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『炎の蜃気楼17 火輪の王国(後編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼17 火輪の王国(後編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼17 火輪の王国(後編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(17) 火輪の王国(後編) (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(17) 火輪の王国(後編) (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼17 火輪の王国(後編)』の感想です。
高耶を救出する途中、相見えた直江と小太郎。
高耶の傍らを巡り、二人の《直江》が死闘を繰り広げる。
一方、熊本には九州の武将が揃い踏みしたばかりではなく、《闇戦国》の大物達が続々と集結し、市内を舞台にした大戦が始まろうとしていた。
 

『炎の蜃気楼17 火輪の王国(後編)』(1995年9月1日発売)

あらすじ

とうとう火ぶたを切った直江と小太郎の戦い。
高耶への想いを賭けて一歩も引かない二人だったが、小太郎の猛攻と高坂の妨害により、直江は劣勢に立たされてしまう。
その頃、山中で意識を失っていた高耶は、反織田派の明智光秀に保護されていた。
光秀に上杉の臣下である竹俣慶綱と引き合わされ、高耶は目を背けたくなるような真実と向き合う事になる。
一方、三池哲哉と行動を共にしていた千秋は、いよいよ哲哉の妹であり阿佐羅の巫女・ほかげと対面する。
 

感想

後編だけれど終わってない(ドーーーン)。
まあ、これだけ大人数の人物達が絡み合う広大なストーリーが3冊で終わるわけないと納得してしまいましたが……。
物語は《烈風編》、《烈濤編》と、あと2冊続きます。
むしろ、この世界観にさらに浸っていられて、読書好きとしては大満足。
 
今回大注目なのは、なんと言っても直江と小太郎の戦い。
直江はもちろん、鬼気迫る小太郎に圧倒される。
あの自我の乏しかった小太郎が、エゴ剥き出しで高耶を求める様。
グロテスクであると同時に、一種の美しさすら感じてしまう。
そして、あまりにも呆気ない意外な結末。
吉川元春は同盟の裏切り者を処分する意図ももちろんあっただろうけれど、高耶への執着に狂う小太郎が恐ろしくて、とっさに撃ってしまった部分もあったのではないかと……。
己も含めて、度を越した妄執が何をもたらすのか、嫌というほど目にしてきた元春だから。
 
その他にも見どころがたくさんありましたが、譲と信長の二大ラスボスが九州上陸したのにも驚嘆しました。
ヤバいよ九州マジヤバい。
信長公の言動に関しては、すでに諦めの境地ですが、譲も負けずにやらかしてます。
今思うと、弥勒菩薩の片鱗が見えているような……、気のせい?
 

各シーン雑感

直江信綱と高坂弾正の対峙

前巻の感想で、高坂について「直江が高耶と向き合うため、越えねばならない壁として、彼ほど相応しい人間もいないかもしれない」と書きましたが、この戦いを見て改めて確信を深めました。
シリーズ開始当初から、直江はたびたび高坂の言動に動揺し、慄いてきました。
景虎に対する後ろめたい気持ち、三十年前に犯した罪などを煽られて。
直江にとって高坂は克服しなければいけない存在。
そして一度死亡して復活し、高耶への気持ちを新たにした直江は高坂の讒言や嘲りに耳を貸さない。
むしろ、耳を貸している余裕などない。
高耶を護り愛するというのは、そういう事なのだなと。
直江が明らかに一皮むけたのを感じます。
 

高耶への愛を自覚する風魔小太郎

島津豊久に立ちはだかれた小太郎は、いよいよ高耶への想いを深くしていきます。
島津は反織田であり北条の同盟者でもあるのですが、今の小太郎にとっては高耶救出を阻む邪魔者にしか見えない。
豊久からすれば、乱心しているとしか思えないでしょうが。
小太郎はその中で、当初は高耶を理解するのはあくまで直江を模倣するための手段だったのに、いつしか目的と手段が逆転している事に気づく。
直江でいる事が、高耶の傍らにいるための免罪符。
景虎を北条に戻すという使命などは、とっくに形骸化していた。
 

機械人形に流れるオイルを、血液へと変える。
(愛しい……)
それはかつて「直江」という男を理解するために必要だったもの。それはまた、氏照に共鳴するためにも必要だったもの。そして景虎の心を汲み取るためになくてはならなかったもの。
(三郎殿……)
ふいに畏怖とは別のものが、胸にあふれだしてきた。小太郎は自分の中に見つけだしたそれを二度と逃がしてはならないというように掌に包んだ。

 
小太郎が生涯で初めて手に入れた、かけがえのないもの。
高耶、直江、氏照によって植え付けられた種が、高耶を失う事に対する危機感で一気に芽吹いた。
小太郎が情を持つ人間として目覚めていく過程は尊くもあるけれど、反面、人はある人間がきっかけでこれほどまでに変えられてしまうものなのかと、空恐ろしささえ覚えます。
 

二人の《直江》の死闘、そして予想外の結末……

満を持して、この時が来たなという感慨。
振り返れば、この二人の因縁はあまりにも深い。
『覇者の魔鏡(中編)』で相見え、日光での一騎打ち、萩での顛末など、小太郎は高耶と直江の確執を目の当たりにしてきました。
現在の感情を解した人間・風魔小太郎は、直江がきっかけとなり、高耶が育てたとも言える。
この三人の関係性にはエディプス・コンプレックスが垣間見える。
高耶=母、直江=父、小太郎=息子(生物学的な性ではなく、あくまで人間関係における役割)。
 
ja.wikipedia.org
 
この場合、”父親殺し”は通過儀礼。
母を手に入れるため、父に抱く対抗心。
小太郎が”完全な人間”になるためには必ず乗り越えなければならない壁。
 
小太郎は開崎を見て、その正体をすぐに悟る。
直江は風魔の模倣術がなせる業と推察しているけれど、小太郎はおそらくそれを超えて、本能的に見抜いたんではないでしょうか?
およそ二年間、自分が喉から手が出るほど欲しかったものを、当たり前のように有している。
たとえ姿が変わっても、そこにいるだけで《直江》を体現する男。
外見を模倣するなど何も意味はなかったのだと……。
”勝者”と”敗者”が、高耶と直江から、直江と小太郎にスライドした事にゾクッとしました。
 

「わからないか。直江。今さらおまえはいらないのだよ。もう用済みなんだ。私は二年間景虎様のもとにいたが、あのかたは私で満足しているよ。おまえが自分で思うほど、景虎様はおまえに飢えたりなどしてはいないよ」
「な……っ」
「私が直江なのだから、いいのだよ。むしろ直江はおまえではないほうがいいのだ。今の私なら、あの方を安心させる方法を知っている。私という直江なら景虎様から離反しない……!」
(中略)
「『直江』はふたりはいらない」
と低く告げて、小太郎は再び霊剣を目の前に持ち構えた。
「偽物には消えてもらう」

 
この畳みかけは二年間真似てきた直江の言葉ではなく、小太郎の血反吐を吐くような生の声だと感じる。
直江であろうとして、逆に自我が噴出している。
右手首の先を失い、幽鬼のように髪を振り乱し、どんなに見苦しくとも。
一方、直江にも譲れぬものがあるが、高耶に対する小太郎の尋常ではない執着が予想外だったのと、新上杉と謙信の思惑を読まれたのが仇となり……。
おまけに高坂に霊波同調を乱され、開崎の躰は小太郎の猛攻を受けて地に伏す(開崎、つくづく可哀想)。
最後に戦場に立っていたのは小太郎。
満身創痍の中、精魂尽き果てても求めるのはただ一人。
しかし、そこで轟く一発の銃声。
これには呆然とせざるを得ませんでした。
結局現状では、直江と小太郎、どちらの手も高耶に届かなかったのは意外でしたが、同時に深く首肯。
開崎に霊波同調していた直江、直江の仮面を被っていた小太郎……、いわば二人は虚像だった。
やはり実の姿でなければ、高耶を本当の意味で救い出す事はできない……、それを表した結末なのではないかと。
 

三池一族の秘密とヒムカ教の関係

前巻と変わらず鬼八と《黄金蛇頭》、三池家とヒムカ教の謎に迫る千秋でしたが、真実が次々と明らかになってきます。
民族闘争のなんという生々しさと血生臭さ。
神話や歴史というのは為政者や語り部の意向が反映されている事が多く、往々にして事実を歪曲される。
鬼八伝説からも虐げられてきた者の怨嗟が聞こえてくるようで、なんだか胸苦しくなる。
三池家とヒムカ教の関係も暗澹としたもので、まさか哲哉の父親で先代霊守の英哉を、ヒムカ教先代教守の池田克哉が殺したかもしれないとは……。
克哉の人柄から受ける印象が温厚そうなものだっただけに、そのギャップにショックを受ける。
克哉自身は、ゼウスから火を盗み人類に与えたプロメテウス的な使命感と正義感に燃えていそうだから余計やり切れない(盲信であり、もちろん許される事ではありませんが)。
おまけに、今また哲哉の妹であるほかげが、阿佐羅に飲み込まれようとしている(ほかげの凛とした美しさが切ない)。
霊守として晴哉が抱えてきたもの、そして今後哲哉が抱えていかなければならないもの、すべてがあまりにも重すぎる。
 
また場所は打って変わって、ヒムカ教の榎木正道と佐伯遼子の会話も印象深い。
彼らもまた己の信仰を礎に戦っている。
 

「彼らは、自分のあり方を教えてくれる存在が欲しかったんだよ」

 
己のアイデンティティを確立する事すら難しい現代社会。
その中で喘ぎながら生きる人々の姿と、どこか重なる。
 

高耶と竹俣慶綱の対面

竹俣の告白から、謙信公の《闇戦国》参戦と、直江が自分を調伏するつもりだと知った高耶。
白くなるまで握った拳と静かな口調のギャップ。
また竹俣が『最愛のあなたへ』で高耶と直江が慰撫しに行った魚津城の兵だという事に、運命の残酷さを感じる。
この400年は何だったのだと……、絶望や虚無という言葉では生温いですね。
ただ天を仰ぐより他にできない。
 

譲と斯波英士、九州上陸

なんだか台風上陸みたいな趣きですが……、二大ラスボス揃い踏み。
高耶が心配で、熊本までやって来た譲。
気持ちはわかるけれど、ゴメン、嫌な予感しかしない……。
おまけに間髪開けずに信長様も来ちゃったよ。
譲に植え付けられた魔王の種も疼きだし……あっ、これ、九州、終わった。
 
高耶を追って古城高校に突入した譲でしたが、いきなり御厨樹里にご対面。
知ってはいたけれど、思いっきり良すぎ。
しかも、《蛇蟲》まで植え付けられてしまう(能力だけ手中にして精神操作受けない譲、強すぎ)。
たまたま古城高校に居合わせた色部さんの気苦労も絶えない。
 
そう言えば色部さん、前巻の御厨に続いて、高橋紹運からも打ち明け話されていた。
立花道雪にコンプレックスを抱いていた大友宗麟。
高耶さんと直江の逆パターンとも言える。
それにしても大友方、上杉と同盟関係とはいえ、これだけ内情晒して脇甘くないか?
まあ、それだけ色部さんの人柄が、信用に値する証左なのかもしれませんが。
 
片や、殿も清正の菩提寺・本妙寺で大暴れ。
場違いかもしれないけれど、”ウォーミングアップ”と”コーラ”に笑う。
生前から舶来物大好きですから。
《破魂波》であっさり島津家久を撃破した信長。
やはり華があるが、この人が登場すると一気にパワーバランスおかしくなりますね。
居合わせた晴家も堪らない。
まさに蛇に睨まれた蛙。
この二人は《昭和編》でとんでもない繋がりもあるし。
臣下であるはずの清正も付いていけない。
清正はひたすら熊本を護りたいだけなのに、あまりにも考えが食い違い過ぎている。
 

「私はあなたに、我々のリーダーになって欲しいのだ」

この明智光秀の言葉は本当に意外でした。
北条氏康と同じく、明智光秀もまた、天下を取るのではなく、《闇戦国》の裏にある企みを解明するために戦っている。
さすが信長を一度は討っただけあって、目の付け所が違うというか、他の怨将とは明らかに異なる雰囲気。
また、景虎や信長のようなカリスマが、己に宿っていないのを自覚しているのだなと。
彼も一つの強大な個性に、押しつぶされ続けてきた人だから。
 
続く高耶と元春とのやり取りも短いけれど印象深い。
現実を認めるようあらためて諭す元春に、高耶は「ありがとう……」と告げる。
高耶の表情や心情は読み取れないが、また一人で何か覚悟を決めてしまったのかと……、読者は元春と共に彼の背中を見送るより他はない。
 

熊本空港へ降り立った直江

まだまだ本調子ではない躰を引きずって、ついに直江も直接熊本入り。
現地で大事業の指揮をとりたいって……、それは名目で、目的は明らかに高耶さんですよね。
やはり、高耶の前に生身の躰で立たないと、二人の時間は再び動き出すことはないのだと痛感したのでしょう。
とにかく高耶さんのためなら見境ないから、補佐する八海も大変だ。
ここで開崎の躰と小太郎の魂魄も無事だという事が判明して安心しました。
あと直江、高耶さんを負傷させた下間頼竜や一向宗に対する報復も忘れてないのはさすが。
高耶さんの敵は徹底的に潰すマン。
絶対、敵に回したくないタイプ(ガクブル)。
 

「俺を殺すのか!景虎ああっ!」

うわぁぁあぁ、これは高耶&千秋の悪友コンビが好きだった身としてはキツイ……。
朱実を助けるため、奔走していた千秋に取ったら寝耳に水の衝撃的な種明かしの数々。
疑心暗鬼に陥った高耶は聞く耳を持たず。
それぐらい彼の絶望は深い。
直江不在の間、ずっと高耶を支えてきた千秋も報われない。
前編まではあんなに仲良くやっていたのに、どうしてこうなってしまったのか……。
晴家は信長の手に落ちたし、夜叉衆はどうなってしまうのか?
否応なしに、三十年前の阿蘇での戦いとダブる。
400年培ってきたものがどんどん崩れ去っていく焦燥感、半端ない。