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『炎の蜃気楼19 火輪の王国(烈濤編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼19 火輪の王国(烈濤編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼19 火輪の王国(烈濤編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(19) 火輪の王国(烈濤編) (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(19) 火輪の王国(烈濤編) (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼19 火輪の王国(烈濤編)』の感想です。
5冊にまたがった『火輪の王国』もいよいよ完結。
鬼八の首を中心にして、すべてが阿蘇に結集していく。
高耶は鬼八の厄災を止める事ができるのか?
 

『炎の蜃気楼19 火輪の王国(烈濤編)』(1996年2月2日発売)

あらすじ

信長との対決の隙を突かれ、ヒムカ真教に捕らわれた高耶と鬼八の首。
高耶を鬼八の依代にしようと企むヒムカ真教だったが、追ってきた信長の手を躱すも、意外な者の手によって崩壊し、鬼八の首は生きていた御厨樹里に持ち去られてしまう。
一方その頃、阿蘇山中岳では、大友宗麟と新生上杉が目論む《大火輪法》と《陽威ダム》の準備が着々と整っていた。
彼らは自分達が礎体に選んだ《黄金蛇頭》の正体をいまだ知らない……。
 

感想

とうとう終わってしまった……。
作品世界内の時間で、たった数日の間に起きた出来事だというのが信じられない濃密さでした。
いつも感想では印象に残ったシーンをピックアップしていますが、『火輪の王国』は挙げたらキリがないくらい全編通してそんな場面の連続。
とにかく登場人物全員、脇役に至るまで、生々しい生の咆哮を発していた。
各自の設定や心理描写の細やかさに驚嘆する。
皆、他の作品なら主役級はれますよ(スピンオフが欲しいくらい)。
 
しかし、やはり主役の高耶の悲壮感は別格でした。
とにかく受難に次ぐ受難。
むしろ受難しかない。
千秋も譲もあんな事になってしまい……、城北高校トリオ好きとしては泣いた。
その中で芽生え始めていた哲哉や清正との友情めいた関係は、高耶にとって救いだったんじゃないかな?
そこにすら留まる事を許されないのが、非常に悲しいですが。
 
ラストも茫然とするしかできない。
かけがえのない日常を失ってしまったのに、彼にこれ以上何かを強いるのは酷過ぎる。
ただひとつの希望を見出すとすれば、高耶を抱きしめる直江の存在。
けれども、高耶と直江は、今後さらに非情な現実と向き合わなければいけないと思うとため息が出る。
じゃあ、読むなよと言われそうですが、こういう物語、大好物だから仕方がない。
 

各シーン雑感

景虎の不器用な愛

おまえを……愛しているよ。直江。
おまえの苦しみを、癒したかった。

 
実家の人間によって各地をたらい回しにされ、信頼していた臣下に凌辱を受け、人間としての尊厳を踏みにじられた猜疑心の塊のような景虎が誕生した。
謙信の慈しみによりそれは緩和されつつも、克服するには至らず。
しかも、謙信の後継争いで、親友だった景勝と戦い敗れるという辛酸をなめた。
己に価値を見出せない者が、他者を信じられるわけがない。
そんな彼ができたのは、相手の想いをとことん試し、屈服させ、搾取する事。
直江は彼の弱さすら愛したけれど、いつか破綻は訪れる。
本当はもっと別の愛し方をしたかったのに……。
その点、この二人は本当に似ている。
あまりに不器用で、悲しく、愛しい存在。
 

吉江景資の直江に対する詰問

確かに臣下である吉江からしたら、直江の現状の姿は歯痒いだろうな。
ただでも総大将が交代し、上杉は不安定な状態。
しかも《大火輪法》が控えているのに、直江は景虎に並々ならぬこだわりを見せて気もそぞろ。
どうしても、強烈なリーダー・シップで皆を引っ張ってきた景虎と比較してしまうだろう。
「心をひとつに決めていただきたい!」と苦言を呈したくなるのも分かる。
直江は直江で、高耶が決定的最優先事項なのは当たり前ですが、それでも大事業を成す事(ひいては景虎と同じ高みに立つ事)に未練がある。
これは痛いところを突かれたというか……、高耶を愛するというのは、様々な局面に試され続ける事なんだなと再認識しました。
 

信長とヒムカ真教信徒の鬼八の首争奪戦

まずヘリを操縦する森蘭丸に、機関銃やライフル撃ちまくりな織田信長という絵面がインパクト満点。
さすがに鳥人達もタジタジになる。
譲の体のコントロール失ってから、間髪置かず追っかけてくる殿のバイタリティに驚嘆。
織田軍の資金力も半端なさそうだ。
何しろ、殿自らが歌って踊って稼いでいるから。
そして高耶と信長、何気に今生の体での初対面。
しかも場所が因縁の地・阿蘇というのがとてもドラマチック。
 

正体不明(?)の黒豹

この巻で正体は明言されませんが、今まで読み続けてくれば自ずと誰かは察せられる。
無事で良かったよ~~~!!!
まさか人以外の姿で再登場するとは……。
『バビル2世』はリアタイでは知りませんが、そんな私ですら「ロデム!?」と叫ばずにはいられなかった。
変わらず高耶さんに寄り添ってくれる姿に胸熱。
これから彼と高耶さんの、偽りではない新たな関係が築かれていくんだろうなと。
直江は面白くないでしょうけれどね。
狂犬 vs 黒豹の戦いも始まりそう。
 

ヒムカ真教の最期

純血主義、選民主義は疎外感ゆえの帰結だったのか……。
「自分の意にそぐわないものから逃避したい」というのは決して珍しくないものなので、色々と考えさせられる。
高耶さんの正論も耳に痛い。
返す刃で彼自身を傷つけてしまうからなおさら。
だが他者はおろか、永遠に自分を騙し続け、妄想にふけるなんてできるわけがない。
理想を胸に抱いて結成されたはずの組織が、あまりにも脆く瓦解してしまった姿に虚しさを覚える。
ヒムカ教に終止符を打った佐伯遼子の償いの日々も、これから始まるんですよね。
組織が崩壊しても、物語は終わらない。
 

直江と大友宗麟の対面

宗麟、ムカつくわ~~~!!!(上杉臣下とシンクロ)
直江自身は景虎に感じ入ってしまい、それどころではありませんが。
直江を対等な存在ではなく、あくまで謙信の名代として扱う宗麟。
彼の大上段からくる言動や思い込みの激しさは、立花道雪に対する疑念や劣等感の表れとも取れる。
まあ、直江もこの時点では実績がないので、鎮西王とうたわれた宗麟からしたら格下に見えても仕方がない。
一方、直江は景虎の存在の大きさをあらためて思い知る。
側近として十分理解していたとは思いますが、同じ位置に立ってみて初めて分かる、乱世の雄達と渡り合ってきた覇気。
自分達は如何に彼の背中に守られてきたのか。
景虎の総大将としての400年間が感じられて泣けてくる。
 
ここでは、直江がどうして橘義明の体を失わずにすんだのか、種明かしもされています。
自分の遺体に1年以上かけて換生し直すって、想像しただけでも凄まじい。
開崎という生身の人間に霊波同調した事といい、高耶さんが絡むと本当に見境ない(直江が蘇ったのって100%高耶さんのためだから)。
あれほど直江を厭っていた小太郎のかけた聖油が、直江復活のきっかけになっているにも運命の皮肉を感じます。
 

高耶、清正達と合流

まず御厨樹里が生きていた事にビックリ。
てっきり古城高校で鬼八に呑み込まれたと思っていましたが、その深すぎる妄執ゆえに生き永らえたのか……。
高耶を殺害しようとするも、例の黒豹に阻まれる。
清正、哲哉、風魔忍軍も合流し、たとえ冥界上杉軍総大将の地位を失っても、高耶さんの傍には自然と人が集ってくるのだなぁと。
直前のシーンで高耶さんが佐伯遼子に語った台詞。
 

「途中で道を引き返すのは恥じることじゃない。貫くだけが勇気じゃない。怖いものを怖いと言えるのも勇気のひとつなんだ」

 
前線にずっと立ち続けた高耶さんが言うからこそ心に響く。
こんな事、目の前で言われたら思わずひれ伏したくなるわ。
彼の迷いは晴れないけれど、その迷う姿すら他者を魅了する、ある意味本当に罪な人。
 
それはそうと、黒豹に気づいて呆気にとられる七朗にちょっと笑ってしまった。
以前から言動の端々に表れていましたが、かなり突拍子ないですよね、黒豹の中の人(笑)。
 

立ち上がる三池一族

実は個人的に晴哉さんはかなりタイプだったりする。
霊守としての苦悩、哲哉やほかげへの不器用な心遣い……、三池に纏わる話が重厚感を増す一因となっている渋いバイプレイヤー。
望まれずして生れた一族を率い、転換点を迎える決断を下した彼に拍手を送りたい。
彼の元に一致団結する三池一族。
それに罪滅ぼしとして手を貸す榎木の霊。
三池一族とヒムカ教、もう少し早く歩み寄れていれば……。
そして彼らの想いをこれから背負って立つのは哲哉。
これはどうしたって応援せざるを得ない。
 

信長と光秀、本能寺以来の再会

正確を期すと二人は本能寺では直接見えていませんが。
ずっと信長に脅かされてきた光秀は、たとえ信長本人を弑逆しても逃れる事はできなかった。
いえ、自分が殺したからこそ、その縛は一層強固なものになった。
これは歴史好きでなくとも鳥肌物の取り合わせです。
このシーン、いつもは饒舌な信長がひどく静かなのが印象的。
 

信長は、笑みを浮かべなかった。この男が、どこにこんな表情を持っていたのか。真摯な、どこまでも真摯な眼差しで、ただ静かに、光秀を見つめ続けている。揶揄も威圧も、ない。怒りも苦しもなかった。まるで今までの大胆さは仮面だったとでもいうばかりの、ひたむきさがそこにあった。

 
虚を覗いているような、底知れない恐怖。
まだ激昂してくれた方がマシだった。
まさに嵐の前の静けさ。
ここは千秋の侵入で中断されてしまいますが、それがなかったら鬼八の暴走以上のカタストロフィが始まっていたのではないかと想像するとゾッとする。
 

《俺がいんだろうが、景虎》

…………(滂沱)。
あんな殺し合いまがいの事までして、物別れに終わって、ここでも一方的な通信手段で、高耶と千秋が一言も交わせないって残酷過ぎる。
千秋、お前ってヤツは……。
もっとうまく立ち回れる実力も才覚もあるのに、やはり高耶を見離せないんですね。
信長に対抗できるのは自分だけだと承知していて、それでも千秋を止められない高耶もきつい。
家族以上に深い絆で繋がっている二人。
 

思い残すことがあるとすれば――
(景虎。おまえらのこと、見届けられないことだけだ)

 
もう、なんか言葉が見つからない……。
二巻で初登場以来、千秋は生き様貫きましたね。
 
直後の高耶と哲哉のやり取りも遣る瀬無い。
哲哉の己に対する歯痒さも。
盟友を失うという極限の心理状態でも、戦場に立たなければならない高耶も。
 

鬼八顕現

個人的なイメージとしては『風の谷のナウシカ』の巨神兵や『もののけ姫』のシシ神に近い。
こんなものを御そうというのは、人間の驕りでしかない。
一瞬で人々を押しつぶし、建物を倒壊させ、山を抉る。
戦いではなく、もはや天災。
あまりの力の差に、哲哉も茫然とするしかできない。
しかし、そこで阿佐羅と共に肉体の消滅したほかげと、晴哉が力添えをしてくれる。
このシリーズの家族愛には、毎度のことながら泣かされます。
宝刀・鬼切丸を鬼八に突き立てる哲哉。
ずっと無力感に苛まれてきた少年が、皆の想いを胸に強くなるってスタンダードだけれど、読者の心を滾らせる。
王道の王道たる所以を見た。

 

鬼八を調伏する高耶と補佐する直江

こういうのをずっと待ってた!!!
強大な怨霊群を前に、あの高耶ですら弱気になる。
それを背後から支える存在。
まるで父親の腕をような心強さ。
共鳴する二人の真言。
まるでパズルのピースがあるべきところにハマったような感覚。
やはりこの二人はこうでなくてはいけない!!

 

鬼八の毒をその身に受けた高耶

だ~か~ら~、なんでいつも高耶さんばかりがこんな目に合わなければならないの!?
すべてのものを軒並み奪われて、次はこれですか!?
人類すべての罪を一身に受けるキリストの姿と、どうしても重ねてしまう。
視線を向けただけで他者を即死させてしまうって酷い。
あんなに優しく繊細な人がどうして?
直江もひたすら抱きしめて、名前を呼ぶ事しかできない。
 

事件後、阿蘇山を見上げる哲哉

事件から二週間。
妹を失い、鬼八の怨霊に接し……、今回の事件がきっかけで周囲が激変してしまった哲哉。
高校二年生の少年が担うにはあまりにも大きな現実。
あの時、助けてくれた高耶の行方ももちろんつかめず。
 

「あいつは――いったい、誰だったんだろう」

 
もう少し違った形で出会えていたら、高耶とも気心の知れた友人になれたかもしれないのに。
 
ほかげの遺品を抱いて、彼は事件後初めて涙を流す。
彼はこれから三池を背負って立つ事になるけれど、今だけはもう少しそっとしておいてあげたい気分になる、そんなラスト。