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『炎の蜃気楼』(桑原水菜/集英社コバルト文庫)感想【ネタバレあり】

炎の蜃気楼 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼 (集英社コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(1) 炎の蜃気楼 (コバルト文庫)

炎の蜃気楼シリーズ(1) 炎の蜃気楼 (コバルト文庫)

 
コバルト文庫の人気作でボーイズラブの金字塔でもある『炎の蜃気楼』の感想です。
《環結》まで数十巻と長大な作品ですが、壮大なスケールの戦国絵巻と緻密な心理描写、錯綜する人間関係が魅力。
男性同士の恋愛、戦国時代、愛憎劇、サイキックアクション……。
これらのキーワードにピンっときた方には是非手に取っていただきたい作品のひとつ。
 

『炎の蜃気楼』(1990年11月2日発売)

あらすじ

すべては武田信玄の廟所・魔縁塚が破壊された事から始まった。
強い霊感を持つ少年・成田譲は、ある霊障に悩まされていた。
度々意識が途切れ、まるで二重人格の如く、通常とはまったく違う行動を取る自分。
戦場で死した武者達に追いすがられ、身体が蒼い紫の火に包まれる奇怪な夢。
そして、記憶喪失の少女・由比子の出現。
譲の親友・仰木高耶も、否応なく事件に巻き込まれていく。
時を同じくして高耶達の前に現れた謎の男・直江は、譲が武田信玄の怨霊に憑依されていると言う。
また、直江は400年間生きてきた《換生者》であり、高耶は上杉謙信の命を受けて冥界上杉軍の束ねる上杉景虎であると断じるのだが…。

感想

長年読者の心を捕らえ続けているシリーズも、ここがスタート地点だったんですよね。
作者の桑原先生も本作がデビュー作という事でこなれていない感じもありますが、何度読んでも感慨深いのは変わらず。
転生物(正確には違いますが)、そしてサイキックアクションというのは、当時としても目新しさはないものの、高耶(景虎)と直江の濃厚な愛憎劇はインパクト大でした。
何を隠そう、私をボーイズラブ作品にハメたのはこのシリーズでして……。
これまでボーイズラブ作品はそれなりの数に接してきましたが、どの作品を評価するにもこの二人の物語が判断基準になっている部分があります。
それぐらいこのシリーズの読書体験は、私にとって強烈なものでした。

それにしても、上杉景虎というのは、上杉謙信、武田信玄、北条氏康と、関東の三勇を父親に持ったのだから、戦国時代の申し子のような人ですね。
そんな人物が主役なのだから、面白い物語にならないわけがない。
上杉景虎を発掘し、その存在を一般読者に知らしめてくださったのだから、桑原先生に感謝しかありません。
このシリーズがきっかけで、戦国時代や歴史にハマった女性は少なくないでしょう(私もご多分に漏れず)。
加えてミラージュで忘れてはいけないのが、舞台になった各地を回るミラージュ・ツアー。
怨霊調伏をしながら日本全国を行脚する上杉夜叉衆。
それを追って全国津々浦々を巡るお嬢さん達。
深く考えずとも、本作が各地の観光事業や地域活性化に貢献しているのが分かります。
桑原先生、どこかから(どこかは分かりませんが)感謝状を貰ってもいいくらいでは?

お話としては、後年の作品よりも相関図やストーリー展開は単純な事件です。
しかし高耶、直江、譲、高坂弾正など、主要登場人物の特色や人間関係の骨組みは出来上がっています。
三十年前の事件。
六道界の脅威。
また高坂は、当初から直江を虐めている時が最もイキイキしていましたね(笑)。

各シーン雑感

高耶と直江の邂逅

個人的に印象的だったシーンをいくつか取り上げると……。
やはり一番インパクトの大きかったのは、高耶と直江の今生での邂逅シーン。
 

何だろう、この感じ。
あの男に熱を感じる。……熱?
むこうも高耶に気がついたらしい。
視線があった。
(――!……)
奇妙な感覚に襲われ、高耶が立ち止まった。体の底から震えのくるような感覚。
(……なに……)
硬直する高耶。
すれ違う。
瞬間。
何かが彼を貫いた。

 
今読み返すと、景虎と直江の間にあるのが決して優しいだけの関係ではなかった事が示唆されています。
自ら記憶を封じてしまったくらいですから、高耶の感じた感覚は、苦痛や本能的な怖れに近い。
本作の終盤で高坂が直江を弄っていた事からも分かる通り、高耶ー直江ー美奈子のトライアングルも、デビュー作ですでにほぼ完成していた事に驚きます。

川中島での語らい

次に印象に残っているのが、川中島で高耶と直江が語らうシーン。
一応、二人の初デートと言えるのでしょうか?(違)
ここで初めて、直江は高耶の正体が景虎であると告げます。
川中島は景虎の義父である上杉謙信と、本作のキー・マンである武田信玄が刃を交えた場所。
決して消えない死者の想い、400年間背負い続けた使命……、それらの真実を語るのに、これほど相応しい場所はあるでしょうか?

ja.wikipedia.org

記憶のない高耶は、もちろん直江の話に猛反発しますが、景虎の「すべてを忘れてしまいたい」という願望が影響しているのでしょうか?
シリーズを通して読んだ後だと、この時の直江の心情に想いを馳せずにはいられません。
使命と景虎への愛着、独占欲、三十年前の罪悪感……、大人の落ち着いた表情の下で、彼が様々な感情に苛まれていたかと思うと遣る瀬無い気持ちになります。

祝・初調伏!!

サイキックアクション物という事で、最後はスカッとするシーンを。
武田信玄を調伏するシーン。
真言を唱え、毘沙門刀を振るう高耶の姿は、私の中二心にクリーン・ヒットでした。
一言、カッコイイ。
寸でのところで信玄を取り逃がしてしまいましたが、これもここから連なる壮大な伏線という事で。
それにしても、景虎と信玄、一度は親子だった二人がいきなり相対するのですから凄い。
第一巻から人の業の深さと、乱世のシビアさが垣間見えます。