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『おうちのありか イエスかノーか半分か3』(一穂ミチ/新書館ディアプラス文庫)感想【ネタばれあり】

おうちのありか?イエスかノーか半分か(3)? (ディアプラス文庫)

おうちのありか?イエスかノーか半分か(3)? (ディアプラス文庫)

おうちのありか ~イエスかノーか半分か (3)~ (ディアプラス文庫)

おうちのありか ~イエスかノーか半分か (3)~ (ディアプラス文庫)

一穂ミチ先生の『おうちのありか イエスかノーか半分か3』の感想です。
今回は、今までいつも計を支えてくれた潮が窮地に陥ります。
明かされた潮の意外な過去。
計を守るために、別れを決意する潮。
果たして、計は潮を取り戻す事ができるのか?
 

『おうちのありか イエスかノーか半分か3』(2016年6月30日発行)

あらすじ

付き合い始めてから二年。
公私ともに順調な計と潮。
しかし一転、計が衆議院の解散総選挙に出馬するという記事が週刊誌に掲載された事により、周囲はにわかにざわつき始める。
時同じくして、潮に来た仕事のオファーが立て続けにキャンセルされる事態に……。
潮はその裏に、ある人物の思惑がある事に気付く。
おまけに、計のプライベートの秘密まで握られてしまい……。
潮は計を守るために、別れを決意するが……。
 

感想

今回は主人公二人はもちろん、読者にとっても辛いストーリーでした。
いつも後ろでどっしり構えていてくれる潮がいないだけで、こんなに安定感を欠き、ここまで不安を煽られるとは……。
そんな潮の出自が明かされた今作。
電話出演のみではあるものの、家族の姿が垣間見えた計と比べて、潮についてはバックグラウンドがまったく見えなかったため「何かがあるな」とは予想していましたが。
二人の幸せなシーンとは反比例して、前半からせり上がってくるような胸騒ぎ。
そして、彼が背負うものは想定以上に重かった。
 
潮が訥々と語る過去が悲しい。
ただただ親に恨みつらみをぶつけるのではなく、一個人としての生き方を認めつつも、決定的な面でどうしても相容れない親子の姿が切ない。
読んでいて、一穂先生、本当に上手いなと思うのは、潮の父母を安易に悪役にするわけではなく、かといって必要以上に美化するでもなく、その塩梅が非常にリアルな点。
 
どうして潮の両親は、そこまで無茶をせざるを得なかったのか?
たとえ人の子の親だとしても、万能な人間ではないという、当たり前だけれど残酷な事実が胸に迫る。
本作の後半を読むと、その事情が見えてくるのですが、それを知っても全面的に受け入れるのは難しい。
もっと違う道がなかったのか?
ましてや、父母の置かれた状況を知らなかった潮なら、なおさらそう考えずにはいられなかったと思います。
潮と彼の父親、両方の気持ちが理解できるからこそ、読者も遣る瀬無さを味わう。
 
こうした割り切れない想いや自分の在り方を突き詰めてきたからこそ、潮はあれほど度量の広い男になり得たんだろうな。
本人も自覚している通り、潮が計との別れを選んだのはエゴとも言えるけれど、それでも自分が惚れた、アナウンサーとして進化し続ける計を失くしてしまう事はどうしてもできなかった。
潮は計の一部分だって失えないのは、前巻ですでに証明済みですし……、そういう、ある意味、欲張りな男なんです、潮は。
また、母を守れなかった父のようにどうしてもなりたくなくて、自分は精一杯愛する人を守ろうしたんだと思います。
いつもは飄々としている潮の、計に対する拙いけれど深い、そんな愛に感動を覚えました。
 
まあ、守られた計にしてみたら「勝手に決めやがって!ふざけんな!」という感じでしょうが(笑)。
今回の計は本当に格好良かった。
潮に別れを告げられた直後、あまりにも傷つく彼に、読者であるこちらも胸が痛みます。
ですが、基本的には潮を諦めようなんて選択肢は鼻っから存在しないのが、実に彼らしい。
しかし、もし潮と出会わなければ、計はこれほどまでに何かに貪欲になる事ができただろうか?
ここまで形振り構わぬ行動に出られただろうか?

そう考えると、今回の展開は非常に感慨深い。
 
計からしたら、潮の父親の思惑などはもちろん与り知らぬし、「潮=自分の安全地帯」を奪っていく者は、須らく敵なんですよね。
計が潮を取り戻そうとするのは、もはや生存本能に近い。
それは、当の潮であっても止められない熱量で。
だからこそ、計が潮のもとへたどり着く過程の尋常ではない必死さや、潮の父親に切った啖呵に心を揺すぶられました。
そして、お姫様(潮)を攫って行く姿は、まさに王子様。
これは潮でなくとも惚れ直します。
潮の父親もぼやいていますが、息子さん、色々な意味でとんでもないのを引っかけてきちゃいましたね。
 
本作のテーマは、タイトルにもある通り「おうちのありか」。
計と潮が様々な時間を共有した家が、あまりにも呆気なく壊されてしまったのにはショックを受けました(本当に自分でも驚くほど衝撃的だった)。
二人のこれまでの思い出が、走馬灯のように脳裏を駆け抜けたぐらい。
「一穂先生、容赦ないな」と、計と同じく打ちのめされました。
でも、読み進めていく内に、それはどうしても必要なプロセスだったのだと、読者は悟ります。
家を失っても涙を流す事すらできない不器用な潮を、計があえてひっぱたいて泣くように仕向けてあげるシーンにジーンときました。
互いが互いを支える、本当に良いカップル。
 
そして、相手がいる場所こそが、自分達の還るべき「おうちのありか」であるという答えに、二人は最終的にたどり着く。
それぞれの理由から、ありのままの自分を受け入れてもらえる場を持てなかった、どこか不安定な計と潮が、出会い、恋をして、やっと手に入れた、かけがえのない居場所。
「居場所=人生の軸足」を手に入れたからこそ、計はアナウンサーとして、潮はアニメーション作家として、より輝く事できる。
 
そんな二人が、新たな住処を手に入れて、再びスタートを切った事に胸が熱くなりました。
子供の頃の潮が家族と住んでいた家が、新居になっているというのも良いですね。
潮達一家がかつて壁に残した手形。
時は皆に平等に流れ、取り返しのつかない事もあるけれど、そこには幸せだった頃の痕跡が残り続ける。
今は道を分かってしまっても、いつかは父親とも理解し合えるのではないかという余韻を残しつつ。
とても素敵な大団円でした。