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『イエスかノーか半分か』(一穂ミチ/新書館ディアプラス文庫)感想【ネタばれあり】

イエスかノーか半分か【電子限定SS付き】 (ディアプラス文庫)

イエスかノーか半分か【電子限定SS付き】 (ディアプラス文庫)

イエスかノーか半分か (ディアプラス文庫)

イエスかノーか半分か (ディアプラス文庫)

 
一穂ミチ先生の『イエスかノーか半分か』の感想です。
クレイアニメーション作家×キー局のアナウンサー。
冒頭から主人公・計の性格&毒舌がインパクト抜群ですが、ただのギャグと勢いの作品ではありません。
お仕事小説としても優秀で、主人公である計と潮が、それぞれ一人の人間として如何に仕事と真剣に向き合っているかが伝わってきます。
 

『イエスかノーか半分か』(2014年11月8日発行)

あらすじ

旭テレビのアナウンサーで、確かなアナウンス能力と爽やかな王子様系のキャラで頭角を現す国江田計には、誰にも言えない秘密があった。
それはとんでもない猫かぶりだという事。
使えないスタッフやたるんだ同僚達を、内心では「愚民」と呼び、キャラに合わない古ジャージ、サングラス、マスクで正体を隠して牛丼などを片手に周囲を散歩するのが、彼の日課であり癒しだった。
ところがある日、素の状態で夜の街を歩いていた計は、昼間、仕事で出会ったクレイアニメーション作家・都築潮と再会してしまう。
幸い正体はバレず、とっさに「オワリ」という偽名を使った計だったが、なぜか潮と友達のような関係を結ぶ事に。
さらに潮は猫をかぶった「国江田さん」が好きなようで、事態はいよいよややこしくなってしまう。
交流する内にどんどん潮に惹かれていく計は、自分の本性を偽る事に苦痛を覚えはじめるが……。
おまけに、局の看板アナウンサー・麻生圭一のガン発覚により、夜のニュース番組「ザ・ニュース」のMCに急遽抜擢されてしまい、仕事の面でも大きな壁に突き当たってしまう。
 

感想

「イエスかノーか半分か」

まず計が長年飼っているとんでもない猫(自分のイメージにそぐわないものは完全に排除する徹底ぶり)と、周囲の人間を心中で「愚民」と呼んで憚らない、立て板に水の毒舌に口があんぐり。
テンポと小気味の良さで、否応なく一気に引き込まれるような感覚を味わいます。
しかしかなり強烈な毒舌でも、計から嫌な感じを受けないのは、彼の言っている事が当を得ているのと、彼がなんだかんだ言いつつも、アナウンサーとして研鑽を怠らない頑張り屋だから。
器用である事は確かだけれど、決して天才ではないんですよね、彼は。
 
片や、攻めの潮はマイペースかつ包容力のあるタイプ。
己に嘘をつかず泰然自若と生きている彼に、ほぼ24時間全方位に向かって気を張っている計が、素の自分を受け入れてもらい、どれほど癒されたのが納得できる。
当初は外面の良い「国江田さん」に惹かれたように見せかけて(実際、騙されていたんだけれど)、実は計の本質をきちんと見抜いていたのにもトキめきます。
ボロボロに使い込んだアクセント辞典を見て「国江田さん」に絆されたり、「オワリ」の正体を知らないとはいえ、当の本人に向かって「国江田さん」を褒めるエピソードなどにもニヤニヤが止まりませんでした。
 
計の正体を悟るまでは、潮も悩んだだろうな。
なんせ「国江田さん」と「オワリ」、まったくタイプの異なる人間を、ほぼ同時に好きになってしまったんだから。
彼の性格を鑑みるに、計の正体を知った後は、騙された怒りよりも、返って腑に落ちてすっきりした爽快感が勝ったに違いない。
計の正体を見抜いたきっかけも振るってます。
まさにアナウンサーという職業ならではの理由。
そして潮は計の事を本当に良く見てるんだなという事が、如実に伝わってくる。
 
計を支えつつ、でも甘やかしすぎない言動に、潮が一己の職業人として計を認めているのが伝わってくる。
潮に対する計の気持ちも、もちろん同じ。
二人の関係は恋人であると同時に、気心の知れた親友のようでもあり……。
二人が牛丼や焼き鳥を摘まみながら、駄弁っているのを想像するだけで微笑ましい。
いかにも「THE 男子」という感じで。
 
Hシーンも、その延長線上にあって、ぽんぽん飛び交う会話が面白い。
だからこそ、いつもは超強気な計が、潮に甘えたり、縋ったりするギャップがたまらん。
これには、普段は滅多に動じない潮も、さすがにメロメロですね。
 
お仕事小説という観点から見ると、華やかな舞台裏には、地味な工程や、目に見えぬ様々な努力があるんだなというのが、一つ一つの場面を丁寧に積み重ねる事によって語られています。
そして、どんなに逃げたいような状況でも、立ち向かわなければならない、ここぞという時がある事も。
実はそれはほとんどすべての職業に共通していて、社会人経験がある読者なら感慨を覚える方も少なくないはず。

 
特に熱い展開だったのは、クライマックスで計が「ザ・ニュース」初回のMCを務める場面。
潮の言葉に背中を押されつつ、見事やり遂げた計は、アナウンサーとしても、人間としても一皮剥けたのが感動的。
本番中は、読者である私も、脳内でドーパミンがドバドバ出まくるぐらい興奮してしまいました。
 

「両方フォーユー」

両想いになった後、賑々しくも幸せな日々を送る二人でしたが「もし潮以外に計の本性を受け入れる人間が現れたらどうなるのか?」という、中々重いテーマを孕んでいる続編。
二人の間に立ちはだかる当て馬(本人のキャラからすると、あまり「立ちはだかる」って感じじゃないけれど)で、計の後輩アナウンサー・皆川竜起の人物造形がかなり濃い。
計も樹も相当イイ性格していますが、竜起は同等か、それ以上の逸材。
あっけらかんと本音丸出しなのに、底知れないものを感じる。
潮ですら最初は「国江田さん」に緊張気味だったのに、竜起は計の本性を知ってもこゆるぎもしませんでしたからね。
おまけに仕事に関してもなかなか有能だし。
う~ん、侮れない。
 
仕事の都合で潮はアメリカに行ってしまい、その隙をついて、竜起が計にグイグイ迫ってくる。
さらに潮と電話でギクシャクしてしまった計は、ついに竜起に流されてしまいそうになるが……。
潮、緊急帰国してくれたのはありがたいけれど、受けにプロレス技を手加減無しでかける攻め、初めてみたかもしれない。
私が知ってるボーイズラブの「お仕置き」と明らかに違う(笑)。
まあ、それぐらい計を愛しているという気持ちの裏返しなんですけれど。
一方、計も単に自分の素を認めてくれる相手としてだけではなく、一個人としての潮が大好きなんだという事を再確認。
 
好きな相手を他人とシェアするなんて冗談じゃないですよね。
いつもは鷹揚な潮が、竜起に対して本気で怒っている姿が格好良い。
竜起に計の猫かぶりをばらさないように口止めするのも含めて、アフターフォローも万全。
両成敗という感じで、竜起に対して計に謝罪するように言うのも、同い年にも関わらず保護者の風格。
マジでできた彼氏ですね。
 
ここで若干しおらしくなりつつも、絶対謝罪したくないマンな計が非常に「らしい」ですが。
一応失恋したはずなのに、まったく悲壮感ナッシングな竜起もスゴイ。
彼に関しては、最後までつかみどころが見つからなかった。
のらりくらりとかなり振り回してくれたはずなのに、主人公二人や読者に悪感情を抱かせないのが、只者じゃありませんね。
まあ、その辺りは、竜起が主人公になっている番外編に譲るとして。
 
竜起が退散した後は、計の部屋でラブラブイチャイチャ。
これまで二人の関係は潮の自宅の中でほぼ完結していたような気がしますが、それだとなんとなく対等な二人らしくない。
計の部屋で二人が抱き合う事によって、本当の意味で彼らが結ばれたのを感じとる事ができました。
 
Hシーンと言えば、今回はラストを含めて三回となかなか豊富だった印象。 
個人的に萌えたのは、中盤のテレフォンチョメチョメ。
前々から何となく察していましたが、潮はかなりのムッツリだと確信。
言葉責めがいちいち楽しそうでなにより。
片や、無意識に潮のツボを撃ち抜いていく計も色っぽかった&可愛かった。
潮も不意打ちで、何度もイかされそうになってましたからね(笑)。
 
計も女性との交際経験はあるようだけれど、ずっと猫をかぶり続ける事に終始していたから、恋愛や性を楽しんだ経験ってほぼ皆無なんでしょうね。
だから同じ男同士にも関わらず、潮のツボが今ひとつ理解できず、不用意に連打しちゃうんだろうな。
だが、そこが良い。
これは潮も、さぞ開発し甲斐があるでしょう。