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『炎の蜃気楼13 黄泉への風穴(前編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼13 黄泉への風穴(前編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼13 黄泉への風穴(前編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(13) 黄泉への風穴(前編) (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(13) 黄泉への風穴(前編) (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼13 黄泉への風穴(前編)』の感想です。
本作から第二部がスタート。
イラストも東城和実先生から浜田翔子先生へバトンタッチ。
舞台は主に神奈川県の江の島。
直江を失った高耶は、どのような道を歩んでいくのか?
そして《闇戦国》の勢力図は、今後どうなっていくのか?
興味は一層高まっていきます。
 

『炎の蜃気楼13 黄泉への風穴(前編)』(1994年5月2日発売)

あらすじ

――萩で直江を失ってからおよそ二年。
高耶は引き続き怨霊調伏に明け暮れていた。
まったくの別人である風魔小太郎を《直江》と呼びながら。
ある時、週刊誌で話題になっている人魚らしき生物の調査のため、江の島へ足を運んだ高耶と綾子。
彼らはそこで、住人達が次々と奇怪な夢や幻覚に苛まれる騒動に出くわす。
その裏には、どうやら江の島をリゾート開発を目論む京武グループがいるようなのだが……。
江島神社で京武グループの一行と遭遇した高耶は、そのうちの一人である開崎誠から、どこかしら懐かしい気配を感じ取る。
 

感想

新章という事で気分一新と行きたいところですが、高耶さんの置かれた境遇がより悲惨になっているのがしんどい。
親友の譲は大学進学をし、前を向いて生きているのに、ある意味、高耶はずっと過去に生きているようなものだから。
周囲の人間達の無力感も半端ない。
おまけに自己暗示の弊害で《力》まで不安定になっている。
神様は彼から大切なものをどれだけ奪えば気が済むのでしょうか?
直江に成り代わった小太郎も、高耶との関係に葛藤に陥っています。
二年前までは、好奇心と氏康の命を遂行するための対象でしかなかった高耶が、小太郎のアイデンティティを揺るがす大きな存在になっているのが印象的。
 
本作の敵方・里見氏の行おうとしている《通黄泉の法》もまたタイムリー。
イザナミとイザナギ、オルフェウスとエウリュディケのように、もし大事な人を黄泉の国へ迎えに行く事ができたら……。
調伏力の存在を否定しかねない諸刃の剣だけれど、どうしても高耶と直江に重ねてしまう。
 
また、今回は第二部開始に伴い、新たな人物も何名か加入しました。
まずは色部勝長。
上杉第五の男がいよいよ登場。
胎児換生していたはずなのに、成人に換生し直して暗躍しているのが気になります。
当初は事情が全く読めなかったから、正直かなり不気味な存在でした。

続いて国家公安委員会特務調査部の調査官・二階堂麗子と榊木秀一。
とうとう現代人と国家組織が《闇戦国》に介入してきましたね。
あれだけ各地で大事件が勃発していれば、然もありなんですが。
これは第一部ではなかった切り口。
 
そして大注目なのが里見氏の末裔・開崎誠。
現代人なのに、換生者以上の力を有する男。
色々と思わせぶりな(というかいちいちエロイ)言動で、高耶の心のセンシティブな部分に触れてくる。
まあ、読んでいる内に正体はお察しなんですが、詳細不明なので気になって仕方がない。
 
度重なる伏線と、序章から手加減なく投げ込まれる爆弾。
結果として、読者は第一部と変わらずブンブン翻弄されますが、掴みとしては抜群な一冊でした。

 

各シーン雑感

中禅寺湖畔に立つ男

雪景色の中禅寺湖に佇む長身で端正な顔の男から、この物語は始まる。
第二部の幕開けから、ボディブローどころか、アッパーカットを食らったかのような衝撃が走りました。
彼が語っている内容からも、第一部を通して読んできた読者なら、誰なのか一発で分かりますよね。
この人物、あの男だとしか思えない……。
しかし、なぜ生きているのか?
どうして軒猿頭の八海が傍に控えているのか?
脳内はエクスクラメーションマークでいっぱい。
とにかく謎めいた導入部に圧倒されてしまう。
中禅寺湖畔というのも、『覇者の魔鏡(後編)』のラストシーンを彷彿とさせ、しみじみとしてしまいます。
 

「――寒い思いを、してるかもしれない」

 
彼もまた、実家を滅ぼし傷つくあの人に上着をかけてあげた、あの時の事を思い返しているのでしょうか?
この一言だけとっても、高耶さんを大切に思い続けているのが伝わってきて、泣きたくなるほど切なくなる。
 

《力》の制御を失いつつある高耶

二年の間に抜きんでた能力で、己の地位を盤石のものにしてきた高耶。
単に怨霊を倒すばかりではなく、そのカリスマで敵を寝返らせるなど、凡百の将とは違う。
日増しに高まる名声。
もちろん、信奉者も数知れず。
だが、彼はあくまで孤高の存在を貫いている。
それどころか、彼と他者との間にある壁はどんどん高まる一方。
そして彼のもっとも大きな負担になっているのは、当然、風魔小太郎を直江と思い込んでいる事。
その負荷が祟ったのか、ついには目に見える形で、躰が変調をきたし始める。
《力》の暴走……。
ついには、怨将に憑依されていた憑坐まで殺してしまう。
あんなに現代人を巻き込むのを嫌がっていた高耶さんなのに……。
 
外見上は輝かしさを増しているのに、彼の内面はボロボロです。
しかも、それを当の本人が気づいていない。
普通の人間だったら再起不能な場面でも、彼の類まれなる精神力が”冥界上杉軍大将・上杉景虎”で在り続ける事を可能にしてしまう。
その強さが痛々しくてたまらない……。
 

直江として高耶の隣に立つ風魔小太郎

綾子や千秋、譲も感じていますが、違和感が半端ない。
風魔の模倣術がどんなに優れていても、いえ、優れているからこそ、本物の直江との隔たりが一層強調されていく。
自己暗示をかけているとはいえ、すべての欺瞞を見抜く景虎の眼力を誤魔化せるわけがない。
あまつさえ、あの直江の事なのだから……。
しかし、高耶の前に広がるのは、変わらず歪んだ現実のまま。
自分のもっとも欲しいものをくれるはずの人間が近くにいるのに、それは与えられず、高耶に対して熱情を失った視線を向けてくる。
深まる疑心暗鬼と渇望。
半身を失った辛さゆえに自ら逃げ込んだ場所なのに、現実と幻想の乖離が、より彼を追いつめていく。
読者も頭を掻きむしりたくなるほどの救いのなさ。
 
片や小太郎も、二年前とは違う変化の兆しを見せていました。
高耶を”北条の後継者・三郎”としてだけではなく、一己の人間として見始めている。
大体、あらゆる意味で他人に影響を齎す高耶の近くに二年もいて、何も感じずにいられるわけがないんです。
それが、任務遂行第一のサイボーグのような男だったとしても。
高耶だけではなく、直江や氏照によって投げ込まれた一石が時を経て、小太郎の中で大きな波紋に変化しつつあるのを感じます。
 

開崎誠・初登場

ミラージュシリーズで不憫度ランキングを開催したら、個人的にはかなり上位に食い込むのではと思っている開崎氏が登場。
弱っている高耶さんの肩に自分の黒コート(カシミヤの高級品)を羽織らせ、ケガを気遣うとか……(しかし一応女性である綾子はそっちのけなので顰蹙買ってますが(笑))。
温もりに飢えている人間にそういうことしちゃダメでしょう……(いいぞ、もっとやれ)。
「……海風は冷たいから。体に気をつけて」の台詞にしても、まさに『覇者の魔鏡(後編)』の再現。
そりゃあ、高耶さんも読者も泣きます。
音もなく涙を流す高耶さんは、某忠犬ではなくとも抱きしめてあげたくなる儚さですが。
二年間、砂漠を彷徨っていたような高耶は、まるでオアシスを見つけたかのような潤いと癒しを感じたんじゃないかな?
開崎は開崎で、高耶の心の歪みを少しでも解きほぐそうという意図が感じられる。
現時点では真意の読めない開崎ですが、このワンシーンのおかげで、この先のツラい展開もしばらくは耐えていけます。
またこの場面では、晴家の「あんたはそうじゃなくても年上の男に弱いんだからっ」に噴き出しました。
400年の付き合いだけあって、正鵠を射ているなと。

千秋の人生相談コーナーと山県昌影の急襲

高耶の前で《直江》として、どのように振舞ったら良いのか分からない。
武田の安宅船を待ち伏せている途中、小太郎は千秋に困惑をぶつけますが、なんだか人生相談コーナーみたいになってる。
すっかり上杉のメンタル・ケア係が板についている千秋(おそらく本人不本意)。
 

「ゆうべ、部屋に戻ってから三郎殿に言われた。それは復讐なのかと。三郎殿はこう、自ら服を剥ぎ、私に傷を見せつけながら言った」

 
小太郎、ちょっとあからさま過ぎでは!?(高耶さんが知ったら恥ずか死ねる)
千秋も風魔の棟梁にこんな事打ち明けられても、微妙な顔するしかないわな……。
 

「……おまえさぁ、もしかして」
千秋は、橋の下をゆっくり流れるテールランプを目で追いつつ、
「ずっと前から、直江に、なりたかったんじゃねぇの?」

 
さすが千秋、高耶と直江の関係を見守り続けた男の観察眼。
図星を刺されて狼狽する小太郎も新鮮。
 
そんな二人を、武田二十四将の一人・山県三郎兵衛尉昌影が来襲する。
赤いブーツ、黒に赤の線の入った軍服、手には鞭を持った金髪外国人女性の姿で。
!?
……《闇戦国》も急速にグローバル化が進んでいるなぁ(遠い目)。
その憑坐、どこから拾ってきたんですか?
山県さんの趣味なんですか?
ねえねえねえ?
色々ツッコミどころ満載。
 
サーカスの猛獣使いの如く、《犬蟲》を操る山県。
しかし我らが千秋も負けていない。
つつがちゃんや天狗、虎、狂犬など、各種動物(?)の扱いには慣れています。
川中島での因縁もあるし、この時点では千秋の良きライバルになってくれると思ってたんですけどね、山県さん。
 

上杉第五の男・見参

桑原先生もおっしゃっている通り、『サイボーグ009』の001、もしくは見かけは子供、頭脳は大人な某名探偵みたいな感じで登場するのかと思っていました。
舌足らずな真言を唱えて、怨霊を調伏しまくるの……、それはそれで捨てがたい。
いよいよ色部さん登場ですが、前の宿体を死に至らしめてまでも、成人換生した点に差し迫ったものを感じる。
初読の時点では色部さんの人となりがまったく分からなかったので、とても不安だった事を覚えています。
 

「『高耶さん』って呼ぶときのおまえが、なんだか……好きだったから――……」

景虎のみならず、《力》も記憶も封じた高耶をも大事にしてくれた直江。
傷つけ貶めあい反目しても、高耶と直江として積み上げてきた時間。
それらを象徴するのが「高耶さん」という呼び方なんですよね。
だから高耶の目から見れば、今の直江は彼への執着を失ってしまったようにしか見えない。
一方、小太郎はそんなことは与り知らぬから、満足な反応ができない。
高耶にその気はなくとも「お前は欠陥人間なのだ」と責められているようにしか思えず。
自分がどうしたいのかも分からない。
最強の忍びと呼ばれた男が、初めて味わった惨めさと挫折。
「どうするのが一番いいのですか」と高耶に尋ねる姿は、まるで幼い子供のようにも見えます。
感情の成熟が大人になるための条件の一つなのだとしたら、彼は今にしてやっとその階段を上り始めたのかもしれません。
 

高耶 vs 開崎

後から思うと、このシーンは結構貴重だったのかもしれません。
高耶と彼の直接対決はなかなか見られないから。
自分のコートを羽織っていた高耶を見て、愛おしさがより募ったかもしれない。
気を失った高耶を抱き上げて「いい。私が連れていく」というのも独占欲駄々洩れだから。
しかし、当時は彼の正体については想像がついても、細部の事情が不明だったから「どういうことだってばよ?」とずっと戸惑っていました。
作者である桑原先生からしたら、してやったりだったかもしれません。