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『炎の蜃気楼7 覇者の魔鏡(中編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼7 覇者の魔鏡(中編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼7 覇者の魔鏡(中編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(7) 覇者の魔鏡(中編) (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(7) 覇者の魔鏡(中編) (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼7 覇者の魔鏡(中編)』の感想です。
今回の舞台は箱根と日光。
前巻『覇者の魔鏡(前編)』で、北条氏照により《つつが(ケモノヘンに恙)鏡》に捕らえられてしまった高耶。
彼が鏡を通して送ってきたメッセージに従い、直江は北条の屋敷がある芦ノ湖へと駆けつけます。
そこで直江が見たのは、魂魄を抜かれ、死に瀕している高耶の躰でした。
高耶に対する直江の想いが試される一冊。
 

『炎の蜃気楼7 覇者の魔鏡(中編)』(1992年8月1日発売)

あらすじ

高耶が捕まっている箱根の芦ノ湖に急いだ直江を待ち構えていたのは、景虎の実兄・北条氏照だった。
氏照に連れられてやって来た屋敷で高耶と対面する直江だったが、高耶は魂魄を抜かれて、躰はいつ衰弱死してもおかしくない状態。
自分も《つつが鏡》に入り、それを芦ノ湖に沈めてしまえば、永遠の安寧が手に入る。
二つの選択の狭間で、直江が下した結論とは……。
その頃、日光での修法の贄として譲を手中に収めて、いよいよ北条の企みが成就しようとしていた。
鏡を通した景虎の指示の元、晴家と長秀は奔走するが……。
 

感想

直江は究極の選択を前に懊悩しているわ、北条の謀略は成りそうだわ、森蘭丸が譲の中の《六道界の脅威》を目覚めさせようとするわ、色々な意味でヒヤヒヤさせられた中編。
直江と氏照という、三郎景虎の保護者(?)二人もとうとう邂逅してしまいました。
……まあ、反りが合うわけありませんよね、知ってた。
互いに「景虎様(三郎)に害をなす者」として気に食わない上に、景虎に負い目のある者同士。
自分が知らない景虎を知っている人間に対しての嫉妬もあったかもしれない。
ある種の同族嫌悪。
この二人はもう少し平和な時代に出会って欲しかった。

「高耶の生」を取るか?
それとも「景虎との永遠」を取るか?
葛藤のさなかにいる直江。
そして直江の見せる多面性に慄然とする氏照。
揺れ動く二人の感情がスリリングで、意外な結末も相まって絶えず目が離せませんでした。
 
そんな直江と氏照を観察するサイボーグ・風魔小太郎のポジションも面白い。
二人に対する多少の侮りを含みながら、人間の情をサンプリングして今後の任務に役立てようという徹底した合理主義者。
しかし情に振り回される二人を興味深げに観察する姿は、どこか好奇心いっぱいの子供を彷彿とさせる。
まさか彼も、後に自分が「木乃伊取りが木乃伊になる」を地で行く事になるとは予想もしなかったでしょう。
   
一方、渦中の景虎様は鏡に閉じ込められているというのに八面六臂の大活躍。
晴家達に的確な指示を出す景虎様の辣腕ぶりと強烈なリーダー・シップに見とれてしまいました。
これぞ数多の怨将達を震えがらせ、その天賦の才により直江を脅かし続けてきた男の真価。
まるでチェスに興じるが如く、敵の何手先も読み、寸分の隙もなく追い詰めていく。
かつて鮫が尾城で自分を裏切った遠山康英を寝返らせる過程には戦慄を覚えました。
 
しかし敵も然る者。
北条はともかく、森蘭丸がやらかしてくれました。
譲の内にある《六道界の脅威》の力の一端を目覚めさせてしまう。
やはり北条も織田の掌の上で踊らされてしまっているのが、なんだか悔しい。
 

各シーン雑感

直江、氏照、小太郎のやり取り

この三人の会話は一貫して秀逸でした。
究極の選択に苛まれながらも、高耶を想い続ける直江。
忠義、慈しみ、憎しみ、哀れみ、皮肉、裏切り……、一見矛盾した景虎に対する言動と、底知れない妄執を見せつけられた氏照。
直江が景虎に仇なす単なる俗物だったら、氏照もただ断罪すれば済んだんでしょうが。
直江の見せる感情すべてが偽ではなく、景虎を愛するゆえの本音だから一層困惑&危機感が増す。
実際、直江自身も己に振り回されているし。
それを観客のようにじっと見つめる小太郎。
小太郎の言葉は定型、もしくは的外れすぎて、直江や氏照も苛々しただろうな。
 
景虎と直江の愛と確執に関わった事により、図らずも人生の岐路に立たされた氏照と小太郎。
二人の関係は劇薬のように強烈で、斯様に他者にも作用する。
「二人の間で完結していれば良い」という意見は通らない。
この二人の関係の恐ろしさの神髄を見たような気がします。
 

直江の行動に懸念を覚える晴家にそっと微笑む景虎

鏡に入ってから、首尾一貫、感情を殺していた景虎が唯一微笑むシーン。
はぁぁあぁ、これは深い……。
箱根に呼んだ直江がどういう行動に出るかは、景虎様ならお見通しだったんですよね。
それでも、すべての判断を直江に委ねた。
景虎のある種の狡さや弱さなどの人間性が垣間見えた一文。
なんだかすべての感情を内包した、仏のアルカイック・スマイルとも解釈できる。
 

遠山康英を追いつめる景虎

前出の微笑みを浮かべるのとは対照的な景虎女王様降臨のシーン。
ホラー映画も裸足で逃げ出す恐ろしさ。
感情をこめず、遠山の罪悪感と小心に付け込んでいく姿が容赦ない。
遠山への遺恨というよりも、単に駒として利用している点が、やはり並みのお人ではないなと。
これがただ復讐に終始し、遠山を感情的に甚振るだけなら、凡人にも理解の及ぶ範囲です。
しかし景虎の場合は、遠山の罪悪感はおろか己が被害者である事すら、目的遂行のため徹底的に利用する。
激昂するでもなく、得体の知れぬ透徹とした瞳でじっと見つめられ、遠山もさぞ恐ろしかった事でしょう。
そこに400年戦場を駆け抜けてきた、景虎の老獪さを見ました。
 

涙の接吻

『最愛のあなたへ』でもそうでしたが、この二人の接吻は人の弱さ、儚さ、美しさ、切なさが結晶化したようで、読者の心に響きます。
直江の一途なモノローグ。
そして、高耶が流した一粒の涙。
後の『わだつみの楊貴妃』で今作中での景虎の心境が明かされますが、それを読んだ後だとさらに泣ける。
景虎はどこかでその様子を見ていたのだろうか?
高耶の涙は、景虎の想いの投影だったのだろうか?
様々な考えが頭を過ります。
 

氏照に止めを刺せなかった直江

景虎を奪還するため、すべてを焼き尽くす直江。
武将の仮面をかなぐり捨てて、直江に縋りつく氏照。
どちらにも譲れないものがある。
一言、壮絶でした。
けれども、最後の最後で直江が氏照に止めを刺せなかった。
それは、景虎に対して固執する氏照と自分の姿がオーバーラップしたからかもしれません。
 

氏康パパ登場

氏政・氏照にも行方を伝えず、居所の分からなかった北条の長・氏康。
満を持しての登場ですが、まさか龍神に化身しているとは、これまた予想外でした。
なんか、ドラゴンボールの神龍みたい。
聡明な方だから、死しても尚天下取りに明け暮れる愚かさを十分理解されていたのでしょう。
それに、この時点では明確になっていませんが、《闇戦国》自体に対する気がかりもあったし。
 
ここで直江は、八割方決まっていた意志をあらためて試される。
相反する二つの願い。
各々叶える手段が、目の前に提示されている。
氏康もつくづく酷な事をしますね。
直江が三郎を預けるに足る人物か、吟味していたのかもしれません。