ボーイズラブのすゝめ

ボーイズラブ系のコミックス&小説の感想を中心に。

『炎の蜃気楼16 火輪の王国(中編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼16 火輪の王国(中編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼16 火輪の王国(中編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(16) 火輪の王国(中編) (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(16) 火輪の王国(中編) (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼16 火輪の王国(中編)』の感想です。
物語の舞台は熊本市内、そして阿蘇へ。
《黄金蛇頭》、そして九州の覇権をめぐる争いは、いよいよ白熱化。
重傷を負い鳥人に攫われた高耶を救出するため、開崎と小太郎、因縁の二人は阿蘇山に向かう。
 

『炎の蜃気楼16 火輪の王国(中編)』(1995年4月1日発売)

あらすじ

下間頼竜の猛撃を辛くも逃れ病院に運ばれた高耶だったが、時を置かずして彼を助けたはずの鳥人達に拉致されてしまう。
阿蘇山中で目覚めた高耶の前にいたのは、思いもよらぬ人物だった。
一方、高耶と同時に誘拐された朱実を救うため、三池哲哉の実家へ共に向かった千秋は、そこで三池家の成り立ちと、その昔、怨霊と化した鬼八と彼の妻・阿佐羅についての伝説を知る。
鬼八と《黄金蛇頭》の関係は……、事態は一層混迷していくが……。
 

感想

実際する熊本の鬼八伝説を軸に、よくぞここまでの世界観を作りこんだなと感服してしまいました。
とにかく宿命に翻弄される三池家と哲哉・ほかげの兄妹、そして彼らと縁のある謎の新興宗教・ヒムカ教の物語が深みがあり魅力的。
御厨樹里もそうですが、今回は”信仰”と”虐げられた者の咆哮”がテーマなのだなと。
《闇戦国》と古代神話が複雑に絡まり合い、独特な生々しさを形成し、読者に驚きと満足感を与えてくれます。
 
《闇戦国》と言えば、今回は織田信長を本能寺で討った張本人・明智光秀が登場しました。
信長からしたら八つ裂きにしても足りないくらいの人物ですが、この巻を呼んだ限りではまだ顔見世程度なので今後の動向に注目。
それに島津四兄弟なども参戦し、九州の有力大名は揃い踏みという感じですね。
『わだつみの楊貴妃(後編)』で生死不明になった、ある人も再登場しましたし。
様々な陣営の思惑が入り乱れて、息をつかせぬ展開。
 
監禁された高耶さんに目を向けると、高坂に直江の生存と裏切りを告げられてもう精神的に限界。
それでも立ち上がってしまう、痛々しいまでの直向きさ。
そりゃあ、信長に与する清正の心を揺さぶってもおかしくない。
高耶は自分を卑下するけれど、指導力や戦闘能力のみならず、己の生き様の美しさが人々を惹きつけている事には極めて無自覚なんですよね。
その鈍感さも、ある種の魅力なんですが(某狂犬からしたら嫉妬に燃えずにはいられない)。
そんな高耶を奪還しようと、形振りかわまず行動する開崎と小太郎の姿も胸熱。
 

各シーン雑感

「後悔させてやる、下間頼竜……。思い知らせてやる。己が犯した罪の深さを」

高耶に重傷を負わせた頼竜へ、開崎が復讐を誓う言葉。
怖っ!!
同盟相手であり、大友宗麟の重鎮・高橋紹運も背筋が寒くなるほどの殺意。
彼にとっては、高耶に害をもたらすのは最も罪深い事だから。 

高耶が亡くなった!?

……いや、死ぬわけないと分かってるんですけれどね、やめて下さい、心臓に悪いから。
桑原先生が容赦ないのは、直江の件で実証済みだし。
晴家もただでも高耶の現状に胸を痛めているのに、調査していたヒムカ教も不穏だし、挙句の果てにこれでは報われない。
病院で取り乱してしまうのも分かる。
そこへ開崎が現れ、懐かしく力強い言葉で晴家をフォローしてくれる。
凄い安心感……(でも開崎、もう正体隠す気さらさらないよね(笑))。
 

攫われた朱実を救うため、阿蘇へと向かう千秋と三池哲哉

三池哲哉と、彼の一族の物語が面白すぎる。
古代ファンタジー最高!!
たとえ《闇戦国》が絡まなくても、一己の作品として成立してしまうくらいの充実度&重厚感。
哲哉の妹・ほかげや哲哉の伯父で霊守(頭首)の晴哉など、関わる人物達も濃い。
巫女であるほかげとは違い、幼少時から蚊帳の外に置かれてきた哲哉の反抗心や葛藤も興味深い。
それに同道する千秋も、古城高校に潜入して日は浅いけれど、彼なりに生徒を大事に思ってるんだなと。
やはり口は悪いが人は良い。
 

阿蘇の北外輪山に拉致された高耶と鳥人達の意外な支援者

空飛ぶ能力に熱を操る輝炎石と、鳥人達(ヒムカ教)のテクノロジー凄い。
そして姿を現した鳥人達の支援者…………、吉川元春!?
これには驚きました。
割と好きなキャラクターの一人のため、『わだつみの楊貴妃(後編)』以来消息不明なのが気になってはいましたが。
確かに人物像をかなり掘り下げられていたけれど、ここまでシリーズにとって重要なポジションになるとは想像もしていなかったです。
 
思えば高耶は、毛利輝元の死のきっかけとなり、小早川隆景を討ち、毛利を壊滅させた、元春にとっては憎むべき相手。
元春が復讐心にかられ、狂乱するのではないかとヒヤヒヤしたけれど、返って高耶に気づかいすら見せる。
反織田派として景虎を取り込もうとしている陣営に身を置いているというのもありますが、毛利滅亡の引き金はある意味自分が引いたのではないかという、忸怩たる想いもあったのでしょう。
ここで高耶にすべて責任転嫁してしまった方が楽なのに、元春も悲しいほど聡くて誠実な人だ。
言葉少なな中に、後悔や無力感、空虚……、そうしたものに苛まれた二年間が垣間見える。
おまけに、高耶と直江の関係は、弟・隆景に隠れたコンプレックスを抱いていた元春にとってはどこか共感できるものだったから。
だからこそ、毛利を滅ぼした二人の行き着く先が、現在の高耶の狂った姿だという事に、慄きと遣る瀬無さを感じずにはいられなかったに違いない。
 

本物の開崎誠

島津義久に襲われ、昏倒した開崎は病院で目を覚ます。
とうとう本物の開崎誠キターーーーー!!!!!
たびたび記憶を失い、本州にいたはずなのに今度は九州の見も知らぬ病院のベッドにいたんだから、恐ろしくもなるわ。
その割には本物の開崎、諦めの境地というか、変に飄々としているというか……、これはこれで面白いですが……。
もしもし、アナタ、予想をはるかに超えたトンデモない事件に巻き込まれてますよ。
晴家も、そりゃあ戸惑う。
まあ、高耶さん第一な彼にすぐに取って代わられちゃんですけれどね。
 

熊本新港での色部と御厨樹里の会話

切支丹の王国を作るため、妄執に捕らわれているような御厨樹里の印象が一変したシーン。
色部さんって、相対した時に自分の奥底に眠る澱を思わず告白してしまいたくなるような、そんな温かみと慈悲を感じる。
彼でなければ、御厨から彼女の弱さを引き出せなかったかもしれない。
御厨は……、いえ、ジュリアは棄教者なんですね。
その罪の意識が、彼女を今回の計画へと駆り立てる。
計画が成就する日まで、彼女は煉獄の業火に焼かれ続けるのでしょう。
その苦しさは計り知れない。
小西行長の養女・ジュリアおたあと彼女の現名が重なるのも、運命のいたずらを感じる。
一人は信仰を貫き、一人は信仰を捨て……、同じ名前を持った二人の女性。
高耶と敵対する人物ではあるけれど、彼女の事を嫌いになれないと感じた瞬間でした(ミラージュはこういうパターンが多すぎ)。
 

高耶に直江の裏切りを告げる高坂

もう、やめたげてよう!!
こちらも二年前以来、お久しぶりの高坂ですが、早速高耶さんに精神攻撃。
あながち出鱈目とは言えない直江の動向を材料に話を紡ぎ、高耶をさらに惑乱させようとする。
嘘に事実を混ぜると、確かに真実味が増しますよね。
さすが、稀代の謀略家。
 

高耶奪還に向かう二人の《直江》

超熱い展開!!
道中のそれぞれのモノローグにも高揚せずにはいられない。
 
使命と高耶の狭間で揺れていた小太郎の行動原理が、ついにひっくり返りました。
高耶、直江、氏照などによって生まれた心の漣が、激流となって小太郎へ押し寄せてくる。
直江を演じるようになって、ずっと感じていたもどかしさと劣等感。
完成した人間になるには、高耶に認めてもらうしかない。
この二年間、いえ、生まれて以来数百年の間、高耶だけが彼を脅かし、また癒す事のできる唯一の人間だったから。
真似ようとした外面ではなく、心の根幹が本物の直江とシンクロしつつあるのが凄い。
 

(私はあなたを裏切らない)
小太郎は森を駆け続ける。
(私はあなたを決して売ったりしないのです)

 
「愛は人を変える」と言葉にしてしまうと途端に陳腐になってしまうかもしれませんが、今の小太郎がまさにそれで……。
感情を持たなかった彼が、生まれなおそうとしている……、まるで人の誕生を目の当たりしたかのような感動を覚えます。
 
一方、開崎の前に立ちはだかったのは高坂弾正。
第一巻から直江の景虎に対する想いや罪悪感をずっと煽り続け弄んできた男。
直江が高耶と向き合うため、越えねばならない壁として、彼ほど相応しい人間もいないかもしれない。

清正と共に逃亡するも、雪山で一人力尽きる高耶

《直江》の裏切りに極限まで打ちのめされた高耶ですが、もちろん彼はただ助けを待つだけのお姫様ではありません。
知略と行動力を駆使して、自力で突破口を開いた高耶さん、さすが過ぎる。
疑心暗鬼に捕らわれた彼は、もう直江の本当の言葉しか信じられないから……、なんとしても直江に会わなければならない、その必死さのなせる業でもあったのでしょう。
その姿は一軍の将というよりも、生と死の瀬戸際に立たされた獣。
そんな高耶の姿に、清正も思うところがあったようで、鳥人達を引き付けるおとりになってくれる。
 

「勘違いするな、景虎!わしは織田のために言ってるのじゃ!《黄金蛇頭》はヤマタノオロチなんぞではない、もっと恐るべきものよ!そなたはその器じゃ!鬼八の意志を感応する人形と成す気なのじゃ!上杉景虎んぞに鬼八怨霊群の住処となられては、こちらが迷惑いたすのよ!」

 
なんか、ツンデレのテンプレみたいな台詞……、とか、そんな事言ってる場合じゃない。
景虎ほどの《力》を持った人間を怨霊群の憑代にしたら、どう考えてもマズいでしょう。
反織田派に限らず《闇戦国》の皆さん(特に某殿とか)、超兵器大好きですね。
それだけ戦いが膠着状態に陥っているのかもしれませんが、現代人としては勘弁願いたい。
そういう兵器が登場するとろくな事にならないのは歴史も証明しているし。
清正のおかげで一度は逃げおおせた高耶ですが、雪山の厳しさにとうとう力尽き、倒れてしまう。
景虎の記憶を取り戻す前の自分と何も変わっていない……、自嘲と自虐の沼に沈みつつも、脳裏を過るのはやはり直江の事で……。
 

(……おまえみたいな人間に、なりたかったんだよ)

 
直江が景虎のようになりたかったのと同様、どこか精神の歪な景虎が憧れていたのは、真っすぐすぎるほど真っすぐな直江だったんですね。
そして、美奈子の事も……。
直接手を下したのは直江かもしれないけれど、手を汚さなかった分、己の方がより罪深いと……、しかし反面、直江を手に入れた暗い満足感は如何ともしがたく……。
人間の深い業を汚れなき真っ白な雪が覆い隠していく様に、胸を掻きむしられたシーンでした。