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『囀る鳥は羽ばたかない(5)』(ヨネダコウ/大洋図書H&C Comics)感想【ネタばれあり】

囀る鳥は羽ばたかない 5 (HertZ&CRAFT)

囀る鳥は羽ばたかない 5 (HertZ&CRAFT)

囀る鳥は羽ばたかない(5) (H&C Comics ihr HertZシリーズ)

囀る鳥は羽ばたかない(5) (H&C Comics ihr HertZシリーズ)

 
『囀る鳥は羽ばたかない(5)』の感想です。
とうとう関係を結んでしまった矢代と百目鬼。
だが、それは二人の関係が終わる事とほぼ同義。
自分すら偽ってきた本音を引きずり出された矢代は、この先どうなってしまうのか?
 

『囀る鳥は羽ばたかない(5)』(2017年11月30日発行)

あらすじ

百目鬼から向けられるまっすぐな感情に脅かされる矢代。
彼を愛しく思う気持ちと劣情を抑えられない百目鬼は、矢代を優しく、そして激しく抱いてしまう。
しかし、それは自分の尊厳を踏みにじられる事に納得するために身に着けた、矢代の仮面を無理矢理外すような行為でもあった。
百目鬼の愛に耐えられなくなった矢代は、眠る百目鬼を置いて、一人部屋を出る。
一方、平田に捕らえられ、矢代を殺すよう再び唆される竜崎。
彼が取った意外な行動とは……。
 

総評

「矢代をどうか幸せにしてあげて下さい。ヨネダ先生、お願いします」と、何度となく手を合わせてしまった第5巻。
もう、矢代と百目鬼のエロに萌えていいんだか、悲しんでいいんだか……。
虚飾を取り払われた後の矢代が痛ましくて、目も当てられない。
「百目鬼、もっと頑張って!!矢代を支えて!!」と、エールだか、ヤジだか、何だか分からないものを送ってしまう。
 
しかし、そんな二人を後目に、極道の世界は彼らを放っておいてはくれない。
竜崎のなけなしの根性には目を見張るものの(竜崎株赤丸急上昇)、平田が怖すぎ。
まさかここまで強烈なキャラになるとは、当初は思いもよりませんでした。
彼の回想編は、大げさではなくサイコホラー的な味わい。
こんなに狂った顔を隠して、何十年も三角も見てきたんだ。
下手な恋情など消し飛ぶ妄執の行き着く先はどこなのか?
今、矢代や三角の前に現れたら、何をやらかすか分からない狂気を感じる。
次巻が待ち遠しくて仕方がない。
 

囀る鳥は羽ばたかない 第23話

表紙からして泣きそう。
パラレルチックな高校生ぐらいの矢代と百目鬼。
窓の外はしとしとと降りしきる雨。
哀しい事が起こる前触れのように。
 
前回「せっかくだし、セックスするか」という、矢代からの誘い(決定的な訣別とほぼ同義)を受けた百目鬼。
 

……俺はしたく、ありません。

 
もちろん、百目鬼の答えは「No.」だけれど、今回ばかりは矢代は手心を加えない。
二人があえて目を逸らしてきた現実を、目の前に引きずり出す。
これは矢代の自傷行為にも見える。
 
なぜ矢代は百目鬼に怒りに似た感情を抱いたのか?
 

そりゃおかしいだろ。
だって俺は好きなんだ。
セックスが。
男とやるのが。
実際、俺だって感じまくってたろ。

 
シリーズを読み進める内に、矢代の自分に対するこういう言い聞かせは、本音とは大体裏腹だと分かってきているから辛い。
いっその事、百目鬼を性と暴力とで己を痛めつけた男達と同じステージへ貶めてしまえれば、矢代も楽だった。
実際、百目鬼が矢代を抑えつけたいという欲望を抱いているのは事実だが、それだけではないまっすぐな感情をぶつけてくる。
 

あなたという人にどうしようもなく惹かれてしまいました。

 
色欲、利害関係……、それ以外の思惑で自分に関わり、あまつさえ一番に思ってくれる人間が現れるなんて、矢代にとっては「異常事態」以外のなにものでもなかった。
パニックに陥り、服を脱ぐのも忘れて、シャワーにうたれる呆然とした矢代の表情の儚さ。
いつもの太々しい彼とは別人のよう。
矢代は今まで、百目鬼が自分と同じく歪んだ人間だと思っていた。
矢代が惹かれ続けた影山も、ある意味では自分と同類だったから。
しかし、百目鬼は違った。
これほどまっすぐ自分を求める人間はいない。
おそらく、矢代もそれを無意識に悟っていたのでは?
このシーンを見るだけでも、百目鬼が矢代にとって唯一無二の存在という事が伝わってきます。
ここに来て、百目鬼は初めて矢代の弱さに触れたのではないでしょうか?
そして、きっとそれすらも愛おしいくて仕方がないのでしょう。
矢代を抱きしめ、口づけながら、百目鬼が流した一筋の涙が美しい。
矢代の代わりに、泣いているようにも見える。
 

囀る鳥は羽ばたかない 第24話&第25話

とうとう体を重ねる二人。
性行為を通して、矢代の観念や価値観が百目鬼によって壊されていく過程が緻密に描かれる。
 
冒頭、風呂場での矢代に対する百目鬼の率直な追及が痛い。
未来も名前もない百目鬼との関係が、矢代にとっては心地よかったはずなのに、気づいたら引き返せない場所まで来ていた。
もう本人すら、どうしたら良いのか分からない泥沼にはまってしまった矢代。
そうなると、百目鬼が動くしかない。
矢代へ優しさと慈しみを刷り込むように接してくる百目鬼。
今までそうやって百目鬼は、矢代に何度となく触れてきた。
その姿と、第5話で眠る百目鬼の頬に口づけた自身が、矢代の中で重なってしまう。
二人の想いが合致してしまった事への矢代の絶望が凄まじい。
両想いを単純に喜べないって、業が深すぎる。
 

…やっぱヤんのやめる…。
…お前は嫌だ…。

 
矢代にとって百目鬼は、一度寝て、それで終わりにしてしまえるような軽い存在ではなかった。
それどころか、受け入れてしまったら、さらなる泥沼にはまる事になるだろうという予感が矢代にはあった。
愛する男に優しくされればされるほど、苦しむ矢代が切ない。
だが、百目鬼は矢代が逃げを打つのを許さない。
矢代を自分のものにすると決意してしまったから。
百目鬼の言動は貪欲で容赦ない。
「欲しいと言ってください。入れろでも済ませろでもなく、俺が欲しいと」と言ったり、矢代が顔を背けるのを許さなかったり……。
あくまで矢代を抱いているのは自分なのだと知らしめようとする。
 
そして百目鬼に抱かれた直後、矢代の脳裏を過ったのは義父に犯される幼き日の自分の姿だった。
百目鬼の部屋の窓から漏れる光と、強姦されながら見た襖越しのそれが重なるって、矢代という存在が痛々しすぎる……(号泣)。
矢代の顔を伝う涙。
本当はあの時、嫌だった。
痛かった。
苦しかった。
その本音をすり替えて、自分すらも騙して……。
百目鬼は矢代が誰にも触れさせなかったパンドラの箱を開けてしまった。
 
眠る百目鬼を後目に、部屋を出ていく矢代。
この数ページも凄い。
震える手を抑えつけた後の矢代の表情は、筆舌に尽くしがたい。
こんな人を一人で行かせてはいけない。
「百目鬼、寝てる場合じゃない!早く起きて!」と叫びたくなるラストでした。
 

囀る鳥は羽ばたかない 第26話

道心会の現会長が入院する病院へ見舞にやって来た三角。
会長、やせ衰えて死の床にいるにもかからわず、やはり人を見る目の鋭さが半端じゃない。
三角を取り巻く人間関係。
「(矢代は三角の)半身か?」という会長の問いに「三分の一あたりです」と答える三角の答えに納得。
矢代と三角の関係を、これほど的確に表している言葉はないように思います。
ヨネダ先生、文章のセンスもピカイチだなと唸ってしまいました。
三角が懐に入れた人間を大事にするのは、大切なものを立て続けに失った経験のなせる業なんですね。
そして、彼に半身とも言える存在がいた事も示唆されています。
三角ほどの男に「誰も代わりにならねえ」と思わせた男がどんな人間だったのか、非常に気になります。
 
その頃。
三角の命令で自分を見張っていたチンピラを、足代わりに使っている矢代。
あれほど弱っていたのに……、目端の効き具合と度胸が尋常ではない。
チンピラ達が超目立つジープで張り込んでいたのには笑いましたが。
百目鬼はどうしたのかと聞かれて「いらねえから置いてきたんだよ」って、うわ~、溜息しか出ない。
 
場面は変わって、平田の部下に捕らえられてボロボロにされた竜崎。
とうとう黒幕の平田もお出まし。
コイツ、この期に及んで、まだ竜崎を利用としている。
どこまで汚いんだ(彼のような男に言っても仕方がないけれど)。
矢代に入れ込んで破滅したかつての舎弟の話まで持ち出して、竜崎を揺さぶる。
しかし、平田は竜崎を舐めすぎていたし、竜崎の矢代に対する固執を甘く見ていた。
もしここで今までの行動をひるがえすようなら、はなっから助けたりしない。
隙をついて、平田を背後から刺した竜崎。
 

…誰が誰に惚れてるだって?
大概にしとけよ、コラ。

 
譲れないものを貫き通しましたね。
 

囀る鳥は羽ばたかない 第27話

矢代を抱いた時の百目鬼の心境から始まる第27話。
たとえ体を繋げても、相手の内面を理解しきれるわけではない。
だからこそもっと知りたいのだと、相手への焦燥が募る。
それが当然なんだけれど切ない。
ただ矢代を繋ぎとめたかっただけなのに、彼は百目鬼の腕から知らないうちに飛び立ってしまった。
 
一方、前回刺された平田は致命傷に及ばず、怒りにかられて竜崎を殺そうとしていた。
しかし、その場になぜか警察の車両が突入し、竜崎は一命をとりとめる。
平田は逃がしてしまったけれど、これ、すべて矢代の立案なんですよね。
相変わらず、矢代の頭脳の切れっぷりに惚れ惚れしてしまう。
竜崎は覚せい剤所持で逮捕されてしまうが、平田になぶり殺しにされるより、刑務所に入っている方が確かに長生きできますね。
 
ここの矢代と竜崎の、二人のやり取りに悶えました。
なんだかんだで気心が知れた者同士。
竜崎の男の純情が見られて大満足。
昔のように矢代の乳首を噛んだり、彼の後ろ姿を見ているのが切ない。
第14話の若かりし頃と重なる。
矢代の「またな、竜崎」という挨拶にもホロリとしてしまう。
矢代なりに竜崎を認めている。
二人がまた再会できると良いななんて、束の間の爽やかさに浸っていたら……、ヨネダ先生、本当に容赦ねぇ(でもそんなところが好き)。
ちょっと、惚れた男の笑顔を思い出すなんて、死亡フラグ立てないでよ!
竜崎、頼む、助かってくれ~!!
 

囀る鳥は羽ばたかない 第28話

今回は平田の過去編から始まります。
平田、超怖えぇぇえぇ!!
三角に対する執着を知った時にも身震いしましたが、今回はその比ではなかった。
えっ、黒羽根やトモちゃんとの、ちょっと見、温かげな交流はなんだったの?
平田にとってはどうでも良かったの?
そして、普通、そこで刺すか!?
三角の大事な者達を見る、平田の目の獰猛さがヤバい。
天羽辺りも、一歩間違えれば危なかったですね。
もし三角がこの事実を知ったらどうなるのか……、想像もできないし、したくもない。
平田はこんなにどす黒いものを、何十年間もしまい込んで生きてきたんだ。
人の心の、見てはいけない深淵を覗いてしまった気分。
 
その頃、矢代は平田の部下に捕まって弄られていた竜崎の女を救出し、影山の診療所へ運んでいた。
百目鬼を捨ててきたと嘯く矢代に対して、影山が呟いた言葉。
 

惚れてたんだろ?

 
喜怒哀楽も抜け落ちて、呆然とする矢代と思わずシンクロしてしまった。
とにかく、ただただ雷に打たれたような衝撃でした。
他でもない影山が、それを矢代に突きつけるのかと……。
この上もなく本質を見抜いているのに、違う次元でまったく分かっていないの、いっその事、天晴というか……。
やはり影山って、矢代にとって色々な意味で特別な存在なんだな。
それが、恋の向かう先ではなくなったとしても。
 

…あいつはさあ、雛鳥みたいなもんだ。
ムショから出て、一番最初に目にしたものに、勘違いしてホイホイ付いてきたんだ。
ただそんだけだ。

 
「違う!」と声を大にして言いたい。
ラストの矢代の後ろ姿が寂しすぎる。
百目鬼、早く矢代のもとに来て!!