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『炎の蜃気楼5 まほろばの龍神』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼5 まほろばの龍神 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼5 まほろばの龍神 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(5) まほろばの龍神 (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(5) まほろばの龍神 (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼5 まほろばの龍神』の感想です。
今回の舞台は古の都・奈良。
織田 vs 反織田勢力の戦いがいよいよ本格化、また直江の懊悩が深まりつつも、夜叉衆三人のコンビネーションが光る痛快な物語でした。
次の巻で高耶と直江の関係が激変してしまうので、シリーズ通してこうした爽やかな読了感は珍しい。
個人的には、夜叉衆の活躍を屈託なく楽しめる(直江は相変わらず悩んでいますが)、こうしたトーンの話をもっと読んでみたかったです。
 

『炎の蜃気楼5 まほろばの龍神』(1991年12月3日発売)

あらすじ

正体不明の火の玉が人や民家を襲う怪事件が発生し、調査のために奈良へやって来た高耶達。
事件の被害者・塩原の葬儀を訪ねた彼らは、塩原の義理娘・なぎが何者かに取りつかれているのを突き止める。
なぎはどうやら塩原に恨みを抱いていたようで……、彼女は義父を本当に殺してしまったのか?
一方、なぎの命を狙う者も現れて、事態はいよいよ混迷していくが……。

感想

織田と反織田、そしてそこに介入する夜叉衆。
《闇戦国》が今後さらに激化していくのを暗示する物語。
終盤では織田信長を本能寺の変で討った明智光秀の参戦が示唆されるなど、とうとう役者も出揃ってきました。
ホイホイ火(じゃんじゃん火とも言う)、平蜘蛛など、実際に存在する怪異譚が題材に使われていたのも、妖怪変化の類が好きな自分としては大変楽しく読む事ができました。
 
ja.wikipedia.org
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困った女の子を救うため、毘沙門刀片手に妖怪退治って、王道ですね。
爽快感と後味の良さは、時代劇を彷彿とさせる。
王道が王道たる所以。

今回登場した佐々成政や松永久秀も、それぞれ個性的でキャラが立ってました。
特に松永久秀は、将軍殺して主君殺して東大寺焼き払った極悪非道の下克上野郎で、おまけに最後は釜と爆死って壮絶すぎる。
キャラクターとしては興味深すぎる。
お近づきには決してなりたくありませんが(笑)。
 
そして、今回は千秋が大活躍の回でもありました。
記憶をどんどん取り戻していく高耶。
景虎に対する罪悪感と、今の高耶との安らかな時間の狭間で揺れる直江。
外見上は穏やかですが、内面は不安定な二人の間に立って、見事なバランサーを務めてくれました。
なぎとの疑似兄妹的な関係も、ほんわかしていて微笑ましかった。
儚げな妹と、一見チャラいけれど頼りがいのあるお兄さん。
女性には本当に優しいですね(晴家除く)。

そのなぎちゃんですが、線が細くて守ってあげたくなるような女の子。
ミラージュではなかなかお目にかかれないタイプかも(他の女性キャラにぶっ飛ばされそうな発言)。
でも、物語ラストでは芯の強さも見せてくれて、千秋も言っていた通り、五年後にはイイ女に成長していそう。
できれば秘書の山本さんと幸せになってほしい。
かなりの歳の差カップルではありそうですが。

各シーン雑感

御館の乱の夢

御館の乱については作中で何度か語られてきましたが、景虎様本人視点だと生々しさが違います。
義父の突然の死。
親友だと思っていた相手に追いつめられ。
妻子や忠臣も次々に亡くし。
漂う悲壮感と絶望感。
おまけに美奈子や三十年前の事件まで思い出しつつある。
高耶の意識と無意識のせめぎ合いに、こちらの胸も苦しくなります。
けれども、最後に彼を抱きとめるのは、やはりあの男で……。
高耶さんも、直江が自分にとってどんな存在なのか、潜在的に悟っているのでしょう。
 

高耶と千秋の珍道中

このコンビ、本当に大好き!!
高耶&直江とはまた違った味わい。
高耶の男子高校生らしい一面が見える。
というか、「タコ」、「座敷わらし」、「バカ虎」、「ダメ虎」って、むしろ小学生?
千秋はガキのお守と思っていそうですけれど、大丈夫、あなた達、色々な意味で同レベルですから(大丈夫なのか?)。
なにかと言うと相手に罵詈雑言を飛ばしあっていますが、こちらからするとじゃれ合っているようにしか見えない。
高耶、譲、千秋の城北高校トリオも良いですね。
千秋の荒い運転でも譲は平然としていたとか……、譲、最強か?
さすが六道界の脅威(違)。
 
そんな雰囲気で漫才を繰り広げつつも、さすが、千秋、締める所は締める。
 

「答えは全部、おまえの中にある。おまえが知りたいと思ってることも、俺たちが知りたいことも、答えはすでにおまえが知ってるはずなんだ」

 
これは夜叉衆の中でも、千秋じゃないと言えない台詞ですね。
 

東大寺三月堂をお参りする直江

個人的に、このシーンはシリーズ中でも屈指の名場面だと思っています。
不空羂索観音像や、どこかしら美奈子の面影のある日光・月光菩薩像を参拝する直江が振り返るのは……。
三十年前の織田信長との戦い。
その時に起きた悲劇と己が犯した罪。
そして、景虎の行方が分からないまま抜け殻のように生きてきた自分と家族の献身。
彼の歩んできた激動とは裏腹に、三月堂の雰囲気や直江の佇まいが透徹としていて、読者であるこちらも厳粛な気分になります。
直江は景虎が不在の時も、こうして過去や罪、景虎に対する劣等感や独占欲とずっと向き合ってきた事が察せられる。
ただ、仏を目の前にして束の間の心の平穏は得られても、彼が救われる事はない。
なぜなら、本当の意味で彼を許し、救えるのは、景虎ただ一人だから。

最後に直江は、残照に染まった空を見上げた。
 

この空は……。
あなたをいとおしいと思う気持ちに、よく似ている。

 
直江はなにかと言うと、景虎に対する己の気持ちを卑下しますが、この空は得も言われぬ美しさを放っていたに違いありません。
 

信貴の毘沙門さんを訪れた千秋となぎ

なぎの身の上話も超重要ですが、タイガース御守りに笑います。
張り子の虎と合わせて、上杉の景虎シンパの間ではマストアイテムになっているかもしれない。
流石の千秋もわらごまするしかありませんね、好きか嫌いか言い辛いし(笑)。

ホテルでの高耶と直江のやり取り

高耶に対して、切々と思いの丈を語る直江。
そりゃあ、「あなたを護るのは、この私です」とまっすぐに告げられ、それを躊躇う事なく実践されたら、高耶さんではなくとも信頼を寄せ、手放したくなくなる。
直江との関係を壊すくらいなら記憶を取り戻したくない高耶に「それは甘えですよ」とすげなく切り捨てる直江。
それでも高耶を想う気持ちは止め処なく……。
 

「……ゆるして……ください……」
顔をよせていきながら、精一杯の想いでささやいた。
「……私を……こばまないで……」

 
保護者の仮面を外せるのは、高耶が眠っている時だけだというのがツラい。
この辺りから直江の自縄自縛がさらにきつくなって、こちらも息苦しくなってきます。
 

《剣の護法童子》初登場。

困った時の護法童子という感じで、シリーズ通して大活躍した《剣の護法童子》が初登場したのもこの巻でしたね。
汎用性高すぎ。
一家に一台欲しい(?)。
密教系の知識もどんどん思い出して、高耶の覚醒が日増しに進んでいるのが実感を伴って感じられました。
上杉にとっては戦力拡充につながるけれど、直江としては非常に複雑な気分だったのでしょうね。
 

なぎとの別れ

もうね、千秋の優しさが胸に染みました。
なぎちゃん、今後も辛い事があるかもしれませんが、千秋にもらった張り子の虎と、あと山本さんがいてくれれば、きっと乗り越えていけると思います。
一方、自称・竜神のお使いさん達。
高耶はともかく直江が限界ギリギリ?
保護者の仮面の下にある狂犬を隠しきれなくなってきました。
もしもし、尻尾はみ出てますよ?
そんな二人を見て、(おまえら二人、放っておけねぇよな……)って、千秋、イイ奴過ぎるでしょう。