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『炎の蜃気楼 ー断章ー 最愛のあなたへ』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼─断章─ 最愛のあなたへ (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼─断章─ 最愛のあなたへ (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ断章/番外編 最愛のあなたへ (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ断章/番外編 最愛のあなたへ (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼 ー断章ー 最愛のあなたへ』の感想です。
本書には「最愛のあなたへ ――My Only Dictator――」と「凍てついた翼」、二つの作品が収録されています。
「最愛のあなたへ ――My Only Dictator――」は、ナンバリングされていませんが本編の続きのお話。
高耶と直江の関係が決定的に変化する時が訪れてしまう。
「凍てついた翼」は、高耶と譲の出会いや、中学生時代の彼らを描いています。
 

『炎の蜃気楼 ー断章ー 最愛のあなたへ』(1992年3月3日発売)

「最愛のあなたへ ――My Only Dictator――」あらすじ

魚津城址に眠る上杉の霊達を慰撫するため、富山県魚津市を訪れた高耶と直江。
彼らはそこで、前作『まほろばの龍神』でまみえた佐々成政の妻・小百合の霊が活性化している事を察知する。
成政に不貞を疑われ、自分や一族郎党を惨殺された小百合は、強烈な怨念を放っていた。
反織田派に属する一向宗は、小百合を利用して、成政討伐を謀る。
また一向宗は、高耶達上杉夜叉衆にも協力を要請してくるが……。

「最愛のあなたへ ――My Only Dictator――」感想

……とうとうこの日が来てしまったなと、思わずため息が漏れてしまいます。
もうね、萌えれば良いのか、悲しめば良いのか……、読者の心も千々に乱れます。
何しろ、今の高耶と直江を二人きりにしたというだけで、ヤバい香りがプンプン。
高耶が直江を保護者として無条件に信頼し始めているから、もう、もの凄く無防備。
もちろん高耶さんは無自覚ですが、下心がある身からすれば「襲って下さい」と言わんばかり。
一方、景虎に対してはもちろん、素の高耶への愛情が日増しに高まる直江は、辛抱たまらんな状態。
あの警戒心が強くて人間不信の権化のような高耶さんが、他人には語らないような将来の夢まで語ってくれるのは、目も眩むほどの優越感でしょうね。
それに加えて、いつもの如く、愉快犯・高坂は追い打ちをかけてくるし。
 
ただ、ここまでならギリギリではあるけれど、直江もなんとか耐えられたかもしれない。
しかし、彼が相手にしているのは、ただの庇護すべき男子高校生ではない。
彼だけの独裁者・上杉景虎、その人。
ふとした瞬間に見せる怜悧で傲慢な横顔は、以前の景虎と何ら変わらず。
直江はそれに戦慄し、眠っていたはずの反抗心や自尊心が頭をもたげてくる。
おまけに成政と小百合に自分達の姿を重ねてしまい、行き過ぎた妄執により齎された悲劇を目の前にしてしまったものだから。

秘めた景虎への想いが溢れてしまい、思わず高耶へ口付けてしまう直江。
これは二人が共に歩んでいく以上、既定路線だったわけですが、やはり切ない。
特に記憶のない高耶にとっては寝耳に水なわけで。
身を挺して守ってくれていた保護者が、いきなり一人の”男”になって、己に色々な意味で牙をむいてくるのだから驚き戸惑うしかできない。
直江は直江で、高耶を気遣う余裕なんてないし。
お人好しの千秋ではなくとも「おまえら二人、放っておけねぇ」となります。 
 

各シーン雑感

魚津城址での鎮魂

高耶と直江の読経、そして白衣女の鳴らす鐘が、厳かな雰囲気を醸し出しています。
《邂逅編》を読んで白衣女の成り立ちを知った後だと、より感慨深い。
冥界上杉軍が発動されるまで、束の間の眠りにつく兵達。
彼らに向けて、高耶はこう呟きます。
 

「オレは――……」
ちいさく呟いて、高耶は校庭を振り返った。
「オレは、見捨てないから……」

 
作中にもありますが、兵達が求めていたのは、儀礼ではなく、君主の心を込めた労りの言葉だった事にジーンときてしまいました。
それが、記憶を喪失する以前から兵達にかけていた言葉だと分かり、感動が一層増します。
景虎も元々は怨霊だったから、そこに強いこだわりがあったのかもしれない。
景虎の懐の広さと人間的な優しさが伝わってくるエピソードです。
 

夜の海で語り合う高耶と直江

高耶が昔の自分や将来の夢について語り、自分達夜叉衆の矛盾について直江にぶつけるエピソード。
ぶっきらぼうだけれど、脆くて一途な高耶の人となりが魅力的。
やはりこの人、天然の人たらしですね。
限られた人にしか見せない無邪気さや笑顔を向けられたら、直江がほだされるのも無理はない。
そんな高耶に、直江は誠心誠意を込めた言葉で答える……、っつーか、これ、明らかに口説いてますよね!?
直江のセクシャルな台詞もヤバいですが、こういう真っすぐな台詞も性質が悪い。
実際、高耶も照れてしまっているし。
「つけあがっても、いいですよ」の空回りっぷりも面白かった。
二人のすれ違いがこのレベルなら、シリーズも随分平和だったんですけれどね。
 

眠る高耶に妄想を掻き立てられる直江

あぁぁあぁ、もうこういうシチュエーション大好物です!!
スヤァな高耶さんの顎や喉元を見て、あらぬシチュエーションを思い起こしては一人狼狽える直江。
対する高耶さんは、直江の事を保護者としか見ていないから、下心などには気づきもしない。
直江はさながら、鼻先に餌をぶら下げられて「待て」を強いられている犬。
(この人が無防備すぎるんだ……)と、責任転嫁したくなるのもやむなし。
超ド定番ですが、美味しすぎる。
できればお替りお願いします。

直後の独白も含めて、いよいよ泥沼にはまっていきますね、直江……。
 

直江を甚振る高坂

高坂、ある意味、直江の事大好きすぎるでしょう(直江大迷惑)。
またイヤミが言いがかりではなく、的を射てしまっているのがアイタタタ。
「その後、景虎に触れることはできなのか?」って、「アンタ、昨夜の直江達を覗いていたんじゃ……!?」としか思えないんですが。
あの高坂ですから、あながちあり得ないとは言えないと思います。
 

どんどん追いつめられる直江

具体的にどのシーンと言うより、この後は直江の精神が着々と袋小路に入っていきます。
部屋をダブルからシングルに変えたり、色々取り繕おうとしても制御を失っていく。
高耶を愛おしいと思えば思うほど、己を蝕む疑心暗鬼。
高耶は直江の抱える葛藤の存在に薄々気づいてはいるけれど、景虎の記憶がないから直江の真意が分からない。
温かな言動の合間に時々冷たい言葉を織り交ぜてくるのだから、高耶からしたら理解不可能ですよね。
 
やはり決定的だったのは、一向宗の会談後の高耶の態度でしょうか?
普段の不器用で優しい少年の姿ではなく、直江を脅かす独裁者としての怜悧さを見せつけた高耶。
直江もプライドの高い男だから、対抗せずにはいられない。
自尊心、反抗心、征服願望などが頭をもたげる。
高耶が記憶をなくす前のピリピリとした空気感、そして彼らの間に延々と横たわってきた”勝者”と”敗者”の関係が蘇りつつありますね。
 

成政と小百合の対峙に、自分と景虎の姿を投影した直江

成政が小百合をなぶり殺しにしたのは、彼女を愛するが故の所業だった。
永遠に独り占めしてしまいたい。
愛は美しいばかりのものではなく、容易くエゴに変貌する。
直江の中では小百合の怨嗟の叫びと、景虎の「お前だけは永久に許さない!」がリフレインしていた事でしょう。
直江ほど成政に共感できる人間は、この場にはいなかったでしょう。
小百合の猛攻を受けて逝った、どこか安らかな成政の死顔に、直江は憧憬に似た想いを抱いたに違いない。
 

愛しい想いが溢れた接吻

この時の直江の高耶に対する想いは、”正”でも”負”でもなく、それらを超越した愛おしさだけが溢れてしまったんでしょうね。
その後に続くのが、永劫とも思われるような苦難の連続だとしても。
美しくも切ない接吻。
とてもミラージュらしい名シーンでした。
 

「今までの想いは、すべて嘘です……」

「あなたの”犬”です」、「”狂犬”ですよ」など、ラスト・シーンは直江節も全開でした。
直江との関係を壊したくない高耶は模索しますが、「そんな都合のいい答えはない」と断ち切る直江。
「――おまえ、いったい何者なんだ……」と茫然としてしまう高耶の気持ちも分かります。
なんせ直江当人ですら、景虎への愛憎を持て余しているのだから。
大粒の涙を流す高耶に愛おしさが募り、直江は再び接吻をしてしまう。
仮初の優しさに、別れを告げざるを得ない二人が遣る瀬無い。
”Point of No Return”……、彼らはとうとう戻れない場所まで来てしまいましたね。
 

「凍てついた翼」あらすじ

父親の事業の失敗、両親の離婚、親しかった人々の裏切りにより、荒れた生活を送っていた中学生の仰木高耶。
地元の不良を束ねる三井に悪事を指南され、底なし沼のような人生に嫌気がさしていた。
ある夜、すべての元凶である父親を刺そうと、ナイフを手に家路を歩んでいた高耶は、同級生・成田譲の家の前を偶然通りかかる。
ふとしたきっかけから、言葉を交わすようになった二人だったが……。
 

「凍てついた翼」感想

ミラージュの番外編だという事は度外視しても、青春小説として素晴らしい傑作でした。
とにかく高耶と譲の関係性がとても良かったです。

抜き身の刃のように鋭いけれど、どこか脆い高耶。
父親を刺そうと持ち歩いていたナイフは、彼の弱さの象徴でしょうか?
彼の鋭さの中に垣間見える儚さに一度触れてしまったら、譲でなくても放っておけないでしょう。
ギラギラと周囲に敵意を放ち、誰も信用せず、決して大きくない背中で幼い妹を護る。
そんな普段の彼と、留置場で母を求める弱った姿のギャップに涙。
「直江、早く高耶さんのもとに行ってあげて!!」と無茶を知りつつ、願わずにはいられない。
 
一方、譲は今も昔も変わらず。
一見世間知らずなお坊ちゃん風なのに芯が強い強い。
メンタルの強さは、ミラージュの登場人物中でも最強クラスでしょうね。
内面と外面のギャップに、高耶も毒気を抜かれます。
性格や家庭環境など、まったく違う二人が友情を育んでいく姿に和みました。
反面、この二人の前世(?)や今後の展開を知った後だと涙なしには読めないんですが。
ホント、どうして平凡だけど掛け替えのない親友同士でいられなかったのか……、運命の神なんてものがいるとしたら呪ってやりたくなるレベル。
 
また本作は、脇を固めた人物も魅力的でした。
まずは不良の元締め・三井。
最初は高耶を堕落させてやろうと画策(高耶さん、ある種の人間を煽るのお上手だから)。
結局、高耶に自分の過去の姿を重ねてしまっていたんですよね。
地元では敵なしの不良・三井も、ままならない人生に翻弄される一人だった。
『炎の蜃気楼メモリアル』に所収の「CALL 捨てられた猫のように2」では更生したその後が描かれていて一安心。
そして家裁調査官の葛西さん(家裁と葛西でシャレ?)。
偽善的で恩着せがましいわけでは決してなく、子供達と真剣に向き合う篤行に富んだ好人物。
終盤で三井に向けた言葉が温かい。
 

「僕らはきみを騙しはしないよ」
葛西はまっすぐに少年に告げた。
「きみを……、信じているんだ」

 
口先だけではない優しさと頼もしさがうかがえる。
世の中、こんな大人ばかりだったら良いのに……。
また葛西さんは、高耶が家裁調査官を目指すきっかけになった人でもありますね。
直江、何気にやきもち焼くのでは?
しかし、この夢が叶わぬものとなってしまったのが非常にツラい。
ホント運命は高耶さんに対して過酷すぎる。