ボーイズラブのすゝめ

ボーイズラブ系のコミックス&小説の感想を中心に。

『炎の蜃気楼2 緋の残影』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼2 緋(あか)の残影 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼2 緋(あか)の残影 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼(ミラージュ)〈2〉緋(あか)の残影 (コバルト文庫)

炎の蜃気楼(ミラージュ)〈2〉緋(あか)の残影 (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼2 緋の残影』の感想です。
シリーズ二作目という事で、主要人物が大分出揃ってきました。
さらに景虎達の宿敵・織田軍が登場し、物語はヒートアップしていきます。
高耶が直江に信頼を寄せる萌芽が見られたのも、この巻でした。
 

『炎の蜃気楼2 緋の残影』(1991年3月1日発売)

あらすじ

ある日、高耶が城北高校へ登校すると、千秋修平という男子生徒がクラスに馴染んでいた。
クラスメイト達は皆、千秋が高耶の友人だったというが、高耶自身にはその記憶がまったくない。
何かと高耶を挑発してくる千秋の正体とは?
時同じくして、城北高校で白装束の幽霊達が出没する怪異現象が頻発する。
ついには一般生徒にまで負傷者が出てしまい、高耶は再び現れた直江、そして上杉夜叉衆で景虎と共に戦った柿崎晴家(現名・門脇綾子)らと共に、事件解決へと乗り出す。

感想

上杉景虎、直江信綱、柿崎晴家、安田長秀と、とうとう上杉夜叉衆の大部分が出揃いました。
色部勝長は胎児換生したためお休み中。
今思うと、身体は子供、頭脳は大人な色部さんも見てみたかった。
景虎達の宿敵で、三十年前に死闘を繰り広げた織田信長の側近・森蘭丸も登場。
シリーズとしていよいよ骨格が整ってきた感があります。
蘭丸は小面憎く信長ラブな、良いヒール役。
人数が増えると、駆け引きやアクションに幅が出て、面白さが一気に増しますね。

今回テーマになっているのは加助一揆(貞享騒動)。
1686年に年貢の引き上げをめぐって勃発した百姓一揆です。
 
ja.wikipedia.org
 
私は不勉強ゆえ知らなかったのですが、自由民権運動の先駆けとも言われた事件。
『炎の蜃気楼』には、シリーズを通して有名な武将や歴史上著名な人物達が多く登場します。
ですが、加助一揆を起こした多田加助達は、彼らに比べると知名度は低い。
しかし桑原先生は、そうした市井の人達の怒りや悲しみ、無念を丁寧に汲み取ってくれます。
有名武将達のそれと同等、時にはそれ以上の熱量で。
それが《四国編》で登場する、無名の人間達の集合体《赤鯨衆》にも繋がっていくのかと思うと、なんだか胸が熱くなります。

各シーン雑感

上杉夜叉衆の同窓会

景虎との再会が嬉しくて、はしゃぎ回った挙句ベロベロに酔っぱらってしまう綾子ねーさん、可愛かったなぁ。
彼女が200年間待ち続けている恋人の存在が明かされたのも、この時でした。
普段は物腰柔らかな直江の、意外にニヒルな恋愛観にもドキッとさせられましたが。

その後の二人だけの二次会もムーディーで良かった。
夜叉衆の面々に親しみを覚えはじめつつも、記憶がない事にいたたまれなさを感じる高耶。
たとえ高耶が記憶喪失であろうと、彼が景虎であると確信し、真摯にうったえる直江。
 

「オレは……」
唇で、呟くように高耶は問うた。
「オレは、……あんたの何であればいい?」
(中略)
「あなたは、……あなたであればいいんですよ。高耶さん」

 
高耶、直江、晴家、三者三様の想い。
ぎこちなくも、心の距離が少しずつ縮まっていく過程にじんときました。

雨降りしきる中、葛藤する高耶さん

痛々しいと思う反面、高耶さんはこういうシチュエーションが本当に似合うなと、惚れ惚れしてしまいます。
複雑な家庭環境の中、彼は妹を守りながら、誰に寄りかかる事もなく、必死に生きてきました。
そんな時、直江という、自分を懸命に庇護してくれる存在が現れた。
無意識に甘えてしまいそうになる。
だが高耶の中で”甘え”は”弱さ”へと繋がる。
ましてや、直江は高耶の中に”景虎”を見ているのだから。
他者を頼っては、己は脆くなり、戦えなくなってしまうと恐怖する高耶。
彼自身はたった16歳の少年なのに……、それを考えるだけで切なくなります。

加助達の攻撃から高耶を背中でかばい、重傷を負った直江

高耶が直江に対して「こいつなら信頼しても大丈夫」、「こいつは裏切ったりしない」と直観したターニングポイントだと思います。
直江が景虎を命を賭して守るのは、忠義や使命、執着、独占欲などの感情を超えて、本能的な行為。
それが心に響いたからこそ、高耶も心を開き始める。
 

「あなたの身に……何があったら、……悲しむ人がいるでしょう。高耶さん……」

 
続巻でどんどん自虐的になり、高耶の心も傷つける直江ですが、根幹にあるのはやはり「高耶を守りたい」という願い。
この直向きさと屈折のアンビバレンスこそ、直江という男の魅力の一つですね。

病院に向かう車中での直江と千秋の会話

「いいのか。景虎は思い出すぞ。あの時のことを思い出すぞ」
「…………」
「おまえのことも、”美奈子”のことも」
(中略)
「けれど、おまえには絶対、景虎から離れることなんて、できないんだろうな……」

 
「オレは関係ねー」と言いつつも、高耶や直江をいつもナイス・アシストしてくれる千秋(ツンデレ?)。
その役柄は、すでにこの頃から確立されていましたね。
何のかんの言いながら、二人を放っておけない彼の人の好さが滲み出ています。
皆が言い辛い事も指摘しなければいけない、ある意味損な役割。
高坂に譲の正体を匂わされて松本に駆けつけるとかも、イイ奴過ぎるでしょう。

同時にこのシーンでは、優しい関係を築き始めた高耶と直江の仲が、いつか破綻してしまうのではないかという危惧を深めました。
ツラい……(でもミラージュではまだまだ序の口)。
 

美弥にヤのつく自由業の人と間違えられた直江

このシリーズとしては珍しいコメディ・パート。
美弥にヤ○ザと間違われる直江が哀れ。
まあ、高級車に黒スーツ、黒グラサン、年齢不相応な存在感とあっては仕方がない。
そう言えば、直江の現名・橘義明、現職・お坊さんというのが明かされたのもこの辺りでした。
あまりにも出来過ぎていて、返って笑えますが(笑)。
 
一方、高耶は千秋が美弥をナンパしていると勘違い。
似たもの兄妹にほっこり。
二人とも可愛すぎる。