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『炎の蜃気楼21 裂命の星』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼21 裂命の星 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼21 裂命の星 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(21) 裂命の星 (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(21) 裂命の星 (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼21 裂命の星』の感想です。
物語は第三部へ突入。
舞台は密教界の巨人・空海に縁のある四国へ。
新たなる登場人物満載。
そしてある事がきっかけで謎の組織《赤鯨衆》に身を置く事になった高耶。
シリーズは大転換点を迎えます。
 

『炎の蜃気楼21 裂命の星』(1997年4月1日発売)

あらすじ

直江と生活していた山荘を出て、放浪の果てに四国へとたどり着いた高耶。
祖谷の森は鬼八の毒に侵された彼の姿を人界から覆い隠してくれた。
だがある日、そこへ武藤潮という青年が足を踏み入れる。
潮は高耶と同じく換生者であったが、すべての記憶を失い己の事を単なる一般人だと思い込んでいた。
潮の希望により行動を共にする二人。
その前に三人の男が現れる。
彼らは赤鯨衆を名乗り、潮にも組織に所属するよう強引に誘う。
ひょんな事から、高耶も赤鯨衆の本拠地に連行されてしまうが……。
 

感想

いよいよ第三部開始。
シリーズもターニングポイントを迎えています。
時代を超えて、無念を持った名もなき人々が集まる赤鯨衆が登場。

今までとは全く違った切り口に、物語好きとしては高揚が止まりません。
そこへ上杉と袂を分かち、一介の獣となった(それでも強烈な引力は変わらない)高耶がどのような嵐を起こすのか?
また赤鯨衆に関わる人々も、皆それぞれアクが強く、ギラギラした個性を放っています。
彼らの泥臭さと生々しさが、絶望に駆られていた高耶を触発していくのが皮膚感覚で味わえる。
裂命星の奪取作戦で無意識の内にリーダーシップを取ってしまった事といい、戦場は高耶を決して放してくれないんだなと。
 
一方、高耶を追う直江。
今回は回想シーンに登場するのみですが、高耶を抱いた事により、彼に対する執着はいや増すばかり。
太陽が西から昇っても、彼が高耶を求めない日は永劫訪れないでしょう。
読者にとっては周知の事実ですが、ある種、真っ当な鮎川には全く理解が及ばないでしょうね。
 
そして、この巻で衝撃的だったのは、やはり”彼”が生きていた事。
いえ、生きていた事以上に、よりにもよって織田についたのが本当にショック。
あと千秋修平の体がこの世から完全に消えてしまった事実をあらためて突きつけられ、一縷の希望も消え……。
今生で皆の見知った夜叉衆の宿体が失われたのはこれが初ですね。
彼ら自身がそうであるように、読者も宿体に深い思い入れがあったから余計に悲しい。
彼は確かに目の前にいるのに……、この喪失感に気持ちが追い付かない。
「換生とはこういう事なのだ」とまざまざと思い知りました。
 

各シーン雑感

武田・織田の現状と生きていたあの男……

新章がスタートした事もあり、熊本での事件以降の武田や織田の動向が説明されています。
『火輪の王国(烈濤編)』で高坂弾正に攫われた譲は仮死状態のまま。
高耶のために自ら死を選ぼうとした代償は大きく、今や弥勒菩薩の力が剥き出しになっている。
彼の屈託のなさや芯の強さを知っているだけに、思わず目を逸らしたくなる現実。
譲を手中に収めた信玄は、反織田勢との同盟を反故にし、覇権のため本格的に動き出します。
ここで、信玄もまた父親との間に軋轢を抱えていた人だという事が明かされる。
彼のような傑物でも、やはり家族間の確執からは逃れられないのか。
親に愛されなかった記憶が、その後の子の人生を容易く左右してしまう。
家族、そして親子って何だろう?
このシリーズを読んでいると、それを絶えず問いかけられているような気分になる。

 
続いて織田。
琵琶湖畔にそびえる織田の本拠地・新安土城で、森蘭丸、山中鹿之助、伊達小次郎が一堂に会す。
鹿之助、変わらず尼子再興の野望に燃えていて忠臣の鏡のような心意気ですが、目的遂行のためなら手段は問わず。
その実直さに狂気を垣間見る。
確か『わだつみの楊貴妃(中編)』で、直江もそんな内容を口にしていたような気がする。
蘭丸は熊本での戦いで、麗しい顔に傷を負ってしまったんですね。
その分、壮絶さがまして、一種徒花めいたデカダンが漂う。
そして、その場にある男が姿を現す。
 
生きていたんですね……。
 
とにかく読者の処理能力が追い付かない。
千秋修平の体を失い、織田に与し……。
今後は高耶の前に立ちはだかる存在になるであろう彼。
当初から「上杉を抜ける」、「上杉と自分とは関係ない」と嘯いてきた彼ですが、まさかこんな形になるなんて……。
彼視点で見れば、ずっと謙信の掌で踊らされてきた事になるから、どうしても許せないというのも理解できますが。
織田に監禁されていた晴家も彼に引き合わされますが、ショックどころの騒ぎではない。
直江不在時もなんだかんだ言いつつ、共に高耶を支えてきた同士ですからね。
まさに可愛さ余って憎さ百倍。
恨み骨髄。
この時点で晴家の目には、彼が織田以上に憎むべき相手に見えたのでしょう。
400年積み上げてきたものが、あまりにも脆く崩れるのを目撃して呆然としてしまう。
 

直江を追う鮎川

直江を追って四国にやって来た鮎川。
彼らが現世に存在している大義名分はすべて謙信の御旗の下にあったので、それに逆らう直江は摂理に対する反逆者のように映る。
おまけに高耶が去った後も、直江の執着は失われるどころか、さらに増していく。
 

――あのひとは、俺があとを追ってくるのを待っている……。

 
読者としてはこれが直江のスタンダードだと分かっているけれど、鮎川の目にはまさしく狂っているようにしか見えないでしょうね。
そして、直江をこれほどまでに変えてしまった景虎とは何者なのか?
景虎を見る鮎川の視点には、得体の知れない不気味なものを目の当たりにした時ような畏怖が汲み取れる。
それが大事な友を、常人が踏み込んではいけない領域へ誘っている。
鮎川が直江を連れ戻したい動機は、もちろん孤軍奮闘する色部に対するリスペクトもあるだろうけれど、シリーズを通して読むと、彼もまた無意識に高耶と直江の関係が作り出す磁場に巻き込まれていった一人なんだなと感じます。
 

高耶と武藤潮の出会い

潮が刹那を切り取った高耶の生があまりにも痛々しく、儚く、美しく、胸を打つ。
彼が無意識にシャッターを切ってしまったのも納得できる。
ここは浜田先生の挿絵も最高でした。
本人は卑下するけれど、高耶はやはりそこにいるだけで他者を惹きつけずにはいられない存在なんですよね。
望むと望まざるに関わらず、彼の周囲に人が集う。
今思い返せば、高耶と潮の出会いも運命的でした。
この邂逅がなければ、彼らの生末はどうなっていたのか想像もつかない。
巡り合わせの妙。
 

月光の下、自慰にふける高耶

彼が直江のもとを去り四国に行った経緯が語られますが、予想以上に辛い。
この他人以上に自分に厳しく、プライドの高い人が、どれほど傷ついたか……。
そして直江を思ってする高耶の行為は、一言、生々しい。
理性や倫理ではなく、原始的本能で直江を求める、まるで獣のような高耶。
体を重ねた行為は、甘いだけの夢ではなく、直江に対する飢餓の始まりでもあった。
”勝者”、”敗者”にこだわっていた事すら生易しいのかもしれない。
癒しであると同時に、互いの魂を侵食するような暴力性を内包している。
相手がいないと無条件に狂う。
だが高耶はそれと決別してきた。
彼の空虚を埋めるものは永遠に手に入らない。
その絶望は計り知れない。
 

(――こんなものにオレは負けるのか……)

 
ここで”負け”という言葉が出てくるのが、絶え間なく運命に抗い続けてきた誇り高い景虎らしい。
 

高耶と潮のキャンプ

祖谷の大自然の中、高耶が潮と自炊したり、温泉掘ったりするのを見ただけで涙が出る。
高耶さんがこんな普通の青年のような生活をしたのっていつぶりでしたっけ?(号泣)
彼が笑ったり、怒鳴りあったり、潮の軽口にツッコミ入れたり、人らしいコミュニケーションをとっているだけでこの上もなく嬉しい。
それは鬼八の毒に侵された高耶が失って久しいものだったから。
彼の感情を少しでも呼び覚ましてくれた潮には感謝しかない。
高耶からしてみれば記憶を失った奇妙な換生者である潮を見張っていた意味も大きいけれど、情が深い彼だからかつての自分のように記憶喪失の潮を放っておけなかったんでしょうね。
他者の前では陽気に振舞っている潮ですが、彼の内にある不安を高耶の鋭い瞳は見抜いた。
高耶には自然と他者の胸襟を開かせてしまう度量の大きさと温かさがある。
 

「――冗談じゃないとか思ったよ。覚えてない『昔の自分』が怖かった。強情はったり、嫉妬もしたな……。思い出したら、そいつに食われて自分が消えちまうような気がした」
(中略)
「それで思い出したのか。おまえは」
「思い出したさ。……いつのまにか、な」
「どうなった」
「消えたりはしなかった。後悔もしなかったが」
そのままでもいられなかった――。

 
……高耶が言うとこの上もなく重い言葉の数々(特に最後のセンテンス)。
どちらかというと坦々とした口調に、返って堪らない気分になる。
第一部の様々な出来事が脳裏を過ります。
 

赤鯨衆初登場

武藤を仲間に引き入れようとする一見チーマー集団が、このシリーズにおいてこれほど重要な地位を占めるとは、この時は想像もしませんでした。
”レッドホエールズ”が野球チームかサッカーチームっぽいノリで、思わず笑ってしまいましたが。
今まではあくまで上杉、織田などビッグネームに焦点が当たってきましたが、これからは赤鯨衆に代表される、歴史の狭間に消えた雑兵達が《闇戦国》に嵐を巻き起こす。
シリーズとしても大転換期で熱い展開。
 

高耶と中川掃部の出会い

《四国編》は良キャラ揃いですが、この中川先生もその一人。
穏やかな物腰で線も細げに見えますが、独自の信念を持っていて、卓越した観察眼を持つ赤鯨衆の調停者役。
医者としての力量も高く(というか、赤鯨衆の技術力、高すぎません!?)、高耶をサポートしてくれる。
ぶっちゃけ大好きです(告白)。
 
ついでに同時期、高耶を目の敵にする吉村も登場(すごい付け足し感)。
絶えず発せられる小物感が鬱陶しい。
そして後日、直江を激怒させる。
直江も高耶の事に関しては大抵沸点が低いけれど、あれは仕方がない。
直江でなくとも切れる。
高耶さん、どこに行ってもこういう人間に目をつけられてしまいますね。
輝かしい存在であればあるほど、有象無象の嫉妬と劣等感に火をつけてしまうからなぁ……、本当に難儀。
 

赤鯨衆の裂命星奪取作戦

怨将への対抗手段として、強大な力を秘めた裂命星の奪取を目論む赤鯨衆。
作戦前日の高耶と潮のやり取り、良いですね。
友情めいたものが芽生え始めている。
利害関係などは度外視して、こういう存在が高耶の傍にいてくれるの、心が温まる。
それぐらい、高耶の孤独は読者の心を抉る。
 
そして作戦当日。
当初は順調に見えた作戦活動も、実は内通者による罠だった。
苦境に立たされる赤鯨衆……、しかしここで高耶が己の本領を発揮する。
本人がどれほど強く拒んでも、彼はやはり他者を導く人なんだなと。
 

「これ以上、人死にを出したくない」

 
大義名分が失われた今、彼の唯一の行動原理がこれなんですよね。
尊すぎ。
高耶はしんがりを務め、内通者をも炙り出す。
ここの高耶と嶺次郎の放つ圧にゾクゾクする。
まだ出会って日の浅い高耶と嶺次郎ですが、二人の間には言い知れぬ繋がりを感じます。
友情とはまた少し違うかもしれないけれど、互いへの信頼や同類意識のような。
 

赤鯨衆から出ていこうとする高耶を無理矢理引き止める嶺次郎

作戦成功の立役者になった高耶に対する吉村のやっかみが大変ウザい(《四国編》で”ウザい”と何度呟いた事か……)。
また、高耶さんも煽り上手なものだから、悪意は止め処なく膨張していく。
その様が大変リアル。
ここまでエスカレートしないまでも、人間なら誰でも馴染みのある感情。
桑原先生、人間の暗黒面を表現するのがやはりお上手ですね(褒めてます)。
 
嫌気のさした高耶は赤鯨衆を去ろうとしますが、そこで嶺次郎が登場。
……今までの登場人物とはまた違った凄味がありますね、彼には。
決してエキセントリックではないんだけれど、何をするか分からない。
実際、この時も潮を人質にしているし。
しかし、そこに悪意はなく、ただただ己の道を貫く為。
高耶ほどの人物とがっぷり四つを組んでも負けない信念の強さと懐の深さに大変心惹かれる。
 

芥川を手にかける嶺次郎

草間、嶺次郎、芥川の関係は新選組を彷彿とさせます(あくまでフィクションレベルの見解ですが)。
草間=近藤勇、嶺次郎=土方歳三、芥川=清河八郎・芹沢鴨・伊東甲子太郎的なポジション。
忠義を毛利氏の重臣であったスライドさせ芥川を敬う草間(出自や学歴に関するコンプレックスも有り?)。
草間との間に厚い友情を結びつつも、誰の支配も受けたくない赤鯨衆の気風を愛する嶺次郎。
内心では草間達を見下しつつ巧妙に立ち回る芥川。
微妙なバランスの上に成り立っていた関係でしたが、芥川はついに嶺次郎の虎の尾を踏んでしまった。
ついに嶺次郎は芥川を銃殺してしまう。
弥助の内通の時もそうでしたが、嶺次郎はある一線を越えてしまうと頑として譲らない。
その強硬な言動が良い方向に働けばいいけれど、組織の不和も招きかねないような危うさも感じる(そこが面白いんだけれど)。