ボーイズラブのすゝめ

ボーイズラブ系のコミックス&小説の感想を中心に。

『炎の蜃気楼4 琥珀の流星群』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼4 琥珀の流星群 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼4 琥珀の流星群 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼(ミラージュ)〈4〉琥珀の流星群 (コバルト文庫)

炎の蜃気楼(ミラージュ)〈4〉琥珀の流星群 (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼4 琥珀の流星群』の感想です。
前巻『硝子の子守歌』の衝撃のラストが契機となり、覚醒が急速に進む高耶。
景虎として目覚めつつある高耶の姿に、直江は何を思うのか?
二人の動向から目が離せません。
また、仙台の一般人達をも巻き込んだ最上氏との熾烈な戦いも、決着の時。
 

『炎の蜃気楼4 琥珀の流星群』(1991年9月3日発売)

あらすじ

松本から急ぎ駆けつけた譲と千秋が見たのは、《闇戦国》に国領夫妻を巻き込んでしまい傷つく高耶の姿だった。
罪悪感と無力感に苛まれる事によって、刻々と本来の力を取り戻していく高耶。
一方、最上が行使するダギニ天法も着々と進行し、残すところ三か所の《壇》が揃うと完成するところまで来ていた。
高耶達は伊達政宗と協力関係を結び、最上に対して呪法合戦を挑むが……。

感想

この巻から、サイキックアクション&伝奇物としての魅力に、一層磨きがかかってきました。
仙台ををめぐってしのぎを削る、上杉夜叉衆&伊達方と最上を代表とする東北の武将達との鍔迫り合いの迫力。
そして、降三世明王&大威徳明王対ダキニ天法は、まるで怪獣大戦争のような趣き(笑)。
譲の《六道界の脅威》と称される所以も垣間見えましたし。
また、裏では高坂弾正や森蘭丸が暗躍し、自軍の利を虎視眈々と狙っている。
読者は目まぐるしく変わる戦況を、固唾を呑んで見守るしかできません。

また、今作はサイキックアクション&伝奇物であると同時に、親子や家族をテーマにしたヒューマン・ドラマでもありました(ミラージュはどの作品もその色合いが強いですが)。
高耶と佐和子。
伊達政宗・小次郎兄弟とお義の方。
最上義康と最上義光。
時に傷つけあい、時に憎みあい、時に殺しあい……。
様々な親子の形から見えるのは、やはり子供はどんな時も親の愛を求めているという事。
ただ感情の赴くままに愛し愛される事ができれば幸せだけれど、そうはいかないのが乱世のシビアさ、そして人間の業の深さのなせる業なのでしょう。
桑原先生は主要人物である高耶や直江ばかりではなく、脇役に至るまで一人一人にきちんと”物語”を与え、心の機微を描いてくれるのが本当に素晴らしい。
その事により作品自体に説得力と厚みが増し、より読者の心を打ちます。

そうした物語と並行して、高耶も本来の力をいよいよ取り戻しはじめました。
大事な人を傷つけられて覚醒していくというのは王道中の王道ですが、高耶の心中を想うとやるせません。
しかし、普段の不器用でセンシティブな高耶さんも良いですが、威厳と指導力に満ちたカリスマ・景虎様は格別ですね。
毘沙門刀でバッサバッサと敵をなぎ倒す姿が、本当に決まってる。
戦場の高耶を目の当たりにした直江が「これぞ我が主君」という感じで高揚するのも分かります。

その直江ですが、高耶の覚醒が進むにつれて、彼の苦悩もさらに深まっていきます。
景虎には《力》と記憶を取り戻してもらわなければならない。
しかし、記憶を取り戻したら、もう彼の傍にはいられない。
高耶と居心地の良い関係を築き始めていたからこそ、その破綻が恐ろしくて仕方がない。
それは直江の人間的な弱さに端を発してはいるけれど、幸せな現状を壊したくないというのは誰もが持ちうる感情。
その人としての弱さに自分の姿も重ねてしまい、共感を覚えずにはいられません。
 

各シーン雑感

国領夫妻を巻き込み傷心の高耶さん

読者である私ですら「うわぁぁあぁ~~~!!!」となりました。
国領さん達がとても良い人達なので、その悲劇性がより一層強調されます。
このシリーズ、この先ずっとこんなシーンの連続なんですけどね(涙)。
何度でも言いますが、高耶さん、まだ16歳の少年ですよ!
担わなければいけないものが大きすぎる。
彼の宿命と言ってしまえばそれまでですが。
「直江、山形から飛んできて!早く高耶さんを慰めて!」と、直江に対して八つ当たり気味な事を思ったり思わなかったり(どっちだよ)。
ただ傍にいる事しかできない譲も辛かったでしょうね(高耶にとっては、親友が傍にいてくれる事は本当にありがたかっただろうけれど)。
意識が朦朧としている国領さんが譲を見て「……そこにおるのは……仏……か……」と呟いたのにもドキッとしました。
生死の境にいる国領さんと、譲の正体と、ある種のダブルミーニング。

”橘義明”を捨てるか否か迷う直江

最上方に捕まり、このままでは催眠暗示により敵の操り人形と化してしまう。
それを回避するには”橘義明”の体を死なせて換生し直すしかない。
その生死の瀬戸際で、直江が思い出すのはやはり景虎の言葉。
人並みの情を捨てるなら自分達は本物の夜叉になるしかないと、景虎は以前から考えていた。
死生観や生き様など、景虎の思想が直江という一人の男に染みわたっている。
直江にとって景虎の存在がいかに大きいかが分かります。
《邂逅編》を読むと、そう思うに至った背景が描かれていて、さらに深みを増しますね。
 

景虎を目覚めさせようとする高耶を止めてしまった直江

「お前だけは永久に許さない!」がリフレインし、動揺を隠せない直江。
優しい関係の終焉がどんどん近づいているようでゾクゾクします。
 

「おまえは、景虎に何をしたんだ!」

 
記憶のない高耶に問われ、直江はさぞ辛かった事でしょう。
まるで高耶と景虎、両方から責められているような気分。
おまけに高坂は追い打ちかけてくるし、直江も踏んだり蹴ったり。
 

「ああまでいくと悲劇を通り越して喜劇だな。美奈子を犯して孕ませ、己の子を宿したその体に景虎を無理矢理換生させるなど」

 
少女小説の主要登場人物にここまでさせてしまったのですから、当時のコバルト編集部としてもかなりの冒険だった事でしょう。
 
直江は本書の終盤で、景虎と景勝や景虎と美奈子の仲を裂いたように、高耶と譲の友情を壊すようなことは決してするまいと心に誓います。
しかし、それを自分に言い聞かせている時点で、かなり危うい地点まで来てしまっている事が察せられます。
 

背中を預け合う高耶と直江

政宗公と対面したり、戦闘の時などもそうですが、高耶の後ろに直江が付き従ってくれると読者も安心&テンション上がります。
 

「今日はお前がいるんだなって思って」

 
直江が背中を守ってくれるから、高耶も凛と前を向いていられる。
直江は直江で、勇猛果敢な高耶の姿に触発される。
二人とも、乱世を駆け抜けた戦国武将なのだなとあらためて実感。
そして「この二人はやっぱりこうでないと!」と思わせてくれます。
 

仏 vs 狐と黒成田降臨

降三世明王&大威徳明王対ダキニ天法は凄い迫力でした。
これぞサイキックアクションの醍醐味。
おまけに黒成田も初降臨。
六道界の脅威、コワッ!!!
『緋の残影』で加助達を浄化した慈悲深さとは対照的。
まあ、この二面性(というか混沌)が、彼の本性なんですが。
これに相対した義康も何気に凄い。
父親のくびきがなければ、もっと大成したんじゃないでしょうか、この人。
ただ父の愛をひたすら求めていただけなんですけれどね。
お義の方などもそうですが、たとえ高耶に敵対する側だとしても単純に善悪二元論で割り切れないから、義康の事も嫌いにはなれませんでした。
 

「安心しろ。私も戦国に生きた人間だ。一度とりかわした約束はかならず守る」

「どの口が言う!?」という高坂の発言。
相変わらず好き放題やっている稀代の謀略家。
この後のあまりに華麗な手のひらくるりんぱに、思わず唖然&笑いがこみ上げてきました(笑ってる場合じゃないけれど)。
父親に冷たくあしらわれるわ、こんな性質の悪い人間に目をつけられるわ、義康が哀れすぎる。
 

上杉夜叉衆 vs 最上義光

妖怪大戦争からすると多少スケールダウンですが、夜叉衆四人が力を合わせてというのが熱かった。
晴家と長秀が主役である高耶の露払いを務めているのも、お約束ですが良いですね。
なんだか戦隊物っぽさも感じられる。
大将が引っ張ってくれると、晴家や長秀も燃えざるを得ないでしょう。
上杉の活躍を前に、血気盛んになっている成実も可愛かった。
 

命を取り留めた国領さん

本当に良かった~~~!!!
……と、読者である私も胸を撫で下ろしました。
高耶達に対して恨み言ひとつなく、送り出してくれる姿に高耶でなくとも涙が止まりません。
餞別の言葉も素敵。
 

「おまえさんはどこまでも大きな人間になれ。強くはならなくてもよい。大きくなれ。そうしていつか、おのれの過去も、罪も、他人がおのれに犯した罪も、……受け入れられるようになるがよい」

 
この後の展開を知っていると、高耶の生き様とオーバーラップしてさらに涙腺がぶっ壊れます。
どこまで読者を泣かせれば気が済むんだ、『炎の蜃気楼』!!!
 

高耶と佐和子の別れ

ここも屈指の泣きシーン。
もう、瞼がパンパンです。
勘弁して下さい。
高耶の佐和子に対する複雑な想いやわだかまりは消える事はないかもしれない(彼自身も”仰木高耶”に換生したという負い目もあるから)。
しかし、芯にあるのはただただ母親を思い慕う気持ちなんですよね。
「母さん!」という叫びにも涙腺決壊。
 

「あなたは、もう自分に嘘なんてつかなくていいんですよ」

 
高耶の素直な本音を引き出す直江の言葉が温かい。
とめどなく涙を流す高耶の隣に、直江がいてくれて本当に良かった。