ボーイズラブのすゝめ

ボーイズラブ系のコミックス&小説の感想を中心に。

『炎の蜃気楼3 硝子の子守歌』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼3 硝子の子守歌 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼3 硝子の子守歌 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(3) 硝子の子守歌 (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(3) 硝子の子守歌 (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼3 硝子の子守歌』の感想です。
第一巻、第二巻の舞台だった松本を離れ、高耶は一路、杜の都・仙台へ。
この巻から、上杉夜叉衆による怨霊退治の全国行脚が本格的に始まります。
 

『炎の蜃気楼3 硝子の子守歌』(1991年6月1日発売)

あらすじ

原因不明の建物倒壊が続発する仙台へやって来た高耶と晴家。
慈光寺の和尚・国領の協力の元に調査と開始するが、事件の裏では東北の怨将達が蠢いていた。
そんな中、いまだ《力》や記憶が戻らない高耶は、幼い頃別れた母が住んでいる町を訪れた事により、さらに不安定になっていく。
一方、直江は山形入りし、政財界を巻き込んだ贈収賄事件を単独で追っていた。
だが大物政治家・植島に憑依している最上義光の手に捕らえられてしまう。

感想

前作までは高耶達の地元・長野県松本市で繰り広げられていましたが、今回は宮城県仙台市が舞台。
《仙台編》は、この『硝子の子守歌』と次巻の『琥珀の流星群』という二冊構成という事もあり、物語のスケールが段違いで大きくなりました。
仙台市内をすっぽりと収める結界という規模の大きさに、読者としてはワクワクが止まりません(シリーズが続くにつれ、その規模はさらに拡大していきますが)。
また今までは一つの陣営を相手にしていれば良かったのが、今回は複数の陣営の思惑が入り乱れています。
東北の武将達はもちろん、最上の裏に垣間見える森蘭丸の影や、高坂弾正が暗躍しているのも不気味。
単に力押しのバトルには留まらない駆け引きと謀略、また時々刻々と変わる勢力図なども、この作品のひとつです。

東北の戦国武将というと、今回敵役である最上や芦名なども有名ですが、突出して人気が高いのはやはり《遅れてきた独眼竜・伊達政宗》。
伊達政宗は大体どんなフィクションでも美味しいところを持っていくキャラですけれど、このシリーズでもご多分に漏れず。
仙台の平和を第一に考え、度量もあり、ストイックで渋いお人柄。
高耶も一目会って、彼の内面に感じ入るものがあったようですね。
臣下の片倉小十郎景綱や伊達成実も良い味を出してます。
智の小十郎と武の成実、どちらも殿の事が大好きなようでホッコリ。
こんな為政者になら仕えてみたい……、そんな伊達家中。

……と、周囲に恵まれた政宗公ですが、仙台を狙う最上義光とは伯父・甥同士。
おまけに、政宗が生前弟の小次郎を殺した因縁で、実母のお義の方と小次郎は最上方についてしまっている。
小次郎はそれでも兄を慕っているんですが……、戦国の世の習いとはいえ世知辛い。
 
一方、主人公勢に目を向けてみると。
高耶は引き続き《力》と記憶が完全には戻らず、不安や孤独、無力感などに振り回されています。
また、仙台は高耶が幼い時に分かれた母・佐和子が再婚後に移り住んだ町でもあり、そこを訪れた事が、彼の不安定に拍車をかけている。
たとえ冥界上杉軍・上杉景虎であるという事実を突きつけられようと、彼にはその記憶が一切ない。
周囲の変化だけが加速しても、高耶の感情が全く追いついていない。
たった16歳の背中があまりにも重い荷物を背負いこんでいて、なんだか切なくなります。

そこに現れたのが、今回初登場の国領さん。
時に優しく、時に厳しく、高耶を導いてくれました。
高耶と国領さんが過ごした時間は少ないですが、”仰木高耶”という一人の人間が成長していく過程で、彼の存在はかなり大きなウエイトを占めていたと思います。
だからこそ、本作のラストで高坂がやった事はちょっと許せないんですが(彼には彼の事情があるのは分かりますが)。

他方、直江は直江で脳内グルグル状態。
高耶との距離感に戸惑っています。
高耶が記憶を失っている内はまだしも、いつ覚醒して「お前だけは、永久に許さない!」と自分を追放するのではないかとビクビクしている。
 

あのひとを悲しませることは傷つけることは、二度としない。――そのために、たとえ自分を偽ることとなっても……。

 
あぁ、フラグを立ててしまった……。
この狂犬さん、一見禁欲的、理性的に見えて、我慢がきかないからなぁ……。
 

各シーン雑感

スパルタコーチ・千秋

『緋の残影』後、高耶の《力》を開発するコーチとして、千秋修平が就任した事が判明。
詳細な描写はありませんが(短編集『深紅の旗をひるがえせ』所収の「ふたり牡丹」で明らかになってます)、以下の台詞だけとってみてもレッスンの強烈さがうかがえます。
 

これっくらいも動かせねーのか!おめー、記憶の分、脳みそ減ったんじゃねーのか。これ動かせなかったらクズだ、クズ!動かせってんだ、ばっかやろォ!

 
私情入りまくりでしょう、これ(笑)。
立て板に水の如く、罵声が飛んできたんだろうなぁ。
このコンビもなんだかんだと言いながら、友人同士が駄弁っている感じが出ていて微笑ましい。
本人達は、互いが友人だとは絶対認めないだろうけれど。
 

高耶と国領さんの交流

具体的にどのシーンという事はないんですが、この二人のやり取りはすべて印象的でした。
人生の師匠と跳ねっ返りの弟子。
もしくは疑似的な祖父と孫。
とにかく国領さんの、酸いも甘いも噛み分けた含蓄深い言葉がいちいち胸に沁みます。
 

「人はな、生きとるうちに何べんでも生まれ変わる。肉体が死なずとも、本人がそう願えば、何度でも変わることができるのじゃ」

 
本書の後半に見られる言葉は、高耶と佐和子の事を諭しているのと同時に、景虎と直江の関係性も示唆しているのが深い(国領さん自身も与り知りませんが)。
シリーズを読み通した後だと、台詞の数々がより味わいを増す。
高耶はこの後流転の人生を歩むけれど、その度に国領さんの言葉が脳裏を過ったのではないかと思います。
それ位、彼の胸に強く刻まれたのではないかと。

国領さんの奥さんも、ほぼ台詞はありませんが、温かいお人柄がしのばれる。
だって、あの国領さんの奥さんだもの!(なんだこの信頼の高さ)
優しい人達に出会えて、高耶の冷えた心も、束の間でも癒されたんだろうなぁ。
だからこそ、本書のラストはとてもショックでした。
 

佐和子の新しい家庭を、影からそっと眺める高耶

……切ない。
母親が違う家庭を持って、自分がいた場所は既に別の子がおさまっていて……。
孤独と疎外感が半端ない。
そこにはいつもの大人びた表情はなく。
高耶がまるで捨てられた子犬のようで、こちらも泣けてきました。
ここの挿絵で、高耶の義弟が彼に似ているのがまた涙を誘います。
高耶の中では、まだ何の屈託もなく母親に甘える事ができた、幼い頃の自分の姿と重なったのかもしれない。
 
後は高耶と高坂、何気にこのシーンが初対面だったんですね。
高坂が高耶さんにハンカチ差し出してきた事にちょっと笑いました。
そう言えば、このハンカチの洗濯やアイロンがけは、やはり武田の《鵺》辺りがやってるんでしょうか?
 

経ヶ峯の竜と虎

高耶さんと政宗公が、伊達家の墓所・経ヶ峯を訪れるシーンも趣深い。
奇しくも、高耶も政宗も、母親の傍にいられなかった者同士。
そして、このシリーズの展開を考えても、なかなか因縁の深い二人。
この頃はまだ景虎の記憶が戻っていないので、君主同士というよりも、年少者と頼りになる年長者という感じですが。
国領さんと同じく、政宗も仰木高耶が成長していくための様々な足掛かりを与えてくれた一人。
ずっと協力関係でいられれば良かったんだけれど。

このシーンでは、高耶が自分と直江を政宗公と小十郎の姿にオーバーラップさせているのが良い。
互いに敬意を持ちつつも、気の置けない関係。
主従の理想形のひとつ。
高耶にとって直江の存在が、欠かせないものになっているのが伝わってきます。
 

捕らえられた直江

襟元の乱れたYシャツに手錠、おまけに催眠術(未遂)とか……、最上殿、侘びさびを解してらっしゃるな、と……(?)。
ここ、ちゃんと挿絵も付いているのがもうね…、本当にありがとうございます!
桑原先生、東城先生、コバルト編集部……、読者はどこに向かって五体投地すればよろしいでしょうか!?

高坂弾正のやりたい放題劇場

これもどのシーンとは言い難いんですが、重厚なストーリーの中で、とにかく高坂だけがイキイキとして楽しそうでした。
最上義康を手玉に取ったり。
高耶にハンカチ差し出してみたり。
伊達家にズカズカ上がり込んで、シャワー、浴衣、コーヒーまで所望。
カラスと戯れたり(多分、他に友達いない)。
挙句に寺に火をつける。
愉快犯ここに極まれりという感じ。
でも、そんな高坂、嫌いじゃない(慈光寺に放火したのは許せんが)。