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『炎の蜃気楼14 黄泉への風穴(後編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼14 黄泉への風穴(後編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼14 黄泉への風穴(後編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(14) 黄泉への風穴(後編) (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(14) 黄泉への風穴(後編) (コバルト文庫)

 

『炎の蜃気楼14 黄泉への風穴(後編)』の感想です。
舞台の中心は、前巻に引き続き江の島。
捕らえられてしまった高耶。
里見の策略は成り、黄泉への扉は開かれてしまうのか?
そして、高耶の心の琴線に触れる謎の男・開崎誠の出現。
上杉第五の男・色部勝長も暗躍し、いよいよ目が離せません。
 

『炎の蜃気楼14 黄泉への風穴(後編)』(1994年8月3日発売)

あらすじ

武田の将・山県昌影を追う途中、盟友・色部勝長と再会を果たした千秋は、不可解な事実を目の当たりにする。
景虎をあたかも排除するような色部や八海の行動に、謙信への疑心を深めていくが……。
一方、里見に拉致された高耶は、意外な形で束の間の安らぎを得る。
敵方の人間のはずなのに、何くれとなく高耶を気遣う開崎の正体とは?
その頃、里見義堯によって企てられた《通黄泉の法》は、着々と完成へと近づいていた。
里見のマンションから逃れた高耶は、再び江の島へと向かう。
 

感想

開崎~、お前はいったい何者なんだ~?(棒読み)
他の怨将の企みはもちろん、もはや内部すら危うい上杉ですが、とりあえず彼だけは最後まで高耶さんを見捨てるわけないと再確認。
小太郎相手では成立しない、二人の間だけに通じる会話が見られただけで、とてもホッとしてしまう自分がいる。
そして、ベッドシーンには神聖なものを感じつつも、やはりドキドキ。
最後まで致さなかったのは……、高耶を癒すためとはいえ、その躰では後で彼自身が嫉妬で憤死しかねないから。
それに、やはり二人が偽りのない姿で向き合わないと、本当の意味で悪夢から脱却する事はできない。
 
《通黄泉の法》に関しては、死者の国への入り口ではなく江の島と富士宮市の浅間神社を結ぶ通路だったというのが、若干スケールダウンは否めない。
それが乱世における里見家の立場を反映しているようで、ある意味切ないですが。
今度の騒動に乗じて武田が領土を広げに掛かっていたり、信長が里見の滅亡を歯牙にもかけていなかったりと、格の違いに拍車をかけている。
 
信長と言えば、今回のラストにはぶったまげ。
殿、野望の片手間に、すごく楽しそうに活動されていてようございました。
 

各シーン雑感

鶴岡八幡宮の境内での色部と千秋の会話

読者はおろか、聡い千秋ですら、今の上杉の状況には愕然とせざるを得ない。
色部はいつの間にか成人換生しているし、二年前に萩で死んだはずの八海は生きているし。
おまけに色部達は、今回高耶が追っている里見家、さらにバックにいる織田の事に関して精通しすぎ&色々と段取り良すぎ。
否が応でも、謙信への不信が深まります。
その有能さゆえ、千秋は裏事情や秘密などを背負わされる立場になる事が多いですが、かなり気の毒。
悪態をつきつつも、身内への情の深い人だから、心労が絶える事はないでしょう。
 

里見の手に落ちた高耶

開崎との一騎打ちで意識を失った高耶は、里見家所有のマンションの一室で目覚める。
白いバスローブを着せられ、手錠をかけられ、《力》を封じられ、って……。
これは誰の趣味だ~~~!!!
そこに直れ~~~~~!!!!!(ありがとうございますありがとうございますありがとうございます)

そんな高耶のもとへやって来たのが、里見義堯の次男・義頼とその部下達。
いよいよ薄い本的な展開になってまいりました。
お約束というか、高耶を凌辱しようとする義頼。
しかし案の定、高耶に一蹴される。
高耶さんの言うとおり、低俗な人間ほど高尚ぶりたがる。
そして、凡百に高貴な虎を飼いならせるわけがないのです。
そこへ開崎も登場して、義頼コテンパン(高耶に低俗な人間が触れるのを、開崎が許すわけがない)。
 
義頼は父親や優秀な人間に対するコンプレックスが、《仙台編》の最上義康を彷彿とさせますが。
義康の方はなんとか父に愛されようと、形振り構わず努力する気骨(方法の如何は別として)が感じられるので、どうも嫌いになれない。
一方、義頼は御曹司の立場に漫然と収まってしまっているから……、まあ、やられ役としては良いキャラなんですけれどね。
 

「死んだ人間を取り戻せる方法があるとしたら、あなたは、どうしますか」

ここからの高耶と開崎のやり取りは、肌が泡立つような高揚を終始覚えました。
きっと高耶自身もそうだったのではないかと……。
独特の《言語》と《間合い》が通じる、閉塞感からの解放。
己の吐露や葛藤(崇拝される側の苦悩が、読者にも刺さる)を受け止めてくれる包容力。
惜しみなく降り注ぐ慈しみと気遣い。
そして、”俺達の『最上』のあり方”というキーワード。
 
二年間、喉から手が出るほど欲しかったものが与えられる充足感。
まるで恵みの雨が、渇いた大地に染みわたるように。
しかし、それが意図した人間ではなく、出会ったばかりの、それも敵方の男からもたらされる事への戸惑い。
掴もうとするものが、寸前で手をすり抜けていくようなもどかしさ。
高耶は混乱しつつも、拒否する事はできなかったでしょうね。
たとえ自分に催眠暗示をかけても、本能的な欲求に抗えるはずがない。
それぐらい強い想いで、400年間、景虎は直江という存在に焦がれてきたんだから。

 

「死んだ人間を取り戻せる方法があるとしたら、あなたは、どうしますか」

 
この台詞にもゾクッとしました。
開崎の正体はすでに察していますから、よりにもよってそれをおまえが言うのかと!
これは開崎の言葉であると同時に、高耶の己に対する無意識の問いのようにも感じられる。
高耶にとっては、まさに地獄の釜の蓋を開けるような、見てはいけないものを見てしまったような……。
 

「連れ戻す……」
「開崎……」
「ここに繋いだまま、あなたを現実へ」

 
イザナギやオルフェウスのように黄泉から連れ戻す側だっはず高耶は、同時に連れ戻される側でもあったという逆転。
この章のタイトルである「囚われのオルフェウス」との符合にも唸らされました。
この二人の関係性が一方的なものではなく、双方向的なものだという事実を投影しているようにも思える。
 
その後の高耶と開崎の肌と肌との触れ合いは、開崎が高耶を求めているのと同時に、癒しや労いの行為とも取れる。
絶望的な夢に微睡む高耶を取り戻すため。
ささくれ立った、人間不信の塊のような高耶を振り向かせるには、文字通り体ごとぶつかっていくしかない。
自分の想いを、高耶の躰へ懸命に刻み込む。
小手先の言動では、高耶の信を得るには足りないから。
それにしても、自分で始めた行為であるにも関わらず、この後、開崎に滅茶苦茶嫉妬するんだろうな、彼は。
本当に難儀な人。
開崎はご愁傷様としか言いようがありませんが。
 

里見義堯と三浦義意の結託

今作『黄泉への風穴』では、織田や上杉、武田、北条などからは一歩引いた、若干マイナーな武将達の横顔が見られたのも興味深かったです。
義頼が父に対してそうだったように、義堯もまた、一流の武将達へのコンプレックスを抱えていた。
どうしても伸し上がりたい。
家名を全国に轟かせたい。
上昇志向は決して悪いばかりではありませんが、行き過ぎると破滅を招く。
義堯・義康親子の劣等感の重層もまさにそれで、タマネギの皮をむき続けたら中は空だった時のような虚しさが漂います。
 

風魔小太郎の当惑

高耶のために本物の直江を取り戻せるなら、里見の《通黄泉の法》を見逃しても構わないのではと逡巡する小太郎。
命に背いても、他者の願いを優先する。
以前の彼だったら考えられない迷い。
それだけ、彼にとっての高耶の存在が日増しに大きくなっている。
悩む事が人間の証なら、小太郎は本当に人間らしくなったなと、なんだか感慨深いです。
 

高耶の人柄を一瞬で見抜く二階堂麗子

そうでしょ?
そうでしょ?
うちの(?)景虎様は凄いんだぞ~~~!!!……と景虎様シンパにシンクロ率120%なシーン。
おそらく八神辺りもこんなノリ。
某狂犬のように同担拒否しないので安心して下さい。
瞳を見ただけで自信や誠実さ、優しさが溢れているって素敵すぎる。
さすが二階堂さん、お目が高い(二階堂さんの何を知っているというのか?)。
 

千秋と色部の共闘

三十年前の信長との戦いから間が開いたとはいえ、短い会話の中にも息の合ったコンビネーションと信頼が感じられるのは、400年の付き合いがなせる業でしょうか?
千秋は『わだつみの楊貴妃(後編)』で出会った天狗とすっかり仲良しになったようで。
千秋と天狗達が酒盛りしているシーンなどを、ついつい妄想してしまいました。
すごく見てみたい。
義頼は、高耶さん、開崎、千秋と相手が悪すぎましたね。
最後まで絵に描いたような小物ぶりでした。
 

里見義堯を調伏した開崎誠

はい、これで開崎の正体がいよいよ確定。
だが開崎自体は憑依霊でも換生者でもない現代人なので、謎は深まるばかり……。
義堯も人は悪くないのだけれど、悲しいけどこれ戦争なのよね(by スレッガー中尉)。
天賦の才と常人からの逸脱は紙一重だから。
トップにどうしても手の届かない義堯の立場に、開崎もシンパシーめいたものを感じていたが、もちろん高耶と天秤にかけるほどでもなく。
後は湘南の波が、浜辺に打ち寄せるばかり。
 

「死んでない……直江は生きてる……」

高耶は相変わらずだし、上杉の内情はきな臭いで、千秋がブチ切れたくなるのも理解できます。
これも、千秋なりに高耶を大切に思えばこその怒り。
長年ライバルとして認めてきたからこそ、高耶の今の(千秋の目から見たら)体たらくも、自分ではどうする事もできない無力感も、両方許せないのでしょう。
 

「そばにいくって……」
ハッとして千秋は言葉を止めた。
高耶は苦しげに目をつぶったまま痛みに耐えるように呟いた。
「――待ってろって……」

 
開崎との会話や触れ合いが、高耶の何かを変えたのが感じられる。
痛ましい様子は変わりませんが、彼の時間は確実に動き始めました。
 

「さぁ!幕を開けようかあぁ―――――っ!」

ロック・ミュージシャンNOBUNAGA様に噴き出しました!!(いや、正確には斯波英士を名乗っていますが)
ジャーマネはやっぱり森蘭丸ですか?
スタッフ―ッは全員、織田方の怨霊ですか?
チケット代や物販で地道に資金稼ぎですか?
斬新すぎる。
しかし、元々傾奇者、そして支配者であると同時に反逆者な信長には、ピッタリな職業かもしれません。
ラストが『敦盛』っていうのもすげぇ……。
それを見ている譲=弥勒菩薩という構図もシュール。
人間五十年~♪ 下天の内をくらぶれば~♪
全国の若者達の間で能楽ブーム来る!?
最後は、第二部開始作品らしい信長様のシャウトで〆。