ボーイズラブのすゝめ

ボーイズラブ系のコミックス&小説の感想を中心に。

『恋するインテリジェンス(2)』(丹下道/幻冬舎バーズコミックス リンクスコレクション)感想【ネタばれあり】

恋するインテリジェンス (2) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (2) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (2) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (2) (バーズコミックス リンクスコレクション)

 
丹下道先生の『恋するインテリジェンス(2)』の感想です。
男達の欲と野望が渦巻くKヶ関の恋愛模様を描いたオムニバス形式の本シリーズ。
断言しますが、相当奇天烈な1巻ですらまだ序の口でした。
2巻は弾け具合がさらにパワーアップしています。
ちなみに1巻の感想は↓。
kashiwamochi12345.hatenablog.com
 

『恋するインテリジェンス(2)』(2015年4月24日発行)

あらすじ

N国外務省の内部組織・国際情報統括官組織では、今年もCⅡSET(第二種特殊諜報活動実習)=色仕掛けで情報を得る任務のための実習のバディ組み合わせが発表される。
主任分析官・針生篤の下に就く笠原亮吾の相手役は、新人では一番人気の深津秀一。
外見は大変好みだがいかにも経験豊富そうな深津に、今ひとつ乗り気になれなかった笠原だが……。
初めての実習で見た深津の初心な姿に、強い欲望を覚えてしまう。(表題作「恋するインテリジェンス class:rookie 001」)
 

総評

美麗なキャラクターと読者の想定をはるかに超えた設定が紡ぎ出す、摩訶不思議ワールドは健在。
しかし、1巻もかなり斜め上を行く展開の連続でしたが、それでも「フフフ…奴は四天王の中でも最弱…」 だったというか(?)、今振り返ると猫パンチレベルだったのだなと、茫然としてしまう。
N国外務省も国際情報統括官組織も確かに架空の産物ですが、これ、私が知っている国家組織と明らかに違い過ぎるから。
むしろ、私が住んでいる地球という惑星のお話ですらないのかもしれない。
その位ぶっ飛んだ作品世界。
だが決して駄作などではなく、むしろその正反対。
たとえば男子高校物など、男子の集団を扱った作品はボーイズラブでも枚挙に暇がないが、ここまで徹底した世界観を作りあげているのはご立派。
他の作品では味わえない中毒性に、私もすでに虜です。
 

恋するインテリジェンス class:rookie 001

1巻で伏線の張られていた笠原×深津の話が満を持して登場。
前回と同じく、針生×眞御カプに振り回されている笠原。
「この人は意外に常識人なのかな?」と少しでも思った、そんな甘ちゃんな自分を殴りたい。
ラストの凶器、なにこれ、新手のこけしかな?(すっとぼけ)
個人的には、ゲーム開発会社・アトラスの作品に登場するマーラ様が脳裏を過りました(あながち間違ってない)。
 
dic.nicovideo.jp
 
丹下先生の独特な構図センスも冴えわたる。
そりゃあ、こんなモノを目の当たりにしたら、さすがの笠原も怯えます。
 
一方、そんな笠原ですが、一見物慣れていそうなのに、実は初な風情にキュンキュン。
丹下先生、こういうタイプの受けを描くのが非常にお上手なので、ツンデレ大好物な私としてはたまらん、ヒャッホー!!
 
そして、実習風景にも爆笑させていただきました。
この真面目にバカやってる感が最高。
初実習ならではの緊張感や居たたまれなさもありつつ。
いっぱしの男達が「ちょっと男子~!真面目にやってよ~!!」と言いたくなるような、男子中学生か高校生的なノリ(?)でガヤついているのも可笑しい。
 

恋するインテリジェンス operation 001

この組織が真面に仕事をしているのも、初めてみたような気がする。
武器売買や核開発で黒い噂のある中東の王子やVIPを集めたパーティー、入国管理局の予想外の乱入など、設定や舞台装置も作りこまれていて、とにかく壮大な事が行われているのが分かる。
結局、最終的にはお得意の寝技に持ち込むんですけれどね。
 
今回はとにかく眞御ちゃんの魅力満載でした。
1分1秒が成否を分ける、そんな任務を指揮する凛々しさと有能さ。
針生が女性ターゲットを口説いている時に見せた焼きもち。
針生を助けるため、カリム王子に身を任せた時の健気さと艶っぽさ。
カリム王子も若干19歳にして、とんでもない出会いをしてしまいましたね。
 
針生が狂気と紙一重の嫉妬に、身を震わせるのも分かります。
「おまえ、射精してたよな」という台詞には、「あぁ、この人達の浮気のボーダーラインってそこなんだ……」と目から鱗が落ちましたが。
いつもはメロメロな針生が、冷徹な態度で眞御を責めるのに、少しドキドキしてしまったけれど……。
 

眞御ちゃんっ(ハート)

 
そんな雰囲気も長くは続かなかった。
まあ、眞御ちゃんバカな針生が、本気で別れられるはずないですけどね。
それにしても、今回シリアスとギャグの振り幅がいつも以上に激しくて、本気で吐きそうになる(褒めてます)。
なんだか行先の見えない、超高速ジェットコースターの先端に、体を括りつけられているような感覚。
 
後半のお仕置きHも、眞御が懸垂訓練用のバーに吊るされるという、フェティシズム全開な代物。
針生の鼻血も絶好調(むしろこれだけ垂れ流していては、不調に陥るのでは?)。
眞御が「申し訳ない」を連発したり、針生とモスクワのブローカーの関係を引きずっているのも可愛すぎました。
 
ラストで、眞御がカリム王子を誘惑した時の動画が晒されて、囃し立てられているのにも笑いました。
「これ、セクハラなんじゃ……」とかツッこんだら、本作では負け。
この動画、CⅡSETの教材にされる事請け合い。
 

愛と狂気のラボラトリー 前編

麻薬取締官・岩倉圭祐×国立医薬品衛生研究所副主幹・奥名治広の先輩後輩カプ。
岩倉、年下とは思えない貫禄ですけれどね。
この鉄面皮でおバカな発言しているのがツボに入る。
恋をこじらせた奥名のてんやわんやも可愛い。
 
この二人の恋愛を成就させるために、秘密基地のような研究所に十数人が閉じ込められるという、映画並みに大掛かりなシチュエーションを作ってしまった丹下先生にまず拍手。
主人公であるの奥名と後輩・岩倉のもどかしい恋愛に悶えつつも、随所に盛り込まれたネタ要素にツッコミが追い付かない。
むしろ全編通して、ネタしかない(断言)。
ツインテ・年齢不詳の神子主幹の奇行(明らかにマッドサイエンティスト)。
神子主幹好みの美形を集めた神子ハーレ部。
男同士の葛藤などどこ吹く風で(本シリーズにそんなものは求めていない)、ほいほいくっ付いていく麻取×研究員達。
極めつけは、神子主任が開発した乳腺活性薬・パイテックス(もう、ネーミングからして……)。
食量足りないから研究員達(あまねく受け)の出した乳で糊口をしのぐって、丹下先生の発想力、どうなってるんですか!?
まさかボーイズラブで、人体からの搾乳を拝む日が来るとは想定外でした。
岩倉がやたらねちっこく奥名のミルクを飲むシーンでも、私はどんな特殊プレイを見せられているのかと……。
 

愛と狂気のラボラトリー 後編

母乳(正確には父乳なのでは?)、朝ごはん、直接授乳とパワーワード連発。
まさにタイトル負けしない「愛と狂気」。
隔離状態も日数を重ね、乳を巡る駆け引きや奪い合いなど、皆、いよいよオカしくなっています(今さらか)。
 

如月さんの分も全部、俺が飲んでしまえばいいだけのことですから。

 
岩倉も……、お前、明日地球が終わるぐらいの深刻顔で何言ってるの?
登場人物達の止め処ない珍発言&珍行動を、読者はそっと見守り続けるしかありません。
 
そして肝心の岩倉×奥名は、数年のわだかまりが嘘のように、あれよあれよという間にゴールイン。
ボーイズラブ作品ではおなじみの「もっとちゃんと話し合おうぜ」的な誤解も無事解決。
体格差が凄いから、最初からもの凄い
奥名の色っぽさゆえの岩倉の早漏は……、まあ、そのうち何とかなるでしょう(投げ遣り)。
 
ラストの落ちは……、何となく予想の範囲内でしたが。
狂気の楽園は、まだまだ終わらない。
岩倉と同じく、神子主幹が開発した新たなお薬の効能も気になります。
 

描き下ろし・Iwakura's Counterattack

本編に引き続き(神子主幹の独断で)研究所に閉じ込められた面々。
現状、奥名の悩みは、岩倉のHがねちっこい事(超平和)。
確かに、まだ20代のくせに、岩倉はやる事なす事オヤジ臭いというか……。
奥名の反応が初々しくて可愛いから、いじめたくなる気持ちは分かりますけれどね。
 
麻取の連中も相変わらずろくでもない事を考えていて……、よく探してきたな、そんなエロい椅子。
文武両道の精鋭集団、頭脳と行動力の見事な無駄遣い(我々にとってはご褒美ですが)。
脳内は思春期少年も真っ青です。
研究員(受け)達に殴られても、まあ、自業自得かと……。
岩倉は空手有段者の奥名に殴られて、その程度で済んだんだから御の字でしょう。
 

描き下ろし・Mao's Counterattack

酔った眞御の天然魔性っぷりに、さすがの針生もそろそろ貧血になるのでは?
そんな眞御を見て、読者である私も「眞御タン、カワイイよぉ、はあはあ(ハート)」って、ハッ、なんだか針生に憑依されていたような……、気のせい?
 
まだほとんど何もしていないのに、欲情した眞御を見ただけで即顔射した針生に爆笑。
「愛と狂気のラボラトリー」の岩倉といい、今現在、丹下先生の中では早漏がトレンドなんでしょうか?
まあ、針生も猛者揃いの国際情報統括官組織を震撼させた絶倫王だから、眞御を抱くのに一切問題ありませんが。
針生のすげぇ腰使いに、萌えるというよりも、彼らの体が心配になるのは私だけでしょうか?

『アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死 (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死 (モノクローム・ロマンス文庫)

海賊王の死 ~アドリアン・イングリッシュ 4~ (モノクローム・ロマンス文庫)

海賊王の死 ~アドリアン・イングリッシュ 4~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死』の感想です。
ジェイクと別れてから作中内時間で二年。
今現在、アドリアンは前作で出会ったガイと付き合っていた。
だが、あるパーティーで起きた殺人事件がきっかけで顔を合わせてしまったアドリアンとジェイク。
一度は分かれた二人の道が、再び交わり始めます。
 

『アドリアン・イングリッシュ(4) 海賊王の死』(2015年2月7日発行)

あらすじ

著作『殺しの幕引き』の映画化話が持ち上がり、美貌の俳優・ポール・ケインの主催するパーティーに招待されたアドリアン・イングリッシュ。
だが、そのパーティーの場で毒殺事件が発生。
殺害されたのは、ポールのパトロンで、数々のハリウッド映画にも出資している富豪・ポーター・ジョーンズ。
そんな事件を捜査するため現場にやって来たのは、かつてアドリアンと交際し、手酷い別れ方をしたジェイク・リオーダンだった。
今でも二年前の別れの傷がいえないアドリアンは、できるだけジェイクとの接触を断とうとする。
しかし、様々な証拠から殺人容疑をかけられてしまったアドリアンは、ジェイクとただならぬ関係のポールに見込まれて、再び素人探偵をする事になってしまい……。
 

感想

ストーリー

ラニヨン先生には、今回も心の琴線をかき乱されました。
とにかくアドリアンをはじめとした登場人物達の言動や一挙手一投足、感情の動きに至るまで、すべての密度が濃く、味わう方にもそれ相応の覚悟が必要です。
これほど芳醇な人間ドラマには、そうそうお目にかかれません。
 
物語冒頭から胸のざわつきが抑えられない本作。
結婚しても、いまだに二重生活を続けるジェイク(妻のケイトは流産してしまった事が、本作で明かされる)。
実はアドリアンと付き合い始める前から、そしてアドリアンと別れた後も、ジェイクとポールの関係が5年も続いているという事実。
事ある毎に見せつけられる、彼らの親しげな様子。
 
とにかく、今回は終始一貫ジェイクにヤキモキさせられました。
彼がアドリアンに対して、尋常ではない未練を残しているから尚更。
アドリアンと同じく、時に絆され、時にムカつき……。
でも、この自分勝手で、支離滅裂で、だけれどアドリアンに対して決して嘘のない点(それがアドリアンに対して厳しい現実だとしても)が、ジェイク・リオーダンという男なんだなと変に納得もしてしまうんですが。
 
おまけに今回は、現在アドリアンと付き合っているガイが、かつての交際相手であり、『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』の犯人グループの一人だったピーター・ヴェルレーンと、関係が切れていなかった事も発覚。
たださえ、二年前よりも体調が悪化しているアドリアンをこれ以上苛むのを止めて欲しいと、懇願したくなってしまうような展開。
しかし、アドリアン自身も、そこで引いてしまうような大人しいキャラではないから。
自らガンガン火元に飛び込んでいくからなぁ。
畢竟、読者も降りかかる火の粉を払いつつ、彼に付いていくしかない。
 
だからこそ、クライマックスでジェイクが下した、自分の性的志向が暴露される事も辞さない決断や、アドリアンの身を死に物狂いで守った事には、胸のすくような思いがしました。
このシリーズを読み続けて、本当に良かったと感じた瞬間。
だがその代償は大きく、ジェイクはすべてを失ってしまう。
もちろん、本シリーズの事だから「これからアドリアンとジェイクはラブラブハッピータイムだ!きゃっほーい!!」となるわけもなく、二人ともさらなる葛藤に苦しむ事が目に見えている。
この巻を除いて、シリーズも残すところ二巻。
二人がこれから生きていくにあたって、それぞれがどのような道を模索していくのか、いよいよ目が離せなくなっていきます。
 
そんな二人の背景を彩った殺人事件ですが、映画業界を舞台にしているためか華やかでゴージャス。
グラマラスな金髪美女の未亡人に被害者の前妻である大女優、ゲイの脚本家など、いかにもハリウッド的な曲者揃い。
その中でも特に出色だったのは真犯人。
絶対的な美貌とおぞましい本性のギャップ。
攻め手からめ手でアドリアン達を追いつめていき、掌の上で踊らせた悪魔的手腕に慄然とする。
彼自身を主役としたピカレスク小説が、一本書けそうなほどのアクの強さ。
シリーズ中でも屈指の名敵役だったと思います。
 

キャラクター

アドリアン、今回も心身共に傷つきましたね。
私も共感しすぎて涙目。
 

「何なのかはわかってるだろ、ジェイク。これは、僕らがやっと互いに言えた、本当のさよならだよ」

 
上記は、アドリアンを忘れられないジェイクと再び肉体関係を持ってしまった後、彼が言い放った言葉。
愛情深いゆえジェイクへの想いを断ち切れないものの、このままずるずると関係を続けてしまえば二年前の二の舞になるのが、アドリアンには十分わかっていた。
ここは、アドリアンのジェイクに対する愛、しかし見せかけの安住に身を置けない潔さと強さ、そして繰り返してしまう事に対する怯えなどが含まれていて、彼の複雑な人間性や思考を凝縮した名シーンだと思います。
 
本作はその他にも、彼を痛めつけるようなエピソードの連続。
それでも一人歩む事を止めないし、止められない彼の孤高は、美しいんだけれど切ない。
ジェイクがカミングアウトした事により、彼らの関係はより混迷を極めたけれど、今はただ心臓疾患の手術を受けて、養生に励んでほしい。
 
一方、ジェイクは……。
本当にすべてを投げ打ってしまいましたね。
彼が今回のような決断を下した理由が「アドリアンへの愛」のみという単純なものではなく(それも大きな要素のひとつではあるけれど)、彼の根幹をなす信念ゆえというのが、さすがラニヨン先生、深いなと……。
家族、仕事、「普通の」人生……、これまで守り通してきたものを捨てた彼の心情は、筆舌に尽くしがたい。
自業自得という向きもあるかもしれないが、人間誰しも他者に知られたくない秘密の一つや二つはある。
己の中の屈折と真っすぐさの狭間で苦しんできた姿は、他人事として見るにはあまりにもリアルな人間像過ぎる。
そんな彼の現在置かれた状況を鑑みると、お気楽な事は到底言えない。
それでも読者も、アドリアンも、堕ちていく彼など決して見たくなかったから、ここは「良かった」と表現しておきたい。
 
あと今回、彼のアドリアンに対する愛や執着には、かなり驚かされました。
ジェイクにとって、アドリアンとの出会い自体が天啓のようなものだったのだなと。
今まで多くの男女と肉体関係を持ってきたジェイクですが、アドリアンへの想いからは、まるで初恋のような純粋さを感じる。
彼の言動が身勝手だったのは事実ですが、それでも形振り構わずアドリアンを求めたのにはそういう真意があったんだなと、とてつもない説得力を感じました。
 
ジェイクがアドリアンを抱くときによく言う「お前は俺の知る限り、一番きれいな男だよ」という台詞も、それを知った後だとさらに読者の胸を打ちます。
肝心のアドリアン自身は「誰にでも言ってるんだろう」と考えていますが、ジェイクは至極真面目な告白なんでしょうね。
まあ、信じてもらえないのは、今までの所業を考えると仕方がないのかもしれませんが(笑)。

『恋するインテリジェンス(1)』(丹下道/幻冬舎バーズコミックス リンクスコレクション)感想【ネタばれあり】

恋するインテリジェンス (1) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (1) (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (バーズコミックス リンクスコレクション)

恋するインテリジェンス (バーズコミックス リンクスコレクション)

 
丹下道先生の『恋するインテリジェンス(1)』の感想です。
架空の国・N国に所属する官僚達の恋を描いた表題作他、短編2編と描き下ろし3編を収録した作品集。
耽美な絵からは想像できない奇抜な設定と勢いで、読者を独特の世界に引きずり込む作品の数々。
様々な作品が集う、百鬼夜行のような(?)ボーイズラブ作品群の中でも、その個性はピカ一だと思います。
 

 

『恋するインテリジェンス(1)』(2014年6月24日発行)

あらすじ

N国外務省の内部部局・国際情報統括官組織は、公式の対外情報機関を持たないN国において事実上の諜報活動を一手に受け持っている。
そこでは色仕掛けにより情報を得るため、ある実習が行われていた。
独自の選抜基準により選出された男性分析官達は(女性分析官の色仕掛け任務はリスクが高いため禁止)、トップキャスト(TC/男側役)とボトムキャスト(BC/女側役)に分類され、バディを組まされる。
そして、夜な夜な特訓に勤しむバディ達。
針生篤と戸堂眞御も、その内の一組だが、彼らの関係は10年前の、ただ一回の実習以降途切れていた。
その時、戸堂のあまりの可愛さに針生がメロメロになってしまった事が原因となり、その後もなにかとギクシャクしてしまう二人だったが……。(表題作「恋するインテリジェンス」)
 

総評

一言で表すと「怪作」。
耽美な表紙イラストから一体どんなシリアスな物語が始まるのかと思っていたら、私の予想からは大きくかけ離れていました。
ボーイズラブというジャンルは、とかく型通りになってしまう事も多く、例えば男子高校物など、男性の集団を扱った作品は枚挙に暇がありません。
だが、本作の場合は、その型を逆手に取ったというか、型をいじり過ぎてぶっ壊しちゃったというか……。
もう、諜報活動に必要な性的訓練をするため、男同士がバディを組んであれやこれやの実習を行うという設定からしてワンパン食らう。
冒頭からツッコミどころ満載だけれど、「ボーイズラブはファンタジー」と100回ぐらい唱えて乗り切るしかない。 
何しろ舞台が国家組織で、このぶっ飛んだ設定ですからね(一応、架空の国だけれど)……、ここまで突き抜けていればいっその事ご立派。
 
ストーリー展開としては「丁寧な心理描写、繊細な心の機微、何それ美味しいの?」という感じですが、それを補って余りあるほど勢いとテンポで、読者を抱腹絶倒させてくれます。
攻めは格好よく、受けは奇麗で可愛いという、その辺はスタンダードを守っているはずなのに、彼らの一挙手一投足が可笑しくて仕方がない。
とにかく彼ら、良くしゃべるんですよね、日常でも、濡れ場でも……。
それがいちいち笑いのツボを突いてくる。
 
特に攻めが受けを褒める時や愛の告白の饒舌さときたら……。
「あやめもわかぬ人の世を照らす一輪の芍薬」とか、「愛を確信したのは、おまえの英知の深淵に捻じ入って、その柔らかな肉壁をすべて余すことなく…、俺のこの核で感じてみたいと思った時」とか、腹筋崩壊しそうになる(これ、笑っていいところなんですよね?)。
丹下先生の言葉のチョイスがいちいち凄まじすぎる。
とりあえず、攻め達の語彙力が豊かなのと、彼らが受けを猛烈愛しちゃってる事だけは伝わってきました。
 
以上のような作品だから、Hシーンも推して知るべし。
台詞も効果音も賑やかです。
集中線などを多用したり、構図なども個性的で、しっとりというよりも、なんだか激しいスポーツを観戦しているような気分になる。
冷静な指示が館内放送で流れる中でのシーンとかもね、この人達、一体何ヤッてるんだと……、もうツッコミ疲れて半笑いするしかない。
でも、それがだんだんとクセになる不思議。
最終的にはトキメキや萌えよりも、笑いを求める自分がいました。
 

恋するインテリジェンス

攻めの針生が終始「眞御タン、カワイイよぉ、はあはあ」としている話(身も蓋もない)。
眞御は確かにツンデレ&いじらしくて可愛んだけれど、このコも大概ぶっ飛んでますね。
どんな育て方をしたら、こんな純粋培養な30代が爆誕するのか……。
10年愛の切なさや悲壮感などはほぼ皆無。
むしろ、なんでこの二人、10年も我慢していたの?(禁句)
冒頭の鳥もちの予想通りの伏線回収と、後輩・武笠の気の毒さにも笑う。
 

数式は鷹に恋をする

主計局官僚×関税局官僚。
攻めの土門、受けの円、共に美貌、学歴、家柄などがインフレーション起こしていて、平民の私などは「す、すげぇ……」と、呆然とするしかない。
こんな連中がうようよしているとしたら、Kヶ関官界は魔境かなにかとしか思えませんが(違)。
また丹下先生の言葉選びのセンスが、本作でも光っています。
1ページほぼ丸々使った土門の紹介文もスゴイですが、志山に対する土門の口説き文句も凄まじい。
あんな長台詞がおそらく練習する事もなく、滔々と口をついて出てくるんだから、エリート官僚、恐ろしすぎ。
……なんだかエリート官僚のイメージが、現実からあまりにも逸脱しているような気がしないでもないけれど。
ところどころに散りばめられたネタにも、笑わせていただきました。
料亭行って2分で即解決って、議員先生のご機嫌はカップラーメンよりもお手軽ですか?
 
登場人物の中では、なんと言っても受けの円が可愛かった。
数学の天才なのに、世間知らずで恋にも不器用なのがね、土門がヤキモキしたりメロメロになるのも分かります。
あと今回は電話のみの登場ですが、円のパパ・志山次官も濃かった。
とりあえず、30代の息子にハートマーク飛ばしまくるの止めぇ!!(爆笑)
そして、土門と険悪になるのは不可避ですね、分かります。
 

そんなあなたが好きだから

一見非の打ちどころのない攻め・松菱桐次(花を背負いまくっているのに噴き出しましたが)と押せ押せな受け・世古。
しかし、実は桐次には隠している事があり……。
 
桐次がいきなり1ページ使って「ごめんなさいっ、ごめんなさい」と泣き出した時には、世古と同じく「は!?」となりました。
ヘタレ攻めというよりも、泣き虫攻めというか、ピュア攻めというか……。
ヘタレが発覚した後の桐次が、とにかく可愛くて仕方がない。
ギャップ萌えの宝庫のような男。
そんな彼を放っておけない、なんだかんだで面倒見の良い(性的な事も含む)世古に、読者であるこちらもキュンキュン。
事前の二作品があまりにも斜め上な作風だったので、彼らの恋愛が非常に真面に見えるのは気のせいでしょうか?(私の基準が既におかしいのかもしれないが)
 

描き下ろし・シークレットラブレター

「恋するインテリジェンス」の、眞御視点のお話。
針生に片思いしていた頃の複雑な男心。
眞御の可愛らしさ&一途さ炸裂。
彼の脳内ポエムのようなモノローグに所々で噴き出しそうになりましたが、地球と月との間の距離ほど遠回しなお誘い(多分一生気付かれない)や、針生に髪型を褒めてもらっただけで歓喜する様がたまらない。
しかし、こんな眞御を10年見続けて「嫌われている」と思っていたんだとしたら、針生も相当ニブちんなんじゃないかと。 
 

描き下ろし・宣戦布告の午後

円を間に挟んだ、土門と志山次官の直接対決。
普段の志山次官の大物っぷり(マフィアかよ!?)と、親バカっぷりの落差に笑う。
相変わらず息子にハートを連打している志山次官。
「円ちゃんかわいい(ハート)」は、もしかして枕詞か何かですか?
 
だが、土門も負けていない。
志山次官を「お義父さん」と呼び、苛立たせるのは序の口。
登場時の格好いい構図やコマ割りに笑う。
志山次官も、そんな土門を無視。
飛び交う雷(画面効果)。
Kヶ関に漂う緊迫感の無駄遣い、ここに極まれり。
他の職員も怯えてるから、修羅場もほどほどに。
 

描き下ろし・First honey night

眞御を初めて自宅へ呼んだ針生。
官僚って無茶苦茶豪華な家に住んでいるんだなぁ(注目するところはそこじゃない)。
初めて結ばれた時、針生がアレでもセーブして、眞御を抱いていたという事実にドン引き驚嘆する。
こちらとしては、スポーツか格闘技を観戦しているような気分になったんですが、それは……。
 
そうこうしている内に、眞御が到着。
初めてできた恋人にお呼ばれされた緊張感が伝わってきてSo Cute!!
これは針生も歯止めが効かない。
結果、確かに前回、針生が彼なりに自制していたのは分かりました。
とりあえず、その鼻血、拭けよ。
一方、眞御ちゃんは感じやすすぎて、まさかの潮吹き。
っつーか、これ、潮どころか大海原なのが斬新(遠い目)。
荒ぶる波に読者もビックリ。
魚とか跳ねてても不思議じゃない、そんなナニコレ珍百景(?)。
 

『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

悪魔の聖餐 ~アドリアン・イングリッシュ 3~ (モノクローム・ロマンス文庫)

悪魔の聖餐 ~アドリアン・イングリッシュ 3~ (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐 (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐 (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』の感想です。
クローク&ダガー書店のパート・タイマーであるアンガスが殺人容疑をかけられた事により、カルト的な連続殺人に巻き込まれていくアドリアン。
さらに表紙イラストでも表されています通り、微妙だったジェイクとの関係もターニングポイントを向かえます。
読者である私達は、彼の怒涛の人生をただただ見守る事しかできません。
 

『アドリアン・イングリッシュ(3) 悪魔の聖餐』(2014年8月25日発行)

あらすじ

クローク&ダガー書店のパート・タイマーのアンガスは、かつてのオカルト仲間からの嫌がらせに悩まされていた。
とうとう店にまで脅迫まがいの電話がかかってくるようになり、アンガスに情をかけたアドリアンは金を渡して、しばらく町を離れるように忠告する。
だがそれは事件の発端に過ぎなかった。
異様な現場で、遺体が発見される怪事件に関して容疑をかけられてしまったアンガス。
その他にも、アドリアンの周囲で奇妙な出来事が頻発する。
クローク&ダガー書店でファン・ミーティングを行った人気作家の失踪。
アンガスの行方を追って、アドリアンに迫る正体不明の若者達。
おまけに私生活では母親・リサの再婚や、微妙な関係だったジェイクとの決定的な決裂など、精神的にもひっ迫していく。
 

感想

ストーリー

アドリアンやジェイクに限らず、人間の一生とは選択の連続です。
その中で最良の選択肢とは果たして何なのか、深く考えさせられる本作。

今回のジェイクの選択に関しては、決して擁護できない。
彼の中にある矛盾には大いに同情するけれど、アドリアンを深く傷つけたのは動かしがたい事実です。
しかし、私はアドリアンを単なる悲劇の主人公に祀り上げるのにも抵抗を覚える。
ジェイクの婚約者のケイトがどのような女性か本書を読む限りは分からないが、アドリアンは彼女に対する裏切りに加担してしまった。
時に茶化し、時に諦観し、割り切った大人を装う……、それもまたアドリアンという一己の人間が下した選択なのだから。
 
アドリアンもジェイクも、自分達の未来に明るい展望は抱いていなかったが、それでも何かしら一縷の希望のようなものを抱いていたのではないでしょうか?
さもなければ、彼らの道が交わり、10か月も関係を継続させる事はなかった。
ただ、何かを好転させるには、彼らはあまりにも受動的すぎたように感じます。
アドリアンは、ジェイクがいつかは己のセクシャリティを認めるだろうと高を括っていたし、ジェイクはアドリアンとケイト、どっちつかずの交際をずるずると続けてしまった。
そんな中、今回のような結末は、起こるべくして起きた。
ただ彼らの関係を一概に「間違いだ」と断じる事は、私にはできない。
なぜなら、この時点で彼らにとっての最良の選択とは何だったのか、私にも分からないから。
 
悲観せざるを得ない状況下でも、惹かれずにはいられなかったアドリアンとジェイク。
弱くて、臆病で、不器用で、とてつもなく人間臭くて……。
私にはそんな彼らが、どうしようもないくらい愛おしく思える。
そういう気持ちを、読者である私に与えてくれたラニヨン先生は、あらためて素晴らしい書き手だなと。
本作で一度は別たれてしまったアドリアンとジェイクの道行きですが、シリーズはこれからも続いていきます。
今までの二人の時間が無駄ではなかったと、そう感じられるような人生をアドリアンとジェイクが歩んでくれる事を望まずにはいられません。
 
今回は主人公二人の関係性に胸を抉られましたが、もちろんこのシリーズの通常通り、エンターテインメントとしても読み応え抜群。
第一作目から脇キャラとして突出した存在感を放っていたアンガスですが、とうとう物語の中心に躍り出てきました。
アドリアンは親切心ゆえの行動だったのに、アンガスの奇矯さや臆病さにかなり引っ掻き回されましたね。
 
陰惨で悪魔的な事件の数々。
エキセントリックなベストセラー作家の失踪とゴーストライター疑惑。
現場やクローク&ダガー書店に残された逆五芒星。
カルト的な謎の集団。
それらが読者の好奇心をくすぐり、最終的に一点に集中していく展開がお見事でした。
 
魔術やサタニズム、魔女裁判などに関する知識のみならず、ふんだんに盛り込まれた蘊蓄も興味深い。
ポケモンやハリポタはともかく、遊戯王の名前が出てきた時には、ラニヨン先生のアンテナの手広さに驚かされましたが(しかも遊戯王へのツッコミが結構鋭い)。
テーマがオカルトや魔術だからと言って、ゴシック一辺倒ではなく、アドリアンが(彼なりに)ネットを屈指して情報収集するなど、現代風味を合わさって、独特な作品世界を形成しています。
アクションシーンや緊迫した場面も豊富で……、アドリアン、体が弱いんだからもうちょっと己を労わってとは思いましたが。
 
あと今回見逃せないのは、アドリアンの母親・リサの再婚。
結果、アドリアンになんだか濃いキャラな義妹が三人もできました。
アドリアンと同じく、私もリサが少し苦手だし、自分の再婚相手とアドリアンを無理矢理仲良くさせようとする言動にはげんなりしてしまいますが、思えば彼女も自分の幸せをつかむのに必死なんだなと。
そう考えると、彼女の事を嫌いにはなれません(お近づきにはなりたくないけれど)。
  

キャラクター

アドリアン、今さらだけれど本当にジェイクの事が好きだったんですね。
今まであえて見ようとしなかった感情が、ジェイクとの訣別により間欠泉のように噴出したイメージ。
そんな彼にとって、今作は辛いエピソードの連続でした。
何を見聞きしても、ジェイクが脳裏を過ってしまう。
アドリアン自身はいつも通り、ドライでウェットに富んだ語り口を心掛けているんだろうけれど、焦燥と動揺が隠しきれずにアイタタタ……。
怪我をしたジェイクを見舞う事もできず、彼が家族や婚約者と共にいるのを、そっと影から覗いているアドリアン。
ありがちだけれど、泣きそうになりました。
 
また個人的に最も印象に残ったのは、破局後、アドリアンがヘアサロンに髪を切りに行った際の出来事。
スタイリストのパオロに「何だか憂鬱そうじゃない?」と質問されて、アドリアンから反射的に漏れた言葉。
 

「恋人に振られたんだ」

 
思えば、アドリアンがジェイクを「恋人」と称したのって、これが初めてなんですよね。
今まではあえて関係に名をつけずに曖昧にしていた。
いつかは終わる関係だからと予防線を張っていたけれど、内心では……。
本人も気づいていなかった(もしくは気付かないふりをしていた)虚飾が、些細な一言で剥がれ落ちた一瞬に「うわぁぁあぁ!!」と頭を掻きむしりたくなりました。
あとはジェイクのために買ってあったのに無駄になった冷凍ステーキなど、いちいち挙げていたらきりがないくらい、こうしたシーンがてんこ盛り。
今回、ラニヨン先生は、読者を徹底的に泣かせにかかっているなと思わずにはいられない。
 
片や、ジェイクですが……。
上では一応擁護(?)しておきましたが、やっぱり酷いですよね。
前作までの、矛盾を抱えつつも失われなかったまっすぐさは消えて、弱さを完全に露呈してしまいました。
正直、ムカついたシーンも少なからずありました。
自分が苦しんでいるからと言って、他者に対して何をやっても許されるわけではない。
自己保身に走ったり、アドリアンを乱暴に抱いたかと思ったら、無碍に扱ったり……、支離滅裂な行動が返ってリアルで痛々しい。
あぁ、人間って袋小路に入ると確かにこうなるなと唸ってしまいました。
さらにアドリアンの率直さが、ジェイクを余計に追い詰める。
 

「僕の存在自体が、お前を脅かしてるんだろ」

 
このセンテンスを読んだ時、「あぁ、この二人は決裂するしかないんだな」と、最後通告を突き付けられたような気分になりました。
 
ジェイクがまったくの人でなしだったら、まだ救われたんだけれど。
前半のアドリアンとの語らいや濡れ場で、彼がアドリアンにどんどん惹かれていっている様や、男性を愛する自分を受け入れる片鱗が伺えたから、さらに辛かった。
以前もどこかで書きましたが、だからこそ性質が悪いとも言えるけれど。
「結婚して子供を持つ事」は彼の既定路線だったはずなのに、まったく幸せそうではないジェイク。
彼がアドリアンを失って、自分のセクシャリティに折り合いをつけていけるのか、そしてこの先のどのように人生を歩んでいくのか、非常に興味を引かれます。
 
最後に、アドリアンとギクシャクしたジェイクの代わりに、捜査のパートナーを務めたガイ・スノーデン。
本作のラストで、アドリアンとの関係が続いていく事を示唆せれています。
ゲイである自分を偽らず、自然体で、知的で……、アドリアンも無理せずに時間を共有できる人間。
ある意味、ジェイクとは正反対。
ジェイクとの関係が壊れていく過程で、アドリアンが彼のような人間に好意をもったのも分かります。
ジェイクとの恋で傷ついたアドリアンにとって、ガイという存在はマストだったんだなと。
その辺りの、ラニヨン先生が描く人間関係の綾に、思わず唸ってしまいました。
 

『恋人を可愛がる方法』(青山十三/新書館ディアプラス・コミックス)感想【ネタばれあり】

恋人を可愛がる方法 友達を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

恋人を可愛がる方法 友達を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

恋人を可愛がる方法 (ディアプラス・コミックス)

恋人を可愛がる方法 (ディアプラス・コミックス)

 
青山十三先生の『恋人を可愛がる方法』の感想です。
前作で危機を乗り越えた柳浦と鬼塚。
特に大きな事件は起きませんが、その分、二人のバカップルぶりを楽しめる一冊。
ちなみに前作の感想は↓。
kashiwamochi12345.hatenablog.com
 

  

『恋人を可愛がる方法』(2019年5月1日発行)

あらすじ

前作で仕事と恋の狭間に立たされた柳浦でしたが、その騒動も一件落着。
恋人らしい時間を満喫する柳浦&鬼塚。
そんなある日、大学受験を控えた柳浦の従妹・光岡真雪が上京してくる。
どうやら彼女は柳浦に対して、恋心を抱いている様子。
大人の余裕を心掛けつつも、真雪に対してついつい複雑な心境を抱いてしまう鬼塚だったが……。
 

総評

バカップル万歳。
派手さはないが、主人公二人の心の流れを丁寧に追った優良シリーズ。
今回も適度な緊張感を保ちながら、二人のイチャイチャを楽しめる一冊になっています。
相手が迷った時、もう一人が導き手となれる二人の関係性は、見ていて気持ちが良い。
日増しに互いへの想いが募っていく心の変化も、既刊と違わず丁寧に描かれていました。
特に執着や嫉妬など、恋愛のドロドロとした部分を初めて知った柳浦の戸惑いにはニヤニヤ。
 
当て馬ポジションの真雪ちゃんもイイ味を出していました。
若いのでまだまだ未熟な面も見受けられますが、そのまっすぐさに好感が持てる。
彼女のおかげで、二人も色々と気づく事ができたしね。
鬼塚、柳浦、真雪の大中小コンビがワーワー言っているシーンにほっこり。
彼女には無事に大学受験を終えてもらって、またバカップルを引っ掻き回しに来てほしい。
 

恋人を虜にする方法 第1話

柳浦が新しいTVゲームにご執心な為、やきもきする鬼塚の話。
ハイハイ、バカップルバカップル。
前巻の騒動で配属が変わって、勤務時間が9時ー5時になった柳浦と、彫り師として忙しい鬼塚はすれ違いの生活に。
鬼塚のためにスタミナ満点の料理を作ってくれる柳浦は理想の恋人ですが、コントローラーを握る手は止められない。
ゲームに一喜一憂する柳浦は可愛いんですが、恋人としてイチャイチャしたい鬼塚の複雑な男心。
しびれを切らした鬼塚は、柳浦を背後から抱きしめて、イケナイいたずらを仕掛けます。
鬼塚の「俺は柳浦さん攻略するから」若干親父クサいなと思いましたが(笑)。
実は柳浦がゲームを止められない、ちょっとした理由があったんですが……、ホントこの人、どこまで天然&可愛いの?
ゲームに登場するライオン丸みたいなキャラに「オニヅカ サン」と名付けてるのも含めて……、本当にご馳走様でした。
 

恋人を虜にする方法 第2話

鬼塚が勤めるタトゥースタジオ「月山」に立ち寄った柳浦。
今回は柳浦が生まれて初めての嫉妬に苛まれる話。
作中でも言われていますが、鬼塚、かなりの人たらしだからなぁ。
親分気質で優しいし、他者との対話や付き合いを疎かにしないし。
そんな彼と周囲の人間のやり取りを見て、柳浦は今まで味わった事のなかった感情に戸惑う。
恋に落ちたら、奇麗な想いだけではいられないから。
しかし、そんなドロドロとした己の心を、柳浦は当然厭う。
そんな彼に対して、鬼塚が……。
 

俺は嫌だけど、付き合うのやめる?

 
まあ、彼らの事だから大丈夫だろうけれど、ちょっとドキッとする台詞ですよね。
 
ちなみに、柳浦と月山の面々が酒盛りで飲んでいたメスカル酒。
アルコール度数は最高60度ぐらいあるらしい。
ちなみに一般的な日本酒の度数は大体15度。
それを一本空けて、多少酔ってはいてもスタスタ歩ける柳浦、酒豪すぎ。
 

恋人を虜にする方法 最終話

前回、鬼塚に「付き合うのやめる?」と言われて、柳浦が出した答え。
 

嫌です!!!

 
もちろん、即答。
そんな柳浦をギュッと抱きしめる鬼塚。
この、恋心に疎い柳浦を甘やかしすぎず、かといって邪険にせず、鬼塚が優しく引き上げてくれる感じが凄く良いんですよね、この二人。
鬼塚も今まで散々苦労してきたからこそ、他者に対して優しくなれる。
彼の経験は決して無駄ではなかったと思える。
柳浦が見せた嫉妬心&独占欲も、健気で罪のないものだし。
向けられた鬼塚にとっては、柳浦がただただ可愛くて仕方がない。
 
気持ちの高まった二人は、ラブホに立ち寄ります。
これも柳浦にとっては、おそらく初めての経験?(ニヤリ)
恥じらいつつも、鬼塚に気持ち良くなってもらいたい彼の姿が大変キュートでした。
そりゃあ、鬼塚もメロメロになります。
そして柳浦をアンアン言わせたい鬼塚のオヤジ度が急上昇しているような……、気のせい?
 

恋人を可愛がる方法 第1話

「鬼塚さん!」
「んーー」
「今日ってヤりますか?」

 
相変わらず意表を突いてくる柳浦に、冒頭から爆笑。
内に秘めずに、分からない事は鬼塚にちゃんと質問してくるのは以前に比べて良い兆候ですが、ちょっと素直過ぎなのでは!?
まあ、受ける方は色々準備があるから大変なんだろうけれどさ。
結局、即ヤってしまうバカップル。
準備する暇もありませんでしたね(笑)。
 
そんなある日、柳浦の従妹である光岡真雪が、大学受験の下見に上京してくる。
華のJK。
顔のパーツや雰囲気が柳浦そっくりなのが可愛い。
しかし真雪ちゃん、恋心を抱いている模様。
そしてちょっとした手違いから、柳浦達のアパートに泊まる事になりますが……。
女子高生に見られてはならないものを慌てて隠す二人には笑いましたが。
鬼塚、大人の余裕を装ってはいても、真雪の存在や柳浦との関係を偽らなければならない事に複雑な想いを抱えてしまいましたね。
 

恋人を可愛がる方法 第2話

悪気がないとはいえ、真雪に柳浦の「友達」扱いされるとキツイ鬼塚の様子から始まる第2話。
一方、真雪も柳浦に似て、人との付き合い方が少し不器用なんですね。
なんでも早急に白黒つけようとしてしまうのは、若さゆえか……。
これは鬼塚も放っておけず、大学の学園祭に付いていく事になります。
本当は真雪と一緒にいるのも辛いんですけれどね。
 
良識を持った大人として、進路や友人関係について真雪にアドバイスを送る鬼塚は、さすがの貫禄という感じ。
真雪も彼を信頼し始めますが……。
勢いがあまり過ぎて、柳浦さんラブ勢なのがバレたーーー!!!(付き合っている事は辛うじてバレませんでしたが)
 
その頃、当の柳浦は、鬼塚の枕をクンカクンカしながら幸せに浸っていましたとさ。
  

恋人を可愛がる方法 第3話

前回の展開により、真雪の中で株が大暴落してしまった鬼塚。
片や、鬼塚の布団の上で、彼の香りに包まれながら欲情する柳浦。
ぶっちゃけ、今回はほぼ彼の自慰シーンが占めていました。
第1話と第2話では、鬼塚の焦燥がメインでしたが、第3話では柳浦の鬼塚に対する渇望が止め処なく溢れています。
自慰をしていても、思い浮かぶのは鬼塚の事ばかり。
いつもは冷静な柳浦が我慢できずに耽溺してしまう様はたまらなくエロイんですが、それと同時に本人も制御ができないほど鬼塚に惚れている事が伝わってくる。
以前の「恋人を虜にする方法 最終話」では今ひとつ認識できなかった、己の利己的な感情や凶暴な独占欲もきちんと受け止め……。
柳浦の鬼塚に対する気持ちが、どんどん膨らんでいくのを感じられる回でした。
 

恋人を可愛がる方法 最終話

「アンタなんかに渡さない!!!」という真雪の言葉と、鬼塚の想いが重なる。
恋をすれば、大人も子供も関係なく、余裕ぶってなんかはいられない。
柳浦を手放すなんて鬼塚には到底できないんだから、彼ができるのは真雪と正面から向き合う事だけ。
それが鬼塚が彼女に対して示せる最大限の誠意。
 
翌朝。
前日とは打って変わって、大人げない鬼塚にくっそ笑いました。
まあ、そうそう簡単には割り切れませんよね(笑)。
それにしても、でっかい鬼塚とちっちゃい真雪が張り合っているのって、外野から見てるとなんだか和むなぁ。
二人はぜーぜー言ってるのに、一人だけのほほんとしている柳浦のマイペースさよ……。
彼女の気持ちに気づかぬ柳浦は、鬼塚との仲の良さを見せつけるような発言をしてしまう。
それに傷ついた真雪は、鬼塚に冒険を吐いてしまいますが……。
ここで毅然と彼女を嗜める柳浦も、部屋を飛び出した彼女を追いかけるように、柳浦を送り出せる鬼塚も男前ですね。
 
あらためて二人っきりで話し合う事になった柳浦の真雪。
ここで読者にとっても意外なエピソードが明かされます。
鬼塚、ブレないなぁ。
柳浦、『友達を口説く方法』以前に、すでに鬼塚の事を知っていたんですね。
しかも鬼塚にすら話していないなんて……、なんだかとても可愛らしい秘密を覗かせてもらって得した気分。
登場当初は無表情だった柳浦が、そんな彼が初めて鬼塚の部屋を訪れた時に何を思っていたのか、想像するだけで萌えます。
 
真雪も本当は鬼塚が優しい人間だって充分分かってるんですよね。
ちょっと遅い初恋に邁進中の大好きなお兄ちゃんを応援してしまう姿が、良い子良い子と掻い繰り回したいぐらい健気なんですが……。
 

付き合ってるなら、最初から言って!!

 
ホントにね。
ここに「お兄ちゃんを泣かしたら絶対許さない」ウーマンな小姑爆誕。
ひと悶着あったけれど、ワチャワチャしている三人が可愛い。
鬼塚、両手に花ですね。
 
「絶対受かる!!また来るし!!」という捨て台詞を残しつつ、真雪ちゃんが帰ってしまったのは寂しいですが、バカップルの日常がまた戻ってきました。
今回の件で、柳浦もさらにはっちゃけてしまったようで(笑)。
お互い「好きになってくれてありがとう」と感謝できるのは素敵な事ですね。
ラストは往来でイチャイチャする二人で〆。
 

描き下ろし・もっと恋人を可愛がる方法

真雪ちゃんがいる間はできなくて、悶々としていた二人のご褒美シーン。
鬼塚への好きという気持ちが膨れ上がり、それを持て余してしまった柳浦の積極性に鼻血。
ちょっと前は、柳浦が自分から率先して「好き」と言ってくれるなんて考えられなかったから、鬼塚は嬉しくてたまらないでしょうね。
あと鬼塚の言葉責め(というほど過激なものではありませんが)に、オヤジ化疑惑が再浮上。
まあ、二人が幸せなら、それでオールオーケー。
 

『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き (モノクローム・ロマンス文庫)

死者の囁き ~アドリアン・イングリッシュ 2~ (モノクローム・ロマンス文庫)

死者の囁き ~アドリアン・イングリッシュ 2~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』の感想です。
今度の舞台は、かつてゴールドラッシュに沸いたカリフォルニア州ソノラ近郊の町。
そこで再び事件に巻き込まれてしまったアドリアンと、彼を追ってやって来たジェイク。
不気味な事件やアドリアン達を突け狙う真犯人の正体のみならず、時々刻々と変化する二人の関係にも注目。
 

 

『アドリアン・イングリッシュ(2) 死者の囁き』(2013年12月25日発行)

あらすじ

二か月前に友人達が次々に殺害された事件がきっかけで、刑事であるジェイク・リオーダンと付き合い始めたアドリアン・イングリッシュ。
だが、アドリアンに惹かれつつも、己がゲイである事を嫌悪するジェイクとの関係は、進展する事もなく膠着状態に陥っていた。
おまけに、執筆業にも行き詰まりを感じたアドリアンは、亡き祖母が遺した別荘・パインシャドウ牧場を一人で訪れる。
そんな彼を出迎えたのは、射殺された正体不明の男性の遺体だった。
だが、町の保安官達を連れて、アドリアンが取り急ぎ戻ったところ、なぜか遺体は発見現場から消えていて……。
アドリアンは次第に、かつて辺りの鉱山王・アブラハム・ロワイヤルが所有したレッドローヴァ―鉱山跡に纏わる陰謀に巻き込まれていく。
 

感想

ストーリー

今回の舞台は、ゴールドラッシュ華やかなりし頃、賑わいを見せたカリフォルニア州ソノラの近郊にある小さな町・バスキング。
だが、かつての栄華は鳴りを潜めて、現在は寂れてしまっている。
前作の都会的な舞台設定とは全く違った味わいで、日本人の読者にはなかなか味わえないエキゾチックな雰囲気を堪能する事ができます。
片田舎の閉鎖性は、日本のそれと相通じるものを感じますが。
なにかとアドリアンと衝突する保安官の存在もなんだか新鮮。
まあ、日本では古き良き西部劇でなじみ深いものの、自治意識の強いアメリカでは警察と管轄などが違うだけで、現役バリバリの職業なんですけれどね。
 
今回、アドリアンが巻き込まれた事件も、前作に負けず劣らず魅力的。
消えた死体の謎。
アドリアンが雇っていた別荘の管理人が密かに栽培していたマリファナ。
よそ者を厭う、どこか草臥れた町の住人達。
かつての鉱山王が所有した鉱山跡を発掘調査するグループの、曰くありげな面々。
アメリカ先住民の一部族・ミウォク族発祥の、獣人達が闊歩する血生臭い神話。
本作は『バスカヴィル家の犬』に代表される、シャーロック・ホームズの冒険譚を彷彿とさせるものがある。
再び命を狙われたアドリアンが、ジェイクとタッグを組んで、事件の核心に迫っていく展開にワクワクが止まりませんでした。
フーダニットとして見ると若干唐突感のある作品ですが、アドリアン達が狙撃されたシーンや廃坑での探検など、冒険物としての要素が十分補完してくれています。
二人の小気味よい会話も、翻訳物ならではのエスプリが効いていて楽しい。
 
随所に盛り込まれた蘊蓄や小ネタもたまりません。
たとえば、アドリアンの祖母・アナが所有していた蔵書が、アガサ・クリスティ、レイモンド・チャンドラー、ダシール・ハメット、ジョセフィン・テイ、レックス・スタウト、ナイオ・マーシュなどの作品群だったという事だけでも、ミステリ好きとしてはニヤニヤしてしまいますし、コーネル・ウールリッチの『黒衣の花嫁』初版なんてファンとしては垂涎。
アナは既に個人なのが残念ですが、シェイクハンドしたいくらい趣味が合う。
ゲイの探偵が出てくる一般ミステリは、ジョセフ・ハンセンの『闇に消える』が初だったというのにも「へえ…」と呟いてしまいました。
『闇に消える』は翻訳が早川書房から出版されているので、是非読んでみたい本の一冊。
 
一方、アドリアンとジェイクのロマンスに目を向けると、冒頭ですでに、二人の付き合いが始まっているのに少し驚きましたが。
予想以上にややこしい事になっており、読者も頭を抱えたくなってしまいます。
早くも行き詰まりを感じていたアドリアンとジェイクですが、住んでいた土地を離れた事が彼らの心を解き放ったのか、はたまた前作と同じく事件が彼らの距離を近づけたのか、その両方とも言えますが。
バスキングで二人だけの生活を積み重ね、力を合わせて事件を調査している内に、ついには肉体関係もできて、どんどん距離を縮めていく。
 
作中でも言われていますが、彼らに限らず肉体を結ぶというのは、それが全てではないにしても、恋愛関係において大きな意味があるんだなと、あらためて認識しました。
ただ欲望を追いかけるのみならず、互いの気持ちを確認し、また相手の意外な一面をも知っていく行為。
二度目の濡れ場で、前作でのアドリアンとブルースのセックスをジェイクが伺っていたシーンについて、ジェイクがまさか言及するとは想像もできませんでしたが(アドリアンにとってはトラウマ物の出来事だから)。
それすらも、彼らが関係を形成していくプロセスとして必要なのだと、ジェイクは判断したんでしょうね。
ジェイクの立ち位置というのは不実と取れない事もないんだけれど、反面、これほど相手に率直に相対している男も珍しい。
 
また今作では、至る所に二人の心が深く結びつきつつある片鱗が見えます。
しかし、それが返って遣る瀬無さを助長する。
ジェイクが自分の性的志向を受け入れられず、一種の二重生活を送る以上、彼らの未来がまったく見えないからなんだろうな。
 

「お前は多分、俺の知る限り、一番きれいな男だよ」

 
ワンセンテンスだけを抜き出すと、アドリアンにとっては非常に嬉しい一言でしょう。
しかし、二人の現在の関係性を考えると、幸せに浸る事などは到底できず、それどころかとても切なく響く。
 

「アドリアン。俺には、何も約束できない。おまえに何もやれるものがない」

 
今思うと、農場にいた時間は、二人にとってモラトリアムだったのだなと。
下界の人間関係も、しがらみも、世間体もすべてシャットダウンして。
だからこそ、生身の人間同士として向き合う事=抱き合う事ができた。
だが、事件も解決した以上、彼らは現実に戻っていかなければならない。
アドリアンとジェイクも、今回互いに踏み込んだ事により、これからはより一層辛い状況に置かれるでしょう。
その事に、読者である私も焦燥を覚えます。
 

キャラクター

アドリアン、今更だけれど滅茶苦茶巻き込まれ体質ですね。
長年訪れていなかった別荘に来たら、偶然死体と遭遇って凄い確率。
犯人もさぞビックリした事でしょう。
個人的には、お祓いしてもらう事を強くおススメします。
まあ、彼の場合は、自分から率先して騒動の渦中に飛び込んでいる部分も多々ありますが。
付き合わされるジェイクも大変だ(惚れた弱み?)。

今のジェイクとでは、いつかは破局がやってくるのを十分理解しつつも、それでも離れられない心情がリアル。
ついつい茶化したり、一歩引いて他者を見てしまうのは、彼本来の気質の他に、以前同棲していた恋人・メルと別れた経緯も原因になっているんだろうな。
メルにすべてをさらけ出して失敗した分、相手に踏み込まないし、自分に踏み込ませない臆病さと不器用さ。
メルの事も、とても愛していたんでしょうね。
ジェイクへの言動や、彼へ向かう気持ち一つをとっても、アドリアンが情の深い男だというのが脈々と伝わってくる。
本当に応援したくなる、そんな主人公。
 
片や、ジェイクは、今回の物語でその人となりが大分明かされましたね。
結果、予想以上に難儀な人間だった。
芝居がかったSMプレイはOKで、本当に好きな男とはキスすらできないってややこし過ぎる。
彼がバスキングまで間髪置かずやって来たのからも明白ですが、アドリアンにかなり惚れている事が判明。
当て馬ポジションのケヴィンに、なんだかんだと言いつつ嫉妬しているのも美味しかった。
反面、己がゲイである事を認められず、完全に自縄自縛に陥っていますね。
複雑な心を頑健な体で鎧ている印象。
発掘メンバーとの食事会の帰り道、誤ってフクロウを車で引いてしまいショックを受ける姿に、彼の繊細さを垣間見ました。
 
しかしどうしようもなく無神経なところもあって、誕生日の食事の最中の、アドリアンに対する「子供が欲しい」発言はどうかと思いましたけれど(軽口を叩くしかできないアドリアンが悲しすぎる)。
それでも彼を嫌えないのは、アドリアンに対して彼なりに真摯さと正直さをもって接しているからなんでしょうね(だからこそ、性質が悪いとも言えますが)。
ラニヨン先生の精微な人物描写の積み重ねがあったればこそ、読者も単純に彼を詰る事ができない。

アドリアンと肉体関係を結んだ時の描写にも、捨てられない矜持の裏に初めて男を抱く戸惑いが見て取れて、普段の彼とのギャップにクラクラしました。
 
主人公二人以外のキャラクターを見ていくと、今回も一筋縄ではいかない人物ばかりでした。
ただし前作と違い、語り手であるアドリアンと面識のない人間がほとんどだったので、人物像の掘り下げ具合は若干浅かったかもしれません。
引き続きの登場となったアドリアンの母親・リサは、相変わらず濃かったですが(案の定、正反対の世界で生きるジェイクとは犬猿の仲だし)。

『恋人を口説く方法』(青山十三/新書館ディアプラス・コミックス)感想【ネタばれあり】

恋人を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

恋人を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

 
青山十三先生の『恋人を口説く方法』の感想です。
前作で友情から変化した恋情を成就させた柳浦と鬼塚。
やっと体を繋げたり、鬼塚の家族のような同僚達に挨拶したりと、順調に交際を進めていきます。
ところが、意外なところから火種が生じ、サラリーマンである柳浦はジリジリと追いつめられていく。
二人は危機を乗り越える事ができるのか?
 
kashiwamochi12345.hatenablog.com
 

『恋人を口説く方法』(2016年11月1日発行)

あらすじ

友情から発展した恋心を実らせ、心も体も結びついた柳浦と鬼塚。
しかし、あるきっかけで知り合った森山という男により、二人の間に波乱が齎される。
なんと森山は柳浦が勤める鷹場産業の同僚であるばかりではなく、柳浦の上司・鷹場功一と敵対する人間のために動いていた。
鬼塚の過去や交友関係をあげつらわれ、仕事との板挟みになる柳浦。
一方、鬼塚もあまりに近い柳浦と森山の距離感に、柳浦を奪われるのではないかと悩んでいた。
 

総評

大好きな人を知る事ができるのは喜びでもあるけれど、時には勇気を振り絞らなければならない場合もある。
恋人同士になった二人が、怯えやためらいを克服して、どのように互いへ踏み込んでいくのかが今回のテーマでした。
その結果、柳浦や鬼塚の前巻では見られなかった内面や、恋する事によって生じた変化が見られて、読者としては大変満足。
 
柳浦はやはり人間関係には不慣れな一面が垣間見えて、どうしても内に籠ってしまう場面も散見している。
それでも鬼塚の生き方に倣って、彼のような強さを身に着けたいと頑張る姿が爽やか。
最終的に、鬼塚と一緒に生きるため、躊躇いなく行動できる強さを見せてくれたのも、前巻の仕事と両立できずに鬼塚と離れようとした彼とは対照的。
個人的には、柳浦は自虐するほど弱くはないと思うんですけれどね。
むしろ、この巻をラストからすると、一番怒らせてはいけない人間なんじゃないかと(笑)。
 
片や鬼塚も、以前では見られなかった弱さが滲み出ている。
人間関係に消極的な柳浦を今までずっと引っ張て来たのが彼だったから、これまた新鮮。
元カノと別れた経緯から、彼のような人間でさえどうしても直視するのが怖い場面もある。
当然、強いだけの人間なんて存在しない。
 
結論、いくら照れ臭かろうが、辛かろうが、互いへの愛情表現や本音で向き合う事を疎かにしてはいけませんね。
柳浦と鬼塚には、これからも互いの弱点を補い合いながら、ゆっくり時を重ねていってほしい。
 

あなたを口説く方法

冒頭からいきなり全裸&風呂場でこけてる柳浦に、鬼塚と同じく茫然。
何があった!?
まあ、ローションが転がっている時点で大体お察しなんですけれどね。
 
前作で紆余曲折ありつつも、お付き合いを始めた二人。
映画を見たり、お茶や食事をしたりと、恋人関係を満喫。
だがまだまだ最後の一線は越えられず(過程のあれやこれやはしていますが)。
柳浦が雇用主である功一様のせいで、変に偏った知識が身についてしまっているのが色々な意味で心配(柳浦さん、頼むからその手つき止めて(笑))。
相変わらず、少し言葉も足りないし。
鬼塚も、それは心配になります。
その内、ちょっとした事で行き違ってしまう二人。
 
柳浦、前巻で大分成長したけれど、まだまだ他者の心情を測りかねている模様。
鬼塚の希望に答えるために奮闘する姿は可愛いのですが。
つーか、自分を開発するために用意した道具が何気にスゴイ。
それはまだ早すぎ(?)といった代物ばかり。
彼が一体どんなサイトを見て勉強したのか、地味に気になります。
 
結局、風呂場にてローションで滑って転んで、お話は冒頭に戻る。
柳浦がぶっ飛んだ言動をして、鬼塚がそれを抑えるのが、もはやお家芸になりつつあるな、この二人(遠い目)。
鬼塚の包容力もあり、今回も何とか丸く収まり、二人は身も心も結ばれる。
いつもは涼しい顔した柳浦の、余裕のなさや初々しさがキュート。
終わった後、ほっぺをぷくっとさせて、むくれちゃうのも破壊力抜群。
鬼塚もそんな柳浦が可愛くて仕方ない模様。
 

恋人を口説く方法 第1話

鬼塚の友人兼同僚達に、あらためてご挨拶する柳浦。
森山というお人は新顔ですが、まさかそれが騒動の始まりとは思いもよりませんでしたが……。

三つ指揃えて、真っ赤な顔でドキドキしながら「不束者ですがよろしくお願い致しますっっ」って、まさにTHE 新妻の趣き。
かと思うと、堂々と惚気る(本人無自覚)肝っ玉の太さも兼ね備えている。
 

鬼塚さんを怖いと思った事は一度もないですね。
いつも優しいです。
優しくて、頼もしくて、格好いいです。

 
ハイハイ、ご馳走様(ニヤニヤ)。
こんな奇麗な笑顔で正面切って言われたら、当の本人である鬼塚もたまりませんよね。
さらに、この場にいるほとんどが彫師なものだから、柳浦の他に類を見ない美しい肌に大注目&触りまくり。
それにやきもちを焼いた鬼塚が皆に隠れて、柳浦にキスやアレコレしてしまうのドキドキ(バレバレだけれど)。
 
皆が撤収した後のエプロンプレイにも鼻血。
なんだかんだ言って、知識のない柳浦相手にやりたい放題じゃないか、鬼塚(笑)。
まだまだ恋愛感情に不慣れな柳浦が、なかなか「好き」と言葉にできないのが若干不安要素ではありますが。
 
後日。
とあるスーパーマーケットで再会した柳浦と森山。
やっぱりコイツ、何か企んでやがったな……。
どうやら柳浦や鬼塚の周囲を色々と嗅ぎまわっているらしい事が示唆される。
彼の観察眼もなかなか侮れませんね。
確かに柳浦の物腰の柔らかさや平等さって、他者に興味がない事の裏返しである部分も無視できないから。
 
ラストは極道の総本部に出入りする鬼塚と彼の師匠の大ゴマ。
なんだか嵐の予感。
 

恋人を口説く方法 第2話

今回は久しぶりに、鬼塚の彫師としての凄みを見たような気がします。
極道の若頭に依頼されて、刺青の図案の描きまくる鬼塚。
だがなかなか方向性が定まらず、柳浦の白磁のような肌を見せてもらう事に……。
柳浦は鬼塚にとって、恋人であると同時にインスピレーションの源。
それは鬼塚が柳浦に惚れた要素の一つでもあるし、二人の関係の原点を見たような印象。
このシーン、柳浦が鬼塚に背を向けていて二人の視線は絡まないですが、それが独特の緊張感を生み出している。
そして柳浦を見る鬼塚の視線も、男臭くてエロス。
 
結局、昂った鬼塚は柳浦を抱いてしまうのですが、その最中に鬼塚が柳浦の背中に墨で炎を描いたのにも興奮しました。
まさに、この二人ならではのシチュエーション。
基本的には優しい関係を築いている二人ですが、鬼塚の根底には仄暗い独占欲や凶暴性などが少なからずあるんだなという事が察せられる。
柳浦の背負った炎を見て、所有欲を満たされたような鬼塚の表情が印象深い。
いつもの可愛いイチャラブとは一味違う大人の色気を満喫。
恋愛初心者の柳浦にとっては、少し濃厚すぎたかもしれませんけれどね。
 
二人の共同作業(?)により、見事図案も完成しますが。
一方、鬼塚に翻弄されてしまった柳浦は、森山との件もあり、鬼塚の顧客に極道がいる事について一抹の不安を感じずにはいられませんでした。
 

恋人を口説く方法 第3話

ハラスメント駄目絶対。
功一様が昼行燈でいてくれないと都合の悪い一派に、様々な嫌がらせを受ける柳浦。
森山は、その一派の手の者だったんですね。
鬼塚と仕事の狭間で、柳浦は板挟みになってしまう。
ここで彼の悪い癖が出てしまったというか、もっと周囲の人に甘えても良いと思うんですけれどね。
他者に頼らずに長年生きてきた習性を直すは難しいだろうけれど。
 
功一様の機転でなんとか致命的な事態は避けられたが、柳浦はどんどん泥沼に陥っていく。
ここぞとばかりに、森山は脅しをかけてくるし……。
そんな追いつめられた柳浦にとって、鬼塚の優しさや思いやりが唯一の救い。
 

恋人を口説く方法 第4話

柳浦は鬼塚の事を「強い人」だと思っているし、それは一元的には事実なんだけれど、決してそれだけじゃないんだよという話。
近頃、柳浦と森山が共に行動する事が多く、嫉妬を抑えがたい鬼塚。
だが、元カノに本当に好きな人ができて振られてしまった経験から、柳浦を失うのを恐れて、なかなか踏み込む事ができないでいる。
むしろ柳浦からしたら、森山なんてお呼びじゃないですが。
珍しく及び腰な鬼塚が、読者の目から見てもじれったい。
それは鬼塚の同僚達も同じだったようで、ここでナイスフォローをしてくれる。
 
やっと網が開けて、鬼塚は柳浦を捜して、夜の街を駆けまわる。
そこで出くわしたのが、森山が柳浦を脅迫しているシーンだった。
ようやく真相を悟った鬼塚でしたが……。
 

オトシマエ、つけてもらおうか?

 
いや、その勢いで行ったら、森山のようななまっちょろいヤツは、嘘でも大袈裟でもなくお陀仏してしまうから(真顔)。
単なるいちゃもんが瓢箪から駒になっちゃうし、柳浦も悲しむからやめたげてよう(乱闘シーン(?)のぼこぺこドーンがあまりにも牧歌的で、思わず笑ってしまったけれど)。
 
とりあえず、柳浦と鬼塚の間にあった微妙な空気も払しょくされて良かった。
柳浦渾身の「だから鬼塚さんが好きなんです」によって、第一話で張られた伏線も見事回収。
 

恋人を口説く方法 最終話

ボーイズラブでもめ事が解決したら、ヤる事は一つしかありませんよね。
二人のラブラブH。
鬼塚によってキスマークだらけにされてしまう柳浦が極めて煽情的。
鬼塚は柳浦を失うかもしれない事をひたすら恐れていたから、反動で独占欲がいや増すばかり。
一方、柳浦は色事に対する知識がほとんどないから、返ってもの凄い体位も取ってしまうのね(鼻血)。
これは色々開発し甲斐がありそうです。
極めつけは「陣さん」、「真澄さん」と、お初の名前呼び。
今回はじれったい展開が多かったから、最後に来て青山先生のサービス精神大盤振る舞いといった感じ。
萌え要素てんこ盛りで、読者の心臓と鼻の粘膜が追い付かない。
この二人、両想いになっても「苗字+さん付け」なのがほのぼのとして良かったんですが、そんな人達がたまにする名前呼びの凄まじさよ。
そりゃあ、おずおずと「じ…陣……さん」(どんどん小声になっていくのがたまらん)なんて言われたら、鬼塚も暴発しそうになっちゃいますって。
 
色っぽい二人の濡れ場ですっかり意識の彼方だったけれど、とりあえず森山との件に決着をつけないとね(超付け足し感)。
そんな訳で、森山を吊るし上げる功一様と柳浦。
「むしろ最初からそうしていれば良かったのでは!?」というのは、やはり禁句なんでしょうね。
「私は鬼塚さんみたいに強くないです」って、大丈夫です、あなたも十分お強いですから。
森山も上司の命令とはいえ、とんでもない人を敵に回してしまいましたね。
これからは社畜というよりも、功一様&柳浦の下僕として頑張って下さい(棒読み)。
  

描き下ろし・花咲小紅

鬼塚の独占欲が炸裂。
一見ストイックそうな柳浦の襟足につけられたキスマークが卑猥すぎ。
おまけに柳浦自身はそのキスマークに気づいてないものだから晒し放題。
鷹場産業、滅茶苦茶素敵な職場じゃないですか。
森山が切実に羨ましい。
棚から牡丹餅じゃん(森山からしたら不本意だろうけれど)。
 

『アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影 (モノクローム・ロマンス文庫)

アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影 (モノクローム・ロマンス文庫)

天使の影 ~アドリアン・イングリッシュ1~ (モノクローム・ロマンス文庫)

天使の影 ~アドリアン・イングリッシュ1~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影』の感想です。
高校時代からの友人を殺害された書店主&作家のアドリアンが、自分もまた事件へと巻き込まれていくスリリングなサスペンス。
シリーズ一作目である本書に関しては、恋愛面よりもどちらかというとミステリ面に焦点が絞られがちですが、ゲイとして生きるアドリアンの日常が大変読み応え有り。
物語構成や文章力も、こうしたジャンルでは群を抜いており、多くの方に是非手に取っていただきたい作品の一つ。
 

『アドリアン・イングリッシュ(1) 天使の影』(2013年12月25日発行)

あらすじ

ミステリ書籍を専門に扱ったクローク&ダガー書店の店主であり、文筆業もしているアドリアン・イングリッシュのもとへ、ある日、LA市警の刑事であるリオーダンとポール・チャンという二人組が訪ねてくる。
彼らによると、なんとクローク&ダガー書店の従業員であり、アドリアンの高校からの友人でもあったロバート・ハーシーが何者かに殺害されたという。
彼は体や顔などをめった刺しにされ、遺体はチェス駒の白のクイーンを握らされていた。
アドリアンとロバートは共にゲイである為か、リオーダン達はアドリアンへあらぬ容疑をかけているようなのだが……。
おまけに、骸骨の仮面を被った正体不明の人間につけ狙われたり、不気味な贈り物や無言電話を受け、アドリアン自身も追いつめられていく。
己の身を守るため、独自に事件を調べ始めたアドリアンは、彼が高校生時代に起きたある出来事に、事件解決の糸口を見つけだす。
 

感想

ストーリー

本作は「ボーイズラブ」というよりも、ゲイである一人の白人男性の生き方を綴った「ゲイ文学」とした方が、より適切かもしれません(ラニヨン先生の作品は全般的にそうしたテイストですが)。
アドリアンはゲイである事をオープンにしており、ゲイ仲間や一見理解のある友人達に囲まれていている。
金銭の貧窮しているわけでもなく、仕事も順調で、性的マイノリティの中では、どちらかというと恵まれた環境にいるように見えます。
しかし、それでも偏見の目は決して皆無ではなく、窮屈な思いをする事もしばしば。
油断すれば心無い一言は飛んでくるし(それがたとえ友人同士であっても)、とっくに成人したはずの息子を支配下に置こうとする、アドリアンの母親で元バレリーナのリサの存在も重い。
特にリサは決して恫喝的ではなく、真綿で首を締めるように柔らかくプレッシャーをかけてくるのが厄介(おそらくリサ本人も、すべて息子の為だと思っていて、アドリアンを抑圧している意識はない)。
そんな環境下、主人公のアドリアンが自分の性指向と向き合い、社会の中で如何に自立し、自分らしく生きていくかが、変にウェットになる事なく、冷静な視点で描かれています。
ファンタジーのようなボーイズラブも、もちろん楽しいですが、このジャンルにハマったならこうした骨太な作品にも、一度は目を通しておきたいところ。
 
まず物語が始まって早々、アドリアンの友人・ロバートの殺人事件に心を鷲掴みにされます。
殺される直前のロバートの謎めいた行動。
殺人現場に残されたチェスの駒。
中盤、事件は連続殺人の様相を呈していき……。
賊に荒らされたクローク&ダガー書店。
犯人からの不気味な贈り物の数々。
アドリアンに付きまとう、骸骨の仮面を被った怪人物。
高校生時代、アドリアンが与り知らぬところで起きた悲劇。
思春期の残酷さ。
すべてのギミックが結びつき、アドリアン本人に迫る危機と相まって、読者を一気にラストへと導いていきます。
この押し流されるような感覚が、読書好き、ミステリ好きとしてはたまりません。
真犯人の正体自体は、読み進める内に察する読者も少なくないでしょう。
しかし、ずっと「仮面」を被って生きてきた犯人の生涯と、本作で引用される「正直者の運命」という詩とが重なり合った時、皮膚が泡立つのを抑える事ができませんでした。
 
ロマンス面に目を向けると、アドリアンと二人の男性達との微妙な関係から目が離せません。
ロバートの事件を追っていたライターであるブルース・グリーンと、友達以上恋人未満な間柄を築き始めつつも、刑事で自分を容疑者扱いするリオーダンに惹かれるのを止められない。
二人の間で揺れるアドリアン。
しかしここで誤解しないでほしいのが、本作はメロドラマでも、お涙ちょうだいでもない点です。
アドリアンは決して感傷に酔うタイプの人間ではない。
むしろ、冷静すぎるほど冷静に他者を見ている。
その辺りから「恋愛=依存ではない」彼のスタンスが伝わってきてむしろ潔い。
 

世の中は切ないものだ。ブルースは身なりにリオーダンの何倍も金と労力を費やして一流モデル並みの装いをしているというのに、適当に着込んだだけのリオーダンに見た目でも印象でもかなわないとは。

 
このモノローグ、ブルースにとっては極めて気の毒なんですが、発信源のアドリアンからは不思議と嫌な感じを受けない。
それは、彼が一己の男性として、身に着けた見識や今までの経験を踏まえて、冷静に相手を捉えているからなんですよね(だからこそ残酷なんだけれど)。
ただただ事実を述べているという、アドリアンのドライさと若干諦念の混じった雰囲気、そしてリオーダンの魅力にハッとさせられる。
このワンセンテンスだけでリオーダンが特別な存在だという、人としての値打ちみたいなものが伝わってくるのも凄い。
たとえば「三高」(高身長、高学歴、高収入)などに代表されるような、画一化した造形ではなく、はっきりした文章では表し難い、匂い立つような人物像。
1から10まで説明せずとも、なぜアドリアンが、ブルースよりもリオーダンに惹かれてしまうのかが納得できてしまう。
個人的には、ラニヨン先生の優れた発想力と表現力が発揮されているシーンの一つだと思います。
 
この三人の関係は終盤で意外な展開を見せますが……、読み返すと、アドリアンは無意識の内にブルースの本質を見抜いていたのが分かって感慨深い。
一方、アドリアンとリオーダンの仲は、まだまだスタートラインに立ったばかりなので今後に注目。
まあ、そこはラニヨン先生の描くカップルなので、落ち着くまでは相当難儀な道をたどる事になりますが。
 

キャラクター

まずは、シリーズ名にもなっている主人公のアドリアン・イングリッシュ。
書店主&作家という、これまた読書好きとしては垂涎の設定。
書店の営業風景や、クローク&ダガー書店で行われるミステリライターのグループ「共犯同盟」の活動風景も、何気に本作の魅力の一つ。
 
アドリアン自身はかなりシニカルな視点を持っている。
これはゲイであると同時に、病弱である事も関係していると思いますが、かといって決して冷血な人間などではなく、きちんと優しさを持っている。
クレバーな反面、時に無鉄砲な行動に出たり、ロバートの死の間際に彼ともめるなどして、取り返しのつかない様々な後悔を味わったり……。
恋愛に関しても、消極的かと思えば、急に思いっきり良くなったりと、数々の矛盾を抱えている。
イコール大変人間臭い。
そこに共感を覚える読者も多いのではないでしょうか?
 
片や、リオーダンはこれまた鬱屈を抱えたタイプ。
自分では色々割り切っていると誤魔化しつつも、己の性的思考と倫理観や世間体の狭間で引き裂かれていく。
アドリアンとのこれから展望は、どう考えても前途多難そう。
傲岸不遜な態度の中に、言い知れない魅力の持ち主なのは上記しましたが、シリーズ第一作目なので、彼の人となりに関してはまだまだこれからといった感じ。
ラスト間際になって、彼のファーストネームがやっと明かされるのも、その事を象徴しているようのではないでしょうか?
アドリアンとの関係も、容疑者と刑事から個対個の対等な人間同士へと、終盤に来てやっとステップアップしたような印象。
 
また他のキャラクター達もアドリアンやリオーダンに負けないほどアクが強くて個性的。
一人一人を取り上げたらキリがないくらいですが、ミステリに花を添えてくれた名バイプレイヤー達揃い。
前述したブルースや殺害されたロバートやクロードはもちろん、端役に至るまで、それぞれの生き様が行間から垣間見える。
作中で逐一彼らの特徴をあげつらう野暮さはなく、ちょっとしたエピソードや一文に、キャラクター本人も気づかないような特徴や本性を紛れ込ませてくるのが大変リアル。
ラニヨン先生が普段から他者を具に観察しているのが伝わってくる。
「共犯同盟」のメンバーはラニヨン先生と同じくミステリーライターなので、彼らのキャラクター造形には、自虐やお遊びも含まれているのではないかと若干思いました。

『友達を口説く方法』(青山十三/新書館ディアプラス・コミックス)感想【ネタばれあり】

友達を口説く方法【電子限定おまけ付き】 (ディアプラス・コミックス)

友達を口説く方法【電子限定おまけ付き】 (ディアプラス・コミックス)

友達を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

友達を口説く方法 (ディアプラス・コミックス)

 
青山十三先生の『友達を口説く方法』の感想です。
靴屋に勤める男達と客の恋を描いたオムニバス・恋する靴屋シリーズのスピンオフ作品です。
しかしこちら単体でも十分楽しめます。
強面刺青彫師×人間関係に不器用なサラリーマンの友情から始まった恋の行方は……。
 

『友達を口説く方法』(2015年6月30日発行)

あらすじ

体が大きく強面で、他者におびえられる事の多い彫師・鬼塚陣は、偶然隣人の柳浦と出会う。
どこか浮世離れした柳浦は、鬼塚にひるむ事なく接してきて、二人の奇妙な友達付き合いが始まる。
一見正反対だが、共にいるのが楽しくて仕方がない鬼塚と柳浦。
しかし、鬼塚は内から発光するような柳浦の奇麗な肌に、彫師としても男としても欲望を抱いてしまい……。
 

総評

とにかく、受けの柳浦がめちゃくちゃ可愛い。
とぼけた言動と鈍感さがクセになります。
仕事や家事全般は有能なのに、真面目で純粋すぎるゆえに、人間関係に不器用で……。
ふっとした時に見せる寂しそうな顔と、子供のような笑顔のギャップも魅力的。
でも、可愛いだけではなく、大人の艶も兼ね備えていて……。
意外性の宝庫のような柳浦を、鬼塚のような男が放っておけなくなるのも分かります。
むしろ、今まで親しい間柄になったり、彼に惹かれた者がいなかったのが信じられないんですが……、この世界の人間の目は節穴か?
まあ、柳浦もあのおとぼけぶりで、そういった人々を知らず知らずの内に薙ぎ払ってきた可能性が高いけれど。
 
片や、攻めの鬼塚は強面ですが、大らかな、気の良いあんちゃんといった感じ。
かと言ってがさつではなく、人間の繊細な心の機微を汲み取れる細やかさを持っている。
続巻で明かされますが、なかなかヘビーな過去の持ち主なので、そうした経験が彼を優しい男に成長させたのでしょう。
柳浦と遊んでいる時は、鬼塚も賑やかな男子的ノリですが、柳原が眠っている時などに見せる獣性や情欲がたまらん。
相手が知らぬ間に、鋭い爪を研いでいる感にドキドキ。
 
また柳浦にとって鬼塚がそうであるように、鬼塚にとっても柳浦の存在は新鮮だったんでしょうね。
あれほど物怖じせず、そして偏見のない人間も珍しい。
 
そんな二人が、仕事、容姿、性格……etc.様々な違いを乗り越えて、友人になり、やがて恋に落ちていく過程が、笑い&ときめきいっぱいで描かれています。
割とすぐに自分の恋心に気づいた鬼塚に比べて、柳浦が何しろ天然ボケで、恋愛は亀の歩みですが、だがそこが良い。
恋情と友情の区別がなかなかつかない柳浦と、彼に振り回されつつも優しく包み込む鬼塚に、終始ニヤニヤしっぱなしでした。
 

友達を口説く方法 第1話

柳浦の行動が終始意表をついてきて、鬼塚が彼から目が離せなくなっていくのがとても納得できます。
なんでこんなに愉快な人なのに今まで友達いなかったの、柳浦さん?
鬼塚におすそ分けがしたくて、でもできなくて、ドアの影からうかがっているのも可愛すぎるだろ?
決してショタじゃない、彼のような一般(?)男性が見せる、小動物のような動作に萌える。
普段は表情に乏しいのに、自分にだけ向けてくれる笑顔とかもね。
そりゃあ、鬼塚のツボも直撃しますよ。
第1話ではまだ互いの距離感を計りかねている雰囲気の二人ですが、その辺は社交的で陽性な鬼塚が上手にリードしている。
 
普段の男同士でワチャワチャしているのを眺めているのも、もちろん楽しいんですが、柳浦が眠ってしまった後の鬼塚の変容にドキドキ。
柳浦の白磁の肌を想像している時の視線の凄み。
直接的な行為は何一つないんですが、下手な濡れ場よりもよほどエロい。
 

友達を口説く方法 第2話

付き合っていない二人のイチャイチャ生活。
部屋の鍵を渡したりと、すでに友情を逸脱しているような気がしますが、柳浦は今まで友達らしい友達がいなかったので全然気づきません。
いくら何でも鈍すぎなのでは!?(笑)
まあ、笑顔がとんでもなく可愛いので許す(可愛いは正義)。
 
一方、鬼塚は日増しに募る柳浦への欲を抑えかねていた。
柳浦が寝ている間に服を脱がしたり、彼を想定して描いた刺青の図版がエロティックだったり……、一線踏み越えそうで踏み越えないじれったさが良い。
しかし、裸を見ていたのを柳浦本人知られて逃げられたり、彫師の師匠と話す内に、自分の欲望の正体に気づく。
鬼塚はとにかく一本気な男なので即断即決。
間髪置かずに柳浦へ告白してしまいますが……。
 

「わ…私も好きです!!鬼塚さんの事!!」
(中略)
「鬼塚さんは一番の友達です!!」

 
うん、分かってた。
そうなる事、分かってた。

柳浦はある意味超厄介なので前途多難な恋ですが、まあ、鬼塚、頑張れ……(肩ポン)。
 

友達を口説く方法 第3話

何気に表紙のインパクトに爆笑しました。
これ、何マンガが始まろうとしているの!?(ボーイズラブです)
 
今回は二人が箱根方面に旅行に行く話。
ここで柳浦が人間関係に消極的だった理由も明かされる。
親が転勤族かぁ……、短期間しか同じ場所に留まれないって辛い。
友達の内面を理解し合う前に、すぐお別れがやってくる。
自分は置いていく側のはずなのに、返って世界から取り残されるような孤独を感じていたんでしょうね。
 
どんどん「友情関係」を深めていく二人でしたが、鬼塚の柳浦に対する欲望は留まるところを知らず。
ぶっちゃけ柳浦が無自覚にエロ過ぎなんですけれどね。
TVゲームで遊んでいるだけなのに、なんでこんなにイヤらしいの!?
柳浦に煽られまくって、我慢できずに玄関先でヌいてしまう鬼塚。
こんな状態で二人っきりの旅行って……果たして大丈夫かいな……(ワクワク)。
 
そして旅行当日。
黒塗り車&スーツで待ち合わせの場に来た柳浦に、鬼塚と同じく「!!?」となりました。
柳浦の友達同士でする旅行のイメージって一体……(遠い目)。
これに鬼塚を加えたら、明らかに堅気じゃないよね。
まあ、二人が楽しければそれで良いけれど。
 
「(紅葉が)奇麗……」、「君の方が奇麗だよ」的な超お約束バカップルを演じつつ、着いた宿もスゴイ。
超豪華&ムーディな離れの部屋な上に、上司の功一様(恋する靴屋シリーズの登場人物)に譲ってもらった旅行とはいえ、ツインではなくダブルとか……。
鬼塚にとっては色々役得ですが、無邪気な柳浦は、大浴場で入浴に卓球など、まるで学生の頃のやり直しのような旅館での過ごし方にワクワク。
それに付き合ってあげる鬼塚も本当に良い奴(刺青を入れているので大浴場は無理でしたが)。
 
ラストは、夜道で良い雰囲気になる二人。
あらためて想い人を口説く鬼塚でしたが、柳浦は当然簡単には気付かない。
キス&三度目の告白でやっと察するんですが(ここで口をごしごし拭っちゃうのが(笑))。
二人の多彩な表情変化が目に楽しいシーンでした。
 

友達を口説く方法 第4話

前回から引き続き、鬼塚が柳浦にアタックをかける。
雄らしさをにじませつつ、余裕の表情を見せられたら、さすがの柳浦もドキドキしてしまいます。
 
しかし、そこで鬼塚を風呂(離れにあるヤツ)に誘ってしまうのが、柳浦の柳浦たる所以なんですけれどね。
この旅行、何度「!!?」ってなれば気が済むの?
危機感0な上に、鬼塚の刺青(下半身に入れたものも含む)をまじまじと観察してくるんだから、鬼塚もたまらん。
おまけに艶めく肌を惜しげもなく見せつけてくるんだから欲情もします。
ナニコレ新手の我慢大会?
おまけに「友達の範囲で(ヌくのを)手伝います」なんて柳浦が爆弾発言かますから、「友達とは?」と、場違いに哲学的な命題に思いを馳せてしまった。
イコール鬼塚に何されても文句は言えませんよね。
むしろ鬼塚はよく素股で我慢したよと、褒めてあげたいぐらい……。
 
その夜、寝ぼけた鬼塚に抱きしめられて、色々思い出してしまい、赤面する柳浦。
ほぅ……、あの飄々としていた彼がねぇ……(ニヤニヤ)。
柳浦の中にも友情以外のものが芽吹き始めている予感。
 

友達を口説く方法 第5話

恋愛に不慣れな柳浦が色々と悩んでしまう回。
誰に対しても親切で、仕事もできる鬼塚。
柳浦に「友達」という逃げ道を残してくれている点などにも、懐の深さが感じられる。
こんな素晴らしい人が、どうして自分のような人間を好きだと言ってくれるのか……。
しかも、仕事などで失敗を繰り返してしまい……、この柳浦がどんどんネガティブ思考に陥っていく感じがリアル。
「柳浦さん、ちょっと自分に厳しすぎるよ……」とホロリとしてしまいました。
事故はマズいかもしれませんが、料理を焦がしてしまうくらい、日常生活ではよくある。
それを体験した事がないくらい、今までの柳浦の心はいわば無風状態だったんでしょうけれどね。
鬼塚が柳浦のそんな生活を一変させてしまった。
変化を恐れる気持ちも十分理解できますが……。
鬼塚の「友達」から「ただの隣人」へ戻る事を決心する柳浦。
今までの賑やかで楽しい時間を手放そうとしている、ラストの彼の笑顔が切ない。
  

友達を口説く方法 最終話

友達や恋人を持つ事すら「身の丈に合わない」なんて思っている柳浦、悲しすぎる。
鬼塚から距離を置いて数週間、一度幸せを味わってしまった身に、味気ない生活は辛い。
鬼塚とゲームに興じたり、一緒にご飯を食べたりした時間も、柳浦にとってかけがえのない時間だったんですよね。
でも、これは彼自身が乗り越えなければいけない壁だから……。
それを待ってあげられる鬼塚、男前だなぁ。
でも結局、我慢できなくなってしまうんですけれどね(笑)。
鬼塚は一計を案じて、二人が出会った時と同じようなシチュエーションを作り出す。
やはり柳浦のような内に秘めてしまう人間にとって、勢いがあり、かつ度量も大きい鬼塚のような存在ってマストなんだなと思った次第。
柳浦が引きこもっていた部屋を裸足で飛び出して、鬼塚に飛びつくのも、彼が一皮むけたのを表しているようで胸熱でした。
ここであくまで「友達」にこだわってしまう辺りが、柳浦らしいんですけれどね。
遅ればせながら自分の鬼塚への想いが恋心だと気づいた、柳浦の真っ赤な顔が可愛かったです。
 

描き下ろし・その後の話

両想いになった二人のイチャイチャ。
ペッティング&口淫どまりなんですけれどね、本番は次の巻までお預け。
しかし柳浦の透けるような肌とシーツの色との対比や鬼塚の獲物を狙うような視線、二人の体格差に大満足。
彫師だけあって、柳浦の肌に固執する鬼塚がエロス。
初めての体験に半泣きしてしまう初々しさや艶やかさ……、柳浦の恋人にしか見せない表情を目にしたら、もっと色々な彼を知りたくなる鬼塚の気持ちも分かります。
そして、それは柳浦も同じ想いなんですよね。
二人のラブラブさにあてられつつ……。
本当にご馳走様でした。

『殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ』(ジョシュ・ラニヨン/新書館モノクローム・ロマンス文庫)感想【ネタばれあり】

殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ (モノクローム・ロマンス文庫)

殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ (モノクローム・ロマンス文庫)

マーメイド・マーダーズ (モノクローム・ロマンス文庫)

マーメイド・マーダーズ (モノクローム・ロマンス文庫)

 
ジョシュ・ラニヨン先生の『殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ』の感想です。
FBIの生きる伝説といわれる上級特別捜査官と、上昇志向の強い捜査官の急造コンビによる、アメリカを舞台にした本格ミステリ。
男性同士の恋愛をテーマにした作品で、ここまでのガチミステリはそうそうお目にかかれません。
 

『殺しのアート(1) マーメイド・マーダーズ』(2018年12月25日発行)

あらすじ

上司であるカール・マニング主任捜査官からの命令で、FBIの生きる伝説と目される上級特別捜査官であるサム・ケネディと行動を共にする事になった美術犯罪班所属のジェイソン・ウエスト。
マニングは上昇志向の強いジェイソンを利用し、疎ましく思っているケネディを失脚させようとしていた。
そんな即席バディが向かったのは片田舎・キングスフィールド。
10年ほど前に”ハントマン”という殺人鬼によって少女が次々と惨殺される事件が発生した街であり、それを犯人逮捕に導いたのが他ならぬケネディだった。
だが再び、同じ街で当時の模倣犯と思わしき少女殺害事件が起こり、住人達を震撼させる。
実はキングスフィールドに縁があり、10年前の事件で親友のハニー・コリガンを失くしていたジェイソンは複雑な感情を抱く。
二人は果たして難事件を解決する事ができるのか?
 

感想

ストーリー

さすが、ジョシュ・ラニヨン先生、今回も期待に違わぬ名作ありがとうございますと拍手を送りたい。
ボーイズラブ(ゲイ小説)とミステリの見事な融合。
最初は反りの合わなかったケネディとジェイソンが、時にぶつかり合い、時に協力し合い、少しずつ距離を縮めつつ、真相に迫っていく過程が鮮やか。
有りがちな感想ですが、上質なサスペンス映画やTVドラマも斯くや。
ラニヨン先生がアメリカの作家という事もあり、舞台であるキングスフィールドの、地方都市ならではのちょっとした閉鎖性や鄙びた感じ、そしてアメリカの文化風習がとてもリアルに描かれている。
あたかもアメリカにワープしてしまったかのような味わい。
翻訳物ならではの洒落た会話も、読書欲を満足させてくれます。
『羊たちの沈黙』など、小ネタも満載で、ところどころでニヤリとさせてくれました。
 
ボーイズラブでは、たとえミステリ要素があっても単なる風味づけで終わってしまう事が多々なんですが、ラニヨン先生の作品はガチの本格ミステリ。
特に本作は、恋愛面よりも、ミステリ面に大きく比重が置かれているのでは思えるくらい。
男性同士の恋愛劇に抵抗がなく、ミステリ作品に興味がある方は、騙されたと思って是非手に取っていただきたい。
絶対後悔はさせませんから。
もちろん、ケネディとジェイソンの関係も見逃せない。
今回はあくまで出会い編という感じですが、ライフスタイル、信条、何もかも違う二人が、これからどのように付き合っていくのか……。
非常に気になります、
 
基本的にはジェイソン視点で語られる本作ですが、最初はケネディはおろか、語り手であるジェイソンも謎だらけ。
読者は冒頭から否応なく引き込まれます。
実は最初、10年前の事件と因縁浅からぬという事で、ジェイソンすら若干疑ってしまったのは秘密です(ミステリ小説だと語り手も信用できない場合があるから)。
シリアルキラー”ハントマン”、殺人現場に残されたマーメードのチャーム、コピーキャットなど、ミステリ好きには堪らないキーワードが散りばめられており、ケネディやジェイソンの捜査もこれでもかというほど丁寧に描写されている。
なぜ第一の被害者は殺され、第二の被害者の命は助かったのかなど、一般ミステリと比べても遜色ないロジックもお見事。
また随所に挿入される緊迫したシーンやアクションなども迫力があり、読者を飽きさせない。
 
個人的にはジェイソンと”ハントマン”マーティン・ピンクの会見が印象深かった。
自己顕示欲の権化のような怪物と渡り合う緊張感。
このシーンのみならず、丁々発止の駆け引きが登場人物間で頻繁になされるのでスリル満点。
ボーイズラブ作品で、恋愛の絡まないシーンが恋愛シーンと同じくらいの、もしくはそれ以上のインパクトを読者へ残すって相当ですよ。
 
ただしここで誤解していただきたくないのは、ジェイソンとケネディの恋愛描写が疎かにされているのでは決してないという事。
腕利きだが一匹狼であるケネディ。
上司の命令により彼を見張るジェイソン。
いわばマイナスからのスタートの二人ですが、少しずつ、本当に少しずつ、三歩進んで二歩下がるぐらいのテンポで惹かれ合っていく。
そのじれったさに読者もヤキモキさせられる。
互いに20世紀カリフォルニア印象派が好きなど、意外な共通点で距離が縮まったり、裏腹に仕事の上下関係を持ち出されて決裂したりと、それぞれの心の動きが説得力豊か。
 
Hシーンは洋物という感じですが、違和感は特になし。
肉感的でぶっちゃけエロい。
最初は刺々しいと感じていたケネディのアフターシェーブローションの香りを、最終的にはジェイソンが離れがたいと思ってしまうなど、五感と心情が結びついたエロス。
紆余曲折ありつつ、なんとか両想いになれた二人ですが、生き方がまるで違うので何かとこれからももめそう。
まあ、それが読者の楽しみに繋がるんですけどね(笑)。
 
ひとつ疑問が残ったのは、思わせぶりに登場したドクター・カイザーの存在。
異常犯罪者や神話などに造詣が深く、ジャック・オ・ランタンに異常な執着を見せるなど、なかなか思わせぶりな人物造形なんですが。
これからも二人に絡んできてくれるのではないかと少し期待しています。
 

キャラクター

紋切り型のキャラクターが一人としておらず、容疑者や事件関係者、脇役に至るまで息遣いが聞こえてきそうな存在感が感じられ、ミステリに重厚感を与えています。
まずは攻めのジェイソン。
鋭いブルーアイを持つイケおじ。
最初は何を考えているのかさっぱり分からず、切れ者ゆえの独断専行や得体の知れなさが前面に押し出されているんですが、物語が進行するにつれて人間味や優しさが見えてくる。
敵を作りやすいのは、根底に不器用さがあるからなんでしょうね。
中盤から終盤、ジェイソンに何気ない思いやりを見せたり、彼を救おうとして口が滑ったり、必死になったりと、意外性連発でニヤニヤが止まりませんでした。
おまけにラストでは渾身のデレを見せてくれる。
普段は思わせぶりな会話をしていた人が、まさかあんな率直な告白するとは思わなかった。
そのギャップに萌え。
「本当に好きな相手=自分が傍にいてはいけない」という難儀な人。
なんだかジェイソンに多大な夢見ているような気がしないでもない。
あと年齢のためか、それとも生来の気質ゆえか、エロがなんだかねちっこい(笑)。
 
そして、受けのジェイソン。
鼻っ柱の強いじゃじゃ馬33歳。
少数の美術犯罪班の中でも出世頭。
ケネディとの超有能コンビ、良いですね。
彼のアートの知識や人脈も事件に一役買っていた。
シリーズ名にも「アート」と入っているので、これからもそうした描写に期待したい。
ケネディに対等に扱ってもらえない事に葛藤してましたが、外野から見れば大事にされているのは火を見るよりも明らかなんだけれど……。
意外と鈍感?
10年前の事件で親友を失くしていたり、あるきっかけにより銃恐怖症の気があったり、彼も色々とこじらせていますね。
ティーンの時に片思いしていたバクスナーにこだわってしまっている点などもとても人間臭い。
しかし、ジェイソンよりもかなり若く、率直さや思いっきりの良さもあるので(それが原因で危険な目に合ってますが)、これからも彼を引っ張っていってくれるのではないかと思います。
ケネディも自分にないジェイソンの青臭さに惹かれた節があるし。