ボーイズラブのすゝめ

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『隣の嘘つき』(画:須坂紫那・原作:安西リカ/新書館ディアプラス・コミックス)感想【ネタばれあり】

隣の嘘つき《コミック版》 (ディアプラス・コミックス)

隣の嘘つき《コミック版》 (ディアプラス・コミックス)

隣の嘘つき (ディアプラス・コミックス)

隣の嘘つき (ディアプラス・コミックス)

 
『隣の嘘つき』の感想です。
安西リカ先生の原作を、須坂紫那先生がコミカライズした作品。
己の性癖を認められなかった主人公・高瀬が、ゲイである友一を通して変わっていく話。
原作付きという事もあってか、高瀬の心情変化や二人の距離が縮まる過程が丁寧に描写されています。
性描写もきつくなく、クセのない絵柄で、ボーイズラブ初心者の方にもおすすめ。
 

 

『隣の嘘つき』(2019年3月15日発行)

あらすじ

人並み以上の容姿や収入を持ち、婚約者との結婚を控えた高瀬は、実はゲイであるという自分を認められないままに鬱屈した毎日を送っていた。
そんな時に喫茶店で隣り合わせになったのが伊藤友一。
屈託のない笑顔で男性の恋人を待つ彼の姿が、高瀬の心に強く刻まれた。
結局、婚約者と破局してしまった高瀬だったが、どうしても友一の存在を忘れられず、二人が出会った喫茶店に足しげく通う。
しかしその後、友一が現れる事はなかった。
そんなある日、高瀬は妻らしき女性や赤ん坊と一緒にいる友一の恋人を、街で偶然見かけてしまい……。
 

総評

最近、もし浮気されたら、鉄拳制裁やシャレにならないような報復も辞さないような受けばかりを見てきたので(それもどうなの?)、友一の健気さに心が洗われる。
表紙は若干渋いですが、中身はド直球の王道ボーイズラブ(そこに物足りなさを感じる方もいらっしゃるかもしれませんが)。
こういう心理描写に重きを置いた作品を読むと「ボーイズラブというのは、やはり少女漫画から派生したジャンルなんだな」と、シミジミと再認識しました。
友一の笑顔や、その奥に隠された寂しさに惹かれつつも、どうしても世間体を気にしてしまう高瀬と、恋人だった徹に裏切られ、ストレートやバイとはもう付き合わないと公言する徹。
彼らがそれぞれどのように葛藤を乗り越えていくのか、ラブストーリーであると同時に人間の成長物語にもなっている。
タイトルにもなっている”隣の嘘つき”は、高瀬の事でもあると同時に友一の事でもあるんですね。
ずっと自分を偽ってきた二人。
そんな彼らの、まるで思春期をやり直しているような甘酸っぱい恋愛に、ドキドキしたり、ハラハラしたり……。
二人ともとにかく一生懸命恋をしていて、読者としても応援したくなってしまう。
コミカライズされている須坂先生の絵も、クセがなく奇麗で華やかな筆致で、万人の方に受け入れやすい作品になっていると思います。
 

隣の嘘つき 第1話

絶えず笑顔をたたえている友一と、「自分の人生は順風満帆」と嘯きつつも仏頂面な高瀬の対比が印象的な出会い。
自分とはあまりにも違う友一が、高瀬には眩しくて仕方がなかったのでしょう。
大学生時代に己の性癖に気づきつつ、波風立てずに生きてきた高瀬と、自分がゲイである事を認め、恋人を一途に思ってきた友一。
一見対照的ではあるけれど、自分の身の内に寂しさを抱えているのは同じ。
高瀬が友一へ急速に惹かれていく道筋が、説得力を持って描かれています。
失恋したばかりの友一に、自分は実はゲイである事や彼へと向かう仄かな恋心を明かせない高瀬がもどかしい。
彼が捨てきれないプライドや臆病さが、後々遺恨を残す事になりますが……、これもまた良い伏線。
 

隣の嘘つき 第2話

頻繁に一緒に出掛けるなど、「友人として」徐々に親しくなっていく二人。
友一の一挙手一投足に振り回される高瀬が、まるで学生のように初々しく微笑ましい。
友一に電話をもらっただけでこの浮かれよう(笑)。
第1話冒頭のすかした彼と同一人物には見えない。
映画館で手をつなごうとして引っ込めたりと、本当に学生時代の恋愛をやり直している感じ。
確かに、任侠映画に浮かれる友一は可愛いけれど(バックに花が咲きまくっている)。
 
かと言って、長年世間体を気にしてきた習性は中々収まらず。
カップル御用達といった感じのレストランで、高瀬が感じた疎外感や罪悪感がリアル。
そう簡単には吹っ切れませんよね。
ここで、友一の見せた潔さと強さが効いてくる。
自分を変えたい、そして友一を大切にしたいと願う高瀬。
この時点で恋が叶うか否かは別として、高瀬にとって友一との出会いは素晴らしいものだったというのが、読者にも伝わってくる。
無意識の内にも、高瀬の心のツボを押しまくる友一。
高瀬の恋心はヒートアップしていくばかり。
 

隣の嘘つき 第3話

海へ「デート」に行く二人(伊豆辺り?)。
友一の好きな任侠俳優・児島春樹を彷彿とさせるような車と服装でやってくる高瀬が甲斐甲斐しい。
友一が笑ってくれるなら、他者の好奇の視線も気にする必要はないと悟った高瀬。
「悪いこと、してるわけじゃないだろ」と言った静かな横顔がカッコイイ。
吊り橋での手繋ぎにもニヤニヤが止まらない。
高瀬、本当に変わりましたね。
 
一方、友一も自分があえて目をつぶってきた事実を自覚してしまう。
高瀬に大切にされる事によって気づいてしまった。
自分はかつての恋人に愛されていなかった事を。
この遠くを見るような表情が、美しいんだけれど切ない。
つーか、今更だけれど、友一の元恋人、本当にクズだな(怒)。
 
どんどん、距離を縮めていく二人。
友一を愛しく思うあまり、高瀬はついに自分がゲイであり、友一を好きだと告げてしまう。
ここの友一の表情変化がまた繊細でグッとくる。
いつも笑顔の友一とのギャップ。
友一に追いすがりたくてもできない、高瀬の手の動きと寂しさと後悔でいっぱいの背中。
BAD END臭が凄くて泣きそうですが、これを乗り越えないと二人は前へ進めない。
読者は「頑張れ」とエールを送ることしたできない。
 

隣の嘘つき 第4話

友一との交流が途切れてから半月ほど。
自分の不誠実さを悔い続ける高瀬。
ここで彼の上司が良いアシストをしてくれる。
喫茶店に現れない友一を待ち続ける真剣な横顔。
「友一といれば自分は変われるかもしれない」という第六感は見事的中しましたね。
 
そんなある日、高瀬は久しぶりに友一を目撃する。
だがそこには友一の元恋人・徹の姿も……。
この男、本当にどうしようもないし、奥さんとお子さんが可哀想なくらい。
まあ、当て馬としては最高なんですが。
その分、高瀬と友一の男らしさと成長が際立つ。
過去の弱かった自分と決別する事ができて、晴れて結ばれる二人。
高瀬の誠意も通じ、互いに信頼し合える恋人ができて良かった。
最後のご褒美シーンでも、高瀬が友一をとことん大切にしている言動が満載で甘々。

高瀬に慈しんでもらって涙を流す友一。
過去にどれだけ我慢を強いられてきたかが分かる。
抵抗できなかったのは彼の弱さかもしれないけれど、それだけ恋人が大事だったんだろうなぁ。
これからは存分に高瀬に甘えると良い(むしろ高瀬も望むところだろうし)。
ご馳走様でした。
 

隣の嘘つき 第5話

恋人同士になった二人が、犬も食わないような件でもめる話(身も蓋もない)。
女性同僚達の給湯室での会話(怖)を聞いて、友一が大切なあまり、彼を抱くタイミングを逸してしまう高瀬。
自分の選んだ選択肢が合っているか否かでモダモダしている彼は、明らかに挙動不審。
「今日も友一は可愛かったし、俺は紳士だった」と悦に入っているのに笑ってしまった。
そこ、満足するところと違う。
案の定、そんな高瀬の言動に不安になる友一。
今までの彼なら、高瀬に捨てる事を恐れて見て見ぬふりをしていたでしょうが、高瀬を本当に好きだから勇気を出して一歩踏み込む。
高瀬も完全に吹っ切れましたね。
衆人環視の駅前で本音をぶつけ合う二人。
モブさん達もさぞ目のやり場に困っただろうけれど、二人は自分達だけの世界を作ってしまっているから無問題。
ラストはホテルでイチャイチャする二人で〆。
彼らはこれからも互いを補い合いながら生きていくんだろうな。
 
おまけの描き下ろしは、年賀状を作っている二人。
徹、本当に勘違い野郎だな。
ここまで徹底していると笑えます。
過去の悪行も、何気に奥さんにすべてバレてそう。
それに対抗して、高瀬が作った年賀状もすげぇ(笑)。
まさに絵に描いたようなバカップル。
友一という恋人を手に入れて、色々と解き放たれてしまったね。
そのまっすぐさと友一溺愛っぷりが、今まで散々傷ついてきた友一を癒すのが良い。
最後の落ちにも笑わせていただきました。
自業自得ここに極まれり。
 

小説版との相違

隣の嘘つき《小説版》 (ディアプラス文庫)

隣の嘘つき《小説版》 (ディアプラス文庫)

 
本作はマンガですが、安西先生が書かれた小説版も販売されています(電子書籍版のみ)。
イラストは表紙だけで、挿絵は特になし。
基本的なストーリー展開は同じ。
ただしノベライズ版の方は二人が両想いになる第4話までで、その代わりにホワイトデーをテーマにした友一視点のショートショート「PRESENT FOR YOU」が掲載されている。
本編は高瀬視点だったので、これもまた新鮮。
もちろん、こちらもラブラブ&友一が健気で可愛い。
個人的には、コミックス版の方が二人の感情が視覚を通してダイレクトに伝わってくるような気がする。
しかし小説ならではの描写もあるので、まずは片方を購入してみて、気に入ったら両方揃えるというのも有り。