ボーイズラブのすゝめ

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『交渉人は疑わない』(榎田尤利/大洋図書SHY NOVELS)感想【ネタばれあり】

交渉人は疑わない 【イラスト付】 交渉人シリーズ (SHY NOVELS)

交渉人は疑わない 【イラスト付】 交渉人シリーズ (SHY NOVELS)

交渉人は疑わない (SHYノベルズ)

交渉人は疑わない (SHYノベルズ)

 
榎田尤利先生の『交渉人は疑わない』の感想です。
こちらはシリーズ第二弾なので、未読の方はまず↓から。
kashiwamochi12345.hatenablog.com
相変わらず口八丁と度胸でトラブルを乗り越えていく芽吹の生き様が痛快。
そして今回、芽吹は兵頭が過去に逮捕された経緯を知る事になります。
際どいながらも、今まで一線超えなかった二人の関係に変化も。
 

『交渉人は疑わない』(2008年10月30日発行)

あらすじ

溝呂木功という売れっ子ホストから依頼を受けた芽吹。
溝呂木は結婚妄想を抱くストーカーまがいの客・氏家織羽に付きまとわれていた。
別の女性との結婚を控えている溝呂木は、織羽を説得してほしいと言う。
ところが、芽吹が事前調査を行ううちに見えてきた、一見人当たりの良い溝呂木の別の顔。
しかも彼の行動の裏は、意外な人物の企みが隠されていた。
おまけに、溝呂木の亡き兄が兵頭の兄貴分だったため、芽吹は兵頭が以前逮捕された理由を知ってしまい……。
 

感想

前巻と同じく、つかみから引き込まれる。
悪辣なホストに入れ込んで、消費者金融にまで手を出してしまった女性を説得するため、新人ホストとしてホストクラブに潜り込んだ芽吹。
あの芽吹がホストというだけで面白いんですが、そこへ兵頭やアヤカも加わり、笑いがどんどん重層化していく。
にわか法律相談所に始まり、「アッキー」呼び、とうが立った新人ホスト(実年齢32歳なのに25歳はさすがに……)、ホストクラブにも関わらず男性の太客など、ネタは尽きない。
芽吹と兵頭のやり取りは、もはや良質なコントの域。
 
そして本編。
溝呂木の依頼を受けた事により、騒動の渦中に巻き込まれていく芽吹。
おまけに溝呂木は兵頭と因縁の間柄であった事が発覚し、物語は意外な方向へ転がっていく。
前回、兵頭に半殺しにされた鵜沢が絡んでくるとは思いませんでしたが……、懲りない男ですね。
 
ボーイズラブ物としては登場人物も多いし、凡百の作家だと煩雑になってしまう事もしばしばだが、本作の場合、読者は流されるようにスルスルと読めてしまう。
この辺り、榎田先生はさすがというか、起承転結など構成の基礎をしっかり押さえているため、きちんと統制が取れている。
キャラクター同士の賑々しいやり取りを随所に散りばめられつつも、物語の流れがブレる事もない。
また、芽吹の信念であると同時に、本作の肝である「自分が後悔しないために、相手を信じ抜く」というテーマ性も貫かれているのも大きい。
それが芽吹の仕事のみならず、兵頭との関係にも重なってくるのが上手い。
 
また今回は、芽吹と兵頭がやっと一線超えるという大事件が起きました。
大変エロスだったのはもちろんなんですが、どことなくユーモラスなのが、とても彼ららしい。
芽吹が変にナヨナヨしてないのが、何気に一番嬉しかったです。
肉体的には受け入れる側でも、彼は立派に一本立ちした男ですから。
兵頭は念願叶って、芽吹と結ばれて良かったですね。
兵頭は芽吹以上にロマンチストだし。
「交換条件で一線超える約束をしても、気持ちが伴っていなければ意味がない」という点に、芽吹への深い愛を感じました。
事後の姿も、ちょっとお間抜けだけれど可愛かった。
組を率いる若頭として、部下にはとても見せられない姿ですが、芽吹の前だからこそ、リラックスして素の自分を晒せるんでしょうね。
 
キャラクター各自に目を向けてみると、芽吹は今回も魅せてくれました。
硬軟取り混ぜたバランスが絶妙。
土下座ぐらいで傷つくような安いプライドを持っていないところがカッコイイ。
溝呂木を連れて行かせない為、手錠をはめてしまったのには笑いましたが……、頭がいいくせに抜けているというか……。
 
決して善人とは言えない、しかも自分を陥れようとした溝呂木を、それでも信じようと決めた芽吹。
いくら彼が変わる片鱗が見えたからとはいえ、これは常人にはできない。
兵頭やキヨの反応の方が普通です。
しかし、芽吹は一本筋を通してしまう。
兵頭が言うように、確かに「驕り」と取られても不思議ではない。
だが芽吹は「自分が後悔しない為」と揺るがない。
両親の自殺により感じたような、取り返しのつかない後悔は二度と御免だというのもあるでしょうが、根底には彼の人としての温かさが溢れている。
そして実際、溝呂木を助けてしまう。
さゆりさんが終章で述べている通り、芽吹は万人を救えるような英雄ではないけれど、それでも自分を頼ってくる依頼人達に寄り添いたいという気持ちに嘘はなく。
だからこそ、人々は彼のもとに集ってくる。
 
そんな芽吹ですが、今回は兵頭との関係にあらためて葛藤していました。
ヤクザや暴力は認められないけれど、兵頭という一己の人間にはどんどん惹かれていく。
しかも兵頭が以前殺人罪で収監されていたのも重なって……、どこで二人の関係に折り合いをつけるか……。
そこで兵頭のボディーガードである伯田さんがナイスアシスト。
一度腹を括ってしまえば動じない芽吹が非常に男らしい。
ラストでは見事兵頭の真意を代弁して、「周防組の若頭」ではなく「兵頭寿悦」という一人の男をしっかり支えている。
 

「俺はあいつが好きだから、そんなことはできないんですよ」

 
これは芽吹から無意識にサラッと出た台詞なんですが、それゆえに彼の偽らざる本音。
芽吹も心底から兵頭を愛し始めているのが伝わってきてジーンと来ます。
 
一方、相手の兵頭ですが。
スマートだけれど、この上もなく不器用な男。
人一倍愛情深いくせに、その表し方を知らない。

彼がある人の罪をかぶって自首した理由も切ない。
家族のように慕っていた相手に直接会えなくとも、影ながら手を差し伸べているのも……、ホントイイ男だな、兵頭。
そんな彼の気持ちを察する事のできる、芽吹のような存在がいてくれて本当に良かった。
 
あと極上の男なんですが、決まり切らないのも彼の魅力。
後先考えずに溝呂木と手錠で繋がった芽吹に、お仕置きでいたずらを仕掛けたものの、木乃伊取りが木乃伊になっちゃっているのには笑ってしまいました。
溝呂木は作中かなりやらかしていますが、ここで兵頭に怒られるのは理不尽(笑)。
至近距離で芽吹の色っぽい声を聴かされたら、そりゃあ、欲情するなというのが無理な話でしょう。
 
脇役ではキヨと智紀にカップル成立の気配。
長身でぼんやりとしている攻めに、小さい(禁句)受けがギャンギャン噛みついている様子が可愛い。
そして芽吹の司法修習時代の友人・七五三野。
出番はそう多くありませんが、芽吹への過保護っぷりが凄まじい。
無論、それを見て、兵頭が黙っているわけもなく。
共に芽吹に執着しつつも、正反対の男達の大人げない舌戦にもニヤニヤが止まりませんでした。