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『炎の蜃気楼11 わだつみの楊貴妃(中編)』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼11 わだつみの楊貴妃(中編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼11 わだつみの楊貴妃(中編) (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(11) わだつみの楊貴妃(中編) (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(11) わだつみの楊貴妃(中編) (コバルト文庫)

 
『炎の蜃気楼11 わだつみの楊貴妃(中編)』の感想です。
舞台は前回に引き続き広島、そして山口県萩市へ……。
織田信長の躍動、毛利の手に落ちた高耶と直江、織田対反織田の宝珠争奪戦など激動の巻ですが、なんと言っても、ラストにすべてを持ってかれます。
激震の走る展開の多いシリーズですが、これはその中でも五指に入るほど衝撃的なシーンでした。
 

『炎の蜃気楼11 わだつみの楊貴妃(中編)』(1993年11月2日発売)

あらすじ

織田信長の急襲から、なんとか九死に一生を得た高耶と直江。
だが、反織田派と繋がっていた風魔小太郎の計略により、西の梟雄・毛利氏のお膝元・萩へ連れ去られてしまう。
直江の身柄を人質に、北条に復帰し、反織田派の連合に与するよう迫られる高耶だったが……。
一方、瀬戸内の制海権、そして宝珠《干珠》と《満珠》を巡る戦いは、さらに熾烈を極めていく。
 

感想

直江~~~~~!!!!!
高耶さ~~~~~ん!!!!!
とにかく叫ぶ事しかできなくなってしまう一冊。
今回も各陣営が丁々発止の戦いを繰り広げていますが、私の脳内ではそれすらも吹き飛び、消し炭となりました。
号泣必死。
ハンカチ必須。
様々なしがらみや葛藤を乗り越えて二人がたどり着いた場所に感動してむせび泣いた途端、一気に奈落の底に突き落とされるという……。
これは、何かの修行ですか?
主役二人だけではなく、読者でさえ試練を強いられる……、それが『炎の蜃気楼』という作品。
大体このシリーズは、起承転結で言うと、起・承・転・転・転・転・転……×∞みたいな展開が多いので、読者もかなりの強心臓を要する。
初読の方は、相当な覚悟をもって読み進む事をおススメします。
 

各シーン雑感

Nothing to lose……

桑原先生、本当に考えうる限り、最悪な展開を選ばれるなぁと……。
信長がフェリーを木っ端みじんにした衝撃から身を挺して高耶を護った直江は、小島に漂着した後、視力を喪失した事が判明。
視覚機能は「もう何も見たくない」という、直江の心境の投影でしょうか?
いつか五感を失ってしまうのなら、その前になんとしても高耶のすべてを感じたい。
まるで溺れる者が藁をもつかむような必死さで、直江は高耶を抱こうとする。
しかし、高耶は凌辱された心的外傷があるからどうしても受け入れられない。
言葉がハイテンポで飛び交う二人の応酬が尋常ではない緊張をはらんでいて、読者もまるで舞台劇を間近で見るような高揚を覚える。
諦念と激情の間を行ったり来たりする直江。
自分のせいで壊れていく、最も近しい男を見つめる事しかできない高耶。
二人をひたすら観察している小太郎。
高耶と直江の関係は小太郎の常識をどんどん逸脱していくから、小太郎も無自覚ではあるけれど目を離しがたくなっている。
まさに木乃伊取りが木乃伊。
そして、あらためて凄いと感じる三者の構図。
 

信長公やりたい放題劇場

高耶達が乗船したフェリーを沈めた後、厳島神社に凱陣した信長公。
そこからは殿のやりたい放題を、ただ見守る事しかできない。
陶晴賢や山中鹿之介、漁姫らを、情報収集能力と手回しの良さ、そして圧倒的なカリスマで屈服させ、あっと言う間に陣を掌握。
おまけに松山さつきを操り、《干珠》まで手中に収めてしまう。
それを何の衒いもなく、高笑いしながらやってのける。
彼にとってはすべてが余興なんですよね。
織田信長という人物は、フィクションに登場すると最強クラスの実力者である事がしばしばですが、ミラージュでもそれは違わず。
高耶の宿敵でありながら、その言動には恐怖と同時に爽快感すら覚えます。
 
ただ反面、信長は使いどころが難しいキャラだとも思いました。
華があって、登場すれば場は盛り上がるんですが、パワー・バランスが一気に傾いてしまう。
その辺の怨将が束になっても叶いませんからね。
下手したら物語を壊しかねない諸刃の剣。
信長らしいと言えばらしいですが、それぐらい強烈な存在感。
 

謙信公への疑念にかられる景虎を支える直江

吉川元春に謙信への疑念を煽られ、迷いを露にする高耶。
この吉川元春の語りぶりが上手い。
さすが毛利の両川の一翼。
誠実かつ聡明な人柄が現れていて、高耶の心に一石を投じたのも無理はない。
高耶も普段なら歯牙にもかけないでしょうが、今は身体・精神共に消耗していて、取り繕う余裕もない。
しかも譲(景勝)の事まで持ち出されてしまい、400年間、自然の摂理に反してまでもなぜ生きてきたのか……、その理由を見失いそうになる。
そんな高耶を支えるのは、やはり直江しかいない。
 

「あなたは、大丈夫ですね」
ピク、と高耶があごをあげる。
「謙信公を、信じられますね」
確かめるような励ますような直江の言葉に、高耶はじっとうなずいた。その気配を感じたのだろう。直江もうなずき、
「毛利に従ってはいけない。私のことなんて、考えないでいい」

 
上杉景虎の後見人・直江信綱の真骨頂。
最近は高耶との関係に疲弊し、歪み弱っていく彼ばかりを見せつけられてきたので切なかったのですが、こちらも背筋がピンっと伸びるような気分。
続く「あなたに殺されるなら、本望だ」も含めて、彼らしさがなんだか胸に染みました。
元々、真っすぐすぎるほど真っすぐな男だから。
どんなに確執を深めようとも、高耶を補佐できるのは直江しかいないと確信させてくれるシーン。
 

直江と元春の会談

忠義者の代名詞・山中鹿之助に辛辣な直江が、彼らしくてちょっと笑ってしまった。
直江と吉川元春、この二人は似ているんですよね。
基本的には常識人なのですが、直江は高耶に、元春は実家である毛利家にに並々ならぬ執着心を抱いている。
なんでも巧みにこなすけれど、肝心なところではどこか不器用で。
自分から輝きを放つ太陽のような存在ではなく、月のようにひっそりと寄り添うタイプだと思います。
立場が違えば、良き友になれたのではないでしょうか?
自然とお互いの口も滑らかになる。
だからこそ、思慮深い直江の刹那的な言動が元春には理解できず、高耶と直江の関係が気になって仕方がない。
それが毛利滅亡の引き金になるとも知らず……。
 
ここでは、高耶が二人の関係を清算できないと気づき始めている直江にもハッとさせられました。
しかし、そんな高耶を憐れみつつも、今までの紆余曲折が目隠しとなって、今一つ食い違っているのがもどかしい。
後もう少し手を伸ばせば、高耶が本当に求めるものに届きそうなのに……。
 

「――直江に、会いたい……」

直江とも引き離されて、疑心暗鬼に苛まれる高耶が痛々しくてたまりませんでした。
後の「霊獣のくせに、おまえあったかいな……」と霊獣の虎を抱きしめる場面も含めて……、ホント高耶さんってこういうシチュエーションが似合ってしまう人だから。
「もっと俺を欲しがれ」と命じ、「お前は本当にそれでいいのか!」と問い詰める事はできても、己の切望するものを欲しがれない不器用さと未成熟さ。
高耶と景虎が完全に一致してきているのを感じます。
彼を動かせるのは、もう直江の真実の言葉しかない。
 
おまけに、この時点では人の心の機微など解さない小太郎は、追い打ちをかけられるし。
「ひとの感情まで謀略に利用するおまえのような機械人間に、わかるわけがない!(後略)」と小太郎に対して言い放つ高耶さん。
これで小太郎は、氏照兄、直江、高耶さんと、三人もの人間に同じような罵りを受けてしまった。
一回一回は小さな漣だったのかもしれませんが、それが合わさり、後々小太郎を苦しめる激流になるのかと思うと感慨深いです。
 

紅蓮に染まる毛利邸

直江を取り戻すために休火山を噴火させる景虎様マジぱない……(ガクブル)。
毛利邸を焼き尽くす炎が、高耶の直江に対する苛烈な想いとシンクロしているように見える。
今まで直江視点で語られた物語しか知らなかった元春は、高耶の直江に対する悲壮なまでの独占欲を完全に見誤っていましたね。
「ひとの幸福は、理性のあるところに生まれる」と言ってはばからない元春が、二人の関係を理解できるはずもなく……。
「貴殿、臣下に甘えすぎたな」というのも正論だけれど、恋着、憎悪、慈悲、嫉妬、憧憬……、その他全ての感情をひっくるめて400年間醸造してきた混沌の前ではあまりにも無力だ。
 

「あいつはオレにしか興味を持たない。オレしか見ない。オレだけの飼い犬だ。全部がオレのものだ。あいつの眼も、声も、言葉も肉体も、涙も汗も体液も、幸福も痛みも誇りも思考も知識も、記憶も……歴史も!誰にも触れることはできない、オレ以外の人間が、あの存在に関わることは許されない!」

 
エゴイズムの極致であると同時に、今現在、高耶が発する事のできる究極の愛の言葉。
元春はおそらく、地獄の淵から奥底を除くが如き戦慄を覚えたに違いありません。
 

オレ達の『最上』のあり方

ただ終わりたいと、高耶に己を拳銃で撃つように請う直江。
必死に抵抗する高耶。
二人の葛藤がいよいよ限界に来ている。
読者は固唾を呑んで見守るしかできない。
そこで明らかにされる、『覇者の魔鏡』で鏡に封じられた際の景虎の真意。
そう言えば、あの時、景虎は直江に対して高圧的ではあったけれど、景虎と共に湖底に沈もうとした事に関しては一切責めなかった。
直江の行動に危惧を感じていた晴家に、景虎が微笑みかけるシーンが頭を過る。
理想の終わりを、本当に希求していたのは……。
この逆転劇があまりにも鮮やかすぎて、呆然とするしかありません。
 

「おまえは絶望していたが、あきらめてはいなかった。あさましくても見苦しくても、明日の自分に希望をつないだ!なにかが見えてくることに賭けた、可能性を選んだ!あの答えが証拠だ!おまえはいつだって掴み取ろうとしてた、探りとろうとしていた!おまえの――いや、オレたちの『最上』のあり方を!」

 
大号泣。
……傷つけ合い、絶望にのた打ち回りながらも、互いが互いを導き、その末にたどり着いた答え。
400年の時を超えて、この時、二人はやっと正面から向き合えたのだと思います。
 

「おまえは、殺さない」
「景虎様」
「最後の瞬間まで、生きろ。生きて生きて、生き抜いてから……息絶えろ」
オレの、そばで……。

 
これもまた、高耶の精一杯の”I love you.”ですね。
 

直江、銃弾に倒れる

……もう、涙も枯れ果てました。
ひどない!?
これ、あまりにもひどない!?

二人がやっと自分達の最上のあり方を模索し始めた時だというのに……!!
なんで、よりにもよってこのタイミング!?
撃った毛利輝元を恨む事もできず、ひたすら茫然……。
私の有するわずかな思考能力&語彙力も死にました。
ちなみに発刊当時は時間発売まで数か月待たされたんですよね……、何、その地獄……。