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『炎の蜃気楼9 みなぎわの反逆者』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼9 みなぎわの反逆者 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼9 みなぎわの反逆者 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(9) みなぎわの反逆者 (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(9) みなぎわの反逆者 (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼9 みなぎわの反逆者』の感想です。
今回の舞台は京都。
以前から作中でも語られていましたが、晴家が200年間待ち続けている恋人について詳しく明かされます。
また、不協和音がいよいよ深刻度を増していく高耶と直江の関係。
夜叉衆にとっての強敵が初登場するなど、密度の大変高い一冊です。
 

 

『炎の蜃気楼9 みなぎわの反逆者』(1993年3月3日発売)

あらすじ

知人の伝手により、製菓会社の社長・狭間の秘書兼ボディガードを務める事になった直江。
狭間は度々、着物に身を包む戦国時代の姫らしき女性が、彼に対して何かを訴えかける夢を見ると言う。
おまけに正体不明の換生者から脅迫や襲撃を受けていた。
どうやら彼の所有する、ある曼荼羅が原因のようなのだが……。
一方、晴家と共に京都を訪れた高耶は、一向宗をはじめとした反織田派が追う荒木村重を探していた。
軒猿の情報を受けて京都大学に忍び込んだ高耶達だったが、見つけた村重らしき男は、晴家が長年待ち焦がれた恋人・慎太郎に瓜二つだった。
 

感想

まさか少女小説の老舗・コバルト文庫で、伏字・淫語の類に出会うとは想像もつきませんでした(いきなりそれ?)。
まあ、それは横に置くとして……。
 
今回は綾子ねーさんの悲しい恋物語がテーマ。
第二巻『緋の残影』で初めて明らかになり、その都度晴家の口から語られてきたけれど、とうとう全容が詳らかになりました。
慎太郎さん、堅実で思いやりのある好人物ですね。
ずっと根無し草のように各地を放浪し、長すぎる生に倦んでいた晴家が愛したのも納得。
景虎も晴家の話を聞いて、この人になら安心して彼女を預けられると思ったんじゃないでしょうか?
だから、晴家が夜叉衆を抜けるという決断にも黙って頷いた。
《闇戦国》は未だ影も形もなく、使命も形骸化していたし。
夜叉衆の面々は、なんだかんだと言って景虎にとっては家族のような存在だから、自分だけでも最後まで残って生末を見届けたかったのでしょう(某忠犬が離れるわけありませんが)。
それが、あんな結果になってしまうなんて……。
死の直前、慎太郎が残した言葉は、彼女が生きていくためのよすがであり、反面縛りつける呪いでもあったような気がします。
聡明な慎太郎さんもおそらく分かっていただろうけれど、それでも愛する人に生きてほしかったんだろうなぁ。
 
それから200年の時を経て……。
彼女の気持ちを試すように、今度は愛しい人にそっくりな別人が現れる。
前々から思っていたけれど、ミラージュ世界の神、あまりにも残酷過ぎませんか?
人生ハード・モードどころの話じゃない。
慎太郎の面影を持つ村重と対峙する事により、晴家は己の内面とも向き合わなければいけなくなる。
 
自分は本当に彼を愛し続けているのか?
単なる惰性ではないのか?
すくった砂が指の間からサラサラとこぼれ落ちるように、失われていく彼の記憶。
 
いつもは夜叉衆のムード・メーカーを務める、明るい彼女のとても柔らかな核心に触れてしまったようで、やりきれない気持ちになりました。
しかし、彼女も上杉夜叉衆の一人。
心に悪鬼を住まわせつつも、怨霊調伏を続けなければない。
いつ転生するか分からない恋人を待ちながら。
毅然と立つ彼女の姿は哀しいけれど、同時にとても美しかったです。
 
晴家の苦慮と並行して、高耶と直江の間柄もいよいよ抜き差しならないところまで来ていました。
本来の《力》の覚醒に伴い、それに引きずられるように記憶もどんどん取り戻していく高耶。
直江に対する示威や圧迫もエスカレートしていきます。
それに対して強烈な反発と暗い衝動を抑えきれなかった直江は、ホテルの一室でついに高耶を組み敷いてしまう。
初読時、私はロー・ティーンでしたが、コバルト文庫としては濃厚かつ過激な絡みにハラハラドキドキしたものです。
高耶はここで初めて、直江を苛むものが何なのか、また己と景虎の間に線引きする事の無意味さ、「助ける」という言葉の傲慢さを悟る。
ある意味、このシーンを経る事により、高耶は直江という人間を理解する上で、やっとスタート地点に立ったと言えます。
淫靡で痛々しくもありますが、今読み返すと二人の関係を形成するのに必ず乗り越えなければならない壁だったんだなと。
 

各シーン雑感

蔦と慎太郎の恋物語

もう、序章から想いっきり泣かせてくれます。
まるで上質の短編を読了したかのような余韻と満足感。
二人がどういう過程をたどって、愛情と信頼を築き上げていったかが抒情的に描かれている。
前述しましたが、慎太郎の残した言葉は、晴家に残された希望であると同時に、縛り付ける鎖でもあると思います。
そうなると、彼女が半永久的な命の持ち主だったのが良かったのか、それとも悪かったのか分からなくなります。
ただ彼女達の恋を”悲恋”とは呼びたくありません。
晴家が諦めない限り終わらない、いまだ道半ばの物語なのだから。
 

敏腕秘書・橘義明

直江の秘書っぷりが板につきすぎていて笑いました(笑うんかい)。
なんかあまりにもキメキメすぎなものを目の当たりにすると、笑いのツボを刺激されたりしません?
ハザマ製菓の女子社員達によるすっげー橘義明像が、それに拍車をかける。
彼女達、腐女子の才能(?)あると思いますよ。
一冊薄い本でも出してみたら?
それぐらいの妄想力。
直江からしたらトップの補佐などはお茶の子さいさいでしょう、400年間あんなメンドクサイ一筋縄ではいかない上司に仕えてきたんだから。
あと何気に一番驚いたのは、橘義明にまともな男友達が存在した件。
奥村、チャラけつつも、狭間社長を慕って付いていく滅茶苦茶イイ奴。
どうやって直江と友情を築いていったのか……、直江の高校生時代というのも非常に気になります。
 

平凡だけれど掛け替えのない生活が遠のいていく高耶

怨霊調伏のための激務に忙殺され、出席日数が足りず留年すれすれの高耶さん。
彼の将来の夢、そして譲や美弥と過ごす日常が、どんどん遠ざかるようで切ない。
景虎として頭角を現し、軒猿まで自在に操る彼は、当初とは比べられないほどの力を身に着けた。
だが、同時にひどく儚く見えるのは気のせいでしょうか?
 

「おまえはいつだってオレに従えばまちがいないんだ。心配する必要はない」

 
類まれなカリスマに見え隠れする危うさ。
直前までぶっきらぼうだけれど温かな高耶だったのに、突然彼の口からこんな言葉がついて出ると、晴家でなくとも慄然としてしまいます。
 

晴家と荒木村重の邂逅

この時の晴家の心境は、筆舌に尽くしがたい。
喜びなんて生易しいものではなく、雷に打たれたかのような衝撃がただただ体を貫いたのでしょう。
200年もの間待ち焦がれた人が、なんの前触れもなく現れる。
しかも自分の記憶を一切失って。
普通の長さの生死か持たない自分には想像する事しかできませんが、彼女が狼狽する姿には大変説得力があり、かつ痛ましかったです。
村重は慎太郎ではないと晴家を叱咤し、また彼女自身の目を以て直に確かめさせようとする高耶の立場もしんどい。
当時、晴家と慎太郎の中を認めていた彼ならなおさら。
京都大学に行く前のシーンでも、頻りに晴家を気遣っていた。
しかし、彼は一軍の将でもある為、たとえ辛くとも彼女を現実に向き合わせなければいけない立場なんですよね。
 

景虎様に八つ当たりされる軒猿

派手めな女性に憑依してしまった軒猿を、「こういうのが、直江と夜をいっしょに過ごす女に違いない」と無自覚な嫉妬で責める高耶。
高耶さん、それ、完全な言いがかり!!(笑)
ご主人から不興を買ってオロオロする軒猿が可哀想&可笑しい。
直江の独占欲も大概ですが、この辺りからの景虎も凄い。
後に狭間社長にも「直江はオレの飼い犬」的な主張していますしね。
嫉妬は恋のスパイスにもなり得ますが、彼らの場合は周囲への影響が甚大かつ自分たちすら傷つけてしまうから恐ろしい。
 

ホテルでの高耶と直江のぶつかり合い

「タイガース・アイ」、「邪眼(イーブル・アイ)」、「……大人の本気を教えてあげる」、「坊や」、「おんもに出たい」などなど、おまけに伏字まで登場して直江節全開。
これ、途中までホテルの駐車場という公共の場で繰り広げられていたんですよね。
想像するだけで凄い。
性行為の形を借りた二人の全面戦争。
煽り煽られエスカレートしていく様を、読者は固唾を呑んで見守るしかありません。
景虎=キリスト=アマデウス=勝者と直江=ユダ=サリエリ=敗者の構図が明確になったのも、このシーンでした。
責め苛む反面、直江が高耶に縋っているように見える。
景虎の素晴らしさを知り、愛すれば愛するほど、己の矮小さを自覚する。
だが離れる事も、単なる崇拝者になる事も出来ず……、無間地獄。
一方高耶は、自分と景虎の線引きの無意味さと、己がいるだけで直江を苦しめ続ける存在なのだと悟る。
それが、直江の苦悩の本質。
そして、そんな直江を手放せない自分。
……高耶さん、やっとスタート地点にたどり着いたというか、ようやく同じステージに立った二人。
 
また、このシーンでは、景虎が上杉に養子に入る直前に凌辱を受けた記憶を思い出してしまったのにも胸を抉られました。
彼の人間不信の原因の一つであり、もちろん直江ですら知らない、忌まわしき経験。
この件がなければ、直江を繋ぎとめるのに、あれほど拙劣な手段を取らなかったであろうと考えると遣る瀬無い。
恐慌を起こした景虎に何かを察し、直江は寸でのところで思いとどまる。
そうなんです、直江という男が、彼にとって最も輝かしい存在を壊してしまえるわけなかった。
 

独裁者の顔を見せる高耶と、彼の首に手をかけてしまう直江

他者の前でわざと直江を貶めて屈辱を与えたり、目的遂行のためならば村重の宿体を殺したり、晴家を調伏する事も強硬手段も辞さないと冷静に言い放つ高耶。
そんな彼に対して、ついには殺意を抱く直江。
これはかなり衝撃的でした。
今までどんなに冷たい態度を取っていても、本能的に高耶を護ってきた直江だったから。
如何に彼が袋小路にいるかが伝わってくる。
そこまで行っても、景虎はさらに直江を脅かす。
景虎様の徹底ぶりに戦慄。
 

下間頼竜、初登場!!

こういう「力こそパワー!!」なヤツ、嫌いじゃない。
まるで憑依するかの如く換生し、《力》も一向宗髄一という実力者。
おまけに阿弥陀如来の加護で、調伏も効きにくいという……。
反織田派の一向宗所属なのに、信長そっちのけで景虎を追ってくるストーカー(頼廉も内心アイタタタと思っているような)。
なんで高耶さん、こんなヤベェ奴ばかりをホイホイ釣りあげてしまうのか……(本人も不可抗力&大迷惑)。
 

晴家と荒木村重の逃避行

まず、あの忠義者の晴家が、景虎の命令に背いたことに驚く。
それだけ、慎太郎の存在は彼女にとって大きいという事なんでしょうね。
自分は今でも本当に慎太郎を愛しているのか否か分からなくなってしまった晴家。
いっその事、諦めてしまえば楽になれるのかもしれない。
その葛藤を、慎太郎とは似て非なる人に吐露する。
また相手の村重も、昔信長に反逆し、一族郎党を失いつつも、自分だけ生きながらえてしまった苦い過去を持つ。
人は誰しも弱さを秘めている。
恋人でも、家族でも、友人でもない、そんな二人が心を通わせる姿はどこか告解にも似ていて。
一期一会という言葉も脳裏を横切りました。
人間同士の繋がりとは、接した時間の長短ではないのだとあらためて実感する。
晴家と村重が前を向いて進むための、束の間のよしみだったんだなと。
晴家は最終的に村重を調伏するのですが、村重も後悔を残さず逝けたと信じたい。
そう信じなければ、晴家も読者もやりきれない。
 

「おまえがオレに勝つことができれば、その時こそおまえに……抱かれてやる」

 

「いんようになってから真の値打ちがわかる男や。そうならんよう、せいぜい大事にしたらええ」

 
次作『わだつみの楊貴妃』の展開を考えると、より一層突き刺さる狭間社長の忠告。
この時点では、自分達を”勝者”と”敗者”という型にはめざるを得ない二人。
景虎自身は勝敗自体にはそれほどこだわりはないんだろうけれど(勝敗は目的ではなく、あくまで直江を繋ぎとめる手段だから)、それすら直江の目には勝者の驕りとして映るんでしょうね。
兎に角、直江の自分に対する執着を失わせないための唯一の方法が勝者で在り続ける事。
これは辛い。
「勝者になる事」よりも「勝者で在り続ける事」が過酷だというのは想像に難くない。
涼しい表情とは裏腹に極限状態にいるんでしょうね、景虎は。
一見、高耶と景虎は正反対だけれど、根っこは同じ不器用な人間だというのがよく分かる。
 

鴨川べりに佇む高耶と晴家

今回、迷いを断ち切った晴家ですが、そこは人間だから、これからも何度となく不安や疑心暗鬼に捕らわれるのでしょう。
その度に、彼女は景虎を標として、時にふらつきながらも歩んでいくのだと思います。
主君としての怜悧さと人間的な優しさの間で焦燥を感じつつも、皆を支える景虎はやはり頼もしい。
それを晴家がきちんと理解しているのも良い。
400年共に生き続けた者同士の、家族よりも濃い絆が感じられる、温かなラスト・シーンでした。