りにプルプルしていて、このシリーズとしては貴重なコメディ・パートでした。
 

昼下がりの情事

前編のメインディッシュ(?)。
「熊本城不開門。2:00 p.m.」。
この端的なお誘いの文句からしてエロいですよね。
プンプン漂ってますよ、何かが。
高耶さんに名刺を渡す手並みも鮮やかすぎ。
二人の姿を求めて、午後二時に熊本城不開門に行ったミラジェンヌも少なくないのでは?
 

そのしなやかそうな体躯を包んでいる黒いカシミヤを見て、高耶はわけもなく、ぞくり、と震えた。かつて高耶の躰を包んだそれだ。震えたのは開崎を恐れたせいではない。官能を刺激されたせいだと知って、高耶は戸惑った。

 
高耶さん、そんな初めて抱かれた処女が、次に恋人に再会した時みたいな……、ってあながち間違ってない(一応、最後までは致してないけれど)。
「あなたと会うのは、あの夜以来でしたね」なんて、開崎も煽ってくるし。
『黄泉への風穴(後編)』のベッドシーンは厳粛さすら感じましたが、今回はとにかくエロい。
皮手袋で首筋に触れるとか、フェティシズムの極致。
高耶さん、喘いじゃってるし。
先日、高耶さんの躰に残した自分の想いを、さらに強く刻み付けているような。
下手なエロシーンなんぞ裸足で逃げ出します。
この人達、真昼間の公共施設で何やってるんですか、とツッコミ入れる余裕すらない。
 
エロスと真摯な言動の波状攻撃で、高耶の心情を揺さぶる開崎。
これが大人の本気というヤツですか?
おまけに御厨達の正体や彼らの探し物、加藤清正の復活など、機密事項までバンバン教えてくれる(情報セキュリティやプライバシー保護?なにそれ美味しいの?)。
一方、高耶さんも、儚さの中に一欠けらの勇気を見せてくれて……。
もう、この二人は永遠に惚れ直しあっていれば良い。
だが開崎の何気ない一言で決裂。
やはりこの二人は、何もかも取り払った素の姿で向き合わないと、本当の意味で前へ進めない。
そして、とりあえずこのシーンを逐一見張っていた御厨配下のモブは羨まけしからん&絶許。
 

「キスの仕方も、……忘れたのか」

一日の内に二人の男から迫られる、さすが高耶さん(本人嬉しくないだろうけれど)。
直前の開崎とこのシーンの小太郎の対比は、物語的にみると重要ですね。
恋情ばかりではなく、弱さ、強さ、痛み、美しい部分、醜い部分、呼吸の一つまで、相手のすべてを手に入れたい。
傲慢だけれど切実な想いは、肉体関係を持ったぐらいでは留まるところを知らない。
その辺りを、小太郎は完全に読み間違えていた。
けれども、自分がなぜ《直江》になれないのかを悟り始めた分、情を持った人間へと近づいている。
それは同時に、小太郎を苦しみへと誘う事になりますが。
しかし、景虎様は他者を意図的に追い詰める時も十分怖いけれど、無造作に口から出た一言はより一層シビア。
自己暗示をかけていても曇らない、本質を見透かすタイガース・アイ。
直江の400年の苦悶の一端が垣間見える。
 

水前寺成趣園での開崎と色部の問答

自らの現状の想いを、色部さんへ吐露する開崎。
度々キリスト教になぞらえられる本作ですが、このシーンも告解を彷彿とさせる。
そして彼が如何に色部さんを慕っているか、そして色部さんの人柄が伝わってくる。
ここで一気に色部さんリスペクトに傾きました。
あぁ、色部さんもまた、400年間、高耶達を見守ってきた人なんだなぁと。

高耶や直江を見る視線は、もはや父親のそれに近い。
他のメンバーにはない包容力を感じる。
優しくも的確で厳しい指摘の数々。
「おまえたちは何様のつもりなんだ」という台詞も耳に痛い。
これは二人と400年を共にした彼にしか言えない。
 
片や開崎の台詞で、最も心を打ったのは以下のもの。
 

「もう理屈はいい。堂々めぐりだ。そんなものはいい。これではまるで自分が理想になりたいがために、わざわざあのひとを愛しているようだ。そんなんじゃない。あのひとが欲しいんです。あのひとを求めています。それだけです。求めているだけです。それ以外の言葉は信じないでください。そこにしか真実は見いだせない」

 
相手も自分も傷つけて、見出した彼の真実。
言葉を重ねれば重ねるほど、本質から外れていくだけなら、永遠に愛し通す事で己へも高耶へも証明するしかない。
 

根津耕市の正体と下間頼竜の来襲、そして羽根のない天使?

御厨と尾崎が大友方という事が判明していたので、やっぱり根津が加藤清正だったのだなと。
加藤神社に本人と参拝って、《仙台編》で伊達政宗と経ヶ峯に行った時といい、あらためて凄いシチュエーション。
御厨達が捜していたものの正体が《黄金蛇頭》=ヤマタノオロチ(?)というのも、戦国時代から神話時代へと一気に時代が飛び、スケールの大きさが段違い。
今回は序章の謎めいた儀式といい、土俗的というかアニミズムめいた生々しい自然の息吹を感じます。
そこへなんと『わだつみの楊貴妃(後編)』以来お久しぶりの下間頼竜が現れる。
ただでさえも景虎にこだわりを持っていた頼竜が、萩で顔を焼かれた事により、その執着はより一層増しています。
「正々堂々勝負!」なんて爽やかな人ではないので、クラスメイトの朱実ちゃんまで人質に取っているし。
高耶さんは、どうしてこう面倒くさい人間を一本釣りしてしまうのか?
おまけに最後は、翼も持たぬのに空飛ぶ人間まで登場して……。
海上戦は『わだつみの楊貴妃』で既出が、まさかこのシリーズで空中戦を見る事になるとは予想もしませんでした。
 

「新冥界上杉軍が総大将・直江信綱。どんな采配を我らにみせるか。今から楽しみだ」

直江には申し訳ないが……、違和感が半端ない。
大部分の読者は察してはいたと思うけれど、やっぱりこうなっちゃったかと……。
ここで以下次巻なんて、いつもながらに酷過ぎ。