ボーイズラブのすゝめ

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『囀る鳥は羽ばたかない(1)』(ヨネダコウ/大洋図書H&C Comics)感想【ネタばれあり】

囀る鳥は羽ばたかない 1 (HertZ&CRAFT)

囀る鳥は羽ばたかない 1 (HertZ&CRAFT)

囀る鳥は羽ばたかない 1 (H&C Comics  ihr HertZシリーズ)

囀る鳥は羽ばたかない 1 (H&C Comics ihr HertZシリーズ)

 
『囀る鳥は羽ばたかない(1)』の感想です。
ヤクザの若頭でありフロント企業のトップでもある矢代は、友人の影山に報われない想いを抱きつつも、様々な男達のもとを渡り歩いていた。
そんなある日、矢代は年齢にそぐわぬ妙な風格を持った新らしい部下・百目鬼力と出会う。
 
BLアニメ専門レーベルとして旗揚げしたBLUE LYNXの、記念すべき第一作目映画作品でもあります。
とにかく原作は一級品なので、正直期待と不安が相半ばですが、いずれにしても2019年冬の上映が待ち遠しい。
 
saezuru.com
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『囀る鳥は羽ばたかない(1)』(2013年1月30日発行)

あらすじ

自分をドMの淫乱と言って憚らないヤクザの若頭・矢代は数多の男と肉体関係を持ちながら、友人である影山への気持ちを抱え続けていた。
そんな彼の新しい部下として、百目鬼力という男が現れる。
美しいと評する反面、自分に欲情しない(それどころかインポ)百目鬼に興味を覚える矢代。
百目鬼は実は元警察官であり、ある秘密を胸に秘めて服役した過去を持っていた。
滅多に表情を変えない百目鬼へ次第に惹かれていく己を自覚した矢代は、自ら予防線を引くが……。
 

総評

一歩間違えれば、浪花節的なウェットさを帯びてもおかしくない本作ですが、それとは裏腹なドライさが良い意味で読者の予想を裏切る。
登場する人物一人一人が一癖も二癖もあり、読み進めている内に彼らの事がどんどん知りたくなります。
その中でもやはり出色なのが、物語の中心人物である矢代。
退廃的な妖艶さ、若頭としての冷酷さ、飄々とした軽やかさ、そして尊厳を踏みにじられても汚れきれない純粋さ、その他諸々が万華鏡のように次々と表情を変えて、読者を魅了する。
そして矢代に付き従う百目鬼
彼の矢代に対する感情は、読者はおろか本人にすら分からぬ手探り状態で興味が尽きない。
その行き着く先は作者であるヨネダ先生と神のみぞ知る。
そんな二人が、今は名もなき関係性を築いていく様が丁寧な筆致で描かれている。
一方、矢代達が所属する組の情勢はなんだかきな臭い。
この先、他の登場人物達が二人の仲にどのように作用していくのかも非常に気になります。
 

Don't stay gold

矢代の高校時代からの友人で内科医の影山と、これまた矢代が目をつけていた”狂犬”久我の物語。
「囀る鳥は羽ばたかない」を読んだ後だと180度印象が変わる作品でもあります。
太陽のようにギラギラした久我と、抑制の効いた大人の男である影山のバランスがたまらない。
二人の年齢設定も絶妙。
決して子供ではないけれど老成もしていない、しなやかな獣のような22歳の久我。
そんな彼を大人の仮面でかわしつつも惹かれずにはいられない30代の影山。
二人の一見平穏な日常の中で繰り広げられる(扇風機や蚊取り線香などの小道具がイイ味出している)駆け引きの、気づいたら後には引き返せないような危うさ。
作中の季節である夏の暑さに浮かされてしまいそうな。
特に年長で一応医者の影山はヤバいですね。
おまけに、自身も実はケロイドや傷に対するフェチだし。
久我にまるでパズルのピースがはまったような高揚を覚えているのに、根は真っ当だから抗う。
必死にもがく大人の男、美味しいですもぐもぐ(鬼)。
互いの気持ちを持て余して膠着状態に陥る二人でしたが、そこで矢代がナイスアシスト。
まんまと挑発にのって、とうとう影山の自制心も吹っ飛ぶ。
おっさんの本気、舐めたらあかん。
余裕なく床でまぐわうHシーン、これまた美味しくいただきました。
最後は衝撃の事実が次々に発覚。
影山は今後も久我や矢代に振り回されそう(それもまた幸せ)。
 

囀る鳥は羽ばたかない 第1話

影山、ちょっと箍が外れ過ぎなのでは!?
冒頭から久我に対する性欲その他諸々が垂れ流し。
真面目な人が本気になると怖いですね。
それを余裕であしらう若干22歳の久我も只者ではありませんが。
しかし、一番恐ろしかったのはやはり矢代だった。
友人の家及び濡れ場を盗撮(爆笑)。
この二人が畳の上で頻繁によろしくやっているのも見越しての所業!?
さすがその道の(?)プロ。
 
そうした流れの中、ここからは矢代の物語が始まる。
影山の恋が叶うよう、背中を押した矢代だったが……。
その訳を知ってしまうと……、うわぁ、切ない。
矢代の事だから影山の為を思ってというよりも、ただただ熱くなる影山を見てみたかったんだろうな。
けれども矢代自身はどちらかというと影山と同類で、本能の赴くままに従う、太陽のようにギラついた久我のようにはなれない。
自分では影山に熱狂を与える事はできない……。
そんな自分の虚を一時でも埋められるのは、他の男との手酷いセックスだけ。
 
そんな時、矢代の前にある男が現れる。
百目鬼力。
刑務所から出所したばかりの新入りで、矢代の世話をする事になる。
矢代に「座れ」と言われて、跪いたのには笑いましたが(武士ですか?)。
20代にも関わらず、矢代の迫力に怯むことなく、真っすぐ見つめ返してくる。
百目鬼に興味を持った矢代は、部下に手を出さない方針をひるがえして、百目鬼のアレを取り出して口に含むが……。
 

俺、インポです。

 
はい!?
これにはさすがの矢代や読者もビックリ。
それにしてもスゴイところからスタートだな、この二人。
しかし「他の奴らには言うなよ?」の光をバックにした矢代は美しかった。
百目鬼の視線には、矢代がこういう風に映っていたんでしょうね。
矢代自身は自分の事を影だと自嘲するけれど、決してそれだけの存在ではないと思うんですが。
内容的には下世話な部分もあるが、このラストのコマのコントラストも相まって、不思議な余韻の残るシーンでした。
 
この後のシーンも、矢代の魅力が目白押し。
部下を威圧し強権を振るう恐ろしさと、どこか世界の果てを見ているような諦念の瞳。
ある種の人間にとっては、たまらない魅力を持っている。
彼を独占したいと思う男は少なくないだろうけれど、彼自身は誰の者にもなれない。
影山は他人のものだから(それ以前に矢代のものにはならないし)、矢代が帰れる場所はない。
その不安定さが、返ってコケティッシュな妖しさに拍車をかけている。
 
行き場のない虚しさを抱えた矢代にとって、他のどの男とも違う百目鬼の存在感が増していくのがなんとなく嬉しかったです。
百目鬼と接している時の矢代の表情が、とても安らいでいて幼くすら見える。
嘲りからでも、恐怖からでも、性欲を満たすためだけの玩具としてでもなく、矢代に接した百目鬼ってやはり貴重な存在だったんでしょうね。
 

囀る鳥は羽ばたかない 第2話

矢代が百目鬼のをフェラするのって、赤ちゃんのおしゃぶりというか、ライナスの毛布というか……。
自分に牙をむくか否かを試して、安心を求めている部分もあるんでしょうけれど。
矢代が如何に憩いとは無縁な不安定さの中で生きてきたかが分かる。
矢代が他の男とセックスしているのを見ている百目鬼のシーンも凄い。
別の男と体を繋げていても、矢代がその瞬間にある種の人間関係を構築しているのは矢代なわけで……、これは後ろで腰振っている男は良い面の皮ですね。
 
二人が手探りのような関係を築き始めた矢先、百目鬼の知り合いらしき人物が事務所の前にやってくる。
矢代の「お付き合いのイメージ」(本当に恋愛に疎いんだな)やコンドームの箱が当たった百目鬼に噴き出しましたが。
件の人物は百目鬼の血の繋がらぬ妹・葵だった。
ここから百目鬼が刑務所に入った事情が明らかになりますが、私が感心したのは、百目鬼が話すのはほぼ事実関係だけだという点。
対して、関係者の内面はすべて表情によって表現されています。

一から十まで文章で説明するだけではなく、絵によって読者の想像力を喚起する。
これぞまさしくマンガの真骨頂であり、この作品が一級品である事を確信しました。
それに加えて、経験豊富な矢代は、百目鬼が語ろうとせずに抱えていた深層心理まで一言で看破する。
この緊迫感。
その辺の文学作品など裸足で逃げ出しそうな芳醇さを感じます。
 

頭は俺が今まで生きてきた中で、会ったことも見たこともないような人ですから。

 
矢代を美しいと思いつつも、自分の感情に名前を付けられない百目鬼
おそらく矢代も同じで……、この二人にとっては互いが未知のものなんですね。
本当に1からのスタート。
ボーイズラブという事を度外視しても、とてつもない人間ドラマの始まりを感じる。
 
この後の矢代と葵のシーンも印象的。
あらゆる意味で対極にいるが、同じような報われない想いに苛まれた同士。
矢代がおせっかいとも言える行動に出たのも、百目鬼に対するこだわりだけではなく、葵、ひいては彼女の姿に重ねた自分に対する複雑な心境もあったんでしょうね。
絶対表情には出さないけれど。
矢代の行いを誤解して、初めて感情を露にする百目鬼
それが怒りだったとしても、彼から激しい感情をぶつけられて欲情してしまう矢代。
二人の関係からいよいよ目が離せません。
 

囀る鳥は羽ばたかない 第3話

今回のエピソードで、組内における矢代の立ち位置が見えてくる。
一歩引いた場所で自滅しないように皆を見ているけれど、矢代は良い意味でも悪い意味でも男どもを煽るから。
彼には傾国の趣きがある。
幹部連中が集まる中、自分が犯される妄想しているのはさすがですが。
 
この間の妹との件で、自分が百目鬼にはまりかねない危険性を察知した矢代は百目鬼を遠ざけるが……。
百目鬼、なんと命令に逆らって矢代のマンションまで来ちゃった。
しかも「来るな」と言われてからわずか半日。
下手したら殺されかねないのに、真っすぐというか、なんというか……。
無表情の中にも変化の兆しがあり、20代らしさも垣間見えるようになった(矢代の言う通りかーわいい)。
後半の入浴シーンも最高。
矢代の背中が美しすぎてヤバイヤバイ。
あと百目鬼の愚直な懇願も……、自分を大切にする事=矢代の傍にいる事って、下手な「愛してる」より心に刺さる。
矢代の表情は見えないけれど、彼は何を思っていたのか、考えただけで一晩語れそうな勢い。
恒例の(?)フェラも、最初に比べると二人の感情がのってきている。
優しく髪に触るとか、矢代の今までの経験からすればあり得なかったんでしょうね。
ここで予防線を引いてしまうのが矢代の哀しさなんだけれど。
 

…あの、頭はもしかして、俺に抱かれたいとか思うんですか?

 
矢代の内心の逡巡なども蹴散らして、真っすぐ突き進んでくるこの25歳、怖いわぁ(いいぞもっとやれ)。
 

漂えど沈まず、されど鳴きもせず

もうタイトルからしてお見事すぎて、ひれ伏したくなるわ、これ。
たとえ幾度となく壊されても、何も感じない人形にはなり切れない矢代の壮絶さ。

 
本作は矢代と影山の高校時代を描く番外編。
影山の、この無遠慮なくらいの率直さを見て、あらためて彼と百目鬼ってどこかしら似ているんだなと思いました。
これくらい踏み込まないと、乾ききった矢代の心は動かせない。
義父に犯され、女性に向かうサドっ気と男性に虐げられて感じるマゾっ気の二律背反を負う自分を、他人事のように分析する彼の視線はつねに冷たい。
そんなある日、矢代は影山のある秘密を知ってしまう。
傷に対するフェティシズム
それから二人の奇妙な関係が始まった。
矢代は影山へ次第に情欲を抱くようになる。
だが、影山は変わらず矢代を真っすぐ見つめてくる。
ドMな自分が影山に「普通の」欲望を持つのは、返って異常な事なのだと断じてしまうのがあまりにも自虐が過ぎるというか……。
そう迷いもなく感じてしまうほど長い間、矢代は達観と自嘲を繰り返してきたんでしょうね。
それはもう傷つきたくないゆえの所業なのか……。
個人的には、あまりにもひたむきな影山もまた、どこかしら歪んでいるような気がしてます。
 
ある日、男と一緒にホテルに入っていった事を教室で揶揄された矢代は、いつもの冷静さを失う。
もちろん、これはクラスメイト云々は問題ではなく、影山の眼差しに耐えられなかったから。
このシーンの、狂乱から諦念に変わっていく矢代の表情があまりにも繊細で涙が出る。
 
矢代の停学が明けた後、屋上で語り合う矢代と影山。
 

…俺はお前を可哀想な奴だと思ってる。
お前が痛々しくて可哀想だと、友達なのに思っている。

俺はお前が大事だ、親友として。

 
これは矢代にとっては決定的な失恋。
前者などは聞きようによっては傲慢とも取れる台詞も、飾らない心を晒すのが影山が親友に対してできる最高の友情の証。
だが、それは矢代が最も欲したものが永久に手に入らない宣告でもある皮肉。
 
部屋に帰り、影山のコンタクトレンズケースを握りしめ、一人ボロボロと涙を流す矢代。
あの怜悧な面影も、今は鳴りを潜めている。
人は生まれた時から孤独な存在。
けれども、だからこそ誰かに寄り添いたくなる。
「恋しくない」というモノローグの背後に見える矢代の本音。
彼はこれからも様々な矛盾の中で生きていく。
どうか、いつか彼の孤独な魂を癒す人が現れればいいのにと、願わずにはいられないラストでした。