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『炎の蜃気楼22 魁の蠱』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼22 魁の蠱 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼22 魁の蠱 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(22) 魁の蠱 (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(22) 魁の蠱 (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼22 魁の蠱』の感想です。
引き続き赤鯨衆に身を寄せる高耶は、内部の複雑な人間関係はおろか、距離を置いたはずの《闇戦国》の渦に巻き込まれていく。
一方、ひょんな事から出会った葛城一蔵と行動を共にしていた直江は、高耶に結び付く手がかりをやっとつかみ取る。
 

『炎の蜃気楼22 魁の蠱』(1997年7月1日発売)

あらすじ

前巻で強大な力を持つ裂命星を手中にした赤鯨衆。
しかし、それは新たな戦いの序曲に過ぎなかった。
組織内でいがみ合っていた芥川を嶺次郎が殺害した事により、草間の彼に対する疑心が高まっていく。
幹部同士の不和を後目に、白地城の戦いで赤鯨衆は大勝利を収める。
だが、時同じくして主君と仰いでいた長宗我部信親が暗殺されてしまい、彼らの大部分が失意に沈む。
そんな時、裂命星の警護に就いていた高耶は、意外な男と再会する。
 

感想

高耶さんの放つ重力にはあらためて目を見張る。
自分はまったく望んでいないのに、武勲をあげて、新しい力も手に入れて(彼を盛り立てる一端となっているのが鬼八の齎した能力だという皮肉)、どんどん組織の中で伸し上がっていく。
それが吉村に代表される小物の劣等感を煽ってしまうんだけれど。
そんな高耶だから、相変わらず様々な人間達が集まってくる。
潮、嶺次郎、中川、卯太郎などなど、高耶と同じ場面にいて色あせないキャラクター達。
これだけ強い個性を大人数動かし続ければならない桑原先生のご苦労が偲ばれる。
これは並大抵のパワーでは追いつかないはず。
 
片や、直江は相変わらず眉間にしわ寄せて高耶を捜しています。
一蔵とはなんだかんだと言いながら良いコンビ。
そんな彼が偶然街中で見つけた「生命(いのち)の孤独」。
イメージ的には、モノクロームの世界が極彩色に塗り替えられたような鮮やかさ。
高耶の手掛かりをつかめたのは良かったけれど、直江は同時に嫉妬に悶えたでしょうね。
 
そして今回一番痛かったのが高耶と長秀の再会。
二人の戦闘シーンでは、これまで共に歩んできた様がありありと脳裏に浮かんでくる。
どうしてこんな事になってしまったのか?
しかし長秀が織田についた時はただただショックだったけれど、やはり彼も割り切れない想いに惑っていたんだなと確信。
彼の人間性は決して失われていない事がうかがえて一縷の望みをつなぎます。
 

各シーン雑感

星の岩屋にやって来た直江と葛城一蔵

東京で出会った葛城一蔵を供に、赤鯨衆が裂命星を持ち出した星の岩屋にたどり着いた直江。
霧の山荘での高耶との別れから五か月が経過していたんですね。
高耶を捜し、また彼の魂の死を阻止せんと必死の形相。
章タイトルの”熱砂行”に直江の心情が込められています。
まさに彼にとって、高耶を追う毎日はオアシスを求めて果て無き砂漠を彷徨うような苦行だったのでしょう。
当然、親身になってくれる友人・鮎川の助言も、彼の耳には届かない。
 
また、ここでは上杉及び色部からの完全な訣別が描かれています。
 

――直江信綱は上杉景虎に殉じて生きる人間です。

 
今の直江を表すにはこれ以上の表現が見つからない。
しかし、色部にも譲れないものがある。
直江のやろうとしている事は、到底許容できるものではない。
それでも直江を行かせてやる。
諦念もあるだろうけれど、親心のような温もりも感じます。
色部もまた400年間五人で支えてきたものを一人で負わなければならないのに……。
まさに漢の中の漢ですね。
部下の信頼が厚いのも十分納得できます。
 
そして直江に同行する一蔵も面白いキャラクターですね。
直江と一蔵の出会いの経緯は『炎の蜃気楼 ー断章ー 砂漠殉教』で詳しく語られています。
正直、換生者=直江の肝を狙ってって怖いもの知らずも極まれりだと思いました。
一見飄々とした今どきの若者だけれど(数百年前に死んだ憑依霊に今どきもありませんが)、情報屋としてはめっぽう腕利き。
桑原先生もどこかで書かれていたような気がしますが、二人が並ぶとどこかしら同心と岡っ引きの風情。
 

波紋が広がる赤鯨衆

嶺次郎が芥川を誅殺した事により、赤鯨衆は不穏な空気に包まれます。
結局、草間は嶺次郎をかばって事実を隠蔽した形になるけれど、反面どうしても嶺次郎を許せない。
なぜなら草間にとって、芥川は主君・長宗我部に繋がる道だったから。
 
一方、潮も高耶に対して嫉妬を感じていた。
裂命星奪取作戦の時、現状の実力差をまざまざと見せつけられましたからね。
こういう同性への劣等感というのは本当に厄介。
せっかく少しずつ友情を育んでいた二人なのに……。
中川先生、他者の胸襟を開くのが本当に上手で感心してしまう。
正論なんだけれど、追いつめるような強硬さはなく、人は自然と本音を吐き出してしまう。
彼からは聖職者のような包容力を感じる。
 
そんな時、高耶が自室で倒れる。
戦場での強靭さとは裏腹に、彼はどんどん鬼八の毒に蝕まれていく。
それでも己を粗雑に扱う高耶に、中川は寄り添う。
 

「私は医者です。弱っちょる人を見過ごしてはおけんがです」

 
中川先生の株が爆上がり。
片や、高耶は赤鯨衆の者達の、死者になっても生々しく生を謳歌する様や彼らの無念に戸惑いを覚える。
”生”と”死”とは何なのか?
嶺次郎が言っていた「生きること。それ自体への復讐」。
400年間、問答無用で怨霊調伏に励んできたけれど、今初めて自分が虐げられる側の存在になってみて、彼の価値観は根底から覆されつつある。
拒みつつも、赤鯨衆の在り方にどうしても共鳴してしまう自分がいる。
その先に何があるのか、読者にとって非常に興味深い。
 

祖谷で撮った高耶の写真を現像する潮

不毛と知りつつも高耶への鬱屈を制御できない潮。
高耶を唯一信用できる相手だと思っていただけに、その分、裏切られた感が強い。
彼自身、お門違いだという事は承知しているんですが、それでも割り切れないのが苦しい。
そこで潮は祖谷で撮った高耶の写真を現像する事を思いつく。
あんなに大好きな写真やカメラの存在を失念していたんだから、心に相当余裕がなかったんでしょうね。
このシーンの潮がとても良い。
高耶の生の美しさ、痛々しさ、切なさは言うに及ばずなんですが、それを汲み取れる潮の感受性が素晴らしい。
彼の優しさと豪快さの中に垣間見える繊細さ。
潮のような人が今の傷ついた高耶さんの近くにいてくれて本当に良かったと思える。
 

安田長秀の心情

長宗我部元親復活の真偽を確かめるため、山中鹿之助や伊達小次郎と四国に上陸した長秀。
換生に今さら感慨もないと言いつつも、今まで吸っていた煙草に一層苦みを感じる。
宿体の味覚の違いもあるでしょうけれど、彼が千秋修平という体にこだわりを持っていた事の投影であるように思えます。
そう言えば、彼は今でもレパードに乗っているのでしょうか?
レパードは千秋の象徴だったから……、あぁ、また泣けてきた……。
それでも、千秋の体がすでに滅んでしまったのは厳然たる事実であり、彼は戻れない道をひた走るしかない。
 

高耶、遊撃隊隊長に就任

高耶は固辞するけれど、星の岩屋であれだけの戦闘力とリーダーシップを露にしてしまったのだから仕方がない。
たとえ兵は集められても、優れた指揮官には天与の才が必要だからどうしても得難い人材。
それを嶺次郎が見逃すわけがない。
それにしても、高耶の嶺次郎のやり取り(というか精神的なぶつかり合い)はヒヤヒヤするけれど、見ていて本当に面白い。
秩序違反である霊の存在の危険性を説く高耶に、嶺次郎が言い放った一言。
 

「存在を許されない者を、天が存在させるはずがない」

 
この世に存在する限り、死者と正者も対等な存在。
極論かもしれないけれど、高耶の固定観念を激しく揺さぶる。
ひいては弱肉強食に帰結するため、高耶と同じく危惧を感じずにはいられないけれど、嶺次郎の言葉にはやはり力がある。
 

「白地に行け。責任は、すべてわしが負う」

 
鉄の意志を持った高耶にこれほど脅威をもたらす人間が、今までよく一領具足に収まっていたなと感心しました。
まあ、一領具足として自由な生を全うできなかったからこそ、現在の嶺次郎の人となりがあるんだろうけれど。
 

卯太郎初登場

カワイイよ卯太郎カワイイよ!!
これから高耶の身の回りの世話をずっとしてくれる卯太郎登場。
高耶の妹・美弥と同年代。
赤鯨衆のマスコット的存在でもありますね。
高耶を純粋に慕ってくれる……、あぁ、カワイイ(語彙死亡)。
高耶もさすがに彼を邪険にできず、弟にするように接する。
美弥との仲良し兄妹の図を思い出して、かなり切なくなるけれど。
 
卯太郎は戦国時代の霊ではなく、幕末時代に結成された土佐勤王党の一員だった。
上士に無礼打ちされるという歴史の片隅に消えた死だったけれど、彼もまた信念を貫いた。
高耶の言う通り、人の死に”大きい”も”小さい”もない。
 

譲の記憶を失ってしまった高耶

卯太郎との会話で、自分の大切な親友の姿を心に描く高耶。
だが、己に対する思いやり溢れる言葉は脳の片隅にあるのに、彼の名前や顔を思い出せなくなっている事に愕然とする。
運命の神様、酷すぎる……。
記憶障害。
鬼八の怨嗟の影響ももちろんだけれど、古城高校で譲(正確に言えば、譲を遠隔操作していた信長)と戦い仮死状態に至らせた事が深刻なダメージになっているんでしょうね。
かつては景虎の記憶や直江の死を忘れたように、今度は譲との思い出まで……。
今生の景虎は、人間にとって最も身近であると同時にブラックボックスである”記憶”というものに翻弄され続けている。
この辺りは彼の自尊心の薄弱さとも密かにリンクしているような気がする。

 

白地攻め前夜の嶺次郎と中川

芥川の弔い合戦(実際、芥川を手にかけたのは嶺次郎だけれど)を前に盛り上がりを見せる一般隊士達。
だが草間から裂命星使用の許可が下りず、隊長に抜擢した高耶も不安定であり、懸念を覚える嶺次郎(絶対、表には出さないけれど)。
それを察する事のできる唯一の人が中川先生。
赤鯨衆のバランサーとして大活躍ですね。
 

「換生者だろうが化け物だろうが関係ない。あれは誰よりも復讐が必要な男なんじゃ。わしにはわかる。戦うために生まれてきた男よ。なに、いずれ自分でも気づく時が来るじゃろう」
「それが赤鯨衆を滅ぼすキッカケになってもですか」
「赤鯨衆は滅びん。虐げられた者がなくならぬ限りな」
嶺次郎のこの包容力が赤鯨衆を育て上げてきたことも中川は知っているが、裏目に出ないと誰が言えよう。
中川の不安は消えない。

 
中川先生の心配も分かる。
嶺次郎は類まれなる大きな心をもった男だけれど、それだけに普通の人間が彼の思想を完全に理解し、実行するのはかなり難しい。
また、嶺次郎自身もまだ至らない面があり、性急かつ頑なに事を進めてしまうきらいがある。
そんな彼に巨星である高耶を受け止めきる事ができるのか?
赤鯨衆の中に人間関係の機微、ひいては社会の縮図が見えるようで本当に面白い。
 

高耶を陥れようとする吉村一派と高耶の新たな力の顕現

いよいよ白地攻め開始。
霊よけの地雷を前に奇策で対応する高耶さんさすが。
譲についての記憶喪失、そして無尽蔵に直江を求めてしまう自分に絶望しながら、それでも戦場に立つとスイッチが入ってしまう。
ところが高耶が遊撃隊長に就任した事で嫉妬に狂った吉村達がろくでもない事をやらかす。
卯太郎になんて事してくれるんだ、われぇ~~~!!!
そこで中川先生がこれまたナイス・アシスト。
なんとか卯太郎を救出するも、周囲は火の海に……。
そこで赤鯨衆を救ったのは、高耶の身に着けた新たな力だった。
猛火を自在に操る力……、かつて鬼八をはじめとしたヒムカの民も有していた能力。
 

「オレに何をさせたいんだよ」
鬼八の姿がそこにある。
「あんた、オレに大和を全員殺させたいのか?」
炎は何も答えない。答えるはずがない。魂は浄化したくせに。憎しみの思念だけ人の中に残して。それとも……。
(あんたも”生きることへの復讐”をしたいクチか?)

 
高耶を奈落へ突き落とした力が、今は彼の一助となったという巡り合わせにほろ苦さを覚える。
ずっと二律背反の中で生きている人なんですよね、高耶さん。
 

長宗我部信親暗殺

うわぁ、赤鯨衆にとって最悪のタイミング……。
実は長秀達の仕業だけれど、芥川の件も相まって、草間には嶺次郎が謀殺したとしか思えない。
精神的支柱を失い、疑心暗鬼に落ちた彼は急激に荒んでいく。
トップがこうなってしまうと、組織というのは存外脆い。
特に赤鯨衆のような急造の集団は。
おまけに赤鯨衆の間諜・傀儡子の平四郎は《闇戦国》において仰木高耶の名前を耳にした事があったようで(まだ高耶の正体には思い至っていないが)、こちらも雲行きが怪しくなってきた。
吉村もまた姑息な事企んでるし……、浅慮からきているにも関わらず核心に近づいてしまっている点、本当に腹が立つ。
 

赤鯨衆と裂命星に迫る直江と一蔵

クリスマスに彩られた繁華街を眺めながら煙草を吸い続ける直江は焦燥を隠せない。
それでも絵になってしまうのがニクいですが……。
 

一蔵には今のところ、横柄で強引で迫力のある傍若無人な男にしか見えない直江である。

 
そんな直江にここまで関わっていける一蔵も大したものですけれど。
昔の直江を知っている身としてはちょっと耳を疑ってしまうような評価ですが、それだけ今の直江には他者へ取り繕う余裕もないし必要性を感じない。
ただ高耶を求める、名もなき一人の男。
 
高耶は己の未熟さを責めるけれど、直江はその未熟さどころか卑しさや醜さにも聖性を感じる。
むしろ、それらを内包しているからこそ、直江にとっての高耶は完璧な存在。

自分のような人間には絶対踏み込めない、どんでもない愛を見せられているような気分になる(高耶と直江の関係性は大概そうだけれど)。
 

「あのひとになら、俺はいくらでも跪くさ」
低いよく響く声で、直江は呟いた。
「だがあの人にしか跪かない。他の誰にも、膝は折らない。だってそうだろう?人間は己を救う者にだけ、跪く生き物なのだから」

 
聞きようによってはエゴだけれど、それは人間にとっては当たり前の感情。
直江のような男にここまでさせる高耶に一蔵の興味も尽きない。
 
そんなある日、直江は彼を追う鮎川と出くわす。
……本人自身も言う通り、ここで鮎川が土下座するとは思いませんでした。
これは上杉を護る使命感もあるだろうけれど、彼の常識と倫理観を超える直江の言動への恐れも多大にあるんですよね。
真っ当な鮎川には絶対理解できない理屈で、直江は彼を脅かす。
しかし残酷だけれど、鮎川の望む答えはそこには決してあり得ない。
 
このシーンでは、色部率いる上杉が伊達政宗を仙台から追いやった事実も明かされる。
色部さん、鮮やかな手並み。
なんと言っても、謙信の並々ならぬ信頼の元、初の換生者として蘇った人だから。
この人がいなければ、今の冥界上杉軍は存在しなかった。
だがそれによって、伊達の本隊は四国へ上陸。
嫌な予感がふつふつと浮かんでくる。
《仙台編》や日光での共闘もあって、伊達は北条と並んで敵に回したくない軍勢のひとつなので。
 

「生命(いのち)の孤独」

武藤が撮った高耶の写真を、あるギャラリーで偶然目にした直江。
タイトルは「生命(いのち)の孤独」。
高耶と直江を結ぶ糸がやっとつながった瞬間が鮮烈。
直江が棒立ちになるのも分かる。
この二人は在り様が本当にドラマチックだなぁ。
けれどもあの高耶さんの肢体が、皆の前に晒されるってあらためて考えると凄い(私も見たい)。
直江にとっては高耶の手掛かりがつかめて良かったけれど、反面、この瞬間を切り取った潮や高耶の素晴らしさを垣間見た人間達にこの上もなく嫉妬するんでしょうね。
それが容易く想像できる。
 

満天の空の下、ラーメンをすする高耶と潮

自分の撮った「生命(いのち)の孤独」と向き合う事により、迷いをはらった潮は高耶へと歩み寄りを見せる。
このシーン、まさに寒空の下で食するラーメンの温かさのように心へ染みる。
最初は潮の存在を鬱陶しいと思っていた高耶も、自分のように記憶を喪失した潮に対して親近感や友情めいた感情が日増しに強くなっている。
譲の記憶を失った後はなおさら。
 

「どんなに悔やんでも、今更もとの宿主に返すことはできないんだ」
潮が顔をあげた。
「だったら、奪ったそいつの人生の分、おまえはどこまでも自分の生き方に誠実になるべきじゃないか。誰よりも誠実になるべきじゃないか」
「仰木……」
「眼ぇつぶるなよ。後ろ向きになるのは、償いも放棄するようなもんだ。何ができるか、そうじゃないのか」

 
饒舌ではないけれど、訥々と語る高耶の言葉は他者の心の奥底に響く。
それは、彼が己の苦しみに最も親身に立ち向かってきた人だからなんでしょうね。
そして赤鯨衆に関わる事によって、ただ生きるだけの獣だった高耶の感情も息を吹き返していく。
高耶の中で赤鯨衆がかけがえのない存在になってきているのを感じます。
 

高耶と長秀の衝撃的な再会

武勲をあげ、赤鯨衆内でどんどん伸し上がっていく高耶は裂命星の警護の任についていた。
そこに姿を現したのは、裂命星を奪いに来たかつての盟友・安田長秀。
いつ来るかいつ来るかと思っていたけれど、このシーンは正直見たくなかった……。
実に数か月ぶりの再会。
しかし長秀は、もはや以前の千秋の姿ではなく……。
熊本で彼を信じきれなかった高耶は負い目を感じていると同時に、織田についた事は決して看過できない。
 

「阿蘇でお前と戦ったときにな、俺は心底思い知ったんだよ。織田よりも謙信よりも、本当に危険なのはどこのどいつか。真剣(マジ)にな、生まれて初めて、本当にヤバいものが何かわかったんだよ」
汲めども尽きぬ力の泉。争えば限界知らずに破壊力を生み出していく、生まれながらの力の増殖炉。
「上杉景虎、俺はおまえに勝ちに来たんだよ。じゃねえと俺の人生ケリがつかねえ。おまえの力は死神の鎌だ。存在自体が反則なんだ。マジで全身が泡立った。あの時俺の本当の敵がわかったんだ」
「……。千秋」
「てめえだよ。悪魔」

 
この辺りの長秀の心情を解釈するのは結構難しい。
長秀は露悪趣味がある反面、秩序を重んじるタイプだから、高耶の存在を脅威に感じたのは事実です。
実際、熊本で二人は殺し合い寸前まで至っているし。
ただそれだけなら、なぜあの時、高耶にとどめを刺さなかったのか?
その後、高耶の代わりに信長との絶望的な戦いに挑んだのか?

高耶と同じく、彼も一度懐に入れた人間を簡単に切り捨てられるような男ではない。
400年を共に歩んで、事ここに及んでも彼を”千秋”と呼び続ける高耶を。
今回も自分と高耶の間に割って入った伊達小次郎に怒髪天を突いているし。
そこに長秀の実に人間らしい葛藤があって、実に読見応えがあります。