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『炎の蜃気楼6 覇者の魔鏡(前編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼6 覇者の魔鏡(前編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼6 覇者の魔鏡(前編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(6) 覇者の魔鏡(前編) (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(6) 覇者の魔鏡(前編) (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼6 覇者の魔鏡(前編)』の感想です。
舞台は東京、日光、箱根など。
関東平野を跨いだ、大変スケールの大きなお話になっています。
前巻『炎の蜃気楼 ー断章ー 最愛のあなたへ』で、元の互いを傷つけあうような関係に戻ってしまった二人。
高耶も直江もままならぬ思いを抱えて八方塞がり状態。
そんな時、景虎の実家・北条氏までが《闇戦国》へ本格的に参入してくる。
今まで謎に包まれていた上杉景虎の人となりが見えてくる大事なエピソード。
 

『炎の蜃気楼6 覇者の魔鏡(前編)』(1992年5月1日発売)

あらすじ

第一作『炎の蜃気楼』で知り合った武田由比子と会うために上京した森野沙織。
由比子と訪れた遊園地のプールで、彼女は客を水底に引き込もうとする怪異と出くわす。
高耶は譲や千秋達と共に沙織に呼び出され辛くも怨霊を退治するが、不安定な心が原因で《力》を暴走させてしまいそうになる。
千秋とももめてしまい、ただ一人、夜の街を彷徨う高耶。
そこで、彼はある男と出会う。
一方、心に嵐が吹き荒れつつも、上辺はいつも通りの生活を送っていた直江は、浅岡麻衣子という女性から、ある依頼を受ける。
麻衣子の弟は交通事故を起こしてしまい意識が戻らず、その魂はどこかの大樹に閉じ込められてしまっているようなのだが……。
 

感想

今回は景虎の生家である北条氏が登場し、高耶にとっては特にツラいお話でしたね。
ただでも直江との仲が拗れてしまっているというのに。
直江の心情が理解できず荒れ模様の高耶ですが、景虎としての覚醒が進み、その風格や只者ではないオーラがいよいよ一般人にも隠し通せなくなってきました。
でも素は不器用な彼だから、当惑は余計加速する。
そんな彼の元に、人懐っこそうな謎の男が出現します。
再読なので彼の正体は既に知っていますが、というか知っているからこそ、高耶を見つめる彼の眼差しや、彼と高耶が交わした会話を思い出すだけで泣けてくる。
なぜ、よりにもよってこのタイミングで、高耶さんがこれほどまで悲惨な目に合わなければならないのか?(それは彼が主人公だから)
乱世の習いとはいえ、すれ違わらずを得なかった高耶と彼の関係性が切ない。
 
一方、直江の精神状態もヤバい。
一見平穏を装っていますが、その実、全てを終わらせたいという考えに取りつかれています。
表に出ない分、高耶さんよりも性質が悪いかもしれない。
恒例の弄りにもあまり反応してくれないので、なんだか高坂も物足りないというか寂しそう(?)。
それでも、その影が女性を惹きつける魅力になってしまうのだから、イイ男は罪深いですよね。
案の定、麻衣子もポーっとなっちゃってるし。
 
そんなダウナーな高耶と直江の後目に、北条の策謀は着々と進んでいきます。
この巻は前編という事で、まだ起承転結で言うと”起”。
これでも、後の展開を考えると、いまだ嵐の前の静けさという感じですが。
日光東照宮に保管されていた魔鏡《つつが(ケモノヘンに恙)鏡》は盗むわ、高耶さんを拉致するわ、大量の魂魄を贄にしようとするわ、北条はすでに外堀を埋めつつある。
挙句に譲も誘拐されてしまったし。
《仙台編》の仙台市全域に張られた結界にも驚かされましたが、今回は関東全域に及ぶ企みで、スケールの大きさは段違い。
おまけに武田、伊達、織田までもが介入してきて、時はまさに群雄割拠。
前編からすでに陰謀と人々の思惑が入り乱れる世界に耽溺する事ができました。

各シーン雑感

プールで怨霊調伏する上杉夜叉衆

時が時でなければ、サービス・ショットにうひょひょひょひょなんですが。
高耶さんの様子を見ていると痛々しすぎて、なんだかはしゃぐ事もできません。
それでも歓声に答える千秋と綾子は流石としか……、400年生きてきた鋼メンタルは伊達じゃない。
某狂犬氏が不在だから、千秋に降りかかる負担も半端ない。
 
それはそうと、ハイドロポリスのある某・遊園地がお城の跡地だという事には驚きました。
ミラージュを読んでいると、本当に勉強になります。
 

酔漢に痛めつけられながらも、パーラメントを手放せない高耶

パ~~~ラメントゥゥゥウゥ!!!
……自分が煙草の銘柄大絶叫しながらむせび泣く日が来るとは思いもよらなかったなぁ(遠い目)。
そして「こんな高耶さん放っておいて何やってるんだ、直江~~~!!!」と猛り狂う高耶さん派の私なのでした。
直江の吸うパーラメントを手に取ってしまったり、酔っ払いから身を挺して守ったり……、パーラメントに直江の姿を重ねていたんだろうなぁ。
切れてしまったかもしれない直江と自分との間を結ぶよすが。
直江と一緒に出掛けた女性に嫉妬したり、高耶にとって直江はもうすでに手放せない相手になっている。
高耶ほど猜疑心の強い人間は、離れられるぐらいなら最初から心を許したりしないから。
でも『炎の蜃気楼 ー断章ー 最愛のあなたへ』で直江が自分にした行為は、簡単には認められない。
だって高耶さん、つい最近までAVとかに色めき立っていた普通の男子高校生ですよ。
しかも相手は保護者として信頼していた男。
直江の言動は、高耶さんのキャパを完全に越えてます。
おまけに直江の景虎に対する想いは、肉欲や恋情だけでは片づけきれないから。
肉欲や恋情だけなら、直江もこれほど苦しまなかった。
この時点ではまったく違うステージで苦悩している二人が切ない。
 

直江と浅岡麻衣子の出会い

直江のスペックの高さを再認識したシーン。
安定した収入源、高級車、高身長、俳優と見紛うほど端正な顔立ち、穏やかな物腰、愁いを帯びた表情って……、揃い過ぎていていっそ笑いがこみ上げてくるんですが。
檀家の女性陣も、法事の際には目をハート・マークにしてそう。
もしもし、その男、内面にとんでもない虚無を抱えていますよ?
そして直江のお母さんも初登場。
かっ飛んだ性格に義明さんもタジタジ(笑)。
やたら理解のある兄のいい、なんだか某浅見○彦一家を彷彿とさせる橘家。
まあ、このぐらい強くなくては、幼少時の直江に正面切って向き合う事は出来なかっただろうなぁ。
高耶さんとの対面シーンとかも是非見てみたかった。
 

日光で上杉、武田、伊達の重鎮達揃い踏み

直江のいる所に高坂在り(ストーカー?)という感じで、どこにでも出没する高坂弾正。
麻衣子を差し置いて、直江の車の助手席にズカズカと上がり込む傍若無人がいっそ清々しい、安定の高坂。

多分、彼の辞書に”レディ・ファースト”なんて単語は載ってない。
 
一方、気づいたらいつもいる高坂とは違い、小十郎の登場には少し驚きました。
素直に情報くれると思ったら、伊達にもいろいろ思惑があるようで。
「我が殿は家康公に信頼されていたんだ。凄いだろう?」(意訳)と誇らしげな小十郎。
小十郎といい、成実といい、伊達軍は可愛いが過ぎる!
それを眩しげに見ている直江が、なんだか哀れというか……、迷子になった犬を見ているようで遣る瀬無い。
彼らが戦国武将だとはもちろん知りませんが、なんだかよく分からない寄合に巻き込まれて、麻衣子もいたたまれなかった事でしょう。
 

「あなたのような人を泣かせた、バチがあたってしまいましたね」

麻衣子に冷たいセリフを放った直後にこの台詞+微笑ですよ、奥さん(誰?)。
なんだこのお手本のような飴と鞭。
あぁぁあぁ、ホント性質の悪い男だよぉぉおぉ!!
おまけに麻衣子が自分に惹かれているのが分かってますからね。
罪深い。
でも麻衣子がキュンっとしてしまうのも、悔しいほど納得できてしまいます。
 

直江の真意が分からず荒れ狂う高耶

自虐、直江へに対する不審、愛着など、様々な想いがない交ぜになって感情を爆発させてしまった高耶。
高耶は本能的に目の前の男の正体を察していたから、感情の箍が外れてしまったんだろうなぁ。
そんな彼の話に耳を傾ける事しかできない件の彼。
どちらの立場もツラい。
 

「翼、だ。大きな鳥の翼。それで、包みこむみたいに守る。(後略)」

 
高耶にとって、直江が如何に無条件に安心できる大きな拠り所だったかわかる。
孤独な高耶は強がりながらも、内心ではずっと求めてきた。
一度味わった安らぎを、いきなり取り上げられてしまったのだから、酷な話です。
直江には直江の都合があるけれど、件の彼が直江を恨むのも十分に理解できる。
 

小田原での高耶と件の彼

観光客で賑わう小田原で、高耶の胸に去来したのはどういったものだったのでしょうか?
失われた故郷に対する憧憬?
相模の海の穏やかな記憶?
愛する土地を離れなければならなかった悲歎?
すでに戦わざるを得ない相手となってしまった家族一人一人の顔?
あまりにも複雑すぎて、私には想像もつかない。
 
その中で隣に立つ男の正体も、なにかが染みわたるように確信していったのでしょう。
北条氏照……、かつて三郎景虎が慕った次兄。
氏照の「われらのもとに、帰ってこないか。三郎」という台詞は、孤独な魂を抱えた高耶にとって堪らない誘惑だったに違いない。
そこで謙信公の存在によって我に返るのが、景虎様の景虎様たる所以でしょう。
その強さがどこかいたわしい。
 
そう言えば、風魔小太郎初登場もこの時でしたね。
その後、まさかあんなに深く高耶と直江に関わってくるとは、この時は想像もしませんでした。
 

直江と二人の女達

苦しくとも毅然と立つ晴家と麻衣子の姿が印象的でした。
晴家からしたら、相手が目の前にいるだけで奇跡的なのだから、直江に恨み言のひとつも言いたくなるのも分かります。
元々景虎シンパですしね。
そして麻衣子も、直江に出会ってからまだ数日だけれど、女性としてぐんぐん成長しているのが伝わってきました。
 

「わかります。きっと、とても気が強くて毅然としてて、冷たいくせに甘えたがり屋で、強引で、離れられないほど奇麗な人で……」
「…………」
「そして……報われない恋、なんですね」

 
なんか、当を得すぎていて怖いんですが……(汗)。
弟も霊感強いし、女性としてだけではなく変な能力まで成長してませんか、麻衣子さん?
女の感、凄まじすぎ。
その辺の霊能力者より、よっぽど霊査能力高そう。
そんな彼女に直江は……。
 

「ずるい人です……」
直江はつぶやいて、また微笑した。
「ずるすぎて、逆らえません」

 
なんか、女同士の恋バナみたいになっちゃってる~~~!?
片思い(?)同士、意気投合しているように見えるのは気のせいでしょうか?