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『炎の蜃気楼 Exaudi nos アウディ・ノス』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼シリーズ/番外編 Exaudi nos アウディ・ノス (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ/番外編 Exaudi nos アウディ・ノス (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼 Exaudi nos アウディ・ノス』の感想です。
松本で今生の景虎と再会する数年前の直江を描いた「Exaudi nos ――永劫を背負える愛」。
無念を残して天に昇った競走馬と騎手の願いを叶えるために高耶達が尽力する「GOLD WINNER ――秋の陽に消えた天馬――」。
神戸の夜景をバックに、高耶と直江に戯れる「夜を統べる瞳」。
番外編三作を収録した短編集。
 

 

『炎の蜃気楼 Exaudi nos アウディ・ノス』(単行本:1995年3月3日発売、文庫版:1996年12月25日発売)

「Exaudi nos ――永劫を背負える愛」

あらすじ

阿蘇での信長との死闘から、およそ四半世紀。
長兄・照弘の伝手で、24歳の直江は曰く付きのマリア観音を預かる。
そのマリア観音は、度々涙を流すというのだが……。
それに触発され、美奈子の前で景虎を凌辱する夢を見てしまった直江。
悔恨にかられた彼は、マリア観音のルーツである長崎へ旅立つ。
 

感想

直江が松本で高耶を見つける数年前。
信長との戦いを唯一生き延びた、佐々木由紀雄(色部勝長の現名)の命が潰えようとしている場面から物語は始まる。
《昭和編》を読んでいると、さらになんとも言えぬ寂寞が漂う。
時代は移り変わりつつあるのに、景虎も長秀も行方が分からず。
色部さん、こんな状態の夜叉衆を残して胎児換生するの心配だっただろうな。
付き合いの長い色部さんには、景虎を失った直江は静かに狂っているようにしか見えなかっただろうし。
 
景虎=イエス・キリスト、直江=イスカリオテのユダ、美奈子=聖母マリアの構図は今までも仄めかされてきたけれど、本作ではそれが決定的に強調されています。
自傷衝動も鳴りを潜め、一見落ちている直江ですが、それが仮初でしかない事が痛切に伝わってくる。
景虎へ向かう熱情も、三十年前の罪と罰の記憶も、決して薄れる事はなく。
それどころか、景虎の不在により一層濃度を濃くしている。
景虎を聖母の前で犯す夢は、直江の内にあるドロリとした情念と罪悪感の表れか?
 
そんな直江の前に登場したマリア観音像は、まるで美奈子の現身のようであり彼の苦悩の象徴。
そこへ棄教した宣教師・トラバスの姿がオーバーラップして、物語はより重層感を増していく。
マリア観音の由来を知り長崎を訪ね歩く直江は、まるで巡礼者のようだ。
タイトルにもなっている「Exaudi nos(我らの祈りを、聞きたまえ)」。
罪を犯した者こそが、最も救いを求める者なのだと……、彼らの慟哭、そして、それでも抱き続けずにはいられない祈りを聞いたような気がした。
 
浦上天主堂において、トラバスは数百年の時を経て浄化される。
直江はそれをどんな気持ちで見送ったのだろう?
憧憬と、羨望と、……様々な感情が入り混じっていたと思いますが。
 

自分(ユダ)は殉教者(イエス)になる……。

 
鮮やかな逆転にハッとさせられる。
ひたすら愛を試され、証明し続ける事。
換生者の命が半永久的なものだというのなら永遠に。
一見何でも器用にこなしそうで、この上もなく不器用な男が捧げる唯一の愛。
シリーズを通して読むと、直江は何度も惑い、己や高耶すらも傷つけようとも、この武骨な貫いたんだなと……、それを想うと目頭が熱くなります。
 

(愛している……)
今同じ時間もどこかで呼吸しているはずの景虎に向けて、直江は語りかけた。
あの日の殉教者のように。
(――あなたのそばにいく……)

 
直江の祈りが、孤独と無力感に苛まれる中学生の高耶へ少しでも届く事を祈りつつ、物語の幕は静かに降りる。
 

「GOLD WINNER ――秋の陽に消えた天馬――」

感想

本編から時間軸の外れたパラレルワールドを舞台にした短編(時間軸以外の設定は変わらず)。
東京の府中競馬場を舞台に、レース中のケガが原因で道半ばにして死んだ名馬・ディアリバー号と小原騎手のため、夜叉衆が奮闘する話。
動物霊を相手にしている点が珍しい。
私は競馬をしませんが(お金は賭けず、TVで観戦するぐらい)、血統は三流だけれど奇跡の豪脚を持ち、命を燃やして駆ける追い込み馬というのは、素人目から見ても浪漫ですね。
最後は高耶達と一緒になって応援してしまいました。
 
パラレルのため、高耶さんはおそらく記憶を取り戻していますが、直江とは険悪になっていない状態。
事ある毎に直江が高耶さんを口説いていて、なんだか終始イチャついているというか、惚気られているというか……。
サラブレットの品格と、成り上がり者の粘り強さ&勝負強さを兼ね備える高耶さんが素敵。
シリーズ全体を通してもラブ度は高く、それを読者も屈託なく楽しめる数少ない一作。
 

各シーン雑感

【橘義明の優雅なる生活】
金持ちだ~、金持ちだ~とは思っていましたが、馬主だったんかい!!(正確に言えば、長兄・照弘さんの馬ですが)
ギャンブルは奇麗なイメージばかりではありませんが、直江がやっていると紳士の嗜みというか、ノーブルさが前面に押し出されるから不思議。
しかも今回、フェラーリ・テスタロッサに乗ってきて、ベンツは600SELに買い替えて納車待ちって、庶民である自分としてはため息が出ません。
どちらにしても、直江のルックスとファッションで乗り回していたら滅茶苦茶目立ちそう。
間違いなく、堅気の人じゃない(笑)。
そして、そんな男にかしずかれる20歳前後の青年。
衆人も最初は「なんで!?」という感じで固唾を呑みそうですが、高耶さんの佇まいを見ていたらなんとなく納得してしまうに違いない(あぁ、妄想が止まらない)。
高耶さんは『最愛のあなたへ』でテスタロッサに乗りたがっていたので、念願叶って良かったですね。
 
【馬主席での高耶と直江の会話】
一見豊かな人々の裏にある心の貧しさを嗤う高耶と、彼の品格に陶然とする直江。
とりあえず、なんでもかんでもイチャイチャするための種に変換するの止めてもらえませんかねぇ?(いいぞ、もっとやれ)
 

「そうやって目を伏せて笑うだけで、あなたはいったいどれだけの人間の視線を奪っていると思うんですか」

 
視線を奪われている筆頭が目の前にいますからね~。
他の有象無象なんでどうでもいいくせに……。
とにかく、この作品の直江はずっとこんな感じでした。
今さらだけれど「Exaudi nos」とのギャップが凄い。
この吹っ切れた感も嫌いじゃない(むしろ好きだ)けれど。
 
【ギャンブルに対する夜叉衆それぞれのスタンス】
各自個性が出ていて面白い。
戦闘における傾向とも重なる面がありますね。
 
《高耶さん》
データよりも直感重視。
それでも当たるのがさすが景虎様、勝負強い(ビギナーズラック?)。
データ重視でもいけそうだけれど、好みはしないでしょうね。
やはり彼の天性の感はピカイチだから。
ただし頭に血が上ると綾子のようになる危険性はありそう。
 
《綾子ねーさん》
絶対ギャンブルをやらせてはいけないタイプ。
ほどほどで手を引けないと、身を持ち崩しますよ~。
交通費まで散財するってどうなの?(笑)
《邂逅編》の葵助の姿と何となくダブる。
 
《千秋》
基本的にはデータ重視。
しかし、手堅いばかりではなく、いざとなったら大勝負に出るんじゃないかと思われるタイプ。
勝ったり負けたりしながら、それなりに楽しんでそう。
 
《直江》
勝負事の高揚感と知的遊戯を適度に楽しめるタイプ。
データ命のはずが、”タイガースアイ”という馬名を目にした後の熱い手のひら返しに爆笑。
結局、すべての価値観が高耶さんに収束していく。
直江も降参の笑みを浮かべるしかないですね。
 

「彼が勝ちます。きっと……」

 
まあ、彼の場合は人生のすべてを景虎に賭けたようなものだから……。
 

「夜を統べる瞳」

感想

「GOLD WINNER」と同じく、パラレルワールドが舞台のお話。
イメージ小説という事で、神戸のホテルのある一室で宝石のような夜景をバックに繰り広げられる物語は、幻想的かつ観念的。
 
あぁ、初期の景虎様像ってこんな感じだったなと、少し懐かしい気分になりました。
一色義道を容赦なく追いつめる、支配者の怜悧な顔(行動は直江達にお任せというのが、それをさらに強調している)。
そして、静寂に包まれた深夜の神戸を眼下に「いい、気分だ」と穏やかに呟く無邪気な顔。
そのギャップと掴み所のなさに、惹かれずにはいられない。
一方、もちろん直江は夜景そっちのけで、彼の唯一の独裁者にしか目に入ってないんですけれどね。
今夜はこの人をどのように征服してやろうか……、狂犬が舌なめずりをしています。
直接的なシーンはないものの、雰囲気はとてもアダルティ。
ひとえに、こんな二人についてこなければならなかった千秋がお気の毒(笑)。