ボーイズラブのすゝめ

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『交渉人は黙らない』(榎田尤利/大洋図書SHY NOVELS)感想【ネタばれあり】

交渉人は黙らない 【イラスト付】 交渉人シリーズ (SHY NOVELS)

交渉人は黙らない 【イラスト付】 交渉人シリーズ (SHY NOVELS)

交渉人は黙らない (SHYノベルス)

交渉人は黙らない (SHYノベルス)

 
榎田尤利先生の『交渉人は黙らない』の感想です。
発売されてからかなり経ちますが、商業BLの中でも十指に入るほど大好きな作品のひとつ。
辛い過去を持ちながら、時に飄々と、時に熱く依頼人のトラブルを解決していく美貌の交渉人・芽吹章。
高校生の頃から芽吹の事が欲しくてたまらない、後輩でヤクザの若頭・兵頭寿悦。
彼らのベタベタしないけれど、互いの力量をきちんと認めている関係が秀逸。
 

『交渉人は黙らない』(2007年2月23日発行)

あらすじ

司法試験に合格し、検事や弁護士をしていた芽吹章が、両国で「芽吹ネゴオフィス」を始めて数か月。
小さい事務所ながらも、芽吹の卓抜した交渉能力もあり、仕事はなんとか軌道に乗っていた。
そんな彼のもとに突然現れたのが高校時代の後輩・兵頭寿悦。
過去の出来事により、芽吹とは因縁浅からぬ仲な上に、兵頭はなんと両国界隈を取り仕切る周防組の若頭にまで上り詰めていた。
十年以上没交渉だったにもかかわらず、芽吹との距離を強引に縮めてくる兵頭。
今後、事務所には干渉しない事を条件に、芽吹は三日間だけ兵頭の専属交渉人をするという依頼を受ける。
だがその過程で、とある騒動に巻き込まれてしまい……。
 

感想

恋愛面はもちろん、それ以外の要素もきちんと描けるBL作家は貴重ですが、榎田先生もそんな作家の一人。
一般作品も上梓され、評価を得ているだけあり、ボーイズラブという事を度外視しても読み応え抜群です。
 
とりあえず、もう序章からして上手い。
ある老人の視点から始まるのですが、ここで主人公・芽吹の一筋縄ではいかない性格と交渉人としての有能さが、読者に強く刻まれます。
同時に、これから芽吹が平穏な毎日を送るのは難しいなという事も予感させる。
チャーミングだけれど、どこか凄味のある老人の意外な正体が、後程わかるという構成もお見事。
 
一転、本編は芽吹視点。
テンポと歯切れが秀逸で、かつ彼のユーモアと温かさが存分に発揮されていて、読者をどんどん引き込んでいきます。
とにかく澱みない文章で、落語を始めとした話芸も斯くや。
タイトルに偽りなしで、本当に「黙らない」。
腕力的には強くない彼が、交渉能力と度胸を武器に、次々と降りかかるトラブルを解決していく手並みも鮮やか。
時には極道の幹部だって手玉に取るんだから、芽吹にとってチンピラ風情を丸め込むのは、確かに赤子の手を捻るよりも簡単でしょう。
単に相手を叩きのめすのではなく、ターゲットの気分を害さず、しかしあくまで自分の有利な方向に事を進めるのも凄い。
立て板に水の如く、ポンポン飛び出す芽吹の言葉が心地良くて仕方がない。
反面、主人公の活躍を描いた単なる娯楽作品に留まらず、「人と人とが理解し合うには、それがどれだけ近しい間柄であっても、コミュニケーションを取る事から逃げてはいけない」という強いメッセージ性が根底にあるのも良い。
 
キャラクターそれぞれに目を向けてみると、やはり主人公の芽吹のキャラクターが出色で、本作の魅力も彼の人物像に負うところが多い。
私が受けに対して抱く理想をぶち込んでコトコト煮詰めたような人物。
本当に大好き。
「研ぎ澄まされた頭脳と美貌の持ち主ってどんな完璧超人ですか?」という感じですが、彼はその辺のただ奇麗なだけのお人形さんとは違います。
全ての言動に生身の人間としての説得力があり、きちんと血が通っている(それは他のキャラにも言えますが)。
 
図太く反骨精神の塊で、自分がこうと決めたら梃子でも引かない。
ナヨナヨと攻めに頼ろうなんて考えは一切なく、どこかの若頭のように「俺のオンナになれ」なんて言ったら、鼻で笑われそう。
下手に手を出そうものなら、簡単に言いくるめられる事請け合い。
しかし、世の中の酸いも甘いも噛み分けている反面、正義感に溢れ、身内や立場の弱い人間にはこれでもかと情をかける。
常人離れしているばかりではなく、32歳の男性らしく、露出度の高い服を着た若い女の子に鼻を伸ばしてしまうのもご愛敬。
 
そんな彼が、高校生以前はガラスのように繊細で、半分死んだように生きていたというのが衝撃的。
取り返しのつかない親の自殺と、それにまつわる後悔により、彼が生き方を180度方向転換させたプロセスは想像するだけでも壮絶。
そして、芽吹が変わる要因となった、高校時代の兵頭とのたった二度の関り。
どちらのシーンも言葉少なですが、芽吹にも、読者にも、強烈なインパクトを残す。
固定観念をぶち壊され、あまつさえ抱かれた経験は、芽吹にとって「恋愛」なんて生易しいものではなかっただろうけれど、その「痛み」があったからこそ人として息を吹き返したとも言える。
そんな相手を忘れられるわけがない。
兵頭との再会時に芽吹が思い出すのを拒否したのも、内心では兵頭を忘れていなかった証左のように思えてなりません。
 
一方、相手の兵頭ですが……。
彼にとっても、芽吹との邂逅は運命的なものだった。
高校時代、芽吹を守るために、いけ好かない馬場(現・鵜沢)とあえてつるんで、牽制していたというんだから一途。
家庭環境の違いから二度諦めても、それでも芽吹の家の前に何度も行ってしまったというのにもキュンとしてしまいました。
まあ、本人が言う通り、ぶっちゃけストーカーかもしれないし、その後も芽吹の身辺調査していた節がありありですが(笑)。
 
三度目の正直で、こんなに近くに来られては、もう芽吹の事を諦められませんね。
「好き」という言葉以前に、本能的に欲しがっているのが熱烈。
普段は太々しく、底知れぬ迫力を身にまとう彼ですが、芽吹を前にすると途端に10代の頃の直向きさを取り戻してしまう。
芽吹とたこ焼き食べてるシーンなんて、奈良千春先生のイラストと相まって、なんという甘い表情をしているんだか。
いくらでもスマートに振舞えるはずなのに、「俺のオンナになれ」とか、「俺があんたを守る」とか、芽吹がまったく喜びそうにない口説き文句を吐いてしまうのも不器用で何となく微笑ましい。
 
そして、これだけ焦がれ続けた芽吹が、鵜沢に襲われた時の心境を思うと胸が痛い。
まるで大事な宝物を害されたような……。
彼が鵜沢を半殺しにしている姿は、怖いというよりも傷ついた少年のように見える。
暴力やヤクザを忌避する芽吹ですが、それでも兵頭を放っておけない気持ちがとても分かる。
 
また主人公二人を除く脇キャラ達ですが、こちらも負けず劣らず個性的。
「芽吹ネゴオフィス」のスタッフであるキヨとさゆりさん。
ナリは小さいが、頭の切れる少年・智紀。
周防組直営のイメクラで働くアヤカ。
一見穏やかだが、蓋を開ければ超武闘派の兵頭のボディーガード・伯田さん。
兵頭の親代わりの周防組組長・周防忠範。
挙げていたらキリがありませんが、彼らの存在があるからこそ、一つ一つのエピソードが引き立ち、厚みも増します。
両国という舞台も、変に気取っていなくて、人情が感じられるのが良い。
現在の芽吹のキャラクター像にもピッタリ。
お相撲さんが登場するのもこの地ならでは。
 
何はともあれ、数多あるボーイズラブ作品の中においても珠玉の作品だと思います。
このシリーズを未読で、上記の文章に少しでもピンっときた方は是非どうぞ。